第3話 第一ターニングポイント:非日常

 ――そのときだった。


 ギン! と目だけでなく、奥までもさえわたり、狭かった視野が膨大なまでに膨れ上がった。

 感覚が一気に鋭敏になる。

 これは、暗殺者としての斉藤桂一だった。

 

「加子ちゃんごめん、ちょっと」

「えーーーーまたですか斉藤さん!!!!」

 

 目線を送り、口パクでごめんと言った。

 加子ちゃんの溜息としょうがないですねーという顔を視た後、俺は走った。

 

「正夢か?」


 普通に生きていればまず感じることはないだろう。

 殺気。

 刹那に霧散したが、俺の中で今の今まで消えていた感覚を呼び起こすには十分過ぎるものだった。

 

「どこのどいつだ」


 しかし、出所がはっきりしない。

 捉えたのは殺気だけ。

 対策を講じるには不十分な情報だったので、俺は加子ちゃんから離れる他なかった。

 意味を確かめなければ。

 そう思い、一人になろうと人の群れを縫うようにして進み、裏山まで向かう。

 その途中の事だった。


「あ、あれ見てよ」


 名前の知らない生徒の一声。

 ざわ……ざわ……。

 騒々しくなった広場。

 俺は無視して素通りしようと思ったのだが、ある一言が俺をその場に止まらせた。


「もしかしたら飛び降りたりして」

 

 屋上が頭を過ぎる。

 別に、俺には関係のない事だ。

 普段なら何食わぬ顔で自分の用事を優先しただろう。

 だが、今日に限ってはそうはいかなかった。

 

「あ、飛び降りた」

 

 意味ある情報だけに五感を働かせていた俺だが、ここでスイッチを切り替えた。

 振り返る。

 宙から、落下する生徒。

 放っておけば、即死は免れない。

 

 ――罠だ。


 何かあるのは明白。

 俺に対する殺気。

 俺の目の前で飛び降り自殺。

 出来過ぎたタイミングだ。

 仕組まれていない筈がない。

 ……ない、のだが……。

 俺は動き出していた。

 思いを吐き出す時間があったなら、俺はどんな言葉をかけていただろうか。

 きっと、


「――――」


 ばっかやろうが、命を粗末に扱うな! だろう。

 人の目が集まるこの瞬間、俺は制服の中に常備してある閃光玉と凄まじい音量と甲高さを誇る二種の玉を同時に発動させた。

 視界と聴覚を一気にやられ、生徒達の気が動転する最中、俺自身にもその被害が及ぶ。――が、この程度で行動力を失う俺ではない。鈍っても相手は屋上から飛び下りた生徒一人だ。



 ――陽であり、生気(オド)であり、活人。



 空気が鳴る。

 それは凄まじい吸引音と言っていい。とてつもない気は体で充満し、刹那この体は一息の間、神速と化す。



 ――常人には意図して使う事の出来ない、世界に満ち溢れた構成物質、生気(オド)。斉藤桂一の性質は本来、陰であり、生気(オド)であり、殺人である。対極を行く、陽であり、生気(オド)であり、活人の性質に備わる――正確には陽の性質であり、生気(オド)の性質を持ったモノが扱える力――力は本来付与されないのだが、彼は異例中の異例だった。



 地上と屋上の距離――半分にも満たない飛び降りた生徒の落下速度を超えた俺は宙で体を抱え、手すりを蹴って、屋上に降り立った。

 この間、1秒にも満たず。

 さらにもう一歩。地面にひびが入るが、視覚聴覚共に麻痺した生徒達には何が何だか分からない。

 あと一歩。

 俺は地面を鋭く蹴り、勢いで屋上の扉を蹴破ると、音もなく屋上を離れた。

 きっと、正気に戻った生徒達は夢でも見ていたのだろうと勘違いしてくれるはず。


「おい、大丈夫か」


 そうして、予定は狂ったものの、裏山に到着した。

 狂った予定と言うのは、飛び降りた生徒を連れてきたことか。

 おい、大丈夫か、この声掛けは二度目だ。

 気絶していた為、容易に運び出せたのだが。放って置いていいのかも分からなかった。だから、俺はこうして担いだ男子生徒を地面に下ろし、頬を叩いて起こそうとする。

 が、起きる気配がない。


「…………」


 これは。


「馬鹿か、俺は」


 チッ、なんてこった。元暗殺者の名が泣く。

 死んでいた。

 力を使っておきながら、どうして気が付かなかったんだ俺は。

 改めて確かめる。

 まだ体温が感じられる。

 死亡推定時刻はおそらく飛び降り~現時刻。もしかするとそれ以前かもしれないが、どちらにしても方法は分からない。


「こんなことが出来そうなのは」


 しかし、心当たりはあった。敵の正体はおそらく。

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