第2話 セットアップ:斉藤桂一の環境

 酷い夢を視た。

 ときどき浮かぶ過去の記録。

 最悪な目覚めで俺は朝を迎えた。


「……最近は見なくなったものだったのにな」


 ふぅとため息を付き、俺はベッドから跳ね起きた。

 定期的に体を鍛えているのもあってか、あの頃から体の錆び付きはそれほど感じない。

 当たり前か。やることやってるし。

 何て、寝ぼけて自己確認まで行ったところで、俺の部屋の扉がバーン! と開け放たれた。

 

「おにいちゃーん!! 朝ですよー!! カンカーン!!!!!」


 妹の斉藤里子だ。

 毎朝律儀に兄を起こしに来てくれる素晴らしい妹だ。

 ああ、どこが素晴らしいかと言えばだ。


「相変わらずの騒がしさだな」


 中華鍋を持って、おたまでカンカーン!!!!! と必ず鳴らして起こそうとするのだ。騒音問題だろ。で、それはそうと、この妹、声の質がなかなか高いもので、収斂しやすいタイプなのだ。男性で言えば、スピッツ系ではなく、bz系と言えば金属音の細くて厚みのある声だと分かるだろう。(ただしハイラリンクスだ、厚みよりも鋭さに振った細い声とでも言おうか)。

 つまりだ。中華鍋の金属音と妹の声の発する金属音で朝を迎える兄としては、一つ言ってやりたいことがあってだな。


「中華鍋は許そう」


 朝ご飯作ってくれてるからな。うるさいがキャラ萌え的に許そう納得してやる。


「だが声帯模写はやめろ。なんだそのキャラ付けは! 意味がない! 全く意味がないぞ! 可愛いが二重の音で耳と脳が毎朝困惑中だ!」

「えー、いいじゃーん。合法的に声出せるんだしー」

「合法的……静香か」

「誰が静香だ……桂一……お姉ちゃんと呼べ……」


 姉の斉藤静香も起きてきたようだ。

 なるほど、目覚ましにしてるんだな。そりゃ合法的だ。

 揃ったところなので、斉藤一家は朝食に着くことになった。

 

「「里子ー……ご飯よろしくー」」

「しかたないなー」


 俺は違うが、姉の静香は朝に弱いのだ。といっても、何時も脱力していて、肩肘張ってないせいかあまり違いは見られない。

 逆に里子は、常時こんな感じに元気なので騒がしい。

 俺はその中間と言ったところだ。


「ごちそうさん」


 俺は味噌汁とご飯と焼き鮭を食べ終わったのち、洗い物を手早くすまし、学校に向った。

 夢と違って穏やかな朝。

 用意をしながら、二人の変わらない姿を目に入れて、俺は玄関に向った。


「行ってくるわ」

「……ってらー」

「行ってらっしゃい!!!!」


 外に出ると季節は春なのか、気持ちのいい陽気だった。

 こんな天気だと確かに眠気を覚えてしまう。

 欠伸をしながら通学路をまったりと歩く。


「桜も、綺麗に咲いているな」


 街路樹に咲き誇る桜。

 ハラハラと散りながら道路を彩る花びら。手元に落ちてきた花びらを一つ取って、少しだけ過去を浮かべる。

 そうすると、日々の移り変わりというのが愛おしく感じた。

 四季なんて日本にいれば当たり前のものかもしれない。

 けれど、外国に行けばそんな常識はないのだ。

 異郷の地(今ある生活圏の外側)。

 非日常(今ある生活圏の外側)。

 暗殺(今ある生活圏の外側)。

 隣り合わせの生と死の共存(今ある生活圏の外側)。

 気にする暇も余裕もなければ、何も感じることが出来ない。

 何も。

 だから、今俺は健全に生きてるんだと実感する。

 そうできるのも、きっと日の許を歩いている実感があるからだろう。

 その元の一つがこの桜なのだ。

 意識過剰かもしれないが、過去を思い出すたび、少しだけこの安寧な日々について考えてしまう。

 そう、平和ボケするのもこの桜のせいなのだ。

 だから、こんなことを考えてしまう。


「友達出来たな」


 というか当たり前だしーと言いたくなるが、それでも嬉しいものだ。

 さて、今日も普通の学園生活を送るとしますか。

 校門を通りながらそんなことを考えていると。


「あ、おはようございます。斉藤さん」


 ほら来た。

 俺が校門を通って、グラウンドを歩いている途中のことだった。

 後ろから俺に話しかけてくる奴がいた。

 勿論、加子ちゃんだ。

 吉永加子。

 詳しいことは知らないが、姉の吉永宮古とのいざこざがあったところを俺が干渉したことで未だに関係性は続いているという間柄だ。

 ……友達だ。


「…………」


 実物を想像して、こういうことを心の中で呟くのはちょっと恥ずかしいな。あれだよ、そう思ってるのは君だけだよ、とか俺がいいそうなアメリカンなジョークをジョークでもなく真顔で突き付けてくるかもしれないじゃん。

 慣れない感覚にこそばゆくなったり、少しだけ身動きがとりにくくなっていると。


「あれ? ……! おーい、おーい! 聞こえてますかー! 斉藤さーん!」


 結構、後ろの方から声をかけたからだろうか。

 聞こえなかったと思っているのだろう。

 もう一度、声をかけ、気付いてもらおうと努力している姿を思い浮かべると、ああ、涙ぐましい徒労だなーと思ったりはしないのだが……そろそろくどいな。

 俺は、アクションを起こした。


「聞こえていませんよー!」


 と言いながら、ダッシュ。

 まあ、俺のキャラってこんな感じだったよな。

 ならオッケーだ。


「ちょ! 聞こえてるんじゃないですかー! あ、と、と、いや、待ってくださいよ! フリーズ、フリーズですよ!!!!」

「止まれじゃなくて凍り付けだなんて、高度な指示を出すね。まだ冬は遠いぜ」

「マシンガンあったら蜂の巣ですよ!!!!」

「そんなアメリカンジョークは通用しないぜ。何故なら、ここは日本だからな。日本に即したジャパニーズジョークでどうぞー」

「ぶっ殺します!!!!」

「これはますます止まるわけにはいかなくなった。huー!」

「何かありましたね! 絶対何かありましたよね! 今日、おかしいですよ! 主にキャラブレの面で」

「それはきっと勘違いさ。ほら、キャラを掘り下げるために、設定を付加したりするだろう? 用意されていたモノが都合よく出たのさ」

「なんて都合の良さ! って貴方は誰ですか!」

「誰って僕は斉藤桂一さ」

「一人称までぶれている!」


 そんなアホな話をしながら、というか「何かありましたね」から速度を落として並んで話していた俺だ。安全は確保されたからな。

 そんなこんなで今日も一日が始まった。

 良い滑り出しが切れたと思う。

 俺は伸びをして、残り半分になる下駄箱までの道のりを歩いた。

 ああ、楽しいな、愉快だな。

 男子高校生ってこんなもんだよな。

 満喫してるぜ。

 自分に言い聞かせる形になっているが、まあいいだろう。

 過敏になった神経を落ち着けるために、一つ深呼吸をした。

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