第7話

 わたしの自己申告目標タイムにより、スタート地点は結構後方のグループになった。


一緒に走るランナーたちと、スタートを待っている。


『さあ、みなさん、スタートです!』


開会式典の司会者が高らかに声をあげるとファンファーレが鳴り響き、皆が拍手し、わーっ、と歓声を上げる。


最前列のプロのランナーたちが出発してしばらくしてわたしたちのグループの辺りも前に進みだす。


正式なスタート地点の辺りからはようやく軽く走れるスペースが出来てきた。


「あ、有里林さんだ!」


ランナーたちの声に見上げると、スタート地点の見送り台の県知事の隣に、オリンピック女子マラソン銅メダリストの有里林さんが、手を振って見送ってくれている。おそらくランナーのほぼ全員が県知事にではなく、有里林さんに手を振りながらスタートしていく。


団子状態で街中をてくてくと走りながら、徐々に海のほうに向かう。


川の土手沿いに走る県道の辺りに来ると、そろそろどのランナーも自分のペースで走れるようになってくる。


どんどんわたしは追い越されていく。チェックポイントごとの制限時間があるので、大丈夫かな、と少し不安はあるけれども、父から借りた男物のG-Shockのストップウォッチを見ながら、「マイペース、マイペース」と呪文のように口ずさみながら、ぐっと我慢する。それでもやっぱり抜かれると焦る。ついつい顔が前の方にのめりそうになった。


「顎を突き出さない!」


後方からものすごい、怒号にすら聞こえる声がした。そしてその声は私の真横を駆け抜けていく。


「視線は前の人の腰の辺りに!さあ、行こう!」


有里林さんだ!


ランナーも檄を飛ばして並走しているのが有里林さんだと分かり、大いに盛り上がる。


沿道の応援団も、「有里林さーん!」と一緒に駆ける。


有里林さんは少し走ったところでランナーの方に向き直り、両手をばっ、と広げる。


「さあ、行けー!」


と、通り過ぎるランナー全員とハイタッチする。


ランナーたちも、「よーし!」と駆け抜けていく。


「頑張って!」


わたしとハイタッチするとき、声をかけてくれた。


感激だ。


有里林さんはもう引退しているのだけれども、現役時代のストイックな姿勢から、哲学的なランナーのようなイメージがあったけれども、生の有里林さんはバリバリの体育会系だ。でも、目線がわたしたちに向けてそうしてくれているようで、なんだかとてもうれしい。

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