第7話 絶対領域黙示録 1

 サーカス団からもクイーンの求婚からも逃げ出し、バンシー・ナンシーと歯牙しが礼賛らいさんは、バット男の隠れ家に逃げ込んでいた。

 隠れ家といえば聞こえはいいが、要はスラムの一角の廃屋だ。食べるものも生きる気力も失いつつある欠食男子たちが、クイーンの美脚だけを希望として胸に抱き、死にゆくスラム。

 そんな悲しき土地にある、足の踏み場もないオンボロハウスで、女二人は語らっていた。


「……なるほどね。ナンシーは旅の途中でネイティブの族長から聞いた、『反撃の狼煙、昇りゆく太陽。これより六日目の昼に、偉大なる母の胎内にそのカタナは宿る』っていう予言を信じて、サーカスに捕まったのね」

「今日がその六日目だったってワケ。捕まったあとは、どうにか逃げればいいと思ってた。実際マムからは逃げられたけど、クイーンに求婚されるのは想定外だったわ。女と見れば手当たり次第に求婚しやがって、あのビッチ!」


 彼女たちはどうしたわけか床に寝転がり、密着している。

 カウガールの爆乳とナマ脚が、覆いかぶさる研究者の手指や脱ぎかけタイツに絡み合い、早々のセクシー・アバズレ・ショウダウンである。

 でもなんか二人とも気にしてない風で話が進んで、たまに吐息が漏れるので、むしろ倍加してエロい。


「そんな危険を冒してまで、どうして救世主を求めるの、ナンシー?」

「言ったでしょ。この狂った世界をぶった斬るサムライを求めているのよ。クイーンの一極政権、どう考えてもおかしいじゃない? 脚の力で成り上がってこんな街を作って、クソ男どもを使役して。使役すらさせてもらえないゴミもいくらでもいる。この家の外にもいっぱいよ」

「……そうね。わたしも初めて、力なきオスの本物を見たわ……んっ」

「初めて見た? この世界に生きてて、精子袋の連中を見たことがない? あんたどれだけ箱入り娘なのさ、礼賛」

「そう。わたしは箱入り娘だったの」


 礼賛は自らの境遇を語って聞かせた。

 脚戦争きゃくせんそうきゃくシェルターでやり過ごし、地下で知識を繋いで生きてきた研究者の、末裔なのだということを。


「あそこでの暮らしも、平穏じゃなかったわ。凄惨なものだった……。でも、地上の状況もこんなに大変だったのね。わたしは座学でしか世間を知らないから……」

「そんなコがどうして、外に出てきたのさ? 水も食料も満足にない、地上に? あっ」

「シェルターが見つかって、わたしはクイーンに献上される貴重な人材として連れ去られたの。んっ。でも別に、わたしが特別すごいことなんて無いわ。わたしは『ストテクロスト・テクノロジー』の知識を継承しているだけ。それでも知らないことはまだまだいっぱい……真の知識の継承者、カタナ・マスターはどこかにいると噂されているわ。んんっ」


 たまに喘ぎ声が混ざるのが変にエロい。


「……、か……。あたしは自分の身を持って体験したし、クイーンの力もそれで説明できるし、確かにとんでもない『ストテクロスト・テクノロジー』ね。本当にあなたが救世主なのかしら、礼賛?」

「いいえ、わたしはあなたこそが救世主だと思うわ、ナンシー。さっき痛めた脚も、もう元通りのすべすべ美脚肌。この脚の力……あなたって突然変異体ミュータントね? しかも男を引き寄せる魔性の魅力を持っている。クイーンと同等だわ! きゃあっ」

「ああ、そうさ。あたしの脚は『あしの灰』による遺伝子異常なんだよ……。おかげで生き残りの男どもが寄ってきて、邪魔で仕方ないね。あんっ」

「『あしの灰』には動植物の生殖活動を弱める副次効果があったと聞いているわ。男たちが力を弱めクイーンに付き従うだけになったのも、この『草食の時代』を迎えたのもそのせいよ。そんな中で産まれた突然変異体ミュータント美脚! その脚にこれを履けば!」


 興奮した礼賛が、脱ぎかけの黒タイツを本格的に脱ごうとする。にじむ汗。

 そこに入ってきたバット男、女の絡みに目を丸くして、驚愕の視線であった。二度見じゃ足りない。五度見した。


「お、おいおい……。おいおい……おい。抜け駆けのクロスプレーはよしてくれよ、礼賛」

「あっ、いいところに来てくれました! うっかり転んでナンシーに覆いかぶさったら、タイツが絡んで立てなくなっちゃって……動けないんです!」

「この眼鏡痴女をどけな、オジサン。ったく、真面目な話が台無しよ」

「いい加減にオジサンはやめてくれって、名前ももう教えたってのに。それにナンシー、ヒゲを剃ったんだぜ。若返っただろ? これで俺は永遠の二十四歳だ!」


 こいつの名前は、『トゥエンティーフォー』ってんだ! BANG!


「……アーハー。その顔、24点ってとこね」

「厳しいなあ! お前の脚や胸は百点満点でも足りないぞ、ナンシー?」

「いやらしい目で見るな、24点! で? 今は街はどうなってる?」

「……結婚手配書だらけだ。逃げ場はないぞ。早々に『ロスアンレッグス』を出たほうがいい」

「ねえ礼賛、わたしが履いている黒タイツはまだ完成形ではないのよ。あなたのような人が履いてこそなの! デニール調整のためにもフィッティングは必要だし、美脚は衆目を集めることで切れ味を増すと言うわ? 男の視線を高めるためのフェロモンアンプルもわたしは持って」

さえずるな!!」


 警告は言葉だけで済まず、ナンシーはハイヒール二丁拳銃を横たわったままでGUNGUNガンガン発射。

 すると小屋の入り口にあった小さな影が、ドサリと倒れた。


「こいつは参った……! ショーター・キッドの配下の、美少年パパラッチじゃねえか」

「アーハー。どこかで尾けられたんだね、24点。ここも安全じゃあない。行くよ、礼賛」

「えっ待って、どこに行くのよナンシー!」

「あたしが言うには、あんたがサムライ救世主。あんたが言うには、あたしがサムライ救世主。どっちにしたってここに救世主がいるんだったら、向かう場所は決まってんでしょ」


 時は流れ、深夜。

 バット男・トゥエンティーフォーの案内に従って、バンシー・ナンシーと歯牙礼賛は既に潜入を終えていた。

 ここはソックスシンボル・クイーン・マッドンナの住まう居城、最高のショーステージ。

 脚の意匠をかたどったメリー・ゴー・ラウンドや観覧車やジェットコースターやお化け屋敷が、所狭しと並んでいるではないか。

 これぞ美脚にぴったりとしたものを履かせたテーマパーク、『ロスアンレッグス・スキニー・ランド』の園内である!


「逃げるために払う犠牲はもうまっぴらよ。こっちから攻め込んでクイーンを殺りましょ。ヘイ礼賛、あたしのハイヒール銃の解析は済んだ?」

「どうもこれはレールガン電磁加速砲の類みたいね。形状から言えばヒールガンと言ったほうが正しいかしら。だとしてじゃあ、なんで硝煙が出るの……? 銃弾はどこから補充を……?? 特殊な機構がまだ隠されてそうね。秘められた『ストテクロスト・テクノロジー』の産物よ、これも……」

「なあ、クイーンを殺るなんて、さすがに不可能だ! やっぱり戻ろう、ナンシー」

「うるさいね、赤点オジサン。あんたは付いてこなくていいの。足手まといなんだから」

「俺がどんだけ苦労して、ここまで連れて来てやったと思ってるんだ! クイーンの反抗勢力レジスタンスへの、貴重な貸しジョーカーを切ったんだからな!」

「手札は全部切るべき時よ。これで許してくれない? トゥエンティーフォー」


 ヒゲを剃ったバット男を押し倒し、顔面騎乗で脚を魅せつけるナンシー。

 本日二回目のセクシー・アバズレ・ショウダウン! イン・夜の遊園地!


「……続きはクイーンを暗殺してからよ。行きましょ」

「ま、待ってくれ。俺こんなの初めてだ……まだうまく、歩けない」


 前かがみで歩くトゥエンティーフォーに呆れつつ、ナンシーは礼賛とともに歩を進めた。

 きょろきょろと辺りを見回す歯牙礼賛、ナンシーに声をかける。


「地上にはこんなものがあるのね……。どこを見ても、贅を尽くしたアトラクションだわ。ねえナンシー、クイーンはこの美脚テーマパークでショーを行って、ロスの街全体に中継放送をしているのよね?」

「アーハー。田舎育ちのあたしは、実際には放送を見たこと無いけどね。あそこのお城で結婚式を上げては、男のテンションを上げてるらしいわ」

「えっ、隣はあれ、まさかプール……? 水が張ってる! わたし、写真でしか見たことないわ!」

「あたしもだよ!! イエッス! 水浴びしちゃいましょ礼賛? きったない足を洗わないと!」

「そうね!! ナンシーの綺麗なナマ脚を洗わないとアレだわ!!」

「ウヒョー!! 女の水着姿が拝めるー!??」


 夜のプールでキャッキャとはしゃぐ三人組。当初の目的はどこへやらである。

 この時代にあまりにも珍しい水たまりの魅力にやられたのか、ナンシーは牛柄ビキニのまま水中へザブン。

 礼賛は服を脱ごうかどうか迷って黒タイツ脱ぎかけのまま、ビニールボートに浮かれ気分で乗り込んで、水上へ。

 トゥエンティーフォーは女二人の刺激にやられ、プールサイドで自前のバットの始末にふたたび困っている有様だ。

 なんて楽しい若者三人のプールサイドストーリー。


 ――おかしい。狂っている。

 決戦前の緊張感に包まれていたはずなのに、この軽率な行動は一体何なのか。自らの精神の異変に彼女たちが気づいたのは、プールに赤いモヤが浮かんだその時だった。

 水中に視点を移そう。そこには、勢い良くプールに飛び込んだ後に攻撃を受け、腹から血を流すナンシーの姿があった。

 そしてもう一人。空気ボンベを背負い、アヒルマスクからあぶくを吐く、ニーソのチャイナ服ピエロ。

 これは『ストテクロスト・テクノロジー』攻撃だ。被害者を自分のテリトリーに招きこんで蟻地獄のように捕らえる、恐るべきニーソの技。

 『絶対領域』の発動である。

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