第5話 マッドソックス ~美脚のデスモード~ 1
ショートパンツに白タイツ、ハンチングを被ったその美少年は、男でありながらクイーンのそばにいることを許された特権階級だった。
クイーンの脚にガーターリングを嵌める端からシャッターを切り、パシャリと美脚を写し取る。撮った写真はあとで焼き増しして、「配給だー」と放送塔の上からバラ撒く。
『ロスアンレッグス』に集う男たちに潤いを与えるための、公式報道カメラマンが、この白タイツ少年なのだ。
こいつの名前は、『ショーター・キッド』ってんだ! BANG!
ショーター・キッドが撮影しているのは、最新
左右半分に白黒二色でバッツリ別れたウェディングドレスと、ガーターストッキングの荘厳な姿に、ガーターリングがひとつ嵌められるたびに、クイーンは熱にうかされ舞い踊った。
「ああ素敵。好き。結婚して下さい。いいえ結婚した。しました。子供は何人ほしい? 子供は生まれないわ。女同士だもの。それでも方法はあるわ。好き。六百六十五番目の奥さんになって。何ですかその脚、このワタクシより綺麗なんじゃない? 許せないわ!! 結婚しましょう。いいえ結婚した」
跳んで回ってよろめきながら、脚を振るえばガータートスが、ぎゅんぎゅん空を切って飛ぶ。
ガーター
血染めで潰れたサーカステントを見て、クイーン曰く。
「……いらっしゃらないわ? このワタクシの求婚せしめあそばせた相手がいなくて、蛇足以下の肉塊程度しかいないじゃあないですかあ!!」
「クイーン、そう取り乱さないでくださいよ」
「マリッジブルー中です、話しかけないで!!」
なだめるショーター・キッドに八つ当たりの回し蹴りを見舞うクイーン。しかしこの
「落ち着いてってばクイーン。いくらなんでも最近、マリッジブルーがひどいですよ」
「……すみません、このワタクシとしたことが取り乱しましたね。視野を広く持たなければいけません」
落ち着きを取り戻した、ブロンドヘアーに白黒二色花嫁衣装のこの女。
こいつの名前は、『ソックスシンボル・クイーン・マッドンナ』ってんだ! BANG! BANG! BANG!
「クイーンが求婚した相手は、ボクが撮影してあります。手配書を出しますか?」
「お手数をかけますね。よろしくお願いします、キッド」
クイーンに頭を下げられたショーター・キッドは、撮った写真の中の一枚を、すぐさまロスの報道局に転送。すると街中に鳴り響いたのは、騒々しい駆動音だった。
かくしてようやく視野が広がり、垣間見えるはこの街の、異様な威容。
『ロスアンレッグス』の各地に設けられた大型ビジョンに光が灯り、『
労働者としての栄誉を与えられた屈強な男たちが、大型ビジョンの直下で立ち上がった。柱から放射状に伸びた棒のひとつを掴んで、彼らは時計回りにぐるぐる回る。
いいやこれは棒ではない。タイツを履かせたレッグトルソー、すなわちマネキンの脚部である。柱を回すために脚が生えているのである。柱そのものもよく見たらでかい美脚レッグトルソーなので、脚を掴んで巨大な脚を回している形だ。
この人力が次に動かしたのは、やはりタイツを履かせたレッグトルソーをぐるりと一周繋げて輪にした、奇妙な歯車であった。
回り続ける美脚の動輪につながった、連結棒たる、また美脚。歯車美脚が回ると同時に上下左右に艶めかしく動き、新たな力を生む美脚。ああ美脚美脚もひとつ美脚。
世にも美しき美脚のシステムが噛みあうことで力はいや増し、大型ビジョンの動力源となる。見たいのは砂嵐などではない。もっと映せとうめきが響く。男たちはひときわに気合を入れた。
自家発電が極まってやがて画面に映し出されるのは、マッドソックス・クイーン・マッドンナのきらびやかな美脚だ。それに這い寄り集まってくる、有象無象の卑小な男の視線が、更に脚力を増大。動力源の回し車やギアや連結棒の美脚トルソーを見て、なお拡大。
こうして美脚の円環が、眠っていた街を揺り起こす。
タイツ類ストッキング類でぴたりと覆われた脚の組み合うこのシステム。終末の世はまさに『スキニー・パンク』!
さて本題である。脚の話をしていたらすっかり本題からそれた。
ロスアンレッグスの男たちを総動員して、街の各地のビジョンを稼働させたのには、わけがある。定期的にクイーンの美脚CMを流してこいつらに潤いを与えるという目的もありはするが、今回の最重要事項はそれではない。
画面に映るは、赤毛のおさげのそばかすビキニカウガール。隣に並んだ黒髪ベリーショートにメガネの女研究者。何故か黒タイツは脱ぎかけだ。もしくは履きかけだ。
二人の女の写真に脚文字で大書される、WANTEDの一言。
最初のガータートスの直後に、ショーター・キッドが撮影していた写真を使っての、結婚相手手配書公開である。
「このワタクシの結婚相手が、これで迷わずこのクイーンにまでたどり着いてくれることでしょう。好き。また会いたい。結婚しましょう。いや結婚した。まだしてない。はやくしたい」
「それにしても、どこに逃げたんでしょうね? クイーンの結婚相手に選ばれたら、ロスに逃げられる場所もないと思うんだけどなー」
首を傾げるショーター・キッド。同じく不思議な様子で頭を抱えていたのは、逃亡した当のバンシー・ナンシーである。
このカウガールは、地下道にいた。傍らには
どうして頭を抱えているのかといえば、逃げることが出来た理由がよくわからないからだ。
突然現れて「こっちだ!」と地下に向かって手を引いてくれた者がいたのは分かったし、『ロスアンレッグス』でクイーンに目をつけられるよりは、不審者を信じてでも逃げたほうがいいのは明白だ。
問題は、手を引いてくれた相手である。
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