第3話 駄肉は網タイツに縛られる 1
オンボロとはいえこの時代、車は貴重な乗り物であり、ましてやリムジンに乗れるものなど、ごくごく一部に限られていた。
運転手の半ズボンの少年に促されて、リムジンから降りるのは――。
白のウェディングドレスから伸びた、薄黒ガーターストッキングの右脚。
更には黒のウェディングドレスから伸びる、純白ガーターストッキングの左脚。
左右二色のモノクロドレスの花嫁は、サーカステントの目前に今、降り立ったのだ。
一方その頃、テント内。シルクハットに燕尾服のその女は、一見してサーカス団長らしさのある風体ではある。
しかし信じ難きは、その体躯。終末戦争で振りまかれた『
自走するのも難しそうな、身の丈数メートルのたるんだ贅肉。これをセクシーなピンク網タイツに余さず包んでジャンプ! ダイビングドロップキックにて、コンテナに向かってプレゼント・フォー・ユー。
咄嗟に飛び退いたバンシー・ナンシーと
「おぉっとぉ~……いっけないね。頭に血が上っちまって、アタイ自ら、商品をミンチにしちまうところだった。これに懲りたら、ママに逆らうのはやめるんだよ?」
「誰がママだ! アーハー……礼賛。あんたのママかい?」
「わたしだって違うわよ! ナンシー、こいつはこの『マザー・コンプレックス・サーカス』の団長にして、団員たちのママよ!」
「知ってるさ。それをわかっててあたしも潜入したんだからね。やりあわないほうがいい化け物だってのも知ってんのよ、シット」
「ママに向かって化け物だなんてっ!! 反抗期かい、この子はっっ!!」
太い網目のタイツで
こいつの名前は、『ビッグ・ハム』ってんだ! BANG!
「……しまった。動けないじゃないかい! ヘイ、ダック! ダッ……寝てんのかい!? 起きなさいダック!! 学校に遅れるわよ!!」
大女、総身に知恵が回らず。
激情を伴って立ち上がろうとするも、自分で開けたコンテナの穴にすっぽり尻がハマり、動くことが出来ないビッグ・ハム。
アヒルピエロに呼びかけるも、こちらも大玉の上でとうに倒れて動かない。
サーカステント内部全体を見てみても、頼れる奴らは特にいない。設営準備で蠢く有象無象の欠食男子は、慌てふためくばかりだし、
ましてや今や一番の見世物と化しているのは、テントの中心に広げられたコンテナの上で動けなくなったビッグ・ハム自身だ。本来はここでカゴの中の小鳥たちを競売にかける予定だったのかもしれないが、まるで肉のセリである。
「強いけどバカで助かったね。今のうちにずらかりましょ、礼賛」
「ダメよナンシー、ここはロスアンレッグスなのよ? きゃあっ」
テント外に駆け出そうとするナンシー。その後を追い、履きかけの黒タイツですっ転ぶ礼賛。
「いつまでそれやってんのあんた!? 早くタイツ履きなよ! それともママに履かせてもらう??」
「違うのナンシー! これは履きかけなんじゃなくって、脱ぎかけなのよ!」
「どっちにしろバカか! いつの間になんで脱いでんだ!」
「ロスで生き残っていくというのは並大抵のことではないわ。でもあなたの
「あんたの脱ぎたてタイツをあたしが履くわけない!!」
「でも今はこれしかないの! 『
「アーハー……。もういいわ、礼賛。あんたが救世主かどうかなんてもう、どうでもいい。あれはガセネタだってことにしとくわ。あたしは一人で行く。あんたとはここでお別れよ」
「嫌よ……待って! だって救世主はきっとあなたのことよ、ナンシー! わたし、あなたについていくわ。あなたがカゴから出してくれたのよ?」
黒タイツ脱ぎかけの女と、それを履きたくないナマ脚女。
彼女たちは飛び立とうとしていた。檻を出て、コンテナを出て、見世物小屋を出て、クイーンの治める都会へと。
ところがこれに待ったをかけたのは、暴力的なエンジン音である。ブルンブルンルン。ビッグ・ハムの贅肉が揺れる音ではない。
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