第15話 雪の降る日に

「ただいまー」

「……」


 疲れて涼はソファーで眠っている。きょうはハードな日だったものね。何せ羽田の警備が入ったままのビルが何個もあったからいつバレてもおかしくなかった。バレたら自殺でもされかねない。自殺は困る。失踪した三十一名は二度と見つからないんだ。彼らに死という事実を与えなければ彼らの家族も前には進めない。

 それにしても凄い能力の人だった。悪人であるなら、あっという間に私も桜田さんも消されていた。





 あの日はいつ来るんだろう。

 涼、あなたを私はいつ自由にしてあげられるんだろう。涼の寝顔を見て思う。





 羽田は全面的に容疑を認めた。死体を遺棄したと証言した場所では一つも死体は見つからなかったが、土壌汚染が酷かった土地らしく、そのせいで死体の腐乱などが激しく見つからないという話でおさまった。殺害方法も殴ったと簡単なものになっている。八年前の事件なので証言も少ないこともそれ程大きくは取られなかった。



 ビルの壁の落書き、同級生が一夏で消えるという都市伝説は一気に殺人鬼伝説へと変貌したようだ。




 寒っ! 今日は特別寒いなあ。クリスマス、世間は楽しいムードでいっぱいだけど、私はファイルの山でいっぱい。だいたい地下って寒いのよ。

 あ、クリスマスかあ。あの夢を思い出す。そうだった。クリスマスだった。今年の風景じゃあなかったんだな。あと一年はこのままかあ。あーますます寒くなる。

 と、来た。久しぶりの強い映像! 思わずファイルの棚にしがみつく。

「只野? 大丈夫か?」

 見えた! 見えた!

「あ、すみません。ちょっと出ます」

「じゃあ」

 と、桜田さんも立ち上がる。

「いえ、捜査じゃないんで。少し外の空気吸いたくて」

「ああ、そうか。無理すんなよ」

「課長すみません」

「いいよ。いいよ。休む分にはね」

 課長やっぱりそこですか。

 私は扉をあけて走り出す。

 そのままの勢いで署の外へ出た。


 見上げた空から雪が降ってる。

クリスマス。雪。少女。

 来たんだあ。


 私はまた署の中に駆け戻り鑑識課へ行く。


 開く扉をもどかしく待ち中へと入る。


「涼!」


 今日は姿が見える位置にいた。呼びかけると振り向きこちらに来る。


「唯だから、大声で名前を……」

 話してる途中の涼の腕をひっぱる。

「すみません。ちょっと借ります」

 鑑識課はまたかよって目で見て自分の仕事に戻ってる。

「おい、唯なんだよ! 何調べるんだ? 鑑識セット持ってこないと」

 と言ってる涼をどんどん出口へと連れて行く。

「今日はいらないの」

「え?」

「さあ、早く!」


 今度は二人で外へ出る。雪は変わらず降り続けている。静かに周りの音を吸い込んでるように。

「雪かあ。あ、今日はクリスマスだな。ホワイトクリスマスだな! 唯?」

 涼の言葉にあらためて今日がその日であってほしいと願う。

「うん。そう、雪。クリスマス」

 上からどんどん降ってくる。今日があの日なんだろうか。

「唯。もう戻らないと」

「終わりの日」

「え?」

「今日が終わりの日なら涼とこうしていたいって思ったから。寒っ! 風邪ひくね。戻ろう」

「ああ、うん」

 涼は鑑識課に私は地下へと戻って行った。





 次の日の朝。珍しく涼より先に目覚めた。夢は見なかった。だけど、毎日夢を見る訳ではない。月に4、5回の時もある。まだ、そうだって決まった訳じゃない。だけど、期待しない訳にはいかない。これ以上手帳を増やしたくはない。犯罪を立証出来ないまま終わらせる事件を犯罪者を増やしたくはない。

 寒いのでカーディガンを羽織り窓辺に行きカーテンを開ける。眩しい光が差し込む。

 ベランダに出てマンションの上から街を見下ろす。何もかもが真っ白になっている。まるで新しい世界がはじまったように。新しい世界か。

「唯?」

「あ、ごめん。寒かったね。起こした?」

 雪につられてそのまま出てきて、窓が開いたままだった。

「いや、大丈夫。うお! 綺麗だな。むしろ起こしてよ。こんな綺麗な景色一人占めか」

 涼もベランダから外を見にここまできた。

私達はベランダの手摺にも降り積もった雪を集めて遊んだり、どんどんと朝の光や人や車が行き交って消えて行く、綺麗な世界を見たりした。





 年末年始は実家に帰ることと言われていたので、朝目覚めて涼がいない日を過ごしている。相変わらず夢は見ない。いつ、確信出来るんだろう。いつ涼に言えばいいだろう。





「お待たせ」

「おう!」

「何か変な感じ」

「だな」

 涼と外で待ち合わせるなんて久しぶりの感覚でなんか新鮮。

 言わなくていいのだろうか。迷っている。言い出せない。怖いんだろう。

「唯?」

「あ、ごめん」





「年始四日までかあ」

「お父さんが家にいろってうるさくって。ただ自分が楽したいだけだよ。きっと」

 何日に私達の家に戻るか涼は決めていなかった。

「僕だけでも戻るかなあ」

「うーん。一緒に帰ろう!」

 ふと、そう思った。一緒帰りたいって。なんとなく。

「まあ、そうだな。二人でいつもいる場所に一人の方が嫌だな」

「じゃあ、決まり!」






「遅い! 寒いだろ! 家の前にいるのに入れないの、どんな気分か!」

「ごめん。お父さん話長くって」

 一緒に家に帰る日に一緒に家に入ろうという私の言葉を涼は守ってくれている。愚痴は言うけど、優しい涼。

「早く行くぞ!」

「うん」

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