第2話 はじめての夜遊び

 目を覚ました時、あたりは薄暗かった。窓の外のいつもの賑やかさもない。ひんやりとした木に囲まれている感覚。最近はあまり感じた事がない。うん、でも懐かしい感じ。あれ?と起き上がる。ベットから足を下ろし触れた床は馴染みのある感触。

 階下で母が動き回っている気配がする。もう朝かな…そう言えば、お腹が空いている。

 部屋から出ると、階段を降りる。毎日何度も行き来している階段。

「あれ?朝じゃない?」

 階下は真っ暗だ。台所にだけ明かりが付いている。

「母さん?」

 台所の引き戸を開ける

「お祭りに行くんでしょ?早く支度しなさい」

 母は背中を向けたまま忙しく動いている。

「何これ!」

 ダイニングテーブルにはナスがぎっしり詰まったおお皿が沢山。

「これ全部ナス?何で⁉︎」

「だって、好きでしょう?」

「そうだけど」

 皆同じかと思ったら、違う。味噌焼きや、炒めたのや、煮物や、漬物や、兎に角丸ごと調理されたナスの大群が、黒光りしながら綺麗に並んでいた。

「何でナスばっかり?たくさん成ったの?」

 そう言いながら、一つずつつまみ食いして行く。うん美味しい。ナスは好き。漬物をもう一個…

「もう行く時間でしょ」

 母に言われて玄関を見ると、友達が迎えに来たところだった。

 ユキと彩乃と裕美。小学校からの友達。皆可愛い浴衣を着ている。

「ユキの彼と友達が車出してくれるから」

 そう言って彩乃ははしゃいでいる。綺麗なピンクの浴衣を着ている。私のは、紺にアサガオ。

「お前はこういうのが似合うのよ」

 と母は言う。うん知ってる。可愛いのは妹の。私は地味なの。いつもそうだから。男の子たちの車に乗って会場近くの広場に行き、皆でおしゃべり。

「それ気に入ったの?」

 私がつまんでいた何だかわからない細工の人形を手に取りながら男の子が聞く。何君だったかな?baseball capのつばを後ろに被られると弱いんだよね、私。

「うん。何だかわからないけど、可愛い…」

 私がそう言うと、ひょいとつまみ上げてお金を出した。

「え?」

 とその男の子を見ると、

「私はかき氷が良い!」

 彩乃がそう言ってその子の腕に甘えた。

「皆でかき氷食う?」

 その子は嫌がる風も無く、皆に向かって聞いて

「食べる?」

 と言う風に私にも笑いかけ、背を向ける時に私の手の中にさっきの人形を落とした。

「あ…」

 お礼を言う間も無かった。

 かき氷を皆で割り勘で食べながら、

「もう!」

 とユキは不機嫌だ。

「どうした?」

 と彼氏が聞くと、

「せっかくママに着付けてもらったのに、出掛けに弟がふざけたから帯がおかしくなったのよ」

 ユキには6歳下の弟がいる。お姉ちゃんだけお祭りずるい!とごねたらしい。

「見せて」

 私はユキの帯を緩め、直していく。

「あれ、理子、着付け出来たっけ?」

 裕美が驚いた声を上げた。

「うん。バイトで覚えた」

 そう言ってから、あれ?と思う。私バイトしてたっけ?

「え?」

 と聞き返され、

「や、妹の着付けとか…」

 と誤魔化した。

「里菜ちゃんか〜可愛いよね〜」

「良いなぁ〜妹」

「何?そんな可愛い妹いるの⁉︎」

 男の子たちも色めき立つ。

「4個下だよ?」

 私も笑う。そう。妹は可愛い。雑誌の読者モデルをしたこともある。

 誰だって、あの子の方を好きになる。親だって、彼だって…あれ、誰のことだっけ?

 何だかおかしい…きっと熱のせいだ。そうだ!私さっきまで熱を出して寝ていたはず。あれ?と手を見る。何だか華奢だ。いつもみたいにカサカサしてない。そう言えば何だか体も軽いんだよね。胸の張りも違うし。そっと腕で押してみる。…懐かしい感触…

「どうした?」

 と、隣の裕美に聞かれた。さっきの男の子の運転する助手席では、彩乃がはしゃいでいる。裕美の隣の男の子も覗き込んで来たので慌てて笑顔を浮かべる。

「何でもない!」

 大げさにそう言って笑う。

「スピード出しすぎ?あいつら早いんだよなぁ」

 そう言ってゆるめようとする彼に

「え〜‼︎」

 と彩乃が抗議した。

「あ、私車のことは分からないから、任せる!」

 そう言って話を切り上げたけど、おかしいでしょ⁉︎

 いつ車に乗った?うん、記憶には有る。遠い記憶。私が19歳の時かな?帰郷して確かに遊んだよ。この子たちと。何年前の話よ。や、サバ読んだ。10何年前のこと⁉︎ちらりと裕美を見ると確かにあの頃の彼女だ。最近会った時の彼女とは違う。明らかに、若い!

 そうして思い出した。もうすぐ私たちカーブでハンドル切り損なってガードレールにぶつかる!

「やっぱりスピード緩めて!」

 急いで叫ぶ。

 彼はスッと実行に移してくれた。

 この彼とのその後を思ってちょっと胸が熱くなる。

(東京に戻ったら付き合いたい…って言ってくれたよね…)

 今も変わらないかな…と言うか、この時もうすでにそう思っていてくれたのかな…今の私の行動で変わっちゃったかな…

 緩やかなスピードでカーブを曲がっていく。真剣な顔で運転する名前も覚えていない彼の横顔を見つめた。

 ユキたちカップルを乗せた車のテールランプが遠ざかり小さくなっていく。再び大きくなってきたと思ったら、それは我が家の灯りだった。いつの間にか家の前に立っていた。もう深夜2時を過ぎているのに、両親の部屋は明かりがついていた。そっと玄関を開けると、スッと明かりが消えた。

 そうだった。いつもだったらとっくに寝ている時間なのに、両親は私が帰り着くまで起きて待っていたんだよね。初めての夜遊びだったんだ。

 そう言えばお腹すいた…まだナスあるかな?そう思って台所に行くと、そこには何一つ残っていなかった。あんなにあったのに…?戸棚を開けてみたら、大きな蒸しケーキが一つ。とりあえずそれを一口かじり、部屋に向かう。階段を上がろうとして足を止める。何だかいつもと違う。階段の壁には母が描いた大きな油絵が飾られていたはず。私の子供時代はずっと。外されたのは、いつ…?何かがあったんだここで。

 急に見知らぬ顔を見せた階段を恐る恐る登る。下から風が吹き上がり、驚いて振り返ると、眼下は草原だった。

 今度こそ明らかにおかしい!こんな記憶はないからね!

 階段の下で、何?動物園で見たことがある?ネコ科の動物がこっちを見上げている。えっと…肉食だったりするかな?きっと、そうだよね…?

 コレはピンチですか⁉︎


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