3/11の憂鬱 〜発熱3日目の妄想 ヘビーメタルを聞きながら〜

月島

第1話 発熱

 帰宅途中から、変だと思っていた。

 折角の月に一度のデートだというのに、食欲が湧かなかったし。

「今日は飲まないんだね」

 なんて言われた。かなり飲むイメージだったのかな…ちょっと反省。

 家に帰って、とりあえず…とシャワーを浴びて、その頃にはうん、確実に何かがおかしい…と感じていた。

 外は暑かったし、食欲はないし。水分だけは取っていたけど、そのせいで食欲がないのかも…と気にしなかった。いつもの設定温度のお湯が、緩い。それに肌に当たって不愉快。視界が変に歪む。私の目、こんなに左右が違った?おかしいおかしいおかしい…

 髪をガシガシ乾かしながら、とりあえずいつものBGMをかける。

 ヘビーメタルが好きだって、まだ彼には話していない。

 毎日、というか家にいる時は絶え間なく、外出時、仕事の移動時も休憩時もスーツですましながら、優雅にクラシックを聴いているような顔をしながら、耳に刺さったイヤフォンからはこの曲が流れている。聞いている曲が漏れたら、社会的信用失うかな…と思いながら。

 だから。あれ。これは確実におかしい…と思った。いつも聴いているボーカルの声が違って聞こえる。なんだか、確実におかしい!あの愛おしい声が他人の声に聞こえる。これは一大事!

 何処かにあったはず…とベットサイドの引き出しを探す。あった!基礎体温じゃない方の体温計!

 ベットに座ると、気を落ち着けて脇に挟む。

 熱を計る時ってつい姿勢がよくなりませんか?私だけ?

 そして…38.2!

 熱があるとわかった途端全身から力が抜けるのも私だけじゃないはず!

 風邪なのか、熱中症なのか…兎に角明日も仕事だ!熱を下げなきゃ!冷凍庫に入れっぱなしだったアイスノンを引っ張り出しタオルで包んで枕の上におく。よし!寝よう。

 いつもと違う声の♪骨まで愛して♪を聞きながらドロドロの眠りに落ちていった。

 何故か夢にイチローが出てきた。別にファンじゃない。

 昨日のデートでベースボールカフェに寄ったから?

「今年調子良いんだよね♪」

 彼がそう言って横浜の試合を見ていたから?

 私のイメージだと横浜って毎年最下位なんだけど、私の情報、古い?ここの所野球見ないもんなぁ。

 子供の頃はカープファンの父と一緒に良く見てたわよ。

 娘二人で物足りなそうな父の為に頑張ってキャッチボールもした。おかげで日焼けして、今シミとなって私の精神を攻撃してきているけど、父が喜ぶのが嬉しかったのよ。あの頃は。

 兎に角、私に新ルールを説明をしたのはイチローじゃなくて、彼のはずだ。…といつものBGMをかけながら寝ぼけた頭で考える。そんなことはどうでも良い。問題なのは、頭をちょっとでも動かすと激痛が走るってこと。二日酔いでもないのに!熱も…昨夜より上がっているじゃない!家に風邪薬は…無い。確か鎮痛解熱剤があったはず…だけどそろりそろりと移動しないと頭が割れる。

 ゼリー飲料を飲んでから、薬を流し込む。出勤時間まで後1時間。薬が効いてから支度して間に合う?うう…眉間のシワが深くなってる。なんて惨めな気分。そう言えば、デートの翌日の気分はいつも最悪だった。悔しいなぁ…そして情けない。

 仕事関係で出会って。4回目のデート。ほどよくオシャレだし、3歳年下だし、中学まで野球部でほどよくスポーツマン。今もTVで野球観戦するのが好きで、後は美味しいスペイン料理のお店をよく知っている。お酒もほどほど。なんでも「ほどよく」だけど、それって逆にポイント高いでしょ?そしてほどよく積極的。これもポイント高いのよ。年下だって臆すことも無く。図々しくグイグイくることも無く。ポイント高いのに、どうして気持ちが盛り上がらないんだろう。

 ダメだ…まだ薬が効かない。仕方が無い。上司に連絡を入れて出勤を昼からにして貰う。

「なんだ〜デートで張り切りすぎたか?吉野君にほどほどにって伝えておこうか?」

 電話越しにニヤニヤ顏が見て取れるようないやらしい言い方に

「余計なお世話です」

 そう言い返せるくらいベテランですけど。セクハラ発言に「もぅ〜♪」とか言っちゃう可愛い新人女子社員じゃ無くてすみません。求めて無いでしょ?私にそういう反応。男女の関係の話は苦手なの。優しい対応できないわよ。特に、余裕のない今は。

 後2時間猶予ができたから、頭を冷やしてギリギリまで寝る事にする。会議一つ出席すれば後は居れば大丈夫なはず!


「具合、悪かったんだ?ごめん、気がつかなくて…」

 会議には彼も出席する。…と言うかこの会議に出る為に月一でウチの会社に来て、そして私とデートしている。

 当然そう思っちゃうよね…

「熱が出たのは帰宅してからよ。私も気がつかなかったんだから」

 気にしないで。と言うけど気にしちゃう子だ。

「それでも、僕が気がつかないと…河合さん無理する人だから」

 可愛いなぁ。男前でしょ?

 会議室前の廊下で急いでそんな会話を交わし、そっけない顔で入室してそれぞれ席に着く。室内では不必要な視線も交わさない。そういう大人の対応ができる子な所は気に入っている。

 あぁ、会議中なのに頭に中を♪マスカラ♪が流れる。セクハラ上司のせいだな…

 ウチの課長と取引先の彼の上司と4人で打ち合わせ後に飲みに行くことが多く、その内、上司たちにのせられて付き合いだした。そう言うと彼は違うでしょ!とムキになる。

「課長に、吉野は河合さんがお気に入りだから〜って言われたから、そうです。って言っただけ。気に入ってたのは事実だし。付き合ってっていうのは、ちゃんと自分で言いました!」

 そこ、大事?と思う所にこだわった。男の子だねぇ。

 会議はほとんど頭に入らず。でもなんとか終わり。

「送って行くよ」

 と言ってくれるけど、やんわり断る。

「まだ、仕事残っているから帰らないのよ。吉野さんは、本社に帰る時間でしょ?私は大丈夫」

「そうだけど…まだ帰れないの…?」

 遠恋は辛いよねぇ。

「大丈夫。薬効いてだいぶ楽。帰り道、気をつけてね」

 年下で可愛いけど、ほどよく筋肉のついた引き締まった胸板がワイシャツの上からでも良くわかる胸元にそっと掌で触れ、今回の逢瀬の終了を告げる。次は1ヶ月後?お互い仕事が忙しいから。それを口実に深く踏み込むのをためらっているのかな私。いつからこんなに臆病になったんだろう…

 彼は潔く一礼すると上司に続いてウチの会社を出て行く。胸がちょっと痛んだ。

 結局、それから2時間ほど仕事をして、薬が切れる前に…といつもより早めに帰宅した。部屋は今朝散らかしたままだ。他所様には見せられない。吉野君の好意に甘えなくて正解だったわ。

 しかし、片付ける元気はない。洗濯機を回し、台所の洗い物をしながら買ってきた夕食を食べ、薬を飲んで、洗濯物を干していたら効いてきた。今日はもう、この勢いで寝てしまおう。

 BGMはどこまで聞いたかなぁ。あ、好きな♪力♪だ…と思って幸せな気分で聞いて、その次のお祭り騒ぎの中眠りに落ちた気がする。

 今日もいい声…とうっとりしながら。


 ♪起きろ!♪の歌声に

「はい!」

 と飛び起きる。

 BGMかけたまま寝ると最近いつもそう。…だけど今日は

「いった〜い!!」

 激痛を伴った。

 何て事。発熱して3日目なのに、まだ頭が痛いの?急いで熱を計ると、案の定…増えているじゃない。

「もう…分かったわよ」

 誰かに言ったわけじゃないけど。そんな予感がしていたから、仕事は休みにしておいた。寝て過ごせばいいんでしょ。貴重な休日を!だから、誰かに言っている訳ではないですから!

 昨日の仕事帰りに 買っておいた菓子パンをもそもそと食べ、昔飼っていたハムスターを思い出す。

 さっきまで寝ていたのに、食べて寝て…ってダメ人間まっしぐらじゃない?

 窓からカーテンを揺らして、心地よい風が陽光をチラつかせながら吹き込んでくる。

 だけど、寝るの。私、熱があるからね!自分を説得し、誰か分からないけど誰かに言い訳し、薬を飲む。

 後はいつもと一緒。ヘビーメタルを子守唄に眠るだけ。

 外が明るくて、活気に満ちている事は気にしちゃダメ。

 だけど、熱があるときにだらだらと眠りに落ちると、変な夢を見ませんか?妙にリアルで、不思議な世界の夢よ。そんな風に子供の頃に感じた事があった。けど忘れていた…もう眠くて眠くてBGMも遠ざかって落ちていく…



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