第9話 ご都合主義と行き止まり


 暗くなってきた。

 撮影隊が夜の撮影の準備をしている場所から離れて、遺跡の周りの切り開かれた場所からジャングルを見回して、ユメが言った。

「どっち行けば地底都市だかわかる? そもそも、六千年前の道なんて残ってないかもしれないけど」

 このジャングルじゃ、六年前の道だって残っているかどうかあやしいもんだ。

「わかんないな。例のフラシュバックでもあればわかるかもしれないけど。出発

したときオレは起きちまってたからなあ。ユメは寝てたんだからどっちへ向かったのかわかったんじゃないか?」

 ウマに乗って歩いた旅の大半は、ユメしか寝てなかったから、オレは体験していない。

「あの部屋があったピラミッドみたいなののまわりには街があったのよ。見送りの人も大勢いて。ここにはそんなものないわ。そもそも、ここがあのスタートの場所とは限らないし」

 そうだ。この遺跡のピラミッドは、あのときのスタートの建物ってわけじゃない。四千年以上経って跡地に建てられたって可能性はあるが、まったく別の場所なのかもしれない。

 さらに暗くなっていくジャングルを見ていると、茂みの陰に猛獣か毒蛇でも隠れていそうな感じがしはじめた。

 途方に暮れるっていうのは、こういうときのことを表す言葉なんだな。

 あの地下への入り口の像まで道がちゃんとあって、車で行くっていうのならなんとかなりそうだが、ジャングルを徒歩っていうのはなあ。

「撮影隊にここまで連れてきて貰ったのは、こうなると失敗だったわねぇ」

「そうかもな」

 遺跡まで来るには都合よかったが、目的地は遺跡じゃなくて地底都市の神殿だ。この遺跡が、地底都市の入り口と、どういう位置関係にあるのかわかっていない。

「ここが六千年前のあのスタート地点なら、地底都市の入り口までジャングルを二、三十キロは行かなきゃならないわ。そのあと地底でもかなり歩いたみたいだし」

 そうだよな。たしかジャングルを二人乗りのウマで半日で地底の入り口で、地底も数時間歩いてたらしい。道がわかったとしても、ここから徒歩じゃ、丸一日なんてことになるかも。

 猛獣が出そうなジャングルを二人だけで歩いていって無事かどうかっていう大問題を横に置いて考えたとしても、これから丸一日かけていたら、完全に時間切れアウトだ。

「ここまでのご都合主義が嘘みたいな状況だなあ」

 思わず本音が出た。

「えっ?」

 小声だったと思ったが、ユメに聞えたらしい。

「え、いや。ここまで無理そうな場面でも、なんとか道が開けてきただろ。多分こんなかたちで道が閉ざされるはずじゃないんだ」

「そんな神頼みみたいなのじゃだめよ! たまたまここまで都合よく来れたからって・・・・・・マコト? どこ見てんのよ」

 オレが見ていたのは、ユメの頭の上。ユメの後方五、六メートルのジャングルの端とでも言うべき場所にある木にからみつかれた石の遺跡物だった。

 ユメがオレの視線をたどって振り返る。

 そこにあったのは、見覚えのある石像だった。

 身長の二倍くらいの高さの、三頭身の神像――つまり、地底都市への入り口の印だ。

「なによ! これ! 人が説教してるとこなのに、なんでこんな、ご都合主義なとこに突っ立ってるわけ?!」

 ユメはおかんむりだ。そりゃあそうだろう。オレが神頼みのご都合主義を望んだことを咎めようとしたときに、オレの頼みを神様がきいてしまったようなわけだから。

「これって、あの滑り台の入り口だろ?」

「だまりなさいよ! なんで遺跡のすぐそばにあんのよ! 夢じゃ半日かけてウマで移動したのよ! その間あなたは戻ってこないし!」

 ユメの怒りは収まらないようだ。

「だって、この遺跡は千五百年前のものだろ? 六千年前はジャングルだったってことじゃないかな? ポポロムは神像はいっぱいあるみたいに言ってたし」

 そうは言っても、納得いかないよな、確かに。

「そ、そんな簡単なことでいいわけ?!」

 でも、それをオレに言われても、なあ。

「道が無いよりいいじゃないか。それに、本物の入り口かどうかは、オレが近寄ればはっきりするんだろ?」

 オレが像に向かって歩き出すと、ユメが引き留めた。

「ちょ、ちょっと待ってよ。これであなたがあの像に近づいて、黒い穴が開いちゃったら、それってどういうことかわかってんの?!」

 ユメは何を言ってるんだ? ここまできて地底都市の入り口を見つけたら、当然入るだろ?

「どういうことって?」

 オレが無頓着に訊き返す。ユメが怒ってまくしたてる。

「これまでのことは『不思議な夢ね~』みたいなノリでなんとかなるけど、穴が開いちゃったらそうはいかないのよ! これって現実なのよ! 現実の世界で、だれかが近寄ったら地面に穴が開く太古の石像なんていう存在が、あなた許せる? それって現実の崩壊よ?!」

 たしかに、コンビニの入り口の自動ドアとは訳が違う。あの穴の開き方は異様だったよな。地面がまるで薄っぺらい紙かなにかのようで、ぽっかり空いた穴の下は真っ黒で何も見えず、穴が開くようなしくみも見当たらない。穴が開く前は、地面は本物の地面だったし。

 でも、だからと言ってこれまでの出来事だって、それと同じくらいありえないことだらけだったじゃないか。カナダと日本にいたユメとオレが夢の中で会話ができて、メキシコへ行く相談をしてヒューストン空港で落ち合う、なんてことにしくみがないなら、それと同じことがたまたま起きる確率っていうのは、どれほどになるっていうんだ?

「ここまでのことだって、単なる偶然とかじゃ済まされない、キセキみたいなもんだったろ?」

「でも、現代科学でも説明できないようなしくみの地底都市の入り口、なんていうのはなかったでしょ? これは越えちゃならない一線よ!」

 ユメはまだ、穴のことを特別視しているらしい。

「わかんないなあ。地底都市に行かないとしたら、なんでここまで来たんだよ。ここで帰っちまうって選択肢、あるのか?」

 ユメが困惑顔で黙り込んでしまった。

 とりあえず、ユメが納得するまで、オレも待つことにしようか。無理やり引っ張り込むようなことじゃないし、ここにユメを置いていくなんていう選択肢なんてありゃしない。

 ここまでいっしょに来たんだから、もう、最後までいっしょに行きたいよな。

「・・・・・・あのね、わたしね、多分、心のどこかで信じてなかったの。不思議な夢でめぐり合えたあなたと、楽しく旅ができるってくらいにしか思ってなかったんじゃないかな。でも、地底都市が実在したりしたら、それはつまり人類の危機っていうのも実在してて、あなたの使命っていうのも本物だってことよね。それが恐いの」

 そう言ってオレを見上げたユメの瞳が、月明かりに反射してキラリと青く光った。

「ユメ。オレたち・・・・・・いっしょだから。これまでもふたりで来たんだし、ここからもいっしょに行こう」

 うまく言えないけど、なにかが伝わったらしい。ユメが覚悟を決めたように頷いてオレの腕につかまり、像の方を向いた。

 ふたりでゆっくりと像に近寄る。

 一歩。

 二歩。

 そして、夢の中で、黒い入り口が開いたあたりへ足を延ばす。

 二人でゆっくりとつま先を地面に近寄せ・・・・・・。

 つま先が硬い地面に触れる。

 穴じゃない。

 そのままかかとまで地面についても、なにも起きない。

 ユメを見下ろすと、彼女が笑顔で見上げてきた。不安から解き放たれた幸せそうな笑顔だ。

 ユメにとっては、このほうがよかったんだろうな。あの夢のことはなにかの偶然で、人類の危機も危険な使命の旅も、実は、ありゃしない。

 お? 彼女が両腕をオレの首に伸ばしてきて、しがみついて顔を近づけてくる。笑顔が近づいて、彼女が目を閉じる。

 これって・・・・・・え? キスとかしちゃう場面か? 断るのは、まずいよな。うん、ユメを怒らすわけにはいかないよな。

 オレも覚悟を決めて目を閉じようとした瞬間、足の下の地面が消えた。

「いじわる~~~!!!」

 真っ暗な滑り台を滑り落ちながら、ユメが叫んでいた。

 多分、神様ってやつに向かってだろう。



 この滑り台は二度目なので、勝手がわかっている。今度は姿勢制御もうまくできるぞ。手足を伸ばして、丸いチューブ状の滑り台の壁との摩擦で身体の向きを整え、滑る体勢を取る。滑り台のだいたいの長さも覚えているし、終わる前に角度がなだらかになるのも知っている。あ、ほら、きたぞ。もうすぐ出口だ。最後の着地も今度は危なげなく成功した。

 あの場所だ。

 間違いない。

「どうせ穴が開くんだったら、すぐに開きなさいよね! なによ、さっきの『溜め』は?! 開かないんだと思ったじゃないの! いいこと、マコト! さっきのは『ナシ』よ! 『ナシ』!」

 前半部分はオレに対してじゃなく『運命』に向かっての不平らしい。『ナシ』にしたい『さっきの』って、キスしようとしたことか?

「で? ここはどうなの、マコト? 夢の中とおんなじ?!」

 あ、そうか。夢じゃユメは滑り台の途中で目が覚めてたんだっけ。

 広さや間取りは同じようだ。原理のわからない夕暮れくらいの明るさの灯りも健在だ。でも、出口、っていうか街への入り口の方向が逆だ。

「地底都市の入り口には違いないようだが、夢の中とは別の入り口みたいだ」

 ユメとゆっくり街への通路へ向かおうとすると、あちこち見回していたユメが、宙に浮かんだ楕円形の黒い穴をみつけた。

「こ、これ何よ?! あり得ないわ!」

 そのとおりだ。空中に穴が浮かんでいて、その穴の中は、まったく別の場所に繋がっている。この穴に腕を突っ込むところを横から見たら、突っ込んだ腕が途中で消えているように見えるんだろう。

「ああ、それがさっき滑ってきた滑り台の出口。オレがこの平らなスペースを出るまでは閉じないんだってポポロムが・・・・・・」

 シュシューっと、穴からすべる音がする。誰かが滑ってきてる? 羽田ミドリか? でも彼女はオレたちふたりを見送ったはずだ。

 そう考えた一瞬を後悔するハメになった。滑り台の穴から飛び出してきたのは、迷彩服を着たやばそうな男達だった。

 肩から掛けた自動小銃を脇に持っている! ヤバいだろこいつら。

 驚いてると、例のフラッシュバックが起こった。こいつら神官といっしょに四人の美女を連れて追ってきたときにいたやつらだ!

 あわてて四畳半ほどの平らなスペースから離れる。黒い楕円の穴が縮んでいく。ギリギリ飛び出してきた男のすぐ後にいたやつの靴が出てきたあたりで、穴が小さくなって、穴の中から「うわ~っ!」という声が聞えたかと思うと、いきなり途絶えて穴が消え、ストンと靴が落ちて転がった。

 足首が切断されたんじゃなく、靴だけだった。身体はどうなったんだろう。出口がなくなって、チューブ滑り台に残されて詰まっているのか? それとも、あの滑り台全体が、オレがいることで開く『入り口』なら、チューブごと全部消えてしまったのかもしれない、その場合、中に残っていた人間がどうなったかなんて、考えたくないな。

 オレが動いて滑り台の穴が空中で消えるまでに、穴から出た男たちは八人。皆、銃で武装してる。

 夢のような出来事に驚いているのか、あたりを見ていたが、すぐにオレとユメの方を向いて銃を構えた。

 ひとりが何か言った。

 オレたちに向かって、だが、スペイン語かなにかだ。オレもわかんないしユメもわかんなかったようだ。だが、脅し文句らしいのはわかる。

 別のヤツがしゃべった。今度はなんと日本語だ!

「おとなしく降伏しろ。日が変わるまでここでじっとしていれば、殺しはしない」

 なるほど、そうしたら栓抜きは時間切れってことか。

 今動くと、撃たれちゃうんだろうな。こんな場所じゃ、死体もみつからないものな。撃ったやつらも、どうやって戻るつもりかわからないが。

 八つの銃口から逃げ出すのは不可能そうだ。やつらとは五メートルほどしか離れていないし、手近な岩陰までは、その倍はある。

「財団はなんでオレたちの邪魔をするんだ? あんたたち、知ってるのか? オレが勇者で、これから使命を果たすところなんだぞ。サポートするのが財団じゃなかったのかよ」

 ひょっとしたら、末端のメンバーは騙されているのかもしれない、という線に賭けてみたんだが、そもそも六千年前にオレたちを追い回していたやつらだから望み薄だ。

「勇者様なのは知ってる。おまえが使命を果たしたら、千年の平穏が訪れるって話もな」

「あのときの神官は、信者を失いたくなくて悪に走っていた。現代の代表もそうなのか?」

 その日本語男は、別に部隊のリーダーじゃないようなんだが、日本語で話が出来るのがそいつだけらしく、次第にグループの真ん中に移動し、前に出てきた。

「代表はいわゆる死の商人さ。平穏が訪れたら、商品が売れなくなる」

 おやおや、やばそうな団体だな。六千年前の神官もそうだったが、平和になると商売あがったり、ってことなのか。

「あなたたちも、それを望んでいるの?! お金で雇われてるの?」

 ユメがしゃしゃり出てきた。日本語でしゃべってるから、意味がわかってるのは、日本語男ひとりだけだろうけど、八人の視線がユメに集中した。

 オレはさりげなくユメを前にいかせ、彼女の陰で右腰に両手をそろえた。

 あの光線みたいなの――『勇者の光波』だっけ?――が出れば、楽勝だ。

「説得しようとしても無駄だ。オレたち実動部隊は、呼びかけで集まったわけじゃない。元々彼の部下だ。残念だったな」

 よし、やつらはまだ気付いてない。

 腰を落として、気を貯めて――両手を前に押し出す!


 出ない!!


 出ると信じて恥ずかしげも無く『かめ○め波』のポーズを取ったのに、オレの両手からは何も出なかった。

 しかし、効果はてきめんだった。

 八人の視線はオレのポーズに釘付けになった。

 こいつらみんな、六千年前にオレの『勇者の光波』っていう自動追尾多弾頭貫通光弾を喰らったやつらの生まれ変わりなんだ。あのときの記憶が刷り込まれていて、オレのポーズを見ただけで、ビビってしまっていた。

 固まったのは一瞬で、顔を覆ってかがみこむやつから、倒れてピクピク痙攣して泡を吹いてるやつまで、効果の差はあるようだが、全員戦意を失っていった。

 多分、六千年前にどんな状況になったのかによって、ひとりひとりの効果が異なっているんだろう。ただし、『やられた』ってことは共通なわけだ。

「ユメ! 今だ! 来い!」

 チャンスだ! ユメの手を引いて駆け出す。

 やつらの武器を奪ったり、縛り上げたり、っていうのも、ちらっと考えたが、そんなことをしている間に回復でもされたら勝ち目はない。ここは逃げちまうに限る。

 洞窟を走りながらユメが言った。

「あなた、なにしたの?!」

 そうか。ユメは知らないんだったな。『勇者の光波』を放ったとき、夢での連れは妹姫だったから。

「陛下の必殺技、『勇者の光波』だよ! 出なかったけど、やつら、オレにまたやられたんだと思ったんだ!」

「あの、一日一回っていう必殺ワザ? 出ないなんて、あなた夢を信じてないの? こんなとこまで来たのに」

 さっきまで信じてなかったのはユメの方だろうよ! でもまあ、そうかもな。オレだって、完全に信じていたってわけじゃないかもしれない。

 ところが、そんなオレも完全に信じるしかない光景が前方に広がった。

「地底都市だ・・・・・・本当にあった!」

 スケールも、明るさも、そして無人ぶりも、あの夢のまんま、目の前に都市が広がっていた。オレたちが出てきたのは『感謝の壁』のような、都市がある空洞の側壁に開いた穴だ。

「『感謝の壁』はどっち?!」

「わかんないよ! 壁伝いに回るしか・・・・・・お~い!! ポポロム!! 目をさませ~!!」

 いきなり思いついてポポロムを呼んでみたが、返事はない。オレの声が都市に響いただけだ。

「たしかに、ポポロムが見付かれば道案内できるんでしょうけど、どこで寝てるかわかんないわね」

 そうだ。まだポポロムが寝る場面まで夢を見てない。肝心な場面は、まだ全然体験できていないのに、なんで起きちゃったのか。

「それに、もしもポポロムが起きてきても、言葉が通じないわよ。夢の中は完全翻訳モードで何語でもお互い通じてたけど、現実世界でポポロムがしゃべるのは、多分古代語よ。今の地球でしゃべれる人なんていないわ、きっと」

 そうだった。ポポロムは七分刻みで時間を区切る言語を使っていて、夢だから翻訳されていただけなんだ。

「ここに立っててもしょうがない。さっきのやつらが追ってくるかもしれないし。とりあえず、右向いて進もう」

 どっちでもよかったが、右へ向かって壁沿いにスタートしようとしたとき、いきなりフラッシュバックがあった。

 あのときの神殿への入り口の画像が目の前に浮かぶとともに、どっちにあの入り口があるのか、急に頭が理解した。

「見えた! ユメ! 見えたぞ、あっちだ!」

 フラッシュバックが指し示す方向は左七十度くらいの方角の壁だった。右から行っていたらあやうく都市をほぼ一周して、時間切れになるところだったな。



 無人の石の街の格子状の道を斜めに進みたいものだから、右へ左へジグザグに曲がりながら進むことになる。冷たい感じがする石だけの家からは、なんとなく邪悪な感じがただよっていて、例の『悪意』が出てきそうな恐怖が付きまとう。こんなとこで肝試しとかやったら、すぐに降参かもな。

 感覚を信じて、一時間ほど小走りに進み続けたら、岩壁に、入り口が見えた。

「あった!」

 ユメとオレはいっしょに声を上げ、顔を見合わせた。

 あのときのままだ。

 そして、入り口をくぐるとき、ユメがあたりの地面を見回した。

 そうか、ここで、あの四人の美女たちが、オレたちの時間稼ぎのために命を落としたんだ。

 誰かが埋葬したのか、それとも六千年の時のせいか、そこにはそんな惨劇の後や人骨なんて残っちゃいなかった。そうだよな。ほんの四、五百年前の日本の古戦場とかに行ったって、人骨や鎧が転がってたりしないものな。

「さあ、行こう。ユメ」

 神殿への洞窟は、幅と高さが五メートルほどの四角い穴がまっすぐ続いていて、四、五百メートル先で照明が途切れているかのように真っ暗な部分があり、さらにその先に洞窟が続いているようだ。

 あの暗い部分が谷なんだろうか?

 どんどん進んでいくと、その暗い部分が近づいてきた。

 ついに明るい場所の最後まで到達する。どうやら、床や壁はそこで途絶えていて、暗い部分は大きな空間のようだ。風の音がするし、そこまでの洞窟と違って、なんだか熱気がある。

 正面には、四、五十メートル先だろうか、明るい洞窟が続いていて、すぐに行き止まりになっているようだ。そこまでの真っ暗な部分は、空洞か? これが谷?

 谷の部分に頭を出して見回してみる。しかし、明かりが無くて真っ暗だ。真上に星が見えたような気がしたが。一瞬だけで、眼を凝らしてもなにも見えなくなった。

「どうなってるのかしら?」

 ユメがオレに訊いた。でも、オレにもわからない。

「見えないね。明かりある?」

「あなた持ってないの?!」

 あるよ、そうだった。

 LEDの小さな懐中電灯を持ってきてたんだった。

 サックから取り出して照らしてみる。前方の穴のあたりは、周りは垂直に切り立った壁のようだが、よく見えない。下も上も左右も、どこまで続いているのかわからない。今立ってる側のまわりも、顔と腕を出して、照らしてみてみたが、ライトが届く範囲は、どっちも垂直切り立った岩壁だ。

「迂回路も橋もなさそうだな」

 ユメが、あたりにあった小石を拾って、外に投げ捨てた。

 なるほど、下に落ちる音がするまでの時間で高さがわかるんだったな。

 心の中で、秒数を数える。

 一秒、二秒、三秒? 四秒?! 五秒??!! 六・・・・・・

 ユメとオレは顔を見合わせた。

「聞こえた?!」

 オレの問いに、ユメは全力で首を横に振った。

「・・・・・・下に綿でも敷いてあるのかな?」

「んなわけないでしょう!」

 だよな。

 手詰まりだ。明るくなるまで待つわけにもいかない。タイムアウトは今夜の二十四時なんだから。

 そのとき後ろで気配があった。

 滑り台のとこの男達か?

「おとなしくそこで止まれ! さもないと撃ち殺すぞ!」

 洞窟にあの日本語男の声が響くと同時に、銃声が轟いた。洞窟のあちこちで弾が跳ねて火花を散らす。

 止まれって言ったって、こっちは鼻っから止まってるのに撃ってくるなんて、撃ち殺す気満々なんじゃないか? まだ二、三百メートル後ろで、普通に考えれば自動小銃なんかじゃ当たらないんだろうが、洞窟の中で弾が跳ねるから、どうなるかわかったもんじゃない。しかもこっちは銃で撃たれるのも、銃声を聞くのもはじめてだ。

 どうする?!

 逃げ場はないぞ。一か八か飛び降りるか?

 ポポロム、何か教えてくれよ。

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