第7話 露見した夢見システム

 バスの旅は四時間半ほどで、いたって平穏だった。

 昨日カンクンでの聞き込み中にあちこち立ち寄った売店で購入した現地のお菓子を、順々に開けて味見してみたり、窓の外の景色について話したり。

 不思議とユメもオレも、相手のことを尋ねたり自分のことを話したりしなかった。

 純粋にメキシコのバスの旅を楽しんだ。よく知っている者同士だからいまさらお互いのことに触れる必要がない、みたいに感じていたのは、オレだけじゃなくてユメも同じだったんだろう。

 旅の目的や夢のこともしばし忘れて、ふたりで話しているうちに、四時間半はあっと言う間に過ぎてしまった。

「さあ、ここで車とドライバーを探さなくちゃ」

 バスを降りてユメがそう言うまで、観光気分だったんだが、世界を救う危険な旅の途中だったことを思い出して、浮かれた気持ちは、しゅんと萎んでしまった。 

 ユメが最初に聞き込みした相手は、ガードマンか警官みたいな制服のおっさんだったが、例によって英語とスペイン語の会話だったので、聞いてもしかたがないオレは四、五メートル離れてあたりを見回していた。

 観光気分で見回していたわけじゃなく、あの黒服どもの仲間とかが居ないか警戒していたつもりだが、街は平和そのもので、ホーリーエンパイア財団の気配は微塵も感じられない。

 おっさんと話し終わったユメが、満面の笑みを浮かべてこっちに駆け戻ってくる。

「わたしたちラッキーよ! ちょうどこの街から、カラクムル遺跡へ行くテレビ局の撮影隊がいるんですって。しかも日本のテレビ局らしいわ。混ぜてもらいましょうよ」


 ユメが聞き込んだ情報に従って、街中を撮影隊が居るというホテルへ向かって移動する。

 ユメは素直に喜んでいて、歩調を速めてどんどん先に行こうとする。

 う~ん。いいんだろうか。

 オレにはひっかかることがないではない。ここまでのいきさつからすれば、遺跡に行く手段がみつかるというのは、もう既定路線のような気もする。行けるようにできているってことだ。そういう意味では心配はないんじゃないかな。

 しかし『テレビ局』というキーワードには、ひっかかるものがあるんだよな。

 せっかくユメの機嫌も直って、楽しい旅になってきたっていうのに。

 角を曲がるとホテルが見えてきた。

 マイクロバス一台と、二台のオフロード車が前に停まっていて、十人ばかりのスタッフたちが荷物を載せている作業中だ。ほとんどが日本人らしい。

 ユメはそれを見つけると、笑顔でオレの腕を引いて歩調を速めた。

「毎週違った女優さんが世界遺産を紹介する番組なんですって。あなたそういうの見てる?」

「いや・・・・・・でも、なんだか、今回のその女優っていうのが誰なのか、予想できる気がする」

 思っていても口に出さないでおけばいいのに、ユメに聞かれていまったじゃないか。ユメが訝しげな顔をする。

「え?」

 前方の撮影隊一行にあって、ひときわ輝く芸能人オーラ全開の美女が、オレを見つけてこっちへ走ってくるのが見える。いわゆる女の子走りで『可憐』という言葉を体現している。

 予想は的中だ。

 っていうか、ここまできたら誰だって判るよな。

 女優の羽田ミドリだった。

 最後に残った四人目の夢の中の侍女だ。

 ちらりと横を見ると、ユメも彼女が誰かわかったらしく、ちょっと驚いたあと――仇を見るような目つきで羽田ミドリを睨んでる。

 羽田ミドリは、去年のなんとかいう新人賞を取った映画のヒロインが恋人に駆け寄るシーンを彷彿とさせる『複雑な笑顔』を浮かべながら走ってくる。泣き出しそうでいて、驚いていながら、心底喜んでる――そんな笑顔だ。

 彼女はオレの前まで来ると、オレの両手を取って、うるうる眼でこっちを見つめ、

「・・・・・・やっと逢えたのですね、マコトさん・・・・・・」

と、かの恋愛ドラマチック映画のクライマックスのごとく感情籠もったセリフとともに、ぴったりの感動タイミングでホロリと涙を流した。なんだか、こっちまで映画の主人公になった気分だ。

 しかも、彼女の場合目力がすごい。

 彼女の目は見るためだけにあるんじゃなくて、男を魅了するための特別な魅力放出器官なんだ、多分。

 これで、落ちない男はいないんじゃないか? あ、オレは落ちてないか。うん、落ちてないぞ。

 去年の好感度ナンバーワン女優に間近で見つめられて、昨日までのオレなら、まちがいなくデレデレになってた場面だな。しかし、相手がこっちの知らない夢の中のオレと現実のオレをダブらせてるのは確実で、しかも、側に居るユメのご機嫌も気になる今の状況じゃあ、素直に喜ぶこともできない。

 困ったな。どういう顔していいんだか。これから撮影隊に遺跡まで連れて行ってくれって頼むとこなんだから、羽田ミドリの夢と現実ごちゃまぜモードは都合いいから維持したいし、かといって、まともに受け止めるわけにもいかないし。

「ちょっとちょっと~。なにメロドラマやってんのよあんたたちぃ」

 横でチョコまか動き回りながらユメがツッコミを入れるが、羽田ミドリは一向に気にしてない様子で、オレとふたりきりの世界にひたっているようだ。

 この入り込み方は、さすが本格演技派女優と呼ばれるだけのことはある――ってことなのかな?

 無視されたユメが暴れだす前に、進めるとこは進めておかないとな。

「ごめん。実は、カラクムル遺跡へ行かなくちゃならなくて。番組の収録で行くところなんだろ? なんとかふたり、いっしょに連れてってもらえないかな?」

 オレが『ふたり』と言ったときに、羽田ミドリの右の眉がピクリと上がった。

 彼女は気を落ち着けるように、一呼吸したあと、ユメのほうを向いた。その真剣なまなざしに、さすがのユメもちょっと引いて身構えたようだ。

「あなたまで現実に存在するなんて思わなかったわ。夢の中でも現実でも、あなたはマコトさんとわたしの間に立ちふさがる大きな障害のようね」

 え? 羽田ミドリの夢にはユメが出てくるのか? 今までにはなかったパターンだな。あ、もっともユメといっしょに現実で会ってるのは、グラビアアイドルの島崎レナだけだから、クラスメイトの須藤エリや学園のマドンナ風見先輩の夢にも、ユメは出てるのかもしれないな。

「べ、別に現実ではマコトとはなんでもないわよ! いっしょに遺跡へ行かなきゃいけないだけで」

 そう言いながらも、ユメは一歩踏み出して羽田ミドリを睨み返していた。

 ふたりの間に火花が散っているように見える。

 そこへちょうど、撮影隊のADかなにかやっていそうな若い男性がやってきた。

「羽田さん。そろそろ出発ですので車へどうぞ」

 羽田ミドリはユメと睨み会うのをやめて、そのスタッフに向き直った。

「車の座席はまだ空いています? このおふたりを遺跡までお乗せすることはできないかしら。座席が空いているようなら、ディレクターにはわたしから直接お願いするんですけど」

 このスタッフは、羽田ミドリにお熱らしい。オレとユメの方を見もせずに、後頭部を掻きながら羽田ミドリに笑顔で答える。

「あ、空いてます空いてます。マイクロバスのほうなら、座席はまだ十分ありますよ。道が悪いらしくて、マイクロバスだとかなり揺れるかもしれませんが、それでよければ、ディレクターにはボクからうまく言っておきますよ」

「ありがとう、恩に着ます」

 羽田ミドリは両手を顔の前であわせ、情感たっぷりに言った。普通の男はこれでイチコロだよな。このスタッフも例外じゃなく、少年のように初々しい笑顔で羽田ミドリを何度も振り返りながら車の方へ駆け戻っていって、ディレクターらしい人物にペコペコ頼み込んでいた。

 羽田ミドリは、小首をかしげてオレの方を振り返った。余裕の笑みを浮かべている。

「わたしは途中、車での撮影もあるから、四駆に乗らなきゃいけないの。遺跡まで離れ離れになっちゃうけど、続きはあちらでお話ししましょ」


 マイクロバスは、あのスタッフが言ったほど空いてはいなかった。

 撮影隊の下っ端スタッフらしいのが五人、前のほうの座席に座り、後方の座席には機材が満載だ。機材の中にはテントなんかもある。やたらでかい発電機みたいなのや照明らしいのも何個かあった。遺跡で泊まって夜の撮影なんかもあるんだろうか。それでこんな昼前になって出発ってことなのか。

 最後尾の座席の荷物を横に積み上げてもらった分、ふたりの座席が確保でき、いやおうなしにユメとオレは並んでそこに座ることになった。

 道は、ほとんど舗装されていないうえにジグザグで、揺れるたびにオレの横の機材の山がギシギシ鳴っていた。

 ユメはこっちを見ない。窓際の彼女は窓枠に頬杖をついてジャングルを見ている。

 

「・・・・・・つまり、そういうことね」

 十分ほど無言の旅が続いたあと、ユメが窓を向いたまま、ぽつりと言った。

「え?」

 何が『そういうこと』だ?

「飛行機の中で、あなたはあのグラビアアイドルさんといちゃいちゃしてて夢の中に入った。で、この撮影隊に参加してる女優が、四人の侍女のうちのひとりだっていう予想があなたにはできてた」

 どうやら真実に到達したらしい。つくづくユメは頭がいい。

「つまり、日本であなたが化学準備室と旅行会社の窓口で夢の中に入ったときは、侍女のうちのクラスメイトと学校の先輩さんがそれぞれそばにいて、いちゃいちゃしてたときだったわけで、もうすぐあの女優さんともいちゃいちゃして夢の中に入るってしくみなわけよね」

 完全正解だ。

「そういうことに・・・・・・なる・・・・・・かな・・・・・・?・・・・・・」

 いちおう、この場は肯定しておこう。どうせ、あとでそうなったらバレちゃうような嘘はやめとくべきだな。今までだって、隠してたわけじゃなくて、わざわざ言ったりしなかったってだけなんだし。

「モテモテですこと」

 トゲがたっぷりある言い方だ。

「いや、こっちから言い寄ってるわけじゃないんだ。彼女たちの夢の中のオレがいけないんだよ。なんかどの娘の夢の中でも、彼女たちに色目使ってるらしくてサ」

 ユメがくるりとこっちを向いた。鼻の上にしわを寄せてる。

「あなたって、実はプレーボーイの素質があるんじゃなくって? あ~いやらしい!」

「な・・・・・・」

 言うだけ言うと、絶句しているオレを放って、また窓の方を向いてしまった。

「わたしの夢の中じゃ、クラスメイトたちといちゃついてるだけで、わたしに言い寄ったりしなかったくせに・・・・・・」

 今度のは独り言なのか、声が小さかった。しっかり聞き取れたが。

 マンハッタンの青年実業家のオレは、秘書のユメとはビジネスだけの付き合いだったらしい。それでもって他の女の子といちゃついて、ってとこがユメの夢の『本物の夢』っぽい共通項ってことになるのかな。


 遺跡までの四時間半は、この前のバスの旅とちがって、二人並んでいるだけの一人旅だった。会話もなきゃ、笑顔もない。

 同じ『四時間半のバスの旅』なのに、体感時間はぜんぜん違っていた。今度の四時間半は、ずいぶんと長いものに感じられた。

 そろそろ着くころだろうかとユメの頭越しに窓の外を見ると、ジャングルの中にちょっとした駐車スペースが切り開かれていて、公園の入り口みたいなかんじになっている。観光客らしいのと、現地の係りの人のようなのとが、話していて、観光客の乗ってきた車は駐車スペースへ案内され、ここから先は小汚いマイクロバスに乗り換えるように言われているようだ。シャトルバスかなにかなんだろうか。

 撮影許可を取ってるからか、撮影隊は係りの人とちょっと話しただけで、そのまま遺跡へ向かって進んだ。そうだよな。この大量の撮影機材をシャトルバスに載せかえるなんていうのは、考えたくない。


 木々の間から、石の遺跡がちらちら見えていたかと思ったら、いきなりジャングルが途切れて、広い場所に出た。

 広い場所といっても、ジャングルの木々がないスペースだっていうだけで平坦な広場ばかりじゃない。遺跡の一部らしい石を積み上げた跡のようなのが、あちこちにあり、で~んと広場の中央をピラミッドの土台部分が占めていた。

 撮影隊は車を並べて停めて機材を降ろし始めた。

 ただで乗せてきてもらってるので、なんとなく手伝うことにした。ユメも文句ひとつ洩らさず手伝ってる。

 運動会で使うような屋根だけのテントを張って、そこに濡れたら困るような機械類を移動する。でっかい照明は六個あった。日も傾いているし、やはり撮影は夜かららしい。

 まず、カメラマンさんが、沈む夕日を撮り始めた。遺跡とジャングルの向こうへ真っ赤な太陽が沈んでいくシーンだ。番組のオープニングあたりで使うのだろうか。とりあえず、なにかに使えるから撮っとけ~みたいなノリかもしれないが。

 とりあえず、乗せて来てもらったお礼分くらい手伝って、ADさんから感謝もされた。あとは世界を救うために地底都市へ行くことを考えなきゃな。ユメと目が合うと、彼女もそう思ってるらしく、力強く頷いていた。

 一応、羽田ミドリにも礼を言っておかなくちゃ、と思って彼女の姿を求めて見回すと、数人のスタッフといっしょにピラミッドの裾のあたりの石段にのっかって、片手に台本を丸めて持って立ちポーズをとっていた。

 リハーサル中らしい。

 羽田ミドリが、台本をひとしきり黙読してから、顔を上げて遺跡案内人の演技に入った。

「――この遺跡がこのあたりの中心都市として栄えた時代は、六世紀から七世紀ごろ。青銅器や鉄器を持たず、牛や馬などの家畜を持たなかったかわりに、数学や天文学が発達していたマヤ文明では――」

 え?

 なんか、かなり夢とズレてるな。

 六千年前と六世紀じゃ、四千五百年も開きがあるじゃないか。夢にはウマも出てきたから家畜も飼ってたみたいだし。まるで別の文明の話だ。同じ場所でも四千五百年も違えば、別物か。

 マヤがあの夢の文明の模倣ってことになるのかな? 四千五百年も経って、記憶も薄れて、ちょっとだけ似ている別のものになっちゃったわけだ。

 まあ、そもそもドラゴンとか出てきてるから、六千年前っていうのは現実じゃないかも・・・・・・あ、夢だからいいのか? う~む。

 そんなことを考えながら彼女を見ていたら、こっちが見ているのに気がついたらしい。

「ちょっと休憩させてください」

 まわりのスタッフに声を掛けて、彼女が石段から、ぴょんと飛び降りた。

「カメラテストはOKだ。陽が沈んで暗くなったら本番だから、ミドリちゃん頼むね」

 スタッフの声に笑顔を振り撒いてから、こっちに歩いてきた。

 彼女はマヤの女性をイメージしたロングドレスを着ていた。あくまで日本人が思い浮かべるマヤのイメージなんだろう。ギリシャの女神みたいなデザインのドレスで、色彩が中南米っぽい原色系だ。

 さっきセリフを言っていたときは、神々しい感じがして人間じゃないような雰囲気をまとっていたが、今は素に戻っていて、とてもやわらかな人間味にあふれた感じだ。

 ユメをチラリと見てからオレの方を見て、そのまま視線を合わせたまま近づいてくる。

 ちょっと、胸のあたりがキュンとした気がする。

 目力がすごいんだ。

 素じゃなくてこれも自然体な演技なのか。

 目が離せないじゃないか~!

 これじゃあ、まるで金縛りだ。

「マコトさん。ようやくふたりで話せますね」

 彼女は『ふたり』のところを強調した。

 わざとらしく無視されたユメが息を荒げる気配がした。

 ヤバイぞ、このパターン。

「あ、いや。ここまで連れてきてくれたお礼を言いに。実はオレたち、これから行かなくちゃいけないとこがあるんだよ」

 羽田ミドリが眉を寄せて、オレとユメの顔を見比べた。

「こんなとこから? もう夜になるのに?」

「ああ。ここはまだ目的地じゃないんだ」

「そうよ、早くしないと時間切れだわ」

 横からユメが口を出す。

「やっぱりあなたが勇者様なのですね」

 羽田ミドリはユメのちょかいを意に介していないようだ。・・・・・・と思ったら、彼女は急に、ユメの方を振り向いた。

「そして、あなたが、いつもわたしと彼の間に立ちふさがるというわけね」

 どういう夢なんだ? 羽田ミドリの夢は。

 羽田ミドリはユメに対して対決姿勢なんだが、ユメはちょっと睨み返しただけで、プイっとよそを向いてしまった。

「しらないわよ、そんなの。マコト、さっさといちゃいちゃして夢に入っちゃいなさいよ。あの続きを見ておかないと、神殿の場所も入り方もわかってないのよ!」

 ユメの言うとおりだ。このまま、あいさつしてサヨナラってわけにはいかないんだった。

 夢ではまだ『感謝の壁』の手前までしか行ってない。あの先、どうやって神殿に行くのか、神殿でどうやって栓を抜くのか、それを知るためには夢のつづきを見るしかない。夢を見るには、あの香りが必要で、香りをかぐには羽田ミドリにせまられて鼻の下を延ばす必要があるってことになる。

「どういう意味なのかしら?」

 羽田ミドリはそんなことは知らないから、不思議そうな顔で、オレの顔とそっぽを向いたユメの顔を見比べてる。

「マコトがあなたといちゃいちゃしないと、夢が完成しないのよ」

 ユメはそっぽを向いたまま言う。

「わたしが道具かなにかみたいな話なのね」

 羽田ミドリは、オレに向かって、目で『そうなの?』と訊いているようだ。

「いや、そういうわけじゃないんだけど・・・・・・いやいや、そういうことになるのかもしれないな」

 羽田ミドリとユメの両方にいい顔しようとしても、ムダだな。ふたりともこの場にいるわけだし、オレはプレイボーイじゃないんだから、そんな高等テクニックは使えない。

 あ、そうか。だからユメはそっぽを向いたんだ。

 この場ではユメに気を遣うなっていうメッセージなんだ。

 そういうことなら――

「あのさ。キミの夢も繰り返し同じ夢で、オレが出てくるわけ?」

 オレはユメのほうを見るのをやめて、羽田ミドリを説得することに集中することにした。

「ええ、そうです。ホーリーエンパイア財団が言っている『繋がった夢』の一部だと思うわ。同じ夢を繰り返し見てます。あなたの夢です」

 夢の話を振ると、なんとか羽田ミドリをふたりの世界に引き込むことに成功したようだ。

 羽田ミドリが、ユメを意識から消し去ってオレの方を向いて、一歩迫ってきた。

「あなたは華道の家元を継いだところで、わたしは子どものころからあなたを慕うお弟子さんなの。でも、あなたは、海外進出のために、華道の『か』の字も知らないカナダの富豪の娘に迫られて、仕方なく付き合っているの。本当はわたしと愛し合っていて心はつながっているのに」

 カナダ娘がユメというわけか。たしかに恨まれそうな役どころだ。

「オレが華道、ねぇ」

 花なんか生けたことはない。どのへんが本物の夢とつながってるんだ? ユメが出てくるとこかな。そういえばユメのマンハッタンの夢だって、本物との共通点は、オレが四人の女性といちゃいちゃしてる、ってことと高い眺めのいい部屋で話しがはじまるってところぐらいだった。

 つながってる夢って、本当の夢とはその程度の共通点しか持ってないんだ。そういう夢をあつめて、本物の夢に近いストーリーをつきとめたホーリーエンパイア財団っていうのは、相当の人数の夢のデータが集まってるのか。それとも、代表者のあの神官の夢が、オレの見る本物の夢に近いんだろうか。

 夢のことを考えていて、気がつくと、羽田ミドリがかなり近い位置まで迫ってきていた。彼女が両手を伸ばして、オレのシャツの肘あたりをつまむ。

「わたしの夢が本当の夢じゃないってことは、なんとなく分かっていました。でも、本当の夢での人間関係を暗示してるんじゃないかしら。ねぇ、そうでしょう?」

 羽田ミドリは、背伸びをして顔を近づけてくる。

 瞳がうるうるしてる。演技なのかどうか、よくわからないが、こんなふうに見られたら、彼女に愛されてるんだって、男の方は思っちゃうよな。

 あ、来た。あの香り。

「ねぇ。マコトさん。本当のことをおっしゃって?」

 うわ、唇もピンクのプルプルだ。

 肘のとこをひっぱられると、自然とオレの両手は彼女の両肩あたりにいって、瞳とくちびるの誘惑にはまって、彼女の肩を抱いてキスしてしまいそうになって・・・・・・。

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