第6話 七色のユメ


 倒れてヒクヒク痙攣してる男たちを踏まないようによけながら、四人の侍女が駆け寄ってくる。四人ほぼ同時にオレの前に並んで、そろってゆっくりと跪いた。

 オレのうしろに隠れていたユメも横に出てきた。

「この娘たち、寝てないみたいね」

 たしかに、この様子は現代人っぽくない。

「ああ、それか、そもそも夢がつながらない相手なのかもな」

 オレの言葉に、ユメがちょっと鼻で笑った。

「フッ。そうね。夢の中じゃ、単なるNPCね」

 なんか、優越感に浸ってるらしい。そういうモンなのかな。

 おっと。四人が立ち上がると、オレににじり寄ってきた。やばいって、ユメが見てるし。

 最初のユメみたいにゾンビのような緩慢な動きじゃなく、普通に動いてきた。てっきりゆっくりしか動かないものだと思っていたから油断してしまった。

 須藤エリはオレの右手を、風見先輩は左手を両手で持って自分の胸に抱くように押し付けてるし、島崎レナは両腕を首に回してくるし、羽田ミドリはうしろからオレの背中にぴったり抱きついてくる。

「おいおい!」

 ユメの反応が気になって、首をまわしてユメを見ると、意外にも楽しそうに笑っていた。

「女には弱いのね、勇者様? フフフ」

 笑ってるユメの上で、ポポロムが飛んでいる。

「過去の陛下も、ここで『勇者の光波』をお使いになってしまわれましたが、みなさんをお救いできたのでございます」

 いまんとこ順調ってことか? 気休めにはなるな、そりゃあ。

「陛下、こっちを向いてください」

 首にしがみついてる島崎レナが言った。『陛下』って呼ぶからには、現代の島崎レナじゃないだろう。でも、よそを向いていたオレに向かって言うタイミングは、オレの動きとかみ合ってる。

 さっきの神官との会話といい、だんだん過去の夢とオレたちの行動がかみ合うようになってきているらしいな。ポポロムが言っていた、オレたちの行動が過去に影響を与えるっていうのはこういうことか?

 島崎レナの顔が近い!

 両手は押さえられてるし、後ろにもくっつかれていて逃げ場がない。迫られて、もう、顔が引っ付きそうだ。

 ユメが大笑いしているのが聞こえる。見てないで助けてくれよ。

 あ、あの香り。

 島崎レナから、例の香りがぶわっときた。

 気が遠く……



 わっ! 顔の前が髪の毛で埋まってる。

 島崎レナの頭だ。

 飛行機の座席がまるでうしろに倒れてしまったように、体重が背もたれに掛かっている。

 飛行機は急上昇中で、レナがもたれかかってきてるとこだ。やっぱり一秒も経ってないようだ。

 夢の中と違って、両手が自由な状態なので、レナの両肩を持って、ゆっくり彼女の座席に押し返す。

「ちゃんと座ってないとあぶないよ。……それと、夢のことだけど、見てる夢は別の夢なんだ。キミは出るけど、つながった夢じゃない。ヒコーキ野郎もパトロンも、オレの夢には出ないよ」

「え? そうなの」

 彼女は不思議そうな顔をしていたが、風見先輩やクラスメイトの須藤エリと同様に、急にオレへの興味を失って、正気に戻ったようだ。

 前を向いて、なにか考えごとをしているようで、話しかけてこなくなった。

 ちょっと残念かな。

 まあ、一応、危機的状況から脱出できたってことで、今度は四列前の座席のユメのことが気になった。

 オレといっしょに目覚めただろうか。前のように取り残されたら、また怒るだろうしな。

 そもそも、夢から覚めるときに夢の中で笑っていたけど、機嫌は直ったんだろうか?


 飛行機が上昇を終えて、ベルトをはずしてもよくなったと思ったら、前方でなにかやっている。

 ユメがキャビンアテンダンドをふたりもつかまえて、英語――らしい言語――でなにやらまくしたてている。

 ユメの隣の、いかにもアメリカ人っぽいおっさんも、立ち上がってオーバーアクションでしゃべっている。どうやらユメの援護をしてるらしい。

 なにやってるんだ? ユメのやつ。

 見ていたら、その四人がこっちを見た。

 キャビンアテンダントのふたりは、やや困ったような作った笑顔。笑顔なんだが、眉が『ハ』の字だ。アメリカのおっさんは、満面の笑顔。とっても満足そうだ。そして、ユメはなにやら涙を拭き、鼻をすすりながらこっちを見てる。

 さらにさらに、ユメを除く三人がぞろぞろと縦に連なって、細い飛行機の通路をこっちにやってきた。

 えっ? えっ?

 わけがわからず、三人とユメの顔を見比べると、ユメは三人がオレのほうを向いてるのを良いことに、いたずら大成功、みたいな笑顔を浮かべてる。さっきのはウソ泣きだなあっ!

 三人が同時にオレになにか言った。

 身振りで言葉がわからないんだとアピールすると、代表しておっさんが、ゆっくりしゃべりだした。

 ゆっくりしゃべってもらっても、オレにはわからないんだが、

「『あなたが妹さんの隣に座れるように、CAさんに頼んで認めてもらえました』と言ってますよ」

と、窓際の席のマネージャーの田村さんが訳してくれた。

「え~っ! どういうことよ! 彼女、あなたとなんでもないんでしょ? 妹になんか見えないじゃん」

 島崎レナが不平を言うが、そのとおりだ。どう見たら兄妹に見えるんだ? ユメのやつ、無茶言いやがって。

「『さあ、わたしと席を交換しましょう』って言ってますよ、その男性。レナさんにも『あなたのような美しい方のとなりで旅ができて光栄だ』とかお世辞言ってます」

 マネージャーさんの訳に、島崎レナも職業スマイルでおっさんに笑いかける。

「お世辞は余分でしょ!」

 顔は笑っておっさんを向いたまんま、レナがマネージャーさんにそう言った。


 座席を立ち上がり、四列前の席に行くと、ユメはシートに深く腰掛けて、首をすぼめてクスクス笑っていた。まったく、いたずらの大成功を楽しんでいる幼児みたいだな。

 何か言ってやろうかと思ったが、わざわざ機嫌を損ねるのもバカみたいなので、彼女のひざと前の座席の隙間を通って、隣の席に行く。

 窓際の席では、アメリカ人っぽいおばさんが、大口開けて眠っていた。

 おいおい、これってあのおっさんの奥さんじゃないのか?



 カンクン空港に到着し、島崎レナとはタイミングをずらして飛行機から降りたら、それっきり姿を見ることもなく別れ別れになってしまった。

 あ~あ。あっけないくらいだな。

 空港から市街へのバスの英語の案内をユメが見つけて、バスにゆられて二十分ほどで市街地に降り立つ。

 海外旅行って言うと、家族で行ったハワイやグァムしか知らないからなあ。あん時は、日本人もいたし日本語の表示も見かけたし、へたすると外国人が多い日本国内、みたいな感覚だったもんな。

 ここは、まったくの外国だ。もしもユメがいっしょでなかったら、リアルな360度の3D映像を一人で観てるような、疎外感とウソっぽさを感じただろう。

 当初の計画通り、メキシコには着いたわけだが、ここからが行き当たりばったりの旅ってことになる。

 看板や案内板を見ても読めるわけじゃないオレが、なんとなくあたりを見回していると、ユメが言った。

「なにかモバイル端末とか持ってきてないわけ? ハイテク日本の高校生のくせに」

「オレの携帯はこの国じゃだんまりみたいだし、だいたいオレがパソコン少年に見えるか? 遺跡のことを学校の図書館で調べたのだってオレじゃなくてダチのタカシだし。ユメこそなんか持ってないの?」

「あったらさっさと使ってるわよ。しょうがないなあ。なんとか英語が通じる人探すしかないわねぇ」

 ん? そういえば、なんかあったぞ。

「それなら、オヤジに借りた翻訳機がある。スペイン語も翻訳できるってさ」

 機械をサックから取り出しながら言うと、サックの口から出かかったあたりで、ユメが機械をかっさらった。ちょっと大きめのスマホサイズの翻訳機を手にとって、中指と親指の先の腹で底辺の角二ヶ所ををはさみ、クルクル裏返したりして見ている。

「べんりねぇ。語学留学生をコケにする道具なわけね、これ」

 まさか、壊すつもりじゃないだろうなあ。

 ユメがパッと持ち替えて、翻訳機を振り上げるような仕草をした。

「あああっ!」

 投げそうだったので、受け止めようと両手を差し出すと、ユメが訝しげな顔でこっちを見てる。

「なによぉ。わたしが投げるとでも思ったの?」

 そうなので、頷いておく。

「バッカねぇ。そんなわけないじゃん。大切なアイテムなんだから。とにかく、これで地図と交通手段の情報を確保しなきゃね」

 

 それから一時間あまりで彼女が十数人と話して、ふたたび元のバス乗り場までたどり着いた。

「で? どれに乗ったらカラクムルへ行くんだ?」

 最初の売店のオヤジさんと話すときは、ユメは日本語とスペイン語の翻訳モードで翻訳機を使っていたので、オレにも会話内容がわかってたんだが『日本語訳だと、なんかおかしい訳になってるんじゃないの?』とユメが決め付けて、二人目からは、ユメが英語で話して、機械に英語とスペイン語の翻訳をさせていたので、どっちもオレにはちんぷんかんぷんだった。

「どれも遺跡には行かないわ」

「え?」

 じゃ、なんでバス乗り場なんだよ。

「ほら、さっき買った地図を見なさいよ。ここがカンクン。そしてこっちがカラクムル遺跡。っていうか、マークもなにもないでしょ。世界遺跡って言っても、じゃんじゃん観光客を呼び込むような観光地じゃないんですって、花売りのおばさんが言ったじゃない。聞いてなかったの?」

 聞いてたよ、ユメの英語と相手のスペイン語をな。

「で! この地図にある国境の町チェトマルへ行くバスがあるんですって。そこから車をチャーターして行くのが普通なんですって」

「車をチャーターって・・・・・・誰が運転するんだよ? ユメは免許持ってるのか?」

 ってか、ユメっていくつだ?

「まさか! わたし十七よ。女子大生か何かだと思ってたの?」

「いや、見た目じゃ年齢わかんないから・・・・・・」

 あ、まずい。この話はまずいぞ。

「へぇ! 悪かったわね、外見が外国人で!」

 やっぱり怒った。

『そういう意味じゃないんだ』という言葉は飲み込んでおいた。なにせ、そういう意味に違いないんだもんな。ユメの外見はまったくの欧米人で、今でも普通に日本語で会話してることに違和感があるくらいだ。まるで吹き替え映画見てるような感じかな。

 で、欧米の同年代っていうと、外見はもう大人の女性ってイメージがあるんだけど、ユメの場合逆で、見ようによっては十二、三歳にしか見えない。見ようというのは、つまり、顔の幼さと背の低さに注目した見方だ。しかし、プロポーションはというと、到底そんな歳じゃありえない発育度なわけだがな。

 結局、外見と年齢のギャップ、という面では、ユメは日本人的っていうことだな。実年齢よりも幼く見えるってことだ。

 オレが何もフォローしないのを見ていたユメの怒りは、意外にも収まったようだ。

「ふぅ。ま、いいわよ。運転はねえ、ドライバーを探すの! わかった?!」

 飛行機がカンクンに着いたのは夕方五時で、もう六時をとっくに過ぎている。

「夜行のバスかなんかあるのか?」

 よくわからないバスの時刻表らしいものを見上げてオレが言うと、ユメも見上げてる。

「それを確かめにきたんじゃないの。・・・・・・だめね、明日の朝一番の時間はわかったけど。今日はカンクンで泊まりだわ」

「泊まるって、予約とか取ってないぜ」

 よく知らないが、宿泊には予約が必要なんじゃないのか?

「そりゃ、探すしかないわよ。ご予算は?」

「あ~、金はオヤジが持ってくれる。ジャーナリストなんだ、アメリカで。勇者様の独占インタビューと引き換えに、経費は使い放題ってとこかな」

 クレジットカードを取り出して見せると、ユメが満足げにうなずく。

「じゃ、あっちでいいわね」

 ユメが指差した方角は、どうやらリゾート市カンクンの高級ホテル街のようだった。

 いいよな、オヤジ。

「わたしの分は、あとで折半になるように清算しましょ」

「出さなくていいよ、多分。ユメが居なきゃどうにもならなかったし」

「そういうわけにはいかないものよ。あ、でも、レディの荷物が重そうだと思ったら、持ってくださってもいいのよ? ジュウドウボーイ?」

 そうだった。ここまでユメは自分のバックをカートにしてひっぱりながら歩いていた。重いんじゃないかなとは思ってたんだが『持とうか?』と言ったら怒られるんじゃないかと思って言い出せなかったんだ。持ってもよかったわけか。

 無言で受け取って引いてみると、これが見かけよりも重い。

 いったい、何を入れているんだか。女の子の旅の荷物ってわかんないよな。


 ホテルの選択はユメに任せた。バス乗り場から歩いて十分ほどの距離のところへ入って行く。フロントは英語が通じたようで、これもユメまかせだ。

 大きなリゾートホテル。

 ユメはどんな部屋を選んだんだろう?

 こういうホテルって、シングルってあるのかな? 別々の部屋だよな、当然。

 それとも、同室で、オレがソファで寝る、とかなんだろうか。

 心配半分、期待半分で到着した十二階。ホテルの人にひとつのドアに案内され、ユメにつづいて促されてオレも入る。同室ってことなのか?

 中に入るとリビングとテラスだけでベッドがない。

 広いテラスがついている。外はもう真っ暗だ。

 横の壁にドアがある。

「そのドアの向こうが寝室よ。ダブルベッドだから、あなたひとりで寝て。わたしはこっちのソファで寝るから」

 スイートルームってことなのか。え? でも普通男の方がソファだろう。

「いや、ベッドはユメが――」

「な~にカッコつけちゃってんのよ。ねぇ、マコト、日本の武士がどうして妻や子よりいいもの食べていい場所で寝てたか知ってる?」

 なにかのひっかけ問題じゃないだろうなぁ。地雷を踏まないように答えないと・・・・・・。

「それは多分、当時は男尊女卑ってやつで、男のほうが偉いっていう考え方だったからなんじゃ・・・・・・ないのか?」

「ちがうわよ。武士はね、いざっていうときは妻子を守って戦わなきゃなんないわけよ。その、いざっていうときにベストの状態で戦えるように、ちゃんと栄養と休養を取る義務があったの。西洋の騎士道なんてダメダメよ。女性にいい食べ物やベッドを譲って自分は我慢して、そりゃあ女性の受けはいいかもしれないけど、いざっていうときに、栄養不足の上に寝違えて筋肉ガチガチになってたら、全力出し切れなくて敵から女性を守れなかったりするかもしれないわけよ。バカじゃない、バ・カ。わたしたちは日本人なんだから、武士道で行くのよ。あなたはやわらかいベッドでぐっすり眠って、ヒューストン空港のときみたいに、わたしが危ないときにはちゃんと守るのよ!」

 ふ~ん、なるほど、そういうものなのか。西洋の方が合理主義なのかと思ったら、そうじゃないんだな。

 あれ? 空港のときは、助けにいったオレをバカ呼ばわりしてたんじゃなかったっけ? な~んだ。ちゃんと感謝してくれてたんだな。

「うん、じゃあわかったよ。オレがあっちな」

 ドアを開けると、で~んとダブルベッドがあって、部屋はリビングより広かった。

「寝具は全部あなたが使っちゃって。わたしの分の毛布はフロントに頼んだし、まくらは持ってるから」

 それってあの旅行カバンの中身のひとつってことか? マイまくら? ソファで眠れるけど、まくらは自前でなきゃってか?

 まあ、ソファは二人掛けといっても大きいサイズだから、ユメの身長ならすっぽりクッションの部分に収まる。オレの身長だと足がはみ出ちゃうけどな。そういう意味でもユメがソファのほうが効率的ってことになるんだろうか。

 寝室にひとりで入ってドアを閉めると、だだっ広い個室。ユメのおしゃべりがないと、しーんとしてる。遠くで波の音が聞こえる。

 ここは今が夜かもしれないが、オレの身体にとっては、今が朝だ。時差が十四時間だからなあ。その上、夢の中の旅の分も体感の時間経過に含めたら、体内時間はぐちゃぐちゃだ。

 ま、とにかくユメが言うとおり、しっかり休養は必要だから、ベッドに横になってみるかな。日本からの飛行機でも寝てたりしてたから、睡眠不足ではないかもしれないが、時差ボケをなくすには、現地の夜に睡眠を取るのがよさそうだものな。


 部屋の灯りを消し、ラフな格好でベッドに入ると、疲れていたのかうとうとしてきた。

 飛行機の中でも寝てたりしたから、寝足りてるはずなんだがな。

 三日間の期限のうち二日目の終わりで、距離的には八割がた来てることにはなるが、実質、ユメに実際に逢えた数時間前からスタートしたようなもんだからな。まだまだ明日からが本番だ。カラクムル遺跡にたどり着いたとして、地底都市の神殿にたどり着けるかどうか。

 心配したらきりが無いんだが・・・・・・眠いから寝ちまおうか。

 例の香りはしないから、あの夢には入らないだろうけど・・・・・・眠気が・・・・・・


 ?!

 何分か、それとも何時間後か。ふと気がつくと、ドアが半分開いていて、リビングの薄明かりがもれてきている。ドアの内側に、人影が立ってる。

 身長からしてあきらかにユメだ。

 ユメは、おなかのところにマイまくらを両手で持っていて、じっとこっちを見てるようだ。

 ユメのマイまくらには頭としっぽと手足がついてるな。犬をつぶして四角いまくらにしたようなデザインのぬいぐるみまくらだ。

 まさか、あの空港でカバンから手を離したがらなかったのは、パスポートじゃなくマイまくらのためだったんじゃないだろうなぁ?

 薄明かりに浮かぶ彼女は、自前のパジャマかネグリジェを着てるらしい。もっと見えるように、とちょっと頭を動かしたら、オレが起きていることに気がついたようだ。

「マコト、起こしてごめん」

「いや、うとうとしてただけだよ」

 ユメはどれくらいああして立っていたんだろう。

「寝てて、あの夢を見た?」

「いいや」

「あのね、ここで寝たら、あの続きを見るのかしら」

 どうやら不安がっているような声だ。

「いや、見ないんじゃないかな。あの三日間のスタートのときから、あの夢をオレが見るときは現実では一秒くらいしか経ってなくて、しかもふとんでちゃんと寝てるときとかには、あの夢を見ないんだ。ユメも最初は夜寝てるときに見たようだけど、さっきの飛行機じゃオレと同じ見かただっただろ? ふたりの夢が一致してきてるから、次も昼間にいっしょに見るんじゃないかな」

「うん。マコトといっしょだったらいいんだけどね。ひとりだけあの夢だと・・・・・・イヤだから、マコトが見てるかな、と思って」

 今までの例からすると、あの、侍女の香りがしたときに過去の夢に入るって決まってるから、今夜はぐっすり眠れるはずだ。彼女はそういうこととは知らないから不安なんだろうな。

「ちゃんと寝とけよ。ソファがだめなら今からでも代わるぞ」

「・・・・・・ううん。あのね、このドア、このまま少し開けておいてもいい?」

「いいよ」

 暗くてよく見えないが、彼女が微笑んだように思った。

「じゃ、おやすみ、マコト」

「ああ。おやすみ、ユメ」

 これは・・・・・・夢かな? あのユメがこんなにしおらしいなんて・・・・・・寝ぼけて・・・・・・るの・・・・・・かな・・・・・・?・・・・・・


 翌朝、部屋にあった金属製の水差しをスプーンでカンカン叩くユメに起こされた。

 例の夢は見なかった。やはり、あの香りが必要なんだ。

 時差ボケのせいで、朝日が夕日に思える。身体の感覚では昼寝して夕方に起きたかんじ。

「ほらほら、バスに乗り遅れるわよ」

 オレの寝室の入り口に立ってるユメは、昨日とはガラリと変わってカジュアルな服装だ。ピチピチ状態の張り裂けそうなジーンズにスニーカー。上はブカブカのタンクトップにTシャツを重ね着してるんだが、ブカブカサイズのはずのタンクトップとTシャツなのに、胸だけは真横にシワが張って張り裂けそうなくらいサイズが小さめになってる。おかげで、おへそのあたりは、長けも短めで、ひらひらと裾が肌から十センチくらい浮いちゃってる状態だ。

 まったく、とんでもないプロポーションだなあ。

「なによ、朝から目つきがやらしいわね。この変態男!」

 いかんいかん、どこを見てるかバレたらしい。

「あ~、いや、え~と、バスの発車まで何分?」

「あと十分」

 ポポロムじゃあるまいし、そういう大事なことを先に言ってくれよ。

 そこからは、とんでもないあわただしさだった。着替えて荷物持ってチェックアウトして、バス乗り場へ走る。ユメの荷物が重そうなので、二人分オレが持って、カートで引いてたら間に合わないかもしれないからユメの荷物は持ち上げて頭に載せて走った。

 バス乗り場に着いたときは、さすがにオレも息が上がっていた。荷物なしで前を走っていたユメは、先に着いて息がすでに整っていたようだ。

 バスの発車時刻には間に合わなかったはずなんだが、バスはまだ発車せずにそこにいた。

「ここ、日本じゃないから」

 すまし顔でユメが言いながらバスのステップを上がる。

 最後のステップをあがるとき、ちらりとこっちを見て、ニヤリと笑いやがった。

 ちくしょう。昨日の聞き込みで、出発時間がアバウトなのを知ってたな。

 昨夜のしおらしいユメは、やっぱり幻だったかな。


 乗り込むと、朝の便はガラガラだった。ユメはさっさと一番後ろの窓際に座っていたので、その隣に座った。

 いよいよ今日が三日目だ。

 今夜の二十四時がタイムリミットのはずだ。

 あと――十七時間ほどだ。

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