第4話  死に神の居場所

 一発の銃弾が発射された。北アルプスの山中・弾は対物ライフルから発射された凶弾。同時に数キロメートル先で巨大な熊が仕留められ、上半身が裂けて地に倒れる。一発の銃弾は熊の心臓を確実に破壊していた。熊の心臓の位置が把握できていたのか? 無論熊は即死だった。

 狩猟で生計を立てる男、俗に言う〝またぎ〟。彼の噂は密かに広まっており、空軍は空撮で彼を捉えていた。陸軍からも彼の元へ使者が出向いていた。二台のジープに分乗した陸軍の重鎮達は目の前で見せ付けられていた。彼の射撃が必ず一度で得物を仕留めるサマを。

「あなたは、今までに何度、的を違えましたか?」

 長身のまたぎは刈り上げ頭に熊の毛皮を着た精悍な顔つきの男。

 筋肉質の男は陸軍の重鎮達を見下ろす形で答える。

「一度も外したことはない。外せば獣はオレに襲いかかるだろう。死にたくないからオレの弾丸は敵を一撃で殺してきた。今までも、これからも。ラジオを聴いた。オレに依頼があるそうだな」

 陸軍准将はかしこまって男の目を見る。

「あなたを見込んでの依頼です」

 男は熊の毛皮で出来た上着を羽織っていたが、それを脱ぎ捨てる。バサリと音がし、鍛え抜かれた上半身が剥き出しになる。盛り上がった各部位の筋肉に無数の傷痕。

「報酬は?」

 男は簡潔に尋ね、陸軍准将も簡潔に答える。

「十億」

「――乗った」

 契約は成立し、男はジープに乗って東京へ向かった。朝焼けが眩しい時刻になっていた。

     ○

 艦船から発射される艦砲射撃の砲台に固定されていたレールガンが、砲台から取り外されていた。上下左右に人の手で動かせるように改良し、人の手で狙い定めて発射できるようにするまでおよそ十時間の計算。その一時間か一時間半後に隕石は落下する。

 またぎの男は真のヒーローになるべく、市ヶ谷駐屯地に到着し朝食を摂って仮眠に入った。

     ○

 渋谷の道化の男は〝嫁〟に会うことを最早諦めていた。交通機関は麻痺し、走って避難が間に合うでもない。静かに世界の終わりを待っていた。

     ○

 数時間後、正午。

 隕石の落下速度と大きさ、形状が具体的に明らかになった。落下速度秒速約七キロメートル。大きさは直径約九十メートルの球形。隕石は回転しており、重心の位置を肉眼で捉えるのは常人には不可能。奇跡の男に賭けるしかなかった。

     ○

 夕刻。夕焼け空に無数の流れ星が煌めいていた。大気圏で燃え尽き、落下する小さな隕石群だった。そしてその本命、直径約九十メートルの巨大隕石。それが破壊されずに地球に落下すれば、落下した衝撃で多くの命が犠牲となり、その噴煙は世界から太陽光を奪い、長い氷河期が訪れる。人類が氷河期を生き抜く術は無い。

 人類の命運はまたぎの男の双肩に委ねられた。


     ○


 またぎの男はボートに乗り、海軍籍の艦船に向かっていた。隣にはエリート海幕長が立っている。髪を七三に分けた海幕長は言った。

「まだ伝説の戦士の名前を伺ってませんでした。よろしければ……」

 しかし男は陸地を眺めて眉をひそめた。

「海岸沿いの森の中に兵士が……狙撃兵が大勢見えるな。あれは何だ? オレ一人では心許ないか?」

「いや……。身を潜めている兵が、狙撃兵だと分かるところまで見えるのか……」

 男は思考を巡らせる。

「この先に狙われるヤツなどいるのか? レールガンの整備兵に海軍のエリートに、オレ。これはどう考えても――。おい、オレが隕石の破壊に失敗した場合どうなる!」

「まあ、それは……遅かれ早かれ人類が滅びるだろうな。お前は真っ先に死ぬことになるが、遺族に十億円遺せるんだから悔いはないだろ」

 男は――嵌められていることを、この段階まで来て悟った。

「あいつらは! オレが隕石破壊に失敗した場合にオレを狙撃するのか! そして全責任をオレに? ふざけるな! オレに仕事を任せるんじゃないのか? お前らの正義は何処にあるっ!」

 長身の男が海幕長の胸ぐらを掴んで軽々と宙に浮かせる。

「ちょっと待て、お前が隕石破壊を成功させるしか選択肢はないんだぞ。こんなことをしてる場合か?」

 海幕長は苦しげに言った。そして男の答えは――

「百キロ先の標的など見たことはない! そんなモノに命中させる保証、つまりオレの命の保証がない仕事などやってられるか!」

 海幕長が無造作に片手を掲げた。訝しむ男。そして、それを沿岸から見ている狙撃兵たち。

「待っ――……」

 待ってくれという言葉を発する前に男の首から上に複数の銃弾が。

 作戦は、あっけなく失敗に終わってしまった。またぎの男の巨体が崩れ落ちる。辺りには鮮血が飛び散っている。

「伝説のヒーローは、結局名無しの死体か」

 海幕長は溜息を吐いて襟を正す。そしてインカムに向かって話しかける。

「統幕長、お聞きの通りです。全て終わりました」

 統幕長は黙して頷き、陸幕長に回線を繋いだ。



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