第3話  最良の現実的兵器と役立たずの道化

 政府緊急災害対策本部、設置後数時間。設置場所は首相官邸の地下シェルター最深部。本部長は所謂〝首相の女房役〟である内閣官房長官。予想外の事態に備えてトップである首相は既に某所に避難済みである。

 隕石落下まで、およそ二十四時間。

 円卓に集まった初老の男達。いずれも今までの人生で功成り名を遂げてきた人物である。

 内閣官房長官のプレートの付いた席の男が癖のある口調で話し始めた。

「既に連絡した通り緊急事態であります。陸・海・空、の三幕僚長及び三軍を統括する統合幕僚長、所謂〝四幕〟に集まって頂いたのです。我が国のミサイル防衛構想は決して無駄ではなかったと信じたいのであります。隕石を回避するか破壊するか、我が国を救う手段を早急に決定したいのであります」

 この対策本部には十人弱の人影しか見当たらない。

 ――隕石はこの対策本部をも破壊する可能性が充分にあるから。功成り名を遂げてきたにもかかわらず、この国と心中することも厭わない男達だった。

「我が海軍のイージス艦は出番がありませんな」

 三十代ほどのこの中では最年少の男。丸眼鏡を掛け髪を七三に分け、ピンと伸びた背筋。典型的なエリートだった。

「イージス防衛構想の予算を削減してパトリオットミサイルに予算を回したのは内閣と国会です。今、官房長官を責めるわけではないですが……。イージスは対空ミサイルが飛来して国土に落下するまでのミッド・フェイズでの迎撃システムです。問題は米艦隊の情報補助がなければ正常に機能しない点でして。米艦隊は既に撤退しました。隕石が国土に飛来する終末局面・ターミナルフェイズでの破壊を狙って。パトリオットミサイルで撃破しては如何か?」

 内閣官房は渋い顔をし――

「パトリオットは陸軍……空軍……どちらでありましたか……」

 数秒迷った。

「ペトリオットは空軍の高射隊です」

 妙な発音の空軍幕僚長に内閣官房は顔をしかめたが、白ヒゲを生やした統合幕僚長の静かなフォローが入った。

「正式な発音はパトリオットよりペトリオットの方が近く、公式資料でも『ペトリオット』と記すのが普通です。もしも知らない方がいれば、静かに納得しておいてください」

 恐らく最年長なのが統合幕僚長。次が空軍幕僚長である。どちらも総白髪に眼鏡という外見。

「ペトリオットの対航空射程は八十キロ。対弾道ミサイルに於いては二十キロという射程距離。加えて〝極めて高速なミサイルには対応出来ない〟。それは常識として知っておいて頂きたい」

「どういう意味でありますか?」と官房長官が統合幕僚長を見る。彼は静かに答える。

「……〝大気圏〟は高度八十キロか百二十キロ辺りまで。そこに達する前に隕石を破壊しなければ大気圏で燃え尽きることはない。おまけに隕石は超高速で飛来する。ペトリオットでは射程はギリギリで、隕石の速さには到底対応出来ないと言っておるのです。彼は」

 官房長官は望みの綱を最後の陸軍に繋いだ。

「陸軍に何か対策はないのですかっ?」

 禿頭の五十代ほど、この中で最も体格の立派な男が腹の底から響き渡る声で告げる。

「陸軍に何か、イージス艦やパト……ペトリオットに匹敵するほどの兵器が回されたことがありましたか? それだけの予算が組まれたことがありましたか?」

 地上の喧噪も聞こえない。これだけ深い所に地上の声は届かない。否、もう東京の全ての人は避難したのか。

「予算が少なくとも……人材は育ったようじゃなぁ。最高の人材が」

 統合幕僚長の声に全員が訝しむ。そして誰からともなく「まさか……」、そんな声が上がる。


「第三次世界大戦を、たった一人で終わらせた男――」


 言った本人、統合幕僚長以外の三人の幕僚長が立ち上がる。


     ○     ○


「おじさんって役立たずだね」

 ハンバーガーを食べる青いオーバーオールの少女。

 走り去ったハズがお腹が減って戻ってきたようだ。

「言ってくれるね」

 右瞼に痣の男は乗り捨てられた車のボンネットに腰掛けていた。足下の地べたに少女が座っているが、特に注意するでもなかった。

「役立たずは英語で〝ユースレス〟と言うんだよ。〝使う〟が英語で〝ユーズ〟、でも役立たずのときは〝ユーズ〟の〝ズ〟から点々が取れて、」

「その知識が隕石から逃げるのに何か役に立つの? ホント役立たず」

 少女の指摘。「現実逃避しているヒマは無い」という意味。

 男は言葉に詰まって金魚のように口をパクパクとさせる。

「……なんできみみたいな小さな女の子に敵わないのかな、僕は」

「あたしは別に強くもなんともないわよ。かなわないっていわれても。おじさんが弱いんじゃないの?」

「弱い……弱いか……」

 男はやり込められ、言ってみる。

「おじさんは昔、世界を救ったことがあるんだぜ?」

「本当に?」

「〝モン狩り〟というバケモノを狩っていくゲームがあってだね――」

「ダッサ、仮想世界に逃げ込んでヒーロー気取り。そんなに現実逃避に時間を費やして、何か得たの? ていうかさ……世の中にはさ、ちゃんと世界と向き合って現実と戦って傷だらけになって、それでも諦めなかった人もいるでしょ。現実世界で戦うとネット世界の〝戦わない傍観者達〟にはボロクソに言われるけどさ、それにもめげず怯まず……。尊敬されるのはさ、きっとそういう戦う人達だよ。あたしはそう思う」

 少女は真剣な眼差しで答えて、ハンバーガーを食べ終えた両手を服で拭いた。

 男は黙って……反論しなかった。ただギュッと両手を握り締め、片目で両手の平を見詰めた。


     ○     ○


「あの男は死に神だ!」

 陸幕長が声を荒げる。

「人工衛星からの映像記録で残っているだけでも! あろうことか対物ライフルの狙撃で、射程距離三キロでも四キロでも必ず命中させていた! もしも奴の気が変わって〝人を狙う〟ことがあれば! 狙われた人物は確実に死ぬんですよ? 統合幕僚長、あなたが狙われたらどうしますか?」

 白いヒゲの統合幕僚長は平然としていた。

「ワシはもう充分に生きた身だ。死に神がこの国を救って、ついでにワシを殺そうというなら、そりゃあ仕方がない。悔いはない。ここに集まってるのは皆……もう、あまり悔いは残っていないという人達ばかりではないのかな? ん? 東京に隕石が落ちると分かって、それでも首相官邸の地下に残ってるのは伊達や酔狂ではあるまい。皆、この国を愛してるから。他に行く場所なんてないって連中ではないのかな? そして陸幕長、きみは自分の言ったことの重大性に気付いておるのだろう?」

「…………」

 沈黙。

 十数秒の長い沈黙の後、陸幕長は断定的に言う。

「まぁ……言ってしまってから気付きました。死に神は、どんな長射程でも――記録に残っている限り五キロ先の精密射撃でも確実に成功させている。精密射撃を一度も失敗していないということ。事実です」

 室内がどよめいた。

「そして内閣官房が知らない可能性のある、隕石破壊用の兵器が海軍にあります。海軍がその機密をさらけ出すなら、我が陸軍が全力をもって〝彼〟を捜し出しましょう」

「事実でありますか? 海軍幕僚長」

 髪を七三に分けた三十代のエリート海軍幕僚長は嘲笑うかの口調で応える。彼の人を軽く見る態度が、彼のエリートらしさの良からぬ一部。

「本当に知らなかったのか。まぁ、最高機密ではあるが……。失礼」

 言って立ち上がり、内閣官房に告げる。

「落下する隕石の破壊に唯一、有効とされて開発が進んでいる兵器。今もって開発途中段階ですが……隕石破壊用の兵器として開発しています。海軍の艦船に搭載された〝電磁投射砲〟。重さ十キロの砲弾をマッハ十以上で発射可能な兵器。電磁投射砲――一般的に〝レールガン〟と呼ばれる超破壊兵器です」

「それで隕石が破壊可能なのでありますか!?」

「全ての物体には〝重心〟となる核と呼ばれる箇所があります。直径百メートル近い巨大な隕石。現在の重量十キロほどのレールガンの砲弾を当てるだけでは破壊しきれません。重さ十キロ足らずの砲弾で〝核〟を打ち抜くしか、隕石を破壊して大気圏で燃え尽きさせる方法はありません!」

「ともかく、助かる希望はあるということでありますね?」

「いえ……」

 海幕長は言い淀んだ。

「レールガン自体の開発は進んでおり、一応発射は出来る段階です。ですが……。高度百キロ以上の上空を超超高速で落下してくる隕石の核を調査して狙い定める照準装置は、全くの開発途上段階です。はっきり申しますと〝そんな照準装置はまだ存在しません〟。加えてレールガンの発射には超大量の電流を必用とし、一発発射すれば膨大な熱エネルギーが発生します。それは冷却が必用であることを意味し――同時に〝連射など到底不可能〟ということ。

 レールガン一発で核を撃ち抜かねばならない。チャンスは一回だけということです。まっとうな照準装置もないのに、です。これは〝現状では不可能です〟と告白しているのと同じではないでしょうか?」

 重苦しい沈黙。翌日の夜にはこの辺りも焦土と化しているという想像。

「陸幕長」

 白ヒゲの統幕長が口を開いた。

「〝彼〟を三軍全てを動員して捜し出しましょう。海幕長はレールガンを搭載した艦船を東京湾に緊急要請」

「もう港に寄せています。ですがまず間違いなく失敗する射撃の責任を取るべき人物や組織が見当たらないだけです」

 統幕長だけでなく全員が口をつぐむ。

 この場合、失敗した場合、責任を取るべきは誰なのか?

「失敗した場合――。彼もここにいる我々全員も死ぬのであります。〝彼〟に全責任をかぶせます。失敗した彼を遠距離狙撃で射殺してその写真を世界に発信。彼に生け贄になって貰うのであります。一度世界を救った彼だからこそ! 世界破滅の責任を取る人物になり得るのであります! 他に適任者はいないのであります!」

「……それが、内閣の見解ですか。世界を救おうという彼に銃口を向けて準備しておけとおっしゃるのですか? そんなことは陸海空を束ねる私、統合幕僚長がどの軍にも断じて――」

「これは私、内閣官房の独断であります。そして文民統制。陸海空三軍と四幕の上に位置し、命令出来るのは内閣の人間だけであること、ご理解ください」

 三十代エリート、海幕長が露骨に舌打ちし、統幕長が目で制する。目立たない存在だった老齢で白髪の空幕長が声を絞り出した。

「遥か昔の〝特攻〟の二の舞を演じろと言うのか」

 老齢の空幕長。

「国のために彼に命を懸けて貰って、失敗したら我々が殺すだと? この国の礎となる人々のことをどう考えているのか! 彼らの命を――」

 統幕長が慌てて口を挟んだ。

「空幕長! 偵察機と空撮で彼を捜してください。統幕からの要請です。空軍は彼の射殺任務に加われないですね? 分かります。空軍に狙撃部隊などありませんから。急いでください」

 統幕長にフォローされて空幕長は対策本部から出て行く。軍が内閣に弓引くことなどあり得ない。そんなことになったら即ち軍部のクーデターということである。

「海軍、レールガンの準備、充電に入ります。レールガンで人が狙いを付けられるように大至急改良します。但しレールガンの発射は同時に大量のプラズマ――高熱の電気雲とでも申しましょうか、その発生を伴います。射撃した人間は恐らく焼け死にます。――失礼します」

 エリート海幕長も出て行った。

 頑丈な円卓の割れる音が響いた。巨岩のような陸幕長が、この場の淀んだ空気をまとめて叩き潰すかの如く円卓に手刀を放っていた。

「わたくし空手を修練しているので手が滑ってしまいました。この国で最も有名な空手団体のトップは、人を殴り殺してしまったとき『軽く叩いたら死んだ』とおっしゃったそうです。

 第三次大戦後の彼をマークしていたのは彼の出身である陸軍です。彼を捜します。それとプラズマを防ぐ彼の盾になるものを探します。失礼――」

 彼も出て行った。

 残った内閣官房・統幕長、他にいかなる場面でも後世に残す記録係と通信技師数名。

「統幕長、〝彼〟の狙撃を一任します。失敗した場合必ず彼の射殺写真を記録に残すこと。以上であります」

 統幕長も立ち上がり、年相応の速度でゆっくりと歩み去った。



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