第10話

 単純に、ただの事故だったのか?そうケリを付けてしまえば簡単なんだろう。飲屋街を当て所なく歩いた。さっきから気になっていた。誰かにつけられているのではないかと。途中、コンビニの店内を覗くと煌々とした雑誌コーナーにたむろする若者達の間から、壁際の時計が見えた。そろそろ時間だ。

 街道沿いの長距離バスターミナル。その回りを何周か歩いた。だが、あのつけられているような感覚は、なくなりはしなかった。そのうち発車の時刻が迫ってきた。仕方なく売り場で乗車券を買うとバスに急いだ。俺が乗るとすぐにドアが閉まり、最後の乗客を乗せバスは動き出した。やはり、気のせいだったのだろうか。 

 バスは高速道に乗り、揺られているうちに眠り込んでいた。

 バスがどこかのパーキングエリアに入ると、ふと目を覚ました。カーテンの隙間から駐車場の照明が漏れていた。数人の客と運転手がバスから降りていった。そのままシートに座って乗降口を見つめていた。数分後、降りていった客たちが車内に戻った。そこに新たな客が加わったような気がした。眠った振りをして、その男が通路を奥に進んでいくのを眺めていた。男は俺の姿をみとめると、後ろの席に座った。

 早朝、バスはターミナルに定刻通りに到着した。すぐに通路には降車の列ができた。暫く座ったままでいた。あの途中から乗り込んだ男が最後に降り、降車口に人影が消えた。ようやく最後に席を立ち上がった。

 バスを降りると、辺りを見回した。先にバスを降りた客達は、もう姿が見えない。そして、あの男の姿も。

 バスターミナルを出て、町の方へ向かった。相変わらず寂れた町だ。バスのロータリーから在来線の駅までは、寂れた商店街を抜け数分の距離でしかない。だが、なんども、その短い商店街を往復した。往復するごとに、同じ顔がないかを確かめた。そうしてバスターミナルまで戻ると、別のバスに乗り換えた。

 車が相対できないようなくねった細い山道を越えバスは走った。伸びた葉先がバスの窓を擦っていく。窓側の風景はもう初秋だ。刈り取った稲の束、茶色い空間。この半島を横断してバスは走る。海岸線が見えてきた。灰色の空と濁った波間。沖は荒れている。そろそろ終着だ。湿った空気が潮の臭いを運んだ。

 バスを降りると、坂道を登り始めた。途中、道ばたの彼岸花を摘んで。辺りの風景は変わっていない。この時期、いつもこうなのだが。だらだらと長く続く坂道、途中で息切れを覚え立ち止まる。なんで、こんな奥に。と、いつも思いながら。

 やがて、山の窪地に、その墓はあった。そこに埋葬されていた。俺が殺した子供も。古びた石柱が並んだその地面の下に。石柱にたむけられた新しい花束の横に摘んできた花を供え、俺は膝を曲げた。そして、心の中で唱えた。

 目を閉じると、あの時の情景が浮かんできた。曲がったホームに滑り込んだ列車。ホームの先頭にはまばらな人影。そして、あの少年の姿が次第に大ききなっていく。サングラス、野球のユニフォーム、そして白い杖。木がなぎ倒されるように少年がホームに倒れ込む。俺はブレーキを踏む。車輪とレールの金属音。 そして、何かを踏み越えるような軽い振動。列車は定位置に止まっている。線路脇には流転禁止の標示。俺はブレーキを確かめる。隣のホームからは無人の列車が動いている。その標示にはDEADHEADの標示。それが小さくなるのを俺は目で追っている。車掌室からのブザーで我に戻る。そして、窓を叩く音。 駅務員が何かを叫んでいる。ホームの乗客達が先頭車両の下を覗き込んでいる。怖れたような、それでいて。それからのことはよく覚えていない。後から聞いた話では、落ちた子供は首を切って即死だったということだ。その子がここに葬られている。この時期になると、いつもここに詣るようになった。こんな生活を送るようになっても。

 腰を上げ辺りを見回した。相変わらず誰かに見られているような感覚がしたからだ。 墓地を後にすると坂道を急き立てられるように降りた。そして、バスターミナルに戻った。夕方になっていた。時刻表を見ると季節ダイヤに切り替わったばかりで、もうバスはない。ここで夜明かしのようだ。俺はベンチに腰掛けた。  

 いつの間にか、うつらうつらしていた。気がつくと湿った夜風が冷たくなって いた。腰を上げ近くの食堂へ行った。カツ丼を食べながら、何げなく壁のテレビを見上げた。秋の行楽情報にスポーツ行事。少年野球大会。その映像は俺が轢いた盲目の少年、そしてヒロシの姿を連想させた。なぜか、俺が轢いた少年とヒロシがダブって見えてくる。何故、ヒロシのことがそんなに気に掛かるのか。あいつは公園でバットを振り回していただけのくそガキじゃないか。でも、俺はヒロシを親元に届けることになった。それで、終わりでいいじゃないか。ヒロシの親父がなんで死んだかなんて、どうして俺が・・・。ただ変な情をだしただけなのに。俺は、結局、こうしてフケたかっただけなんだ。俺は何をしているのだろう。ただの元鉄道員が、何が探偵ごっこだ。

 勘定を払って店を出た。雨の中、バスターミナルまで走った。公衆電話を見つけ、あの離婚届の切れっ端を取り出した。ヒロシの祖父の家に電話を掛けた。

「あの、ヒロシは?」

「あんたは?」

「この間、ヒロシを・・・」

「ヒロシの奴、いなくなった。幸緒の所にもいない。あんたこそ、あいつの居所を知らないか?」


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Dead Head 流転禁止 翳間 皓 @n5dhsfpt

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