第四話 人類に仇なす者、特異生命体
その日の授業が終わり、終業のチャイムが校舎全体で鳴り響いた時。各々の教室にいる生徒たちは一斉に下校の準備を始める。
「ミカ、一緒に帰ろっ」
真っ先に帰り支度を終えていた
「ごめん、これからバイトなんだ」
「バイト? あんた、バイトなんてしていたっけ?」
「
「ふぅん、なんのバイト?」
「それは内緒。だからごめん由奈ちゃん、わたしそろそろ行くね」
すると、実夏は教科書や文房具を詰め込んだ学生鞄を引っ提げ、会話もそこそこに廊下へと駆け出したのだった。
呆気に取られた由奈は肩をすくませながらそれを見送っていた。
まあ、元気になったならいいか―――。
◆ ◆ ◆
待ち合わせ場所は学校の最寄駅から数駅跨いだところにあった。
実夏がそこへ辿り着いた頃にはすでに、ライドデルタの装着者である
「お、お待たせしました」
「……いえ、集合予定時刻の三分前です。ひとまずは合格といったところでしょう」
左腕のブレスレットに表示された時刻を見た四葉が淡々と告げると、実夏は緊張が解けたのかホッと安堵のため息をついた。
ビジネススーツをビシッと着こなした清楚な様相の四葉は、ごく普通の
「時間も惜しいので早速移動しましょうか」
四葉は傍らに停車していた白の軽自動車の後部ドアを開くと、実夏に乗車するよう促した。
それに従って後部座席に乗り込むと、運転席に座っているワインレッドのフレームのメガネをかけた女性が振り向いてくる。
「こんにちは。あなたが実夏ちゃんね?」
「は、はい、萩野実夏です」
「あたしはライドデルタの専属オペレーター『
「こ、こちらこそ、よろしくお願いします!」
実夏がカチカチに緊張しながら華澄と挨拶を交わしている間に、四葉は後部ドアを閉めて前方の助手席に座った。
全員がシートベルトの着用まで完了したことを確認した華澄は車のエンジンを入れた。
「さて、あたしたちは今から実夏ちゃんをとある施設に案内するのだけれど。そこに着くまでの間にあたしたちの組織についてちゃちゃっと説明しちゃうね」
「はい!」
それなりの速度で道路を走る車の中で力強く頷いた実夏は学生カバンの中から筆記用具とメモ帳を取り出すが―――
「メモを取るのは禁止です。すべて暗記すること」
四葉の冷淡な声がそれを制した。
「え……メモはダメなんですか?」
「まだ外部に漏らせない情報とかもあるから、ごめんね」
「万が一あなたによって外部に情報が漏らされたと判断した場合はそれなりの処罰が下されますので、ご注意ください」
「処罰って、まさか、殺されたり……!」
「あー、大丈夫よ。そこまではしないから。四葉ちゃんも自分の可愛い弟子を怖がらせないの」
「弟子にするとはまだ決めていません。それに作戦外でもその名前で呼ばないでくださいと何度も言っています」
「別にいいじゃん、せっかくかわいい名前なんだからさ。まあそれはさておき―――」
ハンドルを握りながら四葉をからかった華澄は、咳払いをひとつしてその場の空気を切り換えた。
「実夏ちゃんは特異生命体のことはどこまで知っているのかしら?」
「特異生命体……?」
「あの怪物のことよ」
それを聞いて「ああ」と納得した実夏は顎を摘まむと、ひとつひとつ思い出しながら言葉を紡いだ。
「日曜日に襲ってきた巨人みたいなやつは、最初はサラリーマンの男の人の姿をしていました。昨日のトカゲみたいなやつは拳銃を使っていましたね。特異生命体って、色々な種類がいるのですか?」
「着眼点としてはいいところね。今のところ発見されているのはあなたが目撃したゴーレム型、リザード型の他に、蝙蝠のようなバット型と、蜘蛛のようなスパイダー型がいるわ」
「四種類ですね」
「そう。まあ、それぞれの詳細は今は置いといて。今回特筆すべき点は、特異生命体のすべてに共通する特徴についてよ。それは、ヒトを喰らいその人間の性質を自分の物にしてしまうこと」
「ヒトを食べてその性質を自分の物に……成りすましってことですか?」
「まあそんなところかな。一種の擬態ね。食べた人間の記憶や肉体をコピーして擬態し、人間社会の中に紛れ込むの。しかも調査した結果、奴らは人間の肉しか食べないことが判明したわ」
なるほど、だから日曜日に襲ってきたゴーレム型の男はサンドイッチを食べて吐き出していたのか。
冷静にそう結論付けた直後、説明の内容をようやく理解した実夏は背筋が逆撫でされたような悪寒を感じた。
「た、食べる、ヒトを!? それに擬態!? そこまでわかっているのならどうして注意喚起がないのですか、報道して伝えれば自己防衛の術だって……!」
「ああ、その反応懐かしいわねぇ。四葉ちゃんも当時はこうだったよね」
「昔の話です」
「あの!」
納得のいく答えを求めて叫ぶ実夏にため息をついて答えたのは、華澄ではなく助手席の四葉だった。
「では仮に特異生命体の脅威について報道したとしましょう。あなたの隣人が特異生命体かもしれません。友人や家族もその可能性があります。特異生命体があなたを喰らおうと周囲に身を潜めている」
「それは……」
「……そうなった場合、混乱は免れません。最悪の場合、ヒトがヒトを殺す―――魔女狩りの構図が完成してしまいます。だからまだ発表することは出来ないのです」
そんな最悪の事態は容易に想像がつく。己の浅慮さを思い知った実夏は制服の裾を握り締めて俯いた。
「……で、そんな特異生命体の脅威から人類を守護するために設立されたのが『対特異生命体防衛機構』、通称『
「RIDE……ライド部隊の装備も、そこで開発した物なのですか?」
「その通り。拳銃やその他人類の通常兵器では太刀打ちできない特異生命体に対抗するための現状唯一の装備、それが『ライドウェア』。ああ、開発の経緯とか内容についてはトップシークレットだけどね」
「えっと、そのライドウェアは誰でも装着できる物なのですか?」
「誰でも、とはいかないわね。それぞれのウェアに適性のある人物が装着するの」
「適性ですか……わたしはどうなんだろう」
「まあ、もしも実夏ちゃんに適性がなかったとしても大丈夫よ。前線で戦う以外にも仕事はたくさんあるし、どうしてもウェアで戦いたいのなら訓練を積めばいい。どうしたいのかはその時に考えればいいわ」
「はぁ……」
「……さて、もうそろそろ目的地に着くけれど。ここまでわからないこととかあったら何でも聞いてちょうだい」
「あ、それならひとつだけ……」
これまでの話の内容を踏まえた上で、実夏にはどうしてもわからないことがあった。
「特異生命体って何なんですか。どこから来て、どうして人間を襲うんですか」
それは、人類を襲う特異生命体の出自についてだ。
その質問を聞いた華澄は苦笑に頬を緩ませると、ハンドルを切って車体を安定させる。
「どうして人間を襲うかって聞かれたらそれはきっと、食べるため……ひいては生きるためでしょうね。ただ―――」
一呼吸置く間にブレーキを踏んで車を停止させた華澄は、再び口を開いた。
「ただ、どこから現れたのか。元々この地球にいた生物なのか、宇宙から飛来してきたのか、あるいはSF映画のような異次元からの侵略者か。それはあたしや長官にもわからない。……さあ、着いたわよ」
果たしてどのような基地なのだろうか。特捜一線デカバスターズのような巨大ロボに変形する基地だったらすごそうだ。
華澄に促されて降車する実夏の胸は期待に踊っていた。
だがそんな彼女が見たのは、ごくごくありふれたスポーツジムだった。
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