第三話 ライドオン、デルタ!
民間協力、及び現場の証言ということで警察の一人がスーツの女性と実夏に連絡先を訪ねて来た。実夏は戸惑いながらもそれに応じ、一方でスーツの女性は手慣れた様子で対応していた。その際に女性が自らを「
被害に遭った女性は再三再四、二人に頭を下げて礼を言う。カバンが無事に持ち主の手に戻ったところで、この場は解散となった。
「あ、あの、助けていただいてありがとうございました!」
ひったくりを乗せたパトカーが去っていくのを見送りながら、実夏は四葉に頭を下げた。
だが彼女は照れるわけでもなく冷静に頭を横に振る。
「礼には及びません。それに貴女が足止めをしていたお陰で犯人を確保することができたのですから。大した勇気です」
「いえ、わたしは……」
「ただの子供だと思っていましたが、少し見直しました」
―――違う、勇気なんかじゃない。臆病で、怖かったから動けなかったんだ。
そう言おうと口を開いた時、タイヤが地面を擦る急ブレーキの摩擦音が二人の耳をつんざいた。
続けて、乾いた銃声が無数に轟く。
鼓膜に響いた実夏は慌てて耳を塞いだ。一方の四葉は相変わらず冷静な表情で音のした方を向いている。
音が聞こえてくるのは先ほどひったくりを乗せたパトカーが走っていった方向からだ。
先のブレーキ音といい、パトカーに何かがあったか?
「貴女はすぐにこの場から去りなさい!」
実夏に指示を出した四葉は彼女の返事を待たずに走り出した。
「え、ちょ、晴崎さん!?」
だが耳を塞いでいた実夏にその指示は聞こえておらず、四葉が走り去っていくのを見て咄嗟に彼女を追い掛けてしまう。
なぜだろうか。今日初めて会ったはずなのに、初対面の気がしないのだ。
それに、「見直した」という言葉も気になっている。
だからか、事件の起きた先で彼女が何をするつもりなのか、それが気になって仕方がなかった。
四葉を追ってしばらく走ると、むせ返るような血と硝煙の臭いが鼻を刺激してきたため、手で口と鼻を覆って立ち止った。
もう動くことはないであろうほどに打ち壊されたパトカーを中心に、引き裂かれて細切れになった衣や赤黒い液体が散乱していた。
そこに悠々とたたずんでいるのは、先日のゴーレム型と同じ外殻を持つ一体のトカゲのような怪物だった。
その光景を目の当たりにした実夏は絶句し、即座に理解した。
このトカゲの怪物がパトカーを襲ったのだと。
警官やひったくりの姿が見えない理由は、考えたくもない。
だがこの惨状を目の当たりにしながらも、彼女の視線の先に映る四葉の背中はやけに堂々としていた。
確かに四葉は強い。しかしいくらなんでも、あの怪物を相手にするのは無謀すぎるだろう。
―――逃げるよう提案しなければ。
ところが、四葉は背後に居る実夏に気づくことなく、自らの左腕に装着されたブレスレッドを口元に近づけた。
「ライドオン、デルタ!」
『承認。ライドウェア、構築開始』
四葉の音声とキーワードを認識したブレスレットが起動、エネルギーを解放して光の粒子を周囲に散布する。
そして粒子のひとつひとつが四葉の全身を包み込むと、ぐるぐると目まぐるしく渦巻く。
すると不意に、トカゲの怪物がその状態の四葉に飛び掛かってきた。鋭く研ぎ澄まされた爪が振り下ろされる。
だがそれが眼前に迫った瞬間に四葉は左腕を大きく振るって光を解き放ち、その衝撃で怪物を押し返したのだった。
そうして光の中から再び姿を現した四葉の全身には白銀の鎧が形成されていた。
「晴崎さんが、ライドデルタ……?」
実夏は見てしまった。晴崎四葉が噂のヒーロー、ライドデルタに姿を変えたところを。
そしてその声でようやく彼女の存在に気づいたライドデルタは静かに振り返った。
「……見てしまったのね」
「ご、ごめんなさい……その、気になってしまって」
「……本部」
『敵のタイプは?』
「リザード型が一体。それと、装着を民間人に目撃されてしまいました。申し訳ありません」
オペレーターの女性から送られてくる通信に現状を伝えながら、装着の瞬間を目撃されたことを謝罪するライドデルタ。
しかし本部は特に責め立てるような様子もなく、続けた。
『まあ見られちゃったものは仕方ない。ただ、救護班が到着するまでその民間人も逃がさないようにしておいて』
「
「は、はい!」
ライドデルタの言葉に頷いた実夏は道の曲がり角に身を隠し、そこからライドデルタの様子を覗き見た。
彼女が退避したことを確認したライドデルタもまた頷き、敵であるリザード型に向き直った。
「ライドデルタ、これより戦闘態勢に移ります」
その言葉を合図に、レンズの瞳が緑に輝いた。
リザード型が爪を研ぎ澄まし、再び飛び掛かる。
ライドデルタはそれを避けると突き出された右腕に掴みかかり、背負い投げの要領で叩き落とした。
さらにそれによって接触した際に敵の情報を入手。本部にリアルタイムで転送して解析を待つ。
しかし地面に叩きつけられたリザード型は軽い身のこなしで立ち上がるとライドデルタから距離を取った。
『解析完了。そういや被害者は警官なんだっけ?』
「ええ、警官四名と一般人一名かと」
『あー、そりゃこうなるわ。拳銃に注意』
「……え?」
体勢を立て直したリザード型が取り出したニューナンブM60回転式けん銃の銃口をライドデルタへと向け、その引き金を絞った。
花火のような音を立てて撃ち出された弾丸はライドデルタの右肩を穿つ。
衝撃が装甲の内側に響き、激痛が走る。肩のアーマーは陥没し、火花を散らしていた。
「くっ……! まさか、通常の拳銃には耐え得る設計ではなかったのですか?」
『リザード型が拳銃と弾丸に自らの細胞を組み込んで造り変えたのね。だから一般的な弾丸とは大きくかけ離れた火力になっている。装甲で受け止めようなどと考えたらダメよ』
「わかっています!」
普段は冷静なライドデルタが、今は内心で焦っていた。
銃を使う相手など初めてで、それを想定したシミュレーションの回数も少ない。
その上この場には萩野実夏という保護対象がいる。もしも敵の狙いが彼女に移って、あるいは流れ弾が彼女に向かってしまえば。
ライドウェアの装甲を陥没させるほどの威力を、生身の人間が直接受けてしまったらひとたまりもない―――!
ぐるぐると渦巻く悪い考えを、頭を横に振って追い出した。
「コアの位置は胸部であってる?」
『ええ、人間で言うところの胸部ね。何らかの衝撃を加えれば破壊できそうよ」
「
腰に携帯したナイフとハンドガンに可変する専用装備「トライブレイバー」を取り外し、ハンドガンの形態にして引き金を絞る。
射出された弾丸はリザード型を撃った。
相手が怯むと、ライドデルタは一歩一歩確実に歩み寄りながら弾丸を放ち続ける。
だが知恵の回るリザード型だ。左腕の外殻で弾丸を弾き、機敏な動きでライドデルとの射線から逃れると、自身の拳銃で撃つ。
「バリアフィールド!」
ライドデルタは己のエネルギーで外部に構築したバリアで反撃の弾丸を防いだ。さらに発砲するが、そちらも避けられてしまう。
流石にパターンを読まれたか。そうなるとあの素早さは厄介だ。
「本部、ブラストソニックの発動許可を!」
『了解。ライドデルタ、ブラストソニック発動承認』
『確認。機構解放』
本部によって安全装置が解除。ライドデルタの脚部に備えられたブースターが解放される。
「ブラストソニック始動!」
音声認識によって起動したブースターが火を噴く。
その推進力によってライドデルタは加速。トライブレイバーをナイフに変形させ、リザード型に一気に詰め寄る。
それに対抗してリザード型は拳銃をライドデルタに向けるが、ブースターの加速を乗せた右脚が一足先にリザード型の頭部を薙ぎ払った。
叩きつけられたリザード型はバスケットボールのように地面を跳ね回るが、空中で体勢を立て直すことで衝撃を和らげ、着地した。
しかしその折に拳銃を落とさせた。あとは上手く背後に回り込んでコアを狙えばいい。
先日のゴーレム型とは違ってコアは剥き出しの状態だ。ナイフを直撃させれば簡単に破壊できる。
敵には得物もない。持ち前のスピードも先の反動が残っている今では発揮しにくいだろう。
ライドデルタはブースターで一直線に突き進む。
右手で構えたナイフを振りかざし、コアを貫くべく斬りかかろうとしたその時だった。
「気を付けて!!」
実夏の叫びがやけに鮮明に聞こえてきて、攻撃を急いでいたライドデルタは一瞬だけ冷静に戻った。
眼前にいるリザード型。こちらの攻撃を避けるわけでもなくただじっとたたずんでいると思われていたが、それの大口は開いていた。
その中から突出した、ニューナンブM60の9ミリ小径の銃口。唾液交じりのその先端がこちらを睨み付けるかのように煌めく。
それが脈打つように内側へと一度引っ込んだ瞬間、射出された炎の塊がライドデルタの装甲を穿った。
「がっ……!」
衝撃で吹き飛ばされ、地面に叩き落とされてしまうライドデルタ。
咄嗟に身体を逸らして直撃を免れていなければ致命傷を負っていただろう。どうやって見抜いたかは知らないが、実夏に感謝だ。
そんな彼女が立ち上がって目撃したのは、これまでに類を見ない異常な光景であった。
リザード型の指がすべて銃口となっている―――!?
そのすべてが火を噴き、閃光の嵐となってライドデルタに降り注いだ。
「な、なんですかあれ!? あんなの今まで一度だって……!」
ブラストソニックの機動力と加速でそれらを掻い潜りながら本部に状況を確かめるが、本部も同じように頭を抱えていた。
『わからない。捕食した警官が四人だとして、一人一丁所持していたと推測すると、再現できる拳銃は四丁が限界のはず。それなのに四丁どころか自分の肉体の構造を組み替えた……これはもうちょっと調べてみる必要がありそうだけれど』
「町の被害も考えてこの場で始末させてください!」
『認める! ただちにリザード型を破壊したまえ!』
ライドデルタが懇願すると、マイクの向こう側から聞こえてくる声が急に野太い男性のものとなった。長官の声だ。
「
威勢よく頷くライドデルタ。
しかしそうしている間にも弾幕は濃く降り続ける。その勢いはリボルバー式などではなく、もはや機関銃だ。
周囲に住宅が無くて助かったが、戦闘を長引かせればどうなるかわからない。
それに相手の射程範囲内に実夏を入れないように行動しなければ。
ブラストソニックのエネルギーももうすぐ尽きてしまうだろう。
ならば、もうこれしか手はあるまい。
「バリアフィールド展開!」
エネルギーをバリアに変換し、全身を覆う。
そしてブラストソニックによる加速で一直線に突撃した。
先ほどからも敵の弾が鎧を掠めてはいたが、先の拳銃ほどの威力はなかった。
ならば恐れることはない。バリアで攻撃を弾きながら突き進むのみ!
「はあぁぁぁ!!」
突進するということは、避ける余地がないということだ。
つまり敵の攻撃も一点に集中して来るということになる。
全身に巡らせたバリアもひび割れており、このままではいずれ突破されてしまうだろう。
だが、バリアを突破される前に仕留める―――!
右手で構えたナイフの狙いを、敵のコアに定める。
エネルギー残量がレッドゾーンに突入し、ライドウェアの安全装置が警告を鳴らし始めた。
バリアフィールド解除。エネルギーをブラストソニックに集中させ、攻撃はすべてライドウェアで直接受け止める。
するとバリアを解除した瞬間に、四方から押し寄せてくる銃撃の波が全身に響き渡ってくる。
「くっ……!」
もう少し。もう少しだ。
リザード型の眼前に再び迫る。
攻撃に集中していれば回避も出来まい。
するとリザード型は再び大口を開け、その中から銃口を出現させた。
狙いを付けているようだが、もう遅い。
その時点ですでにライドデルタはリザード型の懐に飛び込んでいる。
身を屈めて死角に入り、突き上げたナイフが一閃、リザード型の真っ赤なコアを突き刺した。
ゴーレム型の鉱物のようなコアとは異なり、リザード型のコアはトカゲの心臓に似てブヨブヨと柔らかい。
その中に溜まっていたどす黒い体液を噴出させながら、リザード型の肉体は見る見るうちに乾燥していく。
それを確認したライドデルタはナイフを抜き、素早くリザード型から離れた。
そして完全に岩のように硬直したリザード型はひび割れ、爆砕したのだった。
「対象の撃破を完了しました」
冷静沈着なライドデルタの声は、夕焼け空へと吸い込まれて静かに消えた。
◆ ◆ ◆
本部が送り出した救護班が到着したのは、ライドデルタがリザード型を撃破して間もなくのことであった。
実夏が彼らの世話になるのはこれで二日ぶり二回目だ。最近誓約書に署名をしたばかりであるということを鑑みてか、今回は口頭での確認と注意に留められた。
「……ところで、どうしてさっきはリザード型の行動に気づいたの?」
そして二日前と同じようにトラックの荷台に腰掛けて、差し出されたお茶を飲んでいる実夏へ、今度は装着を解いたライドデルタ―――即ち、晴崎四葉の方から話しかけて来たのだった。
彼女の問いに、実夏は頬を赤く染めて照れながら答える。
「えっと、V5のキャノンタートルみたいに、銃や大砲を使う怪人って、自分の身体そのものを武器にしていることが多くて、だから、さっきのトカゲの怪物が口を開けた時も、口の中に仕込んであるのかなって、思いまして」
「その前提はどこで得た知識なの?」
「どこで得たといいますか、その、わたし、ヒーロー番組が大好きで、それで、です」
―――そうか、ヒーロー番組か。
恥ずかしいのかやけに緊張している様子の実夏を見ながら、四葉は納得していた。
それと同時に、何かもやもやした気分にもなっていた。
―――ヒーロー番組など、ただの偶像劇に過ぎない。それなのにこの子は劇のさじ加減で今回の戦いを見ていたというのか。
だが、今回はその考えで助けられたのも事実だ。自分勝手な考えで批判するのも間違いだろう、と、喉元に出かかった言葉を呑み込んだ。
それにしても、だ。ひったくりを前にした時の彼女の行動や、先の洞察力には目を張るものがある。
装着を見られたということもあるが、このまま捨て置くのももったいない。
「……萩野実夏さん。貴女は先日、私に弟子入りを申し込んできましたよね?」
「あ、はい……その節は本当に失礼をしてしまい」
「正体を知られてしまいましたし、この際です」
実夏の謝罪の言葉を遮った四葉は、ある提案を持ち出した。
「アルバイトという形で、我々の
その言葉を聞いた実夏は一瞬キョトンとしたが、言葉の意味を理解すると目に見えてわかるくらいに明るい笑顔を見せた。
「は……はい! 是非とも、よろしくお願いします!!」
それは、実夏にとって願ってもないことだった。
こうして萩野実夏は、正式にライドデルタに弟子入りすることになったのだった。
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