第五話 ライドデルタ、晴崎四葉

 軽自動車に乗ってRIDE本部まで行くのかと思いきやスポーツジムに連れてこられて面食らっていた萩山実夏はぎやまミカだったが、施設の中を案内されてその意味を理解した。

 表向きはトレーニングルームやスイミングプールなどの設備を備えた、よくある会員制のスポーツジムだ。

 だが「関係者以外立ち入り禁止」と警告されている扉を専用のカードで開放すると、その先ではエレベーターが実夏たちを待ち構えていた。

 そのエレベーターで実夏たちが降り立ったのは、広大な面積を持つ地下施設だ。

 そこには100メートルの距離を走れるランニング用のグラウンドや、射撃訓練専用の部屋、バーチャル・リアリティを用いた模擬戦闘訓練を行える最新鋭の設備、他にも利用者のバイタリティをリアルタイムで確認したり各種データベースの利用といった多目的な活用が出来るメディアルーム等、一般的なスポーツジムとは程遠い実戦を意識した設備が充実していた。

 そう、この地下施設はRIDEの構成員のみが利用できる専用の訓練場だ。ついでに言えば地上のスポーツジムもRIDEのスポンサーであり、互いに協力関係にある。もちろんそちらの施設でトレーニングを行うことも可能だ。

 今回、実夏がここに案内されたのも、彼女の適性を調べるためである。もっとも、バイトの身である彼女には本部の場所を教えることはできない、と久保田華澄くぼたカスミは説明していたが。

 そして腕立て伏せや持久走といった体力テストや、近接戦闘や射撃精度といった戦闘能力及びライドウェア適性試験を終わらせた実夏はへとへとになっていた。

 審査員の見つめるモニターは、そんな彼女をあざ笑うかのように結果を表示させる。


 ―――「適性なし」。


 わかりきってはいたが、いざ目の当たりにすると相当にショックだ。

 肉体的にも精神的にも疲労を感じていた実夏は休憩所の椅子に腰かけてペットボトルのスポーツドリンクを飲みながら、正面の窓から覗く晴崎四葉はるさきヨツバの射撃訓練の様子を見学していた。


「お疲れ様。スマホの登録が終わったから返すわね」


 そんな実夏の傍に寄った華澄はRIDEへの人物登録をするために借りたスマホを彼女に返した。

 登録されたスマホを用いることでRIDEに関連するあらゆる設備を利用することが可能となり、また、本部からの連絡を受信することも出来るようになるのだ。

 万が一盗用されても、スマホの指紋認証システムによって他人には利用できない。

 ごく一般的なスマホなので目立たず、専用のデバイスを一から製作するよりも安上がり。機種変更などでスマホを買い替える際は多少面倒だが、基本的に困ることがない。


「結果は聞いたわ。今回は残念だったわね」


 彼女の隣に座った華澄は缶コーヒーを飲んでホッとため息をついた。


「それで、どうする? 自分に見合った仕事に落ち着くか、あるいは鍛えてでもライドウェア装着者になるか……それとも、RIDEへの加入を諦めるか」

「わたしは、その……」


 正面の射撃場で、四葉は構えた訓練用の拳銃の引き金を引いた。乾いた銃声が鳴り響く。銃口から解き放たれた弾丸は的を正確に捉え、貫く。

 その手慣れた拳銃捌きに魅了されて言葉を遮られた実夏は、喉元まで出かかっていた言葉を呑み込むと改めた。


「……あの、晴崎さんはどうしてライドデルタになったのですか?」

「うん? 本人に聞いてみればいいじゃない」

「いえ、流石に聞きにくいというか……」


 「まあ、確かに四葉ちゃんも言わないだろうしねぇ」と頷いた華澄は、咳払いを一つして場の空気を切り換えた。


「四葉ちゃんもね、実夏ちゃんと同じだったのよ」

「……え?」

「ライドアルファの正体を見ちゃったのよね。しかも自分の知り合いだった。それを知った彼女は、真っ先に装着者になることを志願したのよ。でも適性が無くて、当時はまっさらな民間人から装着者に選抜するなんて前例がなかったから、あたしたちは諦めてもらおうと思った。だけれど彼女は自分の身体を鍛え上げ、必死に努力をし、なんと10日でライドウェアへの適性を掴み取ったのよ。通常なら1年掛かっても無理なのに」

「すごい人なんですね、晴崎さんは」

「元々素質はあったのね。でも、10日という短期間で装着者になれたのは努力の賜物よ。拳銃なんて握ったこともなかった彼女が、今ではあそこまでソレを使いこなしているのだもの。実は、ライド部隊で一番の狙撃手が彼女なのよ」

「そうだったのですか……」

「……でもごめんね。彼女がライドデルタとして戦う理由まではわからないや。彼女、自分のことは話したがらないから」

「い、いえいえ! 事情が聞けて良かったです、ありがとうございます」


 苦笑いで謝る華澄を実夏は慌てて制した。


「お疲れ様です。話は終わりましたか?」


 するとそれを見計らっていたかのように、一通りの射撃訓練を終わらせた四葉が二人の許へと歩み寄ってきていた。


「晴崎さんもお疲れ様です。練習見ていました、すごくカッコよかったです!」

「そう、ありがとう。……それで、貴女はどうするの? 適性はなかったようだけれど」


 自分に見合う仕事でライド部隊のサポートに回るか。

 全部諦めて日常に還るか。

 それとも―――。

 ここが決断時。

 実夏は息を呑んだ。


「……わたしは、ライドウェアの装着者になります」

「適性がないからそのままでは無理よ」

「なら、適性を見出せるまで努力するだけです! わたしは、晴崎さんのような……ライドデルタのようなヒーローになりたい! そして、多くの人たちを助けたいんです!  だからどうか、ご教授よろしくお願いします!」


 立ち上がり、四葉を真っ直ぐに見つめていた実夏は威勢良く頭を下げた。

 そこにあるのは揺るぎのない決意。

 それを汲み取った四葉は静かにため息をついた。


「わかりました。そこまで言うのなら、貴女が無事に装着者になれるのか、それとも潰れるのか……見届けましょうか」

「あ、ありがとうございます!」

「ただし……ひとつ勘違いしないでほしいのは、私は自分をヒーローなどと考えていません。ライドウェアを装着するのもあくまで仕事。それに私にとって『ヒーロー』は、都合の良い偶像に過ぎないのよ。そこは理解しておいてくださいね」

「ならわたしは、晴崎さんに『ヒーロー』として認められる存在になってみせます!」


 ―――きっと失望するだろう。期待外れに想いだろう。


 だが、そんな四葉の不安とは裏腹に、実夏は理由を問わず、訂正も求めずに、あっさりとそう言ってのけたのだ。


「あっはっはっはっ! こりゃ、四葉ちゃんの完敗だわね」


 ぽかんと呆気に取られている四葉を華澄がからかうと、四葉は大きく咳払いをして席を立ち、休憩所を後にした。

 その背を見送る実夏の表情は、先ほどまでとは打って変わってどこか不安げであった。


「えっと、わたし、何か失礼なことを言ってしまったのでしょうか……?」

「それは大丈夫だと思うわよ。でもすごいわね、実夏ちゃん。てっきり反論でもするのかと思ったら……見直しちゃった」

「あ、あはは……ちょっとカッコつけちゃいましたけど」

「いやぁ、カッコつけ上等じゃないの。……でもそっか、実夏ちゃんはあくまでヒーロー志望か」


 華澄は何かを考えるかのように天井を仰ぎ見た。


「や、やっぱり、まずかったですか?」

「だから大丈夫だって。あたしの考え方の問題だし、もっと自分に自信を持ちなさい」

「は、はぁ……。久保田さんの考え方って?」

「ん? まあ、そうね……ヒーローって人によって色々な解釈があるから一概にはなんとも言えないけどさ」


 一呼吸置いて、華澄は続けた。


「誰もがきっと、誰かのヒーローなんだって……あたしはそう思っている。あなたにとっての四葉ちゃん、ライドデルタがそうであるみたいにね」

「誰もが誰かのヒーロー……ですか」

「善人も悪人も関係なく、この世に必要のない存在はない。なぜなら誰かがその人をヒーローだと思っているから。……なんてね。まあ、戯言だと思って適当に流して構わないわよ」


 どこか気恥ずかしそうに手をひらひらと揺らす華澄の言葉の意味は、なんとなくだが理解できた。しかしなぜ今それを言ったのか、その真意を実夏が理解するにはもう少し成長する必要があるのかもしれない。

 そこへ四葉が手提げ袋を引っ提げて休憩所に戻ってくると、その中から取り出した鉄製のガントレットを実夏の前に差し出した。

 受け取った実夏はソレをじっと観察する。

 指までしっかりと覆うタイプで、手で持った時の重量は携帯ゲーム機と同じくらいだろう。


「これを腕に装着してみてください」

「わかりました。……えっと、ちなみにこれは?」

「このガントレットは装着した際に限り、ライドウェアの腕部装甲と同等の物質となります。これを装備すればライドウェアの装着をせずともレールガンの反動に耐え、扱うことが出来るでしょう。ただ―――」


 装着が完了した瞬間にガントレットのランプが輝いて機能が起動し、


「―――装着時の重量に耐えられればの話だけれども」


 激しい重量で落とされた実夏の両腕が床を穿った。


「お、重ッ! こ、これを装着しながら武器も使うだなんて、無理ですよ!」

「ええ、無理よ。だから最初の目標は、それを使いこなすこと。それとも、やめる?」

「い、いいえ! やめません! 諦めません!」


 挑発的な四葉の眼差しにも怖気づかず、実夏は強く彼女を睨み返した。

 四葉も納得したように頷き返すと、彼女のガントレットを外して手提げ袋の中にしまい直してソレを実夏に突き出したのだ。


「他にも取扱説明書やこのスポーツジムのパンフレット及び会員証、トレーニング参考書、アルバイト心得にRIDEデバイス搭載スマホの説明書、あとは一週間分のエナジードリンクを入れておいたので」

「え、あの、晴崎さん……?」

「何か足りない物でもあった? この場で用意できる物であれば極力……」

「あ、いえ、大丈夫です!」


 ―――やっぱり晴崎さんは、厳しいけれど根はとても優しい人なんだ。


「ありがとうございます、晴崎さん!」


 実夏は満面の笑みを浮かべて礼を述べた。


 萩野実夏。待望のヒーローに向けての第一歩だ。

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