第20話 立花製作所

 立花おやっさんは、俺達に人数分の雷鎧ライ・アーマー、そして俺の乗機ファミリアーサバズシの提供と、おまつさんの乗るササズシ、小鮎ちゃんのフナズシの修理、武装強化のバックアップを約束してくれた。

 俺達は、その夜は立花製作所の社員寮……いや、おそらくこれからは俺達の基地となる『イナヅベース』に泊めてもらったのだった。


 翌朝。

 どうやら徹夜で俺達の武装を改造、調整していてくれたらしい立花さんに、俺は起こされた。

 工場の隅。乱雑に段ボールが置かれ、どう見ても産廃の排出場所にしか見えないそこが、工場の地下へ降りる隠しエレベータの場所だった。

 一見、田舎の鉄工所にしか見えない立花製作所の地下には、かなり高度な兵器研究所があったのだ。むろん、このことは県庁に知られてはまずいこと、らしい。

 行ってみると、既におまつさんも小鮎ちゃんも起きており、雷鎧の説明を受けていた。


「館長?」


 若干鼻の下を伸ばし気味に、二人の美女と話をしていたのは、稲津町公民館の館長だった。

 どうやら、この稲津町のことや、ヘレンボイジャーが倒された経緯などについて話していたらしい。そうか。ヘレンボイジャー。あいつらが人間ベースでもないバケモノヒーロー? で、どう見ても怪人にしか見えないビジュアルだったのも、彼等が異世界人だったから、というところにも理由ワケがありそうだ。

 館長……本業は農家のオッサンだとばかり思っていたのだが、やはり、というかこの人も異世界人ってわけだな。


「堤君か。おはよう。もう体はいいのかね?」


 そう言う館長の後ろで、おまつさんも小鮎ちゃんも、心配そうな表情で俺を見ている。

 そうか、起こしてくれないと思ったら、病院を抜け出してきた俺の体を気遣ってくれたんだな。


「ええ。問題ないス。だって今日、退院予定だったんスから」


 俺は、屈伸をして見せ、出来るだけ明るい声で答えた。

 むろん、骨折や内臓の損傷がそう簡単に治るわけはない。だが、マイクロマシーン・アニサキスの働きもあってか、動くのには支障のない状態だ。


「無理をするな。立花君から話は聞いている。まさか、こんな状況になるとは思いもしなかったよ」


「あくまで……俺達は、コウとトシイエイザーを助け出したいだけッスから」


「イナヅの民の味方になったわけではない、と言いたいのだろう? それは我々も同じだ。イナヅの民を救うために、そういう君達を利用させてもらうにすぎん」


「…………はい」


 それからしばらく、俺達は無言でお互いを見ていた。

 どう見てもその辺の田舎のオッサンにしか見えない館長。この人から見て、俺もどう見てもただの高校生にしか見えないんだろうな。

 こんなところで対峙しても仕方ないと言えば仕方ないんだが……。

 県庁から隠し通した唯一の設備である地下工場。

 そこに残っていた試作雷鎧ライ・アーマーと僅かな予備パーツ。

 それが俺達の武器のすべてだった。


「念のため、と思って女性仕様で二機製作してあった。それがこんな形で役に立つとはな」


 立花おやっさんは独りごちた様子で、二人の体格に合わせて雷鎧を調整している。

 おまつさん用の雷鎧は、シルバーの基本スーツにピンクゴールドのマスクや肩当て、胸部装甲。

 小鮎ちゃんの雷鎧は、黒の基本スーツにマスクや胸部装甲はメタリックブルーだ。

 基本色がイエローゴールドで、アーマーが黒ガンメタリックである俺の地味な雷鎧と比べて、二つともえらく華やかだ。


「俺のとは色違いなんスね……なんか、性能の差とかあるんですか?」


「基本能力としては同じだ。だが、君の初期型と違って、試作二号機……ピンクの方は電気ではなく熱と炎を操る。高熱刃ヒートブレードや精度の高い狙撃銃も装備してある。ブルーの三号機は、高圧の水流と氷を使う武器が標準装備されている」


 おまつさんの炎はまだしも、水? 氷? そんなもん投げつけるくらいで、敵に大したダメージを与えられるとは思えないのだが……


「試作品だと言っただろう? 実際、どちらも機械的な戦闘力は高くない。だが、二人の持つヒーローの光で補填されれば、威力はかなり増幅されると踏んでいる。まあ、ヒーローの光は実戦でないと発動しないから、未知数、と言えるがな。君の場合はサヴァズシがヒーローの光でパワーアップしているから心配はいらんが」


 言いながら、立花おやっさんはおまつさんの雷鎧を、俺達の乗ってきたササズシの装甲に、小鮎ちゃんの雷鎧をフナズシ一号機に組み込んでいく。

 緑色の装甲を開くと、四角かったササズシは、雷鎧がくっつくことで、ほぼ円形の平たいピンクゴールドの円盤状になっている……あ? これじゃ既に伊志河名物「笹寿司」じゃなく……


「立花博士? これじゃまるで、マス寿司じゃないですか?」


 おまつさんも気付いた様子で顔を顰めている。

 マス寿司……正確には「ますの寿司」。駅弁としても有名な砥山県名物である。


「む? そんなこと別に問題なかろう。もはや君達はご当地ヒーローではないのだ。県の枠組みを超えて戦うのだからもっとグローバルに考えてくれないか」


 いやいや。たかが隣県の名物に変わるだけでグローバルとか、大げさだと思うが……


「そうですね……分かりました」


 口ではそう言いながらも、おまつさんはやはり何となく不満そうだ。気持ちは分かる。

 どうせグローバルだってんなら、隣県の名物じゃなくナポリピッツァにでも乗った方がマシって気になるんじゃなかろうか。


「えーっ……かっこよくない……」


 その隣で小鮎ちゃんも、ひっそりと不満を漏らしている。

 コウの乗っていたフナズシ一号機は、大型の猛禽にも似た、鳥のシルエットが美しい機体だったのだが、ブルーの雷鎧をゴテゴテと付け、骨組みまで拡張された結果、全体フォルムが完全に変わってしまっている。


「ハヤブサのイメージだったのに……なんかアオサギみたい……」


 うんたしかに。

 水田地帯によくいて、グエグエ鳴きながら白い糞を道に落としていく、あの大型サギにクリソツだ。でも、シルエットがここまで変われば、もともとフナズシだったってことはバレにくいんじゃなかろうか。


「まあまあ小鮎ちゃん。おまつさんも。俺達は非公認遊撃隊になるわけだから。これがフナズシだとかササズシだって分かんない方がいいでしょ? ここまで変われば、絶対バレないし」


 それを聞いた立花さんが、ほっとしたように胸をなで下ろした。


「そう言ってもらえると、私達も安心だ。万が一にも、我々イナヅとの関わりを行政に知られるわけにはいかんのでね。そうそう堤君。むろん、サヴァズシも改造済みだ。これが新しいサヴァズシ。名付けて……バーニングサヴァズシだ」


 ……っておい。どう見てもアーマーの表面に焼き目つけただけだろ。

 しかも、元々のフォルムを無理に隠そうとしたせいか、ご丁寧にサバのヘッドやヒレ状の装飾まで付いている。これまでは曲がりなりにも三輪バイクっぽかったのに、もはや焼き魚に乗っているようにしか見えない。

 バーニングっていうより、これじゃ焼き鯖寿司じゃねえか。


立花おやっさん、これ……」


「そうイヤそうな顔をするな。この焼き目もヒレもダテじゃない。性能は格段にアップしているし、人工知能“サヴァズシ”もちゃんと搭載してある」


『その通りだ。イナヅマン、また会えたな』


 焼きサバの目が光り、聞き慣れた電子音声を発した。


「おおお、お前サバズシか!?」


『発音が違うと何度言ったら……いやもういい』


 そうそうこの反応。見た目こそ変わっちまっているが、サバズシに間違いない。

 やりとりが妙に懐かしく感じて、胸が熱くなる。

 ほんの数日前、それもたった一日のつきあいなのに、随分久しぶりに会った友と言葉を交わしたようにほっとした。


記憶メモリ、残ってたんだな。よかった」


『あの展開は想定内だった。自信があったから立てた作戦だ。だが、アニサキスの稼働時間を読み切れず、トシイエイザーを奪還できなかったのは私のミスだ』


 ライトを明滅させるサバズシの声は、心なしかすまなそうに聞こえた。


「フナズシ、ササズシ両機も、同様の人工知能を搭載している。どれも、君達に忠実に戦闘を組み立てアドバイスするだろう。存分に戦ってくれたまえ。我々は、戦闘データを出撃ごとにコピーさせてもらう。あと、君達と我々は、表向き無関係だ。もし、当局に君達が捕獲された場合……強制的に武装解除されて雷鎧は自爆する」


「口封じのために、俺達ごと自爆させるんじゃないんですか?」


「我々を悪魔か何かと勘違いしていないか? 単に、滅びかけている世界から、二億のイナヅ人民を救いだし、この世界への移住を果たしたいだけだ。無益な殺生など望んでいない」


「に……二億……ッスか」


 なんと微妙な数。

 それこそ、数万~数百万程度ならこっそり地球人類に紛れ込むことも出来るだろう。

 いや、数千万くらいでも、もしかすると当局が協力し、各国に分散すれば出来なくはない話かも知れない。しかし、二億、ともなると、とてもではないがこっそり紛れ込むなど不可能だ。

 やはり、無理矢理移住してくるしかなく、そうなると、人類との衝突は避けられない。


「その……立ち入ったことかも知れないッスけど、立花おやっさん達の故郷……なんで滅びるんです?」


 たしかに可哀想だとは思うが……核戦争だの、生物兵器の暴走だの、環境汚染だの、よくある理由なら、全くもって自業自得。そんなんで向こうを見捨て、こっちを侵略しようッてんなら、最終的には俺達の敵はイナヅ人、ってことにならざるを得ない。

 だが、立花おやっさんの返事は意外なものだった。


「……不明だ」


「へ?」


 俺は思わず間抜けな表情で聞き返していた。苦渋に満ちた表情で、呟くように言った立花おやっさんの言葉の意味が、理解できなかったからだ。

 こんなモノを造り出すほどのオーバーテクノロジーを持つイナヅ人が、滅亡に瀕していて、その原因が不明って……どういうことだよ??


「不明なんだ。我々の科学力を持ってしてもな。エントロピーの限界、と物理学者どもは説明しているが……それもよく分からない。太陽の寿命が尽きたわけでもない、閉鎖空間でもない世界が、どうしてエントロピーの限界を迎えてしまったのかも、分からない。とにかく、我々の世界は急速に多様性を失いつつある。新しい生存空間を探し出さなければ、数十年ですべての生命が滅びる……とされたのが、もう二十年も前の話だ。次元断層のせいで、故郷と連絡を取れなくなって久しい……皆、無事でいてくれればいいのだが……」


 唇を震わせ、遠い目をする立花おやっさん。そして、その肩を抱いて俯く公民館長は、とても凶悪な侵略者には見えなかった。



***    ***    ***    ***



「まさか、同情したんじゃないでしょうね?」


 おまつさんは、声を可能な限りひそめて、しかし厳しい調子で俺に言った。

 俺達は朝食をとるため、立花製作所の社員食堂へやって来ていた。メニューは、カレイの干物に麩の芥子和え、里芋と烏賊の煮付け。

 作ってくれた立花おやっさんの奥さんも、イナヅ人なのであろうが……出されたのはどう見てもフツーの腐杭の田舎料理だった。


「どんな事情があろうと、侵略者は侵略者。エネルギーも、食料も、居住地も……地球に二億人も受け入れる余地があるとでも思う?」


「そんなこと……分かってますよ」


「支援してもらったのは助かったわ。でも、イーヴィルを倒したら、イナヅ人も敵。忘れないで」


「…………はい」


 俺も小さな声で返事を返しながら、別のことを考えていた。

 エントロピーの限界……それが理由だとして、地球はその点、大丈夫だと言い切れるのだろうか?

 それに、マグニフィカが言っていた『このままでは、どちらの世界も滅びる』って話。あれはどういう意味なのだろうか?


「でも少し、見直した」


「え?」


 突然、普通の声で、しかもこれまで聞いたことのないくらい明るい声で言われて、俺は思わずおまつさんの顔を見た。

 う。しまった。眩しすぎる。

 微かに、だけど笑ってるじゃないか。少し下がり気味の黒目がちの目が、俺を真っ直ぐに見ている。透きとおるような白い肌に、自然な色の唇。そこからのぞく真っ白な歯。濡れたような黒い髪は肩までのストレート。

 おまつさん、あんたその美しさ、反則だ。


「ありがと。あなたがあんなに頭が切れるとは思わなかったし……ここに来るまでリーダーシップとってくれたことも……」


「いや……まあ、みんな成り行きだったですし……」


「え?……なにそれ。成り行き? そんなつもりだったの?」


 急に不満そうな表情になったおまつさん。

 怒っても綺麗だけど……怖い。

 何? 何? 俺なんか気に障るようなこと言ったかな? でも、おまつさんが好きだからなんて、口が裂けても言えないしな。ちゃんとお相手がいるわけだし。

 そもそも、おまつさんが戦おうとしている理由が、その大切な人を助け出すためなんだから。


「そそ……そりゃそうですよ。前にも言いましたけど、俺は普通の高校生なんですから……」


「そう……そうよね。まあいいわ。で、これからどうするって?」


 ああ、そうだ。そのことを忘れていた。

 

「とりあえず、名蛾野に行ってみませんか?」


「名蛾野?」


「敵方にザザムCってヤツがいたの、知ってますか? 」


「ああ、あの虫みたいなキモイやつ……知ってるわよ。アイツがどうかしたの?」


「ヤツは、名前と姿、能力からして、名蛾野県のヒーローじゃないか、ってことなんスよ」


「名前……? ザザムC?」


「ザザムシ。つまり、川にいるトビケラとかの幼虫の佃煮を、名蛾野県人は食べるんですよ」



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