第17話 アニサキス


 トシイエイザーの槍の腕は、俺を遙かに上回っていた。

 俺は受けに回りっぱなし。

 それでもなんとか致命傷を避けて凌げたのは、言うまでもなくサバズシのおかげだった。

 だが、さすがは現役の本物ヒーロー。そんなものはいつまでも通用しない。次第に俺は劣勢になり、余裕が出てきたトシイエイザーは、俺をいたぶるかのように手足のアーマーから壊しにかかってきていた。


『……イナヅマン』


「な……なな……なんだよッ!?」


 猛攻を凌ぐので精一杯で、サバズシに答えるのも厳しい。


『どうしても、ヤツを助けたいか?』


「何か……方法があるのかっ!?」


『私が直接、ヤツの胃袋へ行こう』


「ハア!? 胃袋っておまえ……」


『サヴァズシ本体はサバメカだ。その電子頭脳部分を切り身状態にして分離し、ヤツの口から侵入。体内でマイクロマシーン・アニサキスを放出する』


「切り身!? アニサキス!?」


 うーむ。ますますサバじゃねえか。

 っつーか、電子頭脳ってサバの頭部じゃなくって、切り身部分にあるんだ?


『本来アニサキスは、イナヅマンの体内に潜り込ませ、体調を整えたり、毒や細菌を消したり、痛みや疲労を軽減し、負傷の治療をしたりする小型マシーンの名称だ。今もそうしているから、お前はあまり負傷を気にせず戦えるのだ』


「ええっ!? 今もって……俺の体内に!? いつの間に??」


 まあ、たしかにさっき岩礁に打ち付けた脇腹は、気にならなくなっている。戦闘中にこうやって話せる程度の余裕を作ってくれているのも、サバズシとそれに付いていたアニサキスのお陰なのだろう。

 道理で、イナヅマンを引き受けてから体調が良いと思っていた。立花おやっさんが使わせてくれた酸素ドームのお陰なんかじゃなかったわけだ。


『アニサキスなら、プログラム通りに動いてヒーローの光をヤツの胃袋から分離する事も可能だろう。だがアニサキスは、雷鎧の発する電磁場からエネルギーを得て動いている。本体のサバメカから離れた状態で、どれだけ使用できるかは分からないが、他に作戦を思いつかない』


「切り身になったお前はどうなる? 壊れちまうんじゃ……」


『なに、こう見えて私は機械だ。間違っても消化されることなどあるまい。』


「そういうこと言ってんじゃ…………いや、わかった」


 突っ込みを入れかけた俺は、それをやめて頷いた。

 ここで突っ込んでみたところでどうしようもない。これ以外に作戦はない、と思えたからだ。

 サバズシはもうただの機械じゃない、俺にとっては大切な戦友だ。心配じゃないと言えばウソになる。だが、俺の無理を聞いてせっかく考えてくれた作戦なのだ。やってやらなきゃ男じゃない。


『いいかイナヅマン。戦法を変えるんだ。今は最大に伸ばした雷矛のリーチが勝っている。だからヤツは我々の懐に飛び込もうと必死だ。これを逆に利用する。わざとヤツを懐に飛び込ませ、距離をゼロにしてくれ。そうすれば、あとは私が自分でヤツの口に飛び込む』


「了解。行くぜ!!」


 俺はわざと、不用意に雷矛を突き出した。

 大振りのモーション。だが、演技と見破られないよう精一杯気合いを込めて。ヤツには俺が焦って仕掛けたようにしか見えないはずだ。

 雷矛が弾かれる。これは予定通り。

 思った通り。チャンスと見てか、トシイエイザーは一気に間合いを詰めてきた。自分の長槍の射程にするためだ。

 ここで俺は雷矛を縮めた。それも一気に。

 縮む動きに合わせ、そのまま前へ出る。すぐに左脇腹に激痛。トシイエイザーの長槍がかすめたのだ。だが、これでいい。

 肉を切らせて何とやら、だ。このままヤツとの距離をゼロにする。こうしてしまえば、長槍ももてあますだけだ。

 黄金の鎧武者姿が目の前に迫ってきた。いつの間にか、生サバは俺の右手に移動しているようだ。

 急にスローモーションになった世界の中で、右拳をヤツの顔面に伸ばしていく。もう少しだ。パンチが入りさえすれば、口から切り身を侵入させられる。そう思った時。

 胸に強烈な一撃を食らって、俺は吹っ飛んだ。


「ち……っくしょう……」


 俺は膝をついて身もだえた。

 トシイエイザーは、いつの間にか長槍を投げ捨てていた。

 飛び込んだ俺よりも、更に低い構え。突き出された右掌が、俺の心臓のあたりを打ったに違いない。


「甘いな。俺を武器に頼るばかりの男だとでも思ったか?」


 ゆっくりと立ち上がるトシイエイザー。

 俺は、心臓を強く打たれたせいか、意識はあるのに体が動かない。


「ほう……力が消えんな。その様子だと、光の位置は嘘っぱちだったか。どこまでも見下げ果てた男よ……」


 砂利を踏む音がゆっくりと近づいてくる。

 

「貴様などに俺の武器を使うまでもない。素手で素ッ首叩き落としてくれる」


 ぼうっと見上げたその先で、トシイエイザーの右手が蒼く輝いた。

 そうか。コイツそういう攻撃も出来たんだな。つまり今までの戦いも、少しも本気なんか出しちゃいなかったってわけか。

 周囲を見渡すと、湖面を駆ける乗機に乗ったウミニンジャー達が見えた。

 ブルーとピンクがレッドの消えた岩の周りに。

 イエローとブラックが俺の方に来てくれようとしているようだが、サルボボ野郎やザザムC、巨大ロボ、マグニフィカなどの攻撃を受けて満身創痍。

 とても届きそうもない。

 俺は死を覚悟して目を閉じた。


『いけません!! 人を殺しては!!』


 突然の声と金属音に、思わず俺は目を開いた。

 視界を覆っていたのは、緑色の機体。水中から現れたササズシが、俺に覆い被さってくれていたのだ。


「バカな!? どうやって卍鎖を引き千切った!?」


 怒りの声を上げ、素手の斬撃を加え続けるトシイエイザーから逃げるように、ササズシは俺を抱えたまま湖面へと飛んだ。


「う……うわああっ!?」


 水面に叩き付けられた俺をすくい上げてくれたのは、金属の細いアーム。

 俺の六号機ミズスマシの脚だった。その脚にはさっきササズシを縛っていた鎖らしきものの切れ端。そうか。コイツがササズシを動けるようにしてくれたのか。

 ぐったりと機体にしがみついた俺の周りに、ウミニンジャー達が集まってきた。

 いや、自分の意思で集まったというよりは、追い詰められ、敵に集められたと言った方がいいかも知れない。

 乗機の大半は破損し、ピンクとブラックのヘルメットは脱げ、ブルーは意識を失ったイエローを抱きかかえて水中に浮かんでいる。

 悔しいことに、相手のヤツらはほとんど無傷。ずらりと並んだ敵ヒーロー。その真ん中に立つマグニフィカが俺を指さし、偉そうに言い放つ。


「その雑魚のおかげで、予定が狂った……もはやヒーローでない貴様等には用はない。ここで消えてもらおうか」


 マグニフィカが右手を上げた。

 操られたヒーローどもが一斉に武器を構え、攻撃姿勢を取る。


「やれ」


 右手が振り下ろされたその瞬間。

 悲鳴を上げて倒れたのは、サルボボ野郎だった。



「トシイエイザー!? 裏切ったのか!?」


「う……? 俺は……俺は一体何を……?」


 トシイエイザーは、自分の右手に持った太刀を見、のたうち回るサルボボ野郎を呆然と見つめている。


「くっ……取り押さえろ!!」


「う……おおおおお!!」


 不敗、と豪語していただけのことはある。黄金の鎧のトシイエイザーは、たしかに強かった。

 右手に太刀、左手に長槍を持ち、襲いかかってきたザザムCを長槍で叩き伏せ、イセジンガーZの放った光線を易々と避けると、なんとその機械の手の指を太刀で切り落としたのだ。

 暴れ続けるトシイエイザーの槍を受け止めたのは、マグニフィカの盾だった。


「貴様……ヒーローの光を奪われかけているな!?」


 ぎりっと歯噛みする音が、ここまで響いてきた。


『なんとかうまくいったようだな』


 サバズシの声は、俺の頭の上から聞こえてきた。


「どうなったんだよこれ!? あいつは元に戻ったのか!?」


『やられる寸前に数打ちゃ当たるで飛ばしたアニサキスが、なんとか一匹、ヤツの鼻の穴にたどり着いたのだ』


「なっ!? おまえ、右腕にいたんじゃ……?」


『本体はこっちにいた。あらゆる可能性を想定し、作戦を成功に導くのが私の役目だ』


 のんきな会話をしている間にも、トシイエイザーは一人、奮迅の活躍を続けている。


「逃げろ……逃げるんだ!! ここは俺が防ぐ!!」


 だが、嵐のような斬撃を繰り出しながら、トシイエイザーの叫びは、何故か哀しみに満ちて聞こえた。


「ふん。いいのかそれで? 分かっているのだろう!? このままでは滅びるのだぞ? 我々の世界も!! 貴様らの世界もッ!!」


「言うなマグニフィカ!! そのことと、目の前の大切な者を守ることとは別だ!!」


「ヒーローの光を無くして、愚かな思考が戻ったか? だが、力まで失っては何も出来んな!!」


 マグニフィカに右手の刀を弾き飛ばされ、トシイエイザーは両手で長槍を構え直した。

 ここから見ている分には、トシイエイザーは弱く見えない。

 だが、アニサキスに光を奪われかけているせいで、パワーダウンしているのかも知れない。とはいえ、光が完全に戻れば再びアイツはイーヴィルの手先。


「トシイエイザー!! 戦うな!! 逃げるんだ!! あんたがまたそっち側になっちまったらどうすんだよ!! おまつさんが待ってるんだぞ!!」


 マグニフィカの太刀を長槍で受け止め、押し切られそうになりながらもトシイエイザーが叫んだ。


「イナヅマン……といったな!?」


「ああそうだ!! 覚えているのか!?」


「すまない。せっかく何かしてくれたようだが、俺の光はもう元に戻りつつある。自分の体内のことだ。よく分かる……」


 サバズシの言った通り、アニサキスのエネルギーが切れかけているのだろう。

 そうなってしまえば、ヒーローの光はまた胃の中のどこかに定着してしまうに違いない。


「何だって!? じゃあ、なおさら早く逃げなきゃよ!!」


 だが、トシイエイザーは大きく頭を振った。


「逃げたところで同じだ。俺はすぐイーヴィルの尖兵に戻る。そうすればお前達に……いや、おまつやササズシにまでも、また危害を加えるに違いない」


「だけどよ!?」


「雑魚呼ばわりしてすまなかった。お前は立派なヒーローだ。言えた義理ではないが、おまつのこと、そして伊志河県のことも頼む。それと今度会う時は…………迷わず俺を殺してくれ。いいな?」


 それだけ言うと、トシイエイザーは最後の力を振り絞るようにして、マグニフィカを跳ね飛ばし、湖面に向かって叫んだ。

 

「ササズシ!! 他の乗機ども!! 彼等をこの場から脱出させろ!!」


『了解』


 その返事は、ササズシだけではない、湖面に浮かぶ全てのフナズシ、そして俺の頭の上のサバズシからも同時に聞こえてきた。

 次の瞬間。信じられないことが起こった。

 水面に同化していた『何か』が、一瞬で俺達全員を乗機ファミリアーごと包み込み、水面を引きずって一気に走り出したのだ。

 水面にいた俺達全員……ウミニンジャー四人と乗機。そして、俺の乗機とササズシも。

 体にねばつく半透明の……これは、網? 糸?

 ふと振り向くと、その半透明の網越しにこちらを見つめるトシイエイザーが見えた。

 すでにマグニフィカに取り押さえられ、腕をねじり上げられて両膝をついている。まるで処刑される前のように。

 マスクに覆われているはずのその顔が、かすかに微笑んで見えたのは気のせいだろうか。

 その姿は急速に遠ざかり、あっという間に水平線の向こうへと消えていった。

 で、いったいこれはどうしたんだ。何が起こっている?……そう思って前を見て、ようやく俺は、何が起こったか理解できた。

 俺達を包んでいるのは、透明な網状のモノ。それを引っ張っていくのは……細長い脚を持った機械メカだったのだ。

 あ、そうか。

 そういやフナズシ、一機足りないと思っていた。

 あれがブラックの乗機。これがそのスペシャルモードか。

 にしてもだ。クモはねえだろ。クモは。

 糸で網も作れるからこうして逃げ出せたわけだし、今の今まで影も見せなかった事を考えても、隠密行動に優れていて忍者的なのは認めるが……悪役っぽ過ぎる。

 それにこのねばつく網。助けるにしても、も少し何とかならなかったのか。

 機械も人も乱雑に重なり合い、衝撃で俺以外のほぼ全員が気を失っている。これじゃまるで俺達、スーパーの袋に入れられた野菜だ。地引き網の獲物じゃねえんだからよ。

 だが俺の体力も、そこで限界だった。

 水面を滑るように走る八本脚のメカをぼんやりと眺めながら、俺は意識を失っていった。



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