第15話 回転

 

「な……なんだと!?」


 ぐったりしたイエローに肩を貸して、レッドが立ち上がる


「だ……ダメよレッド……逃げなくちゃ……」


 イエローの必死の声がここまで聞こえる。そりゃ逃げ時ではあるだろうが……墓場って???

 イエローの意思に呼応したのか、動物型をしたフナズシ達のうち、三機……イルカ、馬、そして水中から躍り出たウミガメの形をしたヤツが、彼等の元へ馳せ参じている。

 ミズスマシ型のフナズシ六号機だけは、俺の元へ。おいおい、主人思いの乗機ファミリアーだな。なんだか嬉しくなっちまうじゃねえか。

 目の前の岩に乗り上げた巨大ミズスマシに、俺は修羅場にありながら、ほんの少しだけほっこりした。

 だが、他の三機がもう少しで彼等の岩に達する。そう思った時。


「逃がさん!!」


 鎧武者ヒーローの叫び。

 同時に、マグニフィカとかってヤツが、手に持った槍みたいのを振りかざし、地面に突き刺した。大地から……いや、湖底から悲鳴のような不気味な音が響き渡り、次の瞬間。俺達の周囲の湖面が金色に光り始めた。

 何コレ。いくつもの直線が交差し、曲線と交わるこの形。

 そして、その間には見たこともないグニャグニャした文字が、やはり金色の光で浮かび上がる。

 もう少しで岩に着きかけていた三機のフナズシは、怯えるかのようにその場で止まってしまった。


「魔法陣!? バカな。太陽光の下で完成できるはずが……」


 ブルーが立ち上がり、驚きの叫びを上げている。そりゃそうだ。だからこそ、フライングしてこの時間、真っ昼間に乗り込んできたはずなのだ。なのに、コレでは話が違う。


「ダメなんだ。ブルー……湖底には、太陽光は届かない……」


 ブラックの言葉に、俺達は全員、頭を鈍器で殴られたかのような衝撃を覚えていた。

 だからこその湖の真ん中。

 だからこその時間指定してまでの挑発だったわけだ。

 枇杷湖の中心部は、水深百メートルを越えるという。そこまでいかなくとも、この辺なら四十~五十メートルはあるだろうし、湖底にまで光は届かないのは同じことだ。しかもそこまでの深さなら、魔法陣を直接攻撃できない。魚の生命から得た光のパワーなど、いくら身につけていても意味がないのだ。

 魔法陣の光に呼応するかのように、ウミニンジャー達の体が虹色に光り始めた。

 苦痛の呻き声を上げながら、五人の体は、空中に磔にされたように浮かび、手足も真っ直ぐに伸ばされていく。

 まずい。

 このままじゃ、五人ともコイツらみたいに操られてしまう。それとも、生贄にされて別の強力なイーヴィルでも現れるのか?

 どうしたらいい……そう思って拳を握りしめた時。不思議なことに気付いた。

 俺……動けるな。

 魔法陣の中心部にいないからか??

 いや、そうじゃない。それが証拠に、目の前のザザムCも、鎧武者風のヤツも、巨大なイセジンガーZも……あのマグニフィカとかいうヤツまでもが、動きを止めている。

 その体表面には、無数の火花が散っているのまで見える。

 苦痛に呻いてこそいないが、ヒーローの動きは制限されているのだ。

 チャンス。

 コレはチャンスだ。迷っているヒマはない。


「行くぞ!! フナズシ!!」


 俺の叫びに呼応して、ミズスマシ型の六号機の目? が輝く。

 背中に飛び乗った俺は、シートと思われる部分にしがみつき、前もって教えられていたキーワードを叫ぶと同時に、目の前の触角型レバーを思いっきり引き下げた。


「ファイナルテンペストアタック!! フナズシ六号機!! スペシャルモード!! 全開ッ!!」


 フナズシ各機には、スペシャルモードと呼ばれる特殊機能が設定されている。

 無論、それぞれその機能は違うらしい。

 だが、どっかの科学力を使った忍者隊の最終攻撃みたいに、発動すれば一撃必殺。どれか一機のスペシャルモードでも、イーヴィル数体をバラバラにするほどのパワーだという。

 引き替えに、ある程度乗り手へダメージはあるらしいが。

 それを全機一斉に開放し、全員で攻撃するのが、最後の切り札であったのだ。だが、現実は俺一人、六号機のみの発動となってしまったわけだ。

 他の機体も援護はしてくれるだろうが、そもそも俺、コイツの特殊機能ってどんなモノか知らないんだが……アレ?

 何だコレ? おい、真っ直ぐ進めよ。

 いやいや。回らなくていいから。

 回るな。

 っていうか止まれ。

 止まッ…………


「あひゃあああああああ!!」


 俺は情けない叫びを上げて、六号機の背中にしがみついた。

 その場でコマのように回転し始めた機体。俺の意志を無視して、どんどん上がる回転速度。

 喩えるならまさに、終了五分前の全自動洗濯機。強力脱水モード?

 ろくに背もたれもないその背中のシートは、つるつるしてつかみどころがないが、あまりに正確にバランスを取って回転しているせいか、その上の俺は、幸か不幸か振り落とされずに一緒に回転している。

 どんな回転速度? 知るか。

 ただ、目の前の景色は全く分からない。全部が溶けて灰色だ。

 ああ、そうか……そういやいつか田んぼで見たミズスマシって、水面をくるくる回ってたっけ。

 ぼうっとした頭で周りを見渡すと、水面から水柱が回転しながら、俺の周囲に龍のように立ち上がっていくのが分かった。なるほど、ということは相当の回転数なのであろう。

 とっくに気を失っていてもいい……っつーか、普通なら死ぬような回転に晒されているはずだが、ウミニンスーツのおかげかイナヅマン籠手のおかげか、俺は意識を失わずにいた。


「ダ……ダメだ」


 もう、手がハンドルから離れる。

 弾き飛ばされたら、今度こそ死ぬな……そう思ったが、もう限界だった。

 すまんみんな。


 ……って、あれ?


 相変わらず、メカミズスマシは回転し続け、周囲にはいくつもの竜巻状の水柱が出来ている。

 だが、俺は回転の外にいた。

 回転に耐えられなくなって、思わずハンドルから手を離した途端、シートだけは回転をやめたのだ。なるほど、こうすればよかったのね。


「……おえ」


 俺はグリーンのヘルメットを脱ぎ捨てると、回り続ける六号機の背中に胃液を吐いた。

 戦闘前の緊張から何も食えなかったのだが、正解だったようだ。

 こんだけ目が回ったのは、小学生の時、調子に乗って遊園地のコーヒーカップを死ぬほど回した時以来であろう。 


「くそっ……出来損ないのクセに余計な真似をッ!!」


 マグニフィカが叫んでいる。

 水面が荒れたせいだろう。魔法陣の影響が薄れ、ウミニンジャー達は地面に落ちた。だが、回復する様子は見えない。曲がりなりにもヒーローである鎧武者達も、まだうまく動けない様子だ。

 今のうちだ。


「行けえ!! お前ら!! ご主人を救い出せ!!」


 俺は、荒れる湖面に浮かぶ他のフナズシ達に、ウミニンジャー達を救い出すように命じた。

 だが……


『ギャウッ!!』


『ブルルルルォォオオ!!』


『シャアアアア!!』


 三機とも、異様な叫びを上げて岩の寸前で立ち往生。

 ウミニンジャー達のいる岩は、何か不思議な力にガードされていて、どうにも侵入できないようなのだ。

 そんな中……ふらり、と立ち上がった人影があった。

 レッド。

 気力を振り絞ったのであろう。手も足もガクガクと震えている。何度も、何度も、膝をつき、ようやく立ち上がってこちらを見た。


「……ありがとな。イナヅマン……おかげで格好を付けられる。最期にお前に会えて良かったよ」


 何言ってんだ?


「俺達、このまま操られるわけにも、生贄になってイーヴィルを呼び出させるわけにもいかねえ。こうなっちまったけじめは、俺がとる」


 そう言ったレッドは、腰から引き抜いた短刀を……ぐったりと倒れ伏すブルーの胸に突き立てた。そして、ぐりぐりと抉る。それに呼応するように、ビクンビクンとブルーの体が暴れ……レッドは無造作に、ブルーを岩から投げ捨てた。

 力なく転がって、水飛沫を上げるブルー。


「待てよ!! 何やッてんだよ!?」


 これでは、ピンクの言っていたことと全然違うじゃないか。

 レッドは自分を犠牲にしてでも仲間を守る男なんだろ!? それが、仲間を殺すなんて……


「やめろぉおおお!!」


 叫びは空しくひびき……ブラック、イエローも、胸に短刀を突き立てられ、鮮血を迸らせて転がった。


「……コウ」


 抱き上げられたピンクがレッドの名を呼んだ。

 ヘルメットが脱げている。

 短刀を振りかざすレッド。アメノ!! 何で逃げようとしないんだよ!?


「すまん」


 そう言い様、レッドはピンク=アメノの胸にも、短刀を突き立てた。


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