第14話 罠


「遅いぞ。イナヅマン」


「すみません立花おやっさん」


 湖北の小さな漁港。

 そこは、立花おやっさんとの合流予定場所でもあった。

 連絡入れてから約一時間。

 修理工具を満載して、例の軽トラをすっ飛ばして来てくれた……って、この軽トラ、どんだけの速度超過で来たんだ?? そういや、あの重量級のサバズシを乗せても大丈夫だったみたいだし、どうやら、普通の作業用軽トラではないようだ。

 港内には俺達が連れてきたフナやコイ、ナマズ、ウグイ、オイカワなど、無数の魚が渦を巻いて泳ぎ、水面が真っ黒に盛り上がっている。その異様な光景を小学生が数人、大騒ぎしながら眺めている。目立ちたくはないのだが、まあ、俺達が出撃するまでの十数分のことだ。勘弁してもらおう。

 そう思って苦笑する俺の背中に、厳しい声が投げつけられた。


「……たった半日で、ここまで壊してくれるとはな……」


 どうやら、こっちは勘弁してくれそうにないらしい。

 ぐったりした生サバと、黒焦げにされ、変形した雷鎧を前にして、立花おやっさんは大きくかぶりを振った。

 ここにはないが、名蛾浜港の駐車場に停めてあるサバズシ本体は、二重装甲を召還されたことでフレームしか残っていないであろう。


「予想以上に酷いな。雷鎧はドック入りさせないと直らない。こんなことなら予備パーツをもっと持ってくるんだった」


「……すみません。コイツら強かったもんで」


 俺はピンクを指し、立花おやっさんに頭を下げた。……でもこれ、俺のせいか?

 そもそも戦闘の素人を無理矢理派遣したのはそっちだし。本来仲間であるはずのヒーローにボコボコにされるなど、予定外もいいところだし。それで怒られてはたまったモンじゃない。


「まあ、戦えば壊れもするか。わしの鎧が負けなかったのはいい。だが……何だその格好は?」


 どうやら立花おやっさんは、俺がウミニングリーンとなっているのが、いたく気に入らないらしい。


「いやまあ……急だったし、使える武装も無いですから……」

 

「それで武装になればいいがな……」


「は?」


「いや、言っても仕方ない。とにかく、これだけでも持って行け」


 立花おやっさんは用意してきた予備パーツの中から、両手に嵌める籠手部分と、雷獣剣を取り外して渡してくれた。


「雷獣剣は、エネルギーチャージできていないから、切れ味だけだ。技を使うな。籠手だけでも多少の防御強化にはなる。着ていて分かるだろうが、そのスーツ、過信するな。防御力はほぼないものと思っておけ」


「何言ってんだ。この爺さん?」


 その言葉を聞いてムッとした表情になったのはアメノだ。


「俺達のスーツになんか文句でもあるってのか? 武器だって充分……」


「ピンク、ここで言い争っているヒマはねえ。もう時間だ」


 俺は立花おやっさんに殴りかかりそうな剣幕のアメノを、後ろから羽交い締めにした。

 この作戦は、全員同時に魔法陣に攻撃を掛けるのがキモ。ここでキレている場合じゃねえだろ。っていうか、この血の上りやすさは何だ。コンビニにたむろするヤンキー以上じゃねえか。

 収まらない様子のアメノを引き摺って、無理矢理フナズシに跨らせると、俺も出発の体勢に入る。


立花おやっさん、行ってきます。サバの修理、頼んますよ?」


「まあ、任せとけ。それより……気をつけてな」


 何か含んだ様子の立花おやっさんに見送られ、俺達はその漁港を後にした。



***    ***    ***



 魚から生命の光を貰う。

 といっても、どうするのか分からなかったが、やってみると簡単だった。呼び集めた魚たちが増えるに従って、俺の乗るフナズシの機体が金色に輝き始めたのだ。

 ふと見ると、ピンク=アメノの体も光り輝いている。この状態でなら、単純なキックやパンチでも魔法陣を破壊する力が出せるらしい。

 レッド達も同じ事をどこかでやっているのだろう。

 だが、俺の体は、と見るとまったくさっきと変わりはない。光り出す様子は少しもなかった。


「やっぱ、急にウミニンジャーになってもダメっぽいな」


 自嘲気味に笑う俺に、ピンクは慌てて近づいてきた。


「おかしいな。そんなはずあるか。スーツが故障してるんじゃないか?」


「同時にウミニンジャーとイナヅマン、複数のヒーローにはなれないのかも知れないぜ? これが立花おやっさんの言っていた、防御力はない、って意味かも知れないしな」


「しかし、このままじゃ、戦えないだろ?」


「……この籠手も雷獣剣もあるし、フナズシも乗りこなせた。大丈夫、援護くらいはできるよ。魔法陣を破壊するのは、お前らに任せるぜ」


 ごちゃごちゃとやっているうちに、時間が来た。もう待ったなしだ。

 ここから沖の黒石までは十キロほど。

 今回の作戦は、六機のフナズシが何の通信もせずに、同じタイミングで別方向から敵の本拠と目される場所へ突っ込む。

 いくら魚たちの命の光を受けた、とはいっても、俺達六人はほぼ孤立無援。

 相手の戦力が量れない以上、奇襲で目的を達成し、すぐに離脱するのが得策というわけだ。

 ただ、敵に取り込まれたヒーローがいる以上、通信などすれば傍受されるに決まっている。その点、ウミニンジャーの乗機・フナズシは全機を束ねる一つの意思を持っている。

 だから、同じタイミングでの突撃が可能なのだ。

 サバズシやササズシのようにべらべらしゃべりはしないし、言うことを聞かない時もあるようだが、充分に命令を理解するだけの知能はあるらしい。

 っつーか、まさにそれ、馬か何か動物だろ。名前通りフナってこたぁないと思うが……。

 

「大丈夫かイナヅマン。いや、ウミニングリーン」


「グリーン……か。できればイナヅマンの方がいいな」


 まあ、ウミニンジャーに正式加入したわけではないからな。


「どっちでもいいさ。沖の黒島まではお互い通信もナシだ。遅れるなよ。グリーン」


 ピンクの中では、俺はグリーンで定着したらしい。

 仲間と認めてくれた、ってことなんだろうな。なんとも不器用な女の子だ。

 ちくしょう。守ってやりたくなっちまうじゃねえか。

 俺達の乗るフナズシは、沖の黒島へと一気に辿り着いた。

 だがさすが忍者系戦隊。全員が真っ正面から突っ込むようなことはしない。

 レッドとブルーは上空から。

 ブラックとイエローは水中から。

 水面を行く俺とピンクは、いわば囮だが、その速度は時速三百キロ以上。

 ちょっとした波でも吹っ飛ぶ可能性があるが、そこは半有機メカ、独自の判断で波を読み、水面を駆け抜ける。

 それにしても、凄いスピードだ。

 水面に出た幾つかの岩礁が見え始めた、と思った時には、もう目の前に迫っていた。


「いた!!」


 ピンクが叫んで、いきなりフナズシからジャンプする。

 たしかに、一番大きな岩の上に、二人の女性が縛り付けられている。あの露出度の高い紅白のコスプレ衣装に重々しい鎖を巻き付けられ、広げた両手首には、黒い手枷がはまっているのが見えた。

 斜めに俯いた白い顔。すらりと伸びた白い脚が眩しい。

 うう……こんな時になんだが、やっぱおまつさん、色っぽいなあ。

 なんてことを思っているウチに、俺はジャンプのタイミングを逃し、そのまま岩の上に機体を乗り上げてしまった。


「ク……クソ。よく分かったな。さすがはウミニンジャー!!」


 フナズシ六号機の下敷きになった岩が、突然呻き声を上げる。

 え。ウソ。敵が潜んでたの!?

 まったく気がつかなかった。ウミニンジャーと同じ忍者系ってわけか?


「貴様!! ヒーローか!?」


秘堕戦士ひだせんしサルボボファイター!! 彼等の思想に感銘を受けてな。イーヴィル側につかせてもらった!!」


「バッカ野郎!! 人間を食うヤツらの何に感銘受けたッてんだよ!!」


 斬り掛かってきたそいつの剣を、雷獣剣で辛うじて受け止める。

 えーと……サルボボってどこの名物だっけな。


「きゃあっ!?」


 ピンク=アメノの悲鳴。

 見ると、空中で動きが止められている。どうやらジャンプしない方が正解だったってワケだ。

 飛んでいたら、二人まとめてジ・エンドだったところ。


「渓流王ザザムC!! 見参!!」


 岩礁の上に現れたのは、節足動物のような外観をしたヒーロー。

 見ると、口から吐いた糸を空中に張り巡らせているようだ。どう見ても怪人にしか見えないビジュアルと技だが、コイツもヘレンボイジャーみたいに、裏ヒーローやってるクチかも知れない。

 助けに行きたいが、剣と籠手で相手の攻撃をはじくのが精一杯だ。赤い覆面にかすり模様のスーツを着込んだこのサルボボ野郎は、なかなか手強い。


「く……そ!! お前ら!! 操られてんだよ!! 分かんねえのか!?」


「言うだけ無駄だぜ!! イナヅマン!!」


 声は頭の上から降ってきた。

 レッドウミニン=本諸コウだ。

 飛行タイプのフナズシ一号機に、ブルーと二人乗りで急降下してくる。

 ブルーが、フナズシに付属した大型のガトリング砲みたいなものを撃ちまくりながら通り過ぎ、レッドは剣を振りかざして飛び降りた。

 と、見るやもうピンクを糸から助け出している。

 やるじゃねえか。

 ピンクをお姫様抱っこしたレッドが、そのままザザムCとやらに蹴りを入れて、見事に着地。


「ば……バカ!! 放せ!!」


 うーむ。セリフとは裏腹に、声はめちゃくちゃ嬉しそうじゃねえか。よかったなアメノ。

 ピンクを下ろしたレッドは、駆け寄りながら、俺と切り結んでいたサルボボファイターとかってヤツに棒手裏剣を投げつける。

 慌てて飛び退るサルボボファイター。やっと一息付けた。


「イナヅマン!! イエローとブラックは!?」


「分からん!! まだ来てない!!」


「そんなはずはねえ!! まさか……」


 途端に岩の周囲の水が渦巻き始めた。

 水中で、何かが戦っているようだ。

 続いて爆発音。

 小鮎ちゃんとおまつさんに向かって行ったブルーのフナズシが、何者かの攻撃を受けて墜落したのだ。

 二人を縛り付けた岩の上に現れたのは、例のブラックバス将軍ことマグニフィカとかいうヤツ。

 そしてもう一人。日本刀を振りかざした、鎧武者っぽいヒーロー。

 どっちもかなり手強そうだ。

 サルボボファイターがその横に並ぶ。レッドの蹴りを受けたザザムC、墜落したブルーはまだ動けない。

 だが、この勢いを殺したら終わりだ。操られているヒーローを殺すわけにもいかない以上、一気に二人を救い出して、逃げ去るしかない。

 俺とレッド、ピンクの三人は、それぞれ剣を振りかざして突っ込んだ。

 ピンクがサルボボファイター。

 レッドはマグニフィカ。

 そして俺は鎧武者っぽいヒーローに斬り掛かる。一瞬。それぞれが剣で相手を受け止めた。

 これで作戦は……次段階!!


「ブルルォオオオオ!!」


 響くエンジン音。

 鎖を引き千切って、二人を救い出したのは、動物型のロボット四体。俺達の乗ってきたフナズシが秘かに変形していたのだ。

 レッドの一号機は鳥に。

 ブルーの二号機はイルカに。

 ピンクの四号機は馬に。

 そして俺の六号機は何だか平たくなって…………ってミズスマシかよ……絶対いじめだろコレ。

 

「よし。逃げるぞ。イナヅマン!!」


 レッドの声と同時に、俺達は剣を引き、後ろへ飛ぶ。

 レッドとピンクはさすがの脚力。一気に隣の岩まで下がったが、俺はとてもじゃないがあんなには跳べない。


「どうした!? 早く来い!!」


 二人の隣にブルーも並び、叫んでいる。

 いや、どう考えても無理だろソレ。十メートル以上は離れているし。イナヅマン装備でも身につけていれば跳べただろうが。

 後ろには立ち直ったザザムC。逃げ道……ふさがれた。


「出来損ないが一人、混じっていたか。だが、そんなヤツはどうでもいい。予定通りだな」


 鎧武者風のヒーローが、冷たい声音で言い放つ。もしかして、コイツが親玉?

 でも予定通り……だと?

 次の瞬間。水面を割って現れたのは……巨大な金属の塊。それがロボットの頭だと理解するのに、数秒かかった。

 ソイツの巨大な手にぐったりして握られていたのは……ブラックとイエロー!!


「イセジンガーZ。見栄県のヒーローだ」


 鎧武者が言う。

 二人は水中で、あんなもんと戦っていたのか。っつーか勝てるわけねえだろ。

 巨大な手がレッド達三人のいる岩に、イエローとブラックを投げ捨てた。


「大丈夫か!?」


 レッド達が駆け寄るのが見える。

 偶然だけど、ウミニンジャーの五人はこれで一カ所にまとまったわけだ。

 目的を達成した以上、長居は無用。あとはフナズシに分乗して逃げるだけ。

 小鮎ちゃんとおまつさんを乗せたフナズシ一号機は、もう影も見えない。

 つまり、逃げそびれたのは俺一人ってことだ。

 うん。

 まあしゃあねえな。これは仕方ない。

 俺は覚悟を決め、がっくりと膝をついた。

 だが、マグニフィカが放った次の言葉は、もっと残酷なものだった。


「ご苦労だったな。ウミニンジャーの諸君。そこが、君達の墓場だ」

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