第13話 作戦開始


 ウミニングリーンとしての俺の登録と、スーツや乗機ファミリアー、基地、武器の基本機能のレクチャー。

 イナヅマン基地への状況報告と、立花おやっさんへ雷鎧とサバズシの出張修理依頼。

 そして館長には、昨夜、ウミニンジャー達が確認したイーヴィルに操られている様子の「ご当地ヒーロー」の特徴を伝え、照会を依頼した。

 ヒーローと戦う、などというのは正直気が重い。だが、もしやるならば負けるわけにはいかない。素性、弱点など、知っておくに越したことはないからだ。

 だが、公民館が破壊されてデータベースもなくなっていた。照会には時間が掛かる、とのことだ。前もって敵ヒーローの正体を知るのは難しそうであった。どうせ作戦に入ってしまえば通信は出来ないしな。

 すべての準備が整うと、俺達は一斉に行動を開始した。

 相手は、深夜に作戦を実行することを宣言してきた。

 だが、狙いが読めた以上、それにつきあう義理などこっちにはない。それに、日が暮れるまでに帰れ、と館長に言われているのだ。となれば、あと四、五時間ですべて片付けないといけない。

 たしかに全員、重傷を負ってはいるが、どうせ数時間休んだところで治るわけもなく、大した違いはない。

 それよりも、明るいうちに動いて可能な限り戦力を強化する。

 相手の裏をかき、それが罠なら罠自体を打ち破るのだ。

 昨夜、小鮎ちゃんがやったように、魚たちの生命の光を集め、魔法陣を打ち消す光のパワーとして使う、というのが、ウミニンジャー達と俺の立てた作戦であった。

 小鮎ちゃんほどではないが、彼等ウミニンジャーにも、魚を集める力があるらしい。

 そしてヤツらが何故、沖の黒石を魔法陣の位置に選んだか? 広い湖面を利用して巨大な魔法陣を成立させようとしていることくらいは想像が付く。

 今日は都合のいいことに晴天。

 どういう原理かは知らないが、太陽の光の下、光のパワーを身に受けると、ウミニンジャーたちのパワーは数倍となるらしい。そうなれば、イーヴィルの力を受けた魔法陣を粉砕することなど容易いはず。そして日中ならば、イーヴィルも出てこられないはずだ。

 当然ながら、水魔王マグニフィカとかいうヤツは、日中でも出てくるだろう。操られている他のヒーローも出てくるかも知れない。

 しかし昨夜の目撃情報からすれば、敵のヒーローの数は多くない。こっちは六人だが、それと同じくらいといったところらしい。もし戦力が対等であるなら……あとは頑張って勝つしかない、というわけだ。

 もうひとつ切り札もあるらしいが、それが使えるかどうかは状況による、とのことだった。


「ま、切り札は、お前がその乗機ファミリアーを乗りこなせるかどうか、に掛かっているんだがな」


 そう言ってレッドは明るく笑って見せた。

 俺と同じ高二らしいが……レトロなファッションセンスはさておき、表情は俺より幼いくらいだ。これから決戦だってのに、何の緊張感も感じられない。


「切り札が使えない状況だったらどうすんだよ?」


「何とかなるさ。これまでだって、そうやって戦ってきたんだ。準備は万端に、しかし臨機応変に、が俺達のモットーなんでな。じゃあ、行くぜ。」


 レッドは颯爽とフナズシに跨って湖面を走り出した。その後をブルーが慌てて追う。

 決して分のいい戦いではないはずだが、なかなかの胆力、なんだろうな。最年少でリーダーやるだけのことはある。

 他メンバーはほとんど社会人、だったっけ?

 戦いに出る、ってだけで既にびびって足が震えちまっている俺には、アイツの真似は無理だ。


「付いて来いグリーン。俺達も行くぞ。」


 相変わらず男口調のピンクの後ろに続き、俺も走り出した。

 枇杷湖で生まれて初めてジェットスキーに乗るなんてことも、それが半有機メカ=フナズシ六号機だなんてのも、つい昨日まで考えもしなかった。

 湖といえど沖合は風も強く、かなり波が高い。

 だが、さすがヒーローの乗機ファミリアー。サバズシほどではないが自己判断力もあるらしく、素人の俺が乗っても安定している。波に乗る、というよりはパワーで突破するように蹴散らして、あっという間に枇杷湖北岸へたどり着いた。

 レッドとブルーは湖南へ。イエローとブラックは湖西へ向かったはずだ。

 目的は、湖外の水域にいる魚たちを、すべて呼び集めること、だった。昨夜、小鮎ちゃんの使った技の再現である。

 湖内の魚は、昨夜、小鮎ちゃんによって光を使い果たしてしまっている。

 これ以上、生命の光を使わせたら、死んでしまうらしい。

 だから、枇杷湖に流れ込む河川や水田、近くの池や小さい湖なんかに住む魚たちを掻き集め、光を分けてもらって、そのまま一気に沖の黒島へ乗り込むって寸法だ。

 それにしても寒かった。

 湖上では目立つこともないからと、練習がてらウミニングリーンに変身してはみたものの、この薄手の全身タイツ、ホントに強化服なのであろうか?

 少しも素早くなった気がしないし、パワーも素のままっぽい。

 唯一、ヘルメットはイナヅマン装備の雷鎧と同じように、視界が広く、目の前に周辺情報がデジタルで表示されるが、それだけだ。


「しかし……大丈夫なのか?」


 慣れないフナズシ六号機の操縦にへとへとになった俺は、冷え切った体を自分でさすりながらピンクに問いかけた。


「心配するな。枇杷湖内よりも、周辺河川や水田地帯の方が、この時期、魚の数も種類も豊富なんだ。しかもちょうど産卵期だからな。産卵時の生命力もプラスされて、魔法陣など一撃だ」


「いやいや、そうじゃない。俺達、全員怪我人なんだぜ? 勝てるのかよ? レッドはなんか他に作戦があるっぽかったが……」


 言いながら、自分の左肩をさする。

 いつまで経っても痛みが引かないどころか、これほど寒風に晒されたにもかかわらず、次第に熱を持ち始めている肩。

 おそらく、骨にヒビでも入っているのだろう。ウミニンジャー達も平気そうな顔をしていたが、高圧電流のショックがそう簡単に抜けるとは思えない。

 ピンクの動きも心なしかぎこちなく見える。

 それに、基地での話からすると、全員昨夜から寝ないで戦いずくめのはずだ。戦力が拮抗した場合、一生懸命戦ったくらいで勝てるものだろうか?


「……レッドの考えていることは分かる。たぶん、いざとなれば命を捨てるつもりなんだ」


「な……なんだと!? どういう意味だ?」


 ピンク=アメノの言葉に、俺は自分の耳を疑った。さらりと言っていいことではない。


「文字通りさ。自分は捨て身で相手を倒し、死んでも誰かを守る。ウミニンレッド、本諸コウとはそういうヤツだ。作戦は必ず成功する。お前の身の安全も保証されたようなもんだ。良かったな」


「バカ言うな!! そんなことさせられるかよ!! アイツどうするつもりなんだ?」


 ぶっきらぼうな口調で物騒なことを言い放ったピンクに強い憤りを覚えた俺は、思わず歩み寄って両肩をつかんで揺すぶった。


「さあな。考えが読めりゃあ、とっくに止めてるさ。でも、いつもアイツは考えを言わない。そして土壇場で、俺達の想像の遙か斜め上を行く。そういうヤツなんだよ。これまで俺達は、何度も、アイツの捨て身に助けられてきた……」


「ハァ? 何言ってんだ!? おまえそれでいいのかよ!? 今度こそアイツ死ぬかも――――」


 ピンクは俺の手をふりほどくと、突然ヘルメットを脱ぎ捨てた。

 あの強い目で、きっと睨み付けてきたその目に涙が光るのを見て、俺は言葉を失った。


「だから……そういうヤツだから、最年少でリーダーなんだよ。いつも危険に飛びこんじまうバカなんだ。……頼む。イナヅマン。彼をサポートしてやってくれ……助けて……」


 小砂利が敷き詰められたような湖岸に膝をつき、俺に懇願するようにすがりついたピンク。

 いや、増田アメノ。

 そっか。コイツ、レッドが……コウが好きなんだな。

 俺はなんだかいたたまれない気持ちになって、むせび泣く少女から顔を背け、沖の方を見た。


「分かった。分かったから、もう立てよ。それに、それはお前の推測だろ? そうと決まったワケじゃねえんだろ? それにアイツが何考えていようが、要はピンチにならずに勝っちまえばいいんだ。そうすりゃ、おまつさんも小鮎ちゃんも帰ってきて、枇杷湖の平和も守れ、腐杭も伊志河も安泰。何も心配するこっちゃねえ!!」


 一気にそれだけまくし立てる。

 くそ。

 なんだこの気分。

 嫉妬か? レッドがモテるから妬いてんのか?

 俺はコイツのことなんか、何とも思っちゃいねえのに……

 あ。

 そうか。

 分かった。コイツの態度に、俺はおまつさんを重ねてる。

 おまつさんは、トシイエイザーをどう思ってたのか、それが気になってるんだ。

 あの時の涙……そりゃ好きだったんだろうな。ずっと二人で戦ってきたんだろうしな。死んじまったにせよ……忘れられるわけ……


「イナヅマン!! 何ボーッとしてるんだよ!? 行こうぜ。こっちだ」


 ピンク……増田アメノの声に、俺は我に返った。

 いつの間にかヘルメットをかぶり直し、その下から聞こえる声は、さっきの涙がウソのようにもうすっかり元通りだ。


「んっだよ!! 俺がせっかく……」


「…………ありがと」


 乱暴に砂利を踏みしめる俺の足音に紛れて、小さく聞こえたアメノの声は、今まで聞いた中で、一番透き通っていて可愛かった。

 レッド……バカが。こんないい女を泣かすな。


「絶対勝とうぜ」


「ああ」


 俺達は短く言葉を交わすと、湖北最大の流入河川へと足を向けた。


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