第12話 ヒーローの光


 ピンクの推測。

 それは、敵の目的は俺達を手に入れること、そのものではないか。というものだった。

 イーヴィルたちはこれまで、こちらの生き物をあちらに吸い込むことで、こちらに兵隊を転送してきていた。だが、その際に残されたもの……いわば「この世界の魂」が、こちらのモノに融合して、「ヒーロー」を誕生させてしまっていた。

 ヒーローはイーヴィルを目の敵にして攻撃してくる。その上、こちらの世界では夜しか活動できず、侵略はおぼつかない。だが、そのヒーローを操ってしまえばどうか。

 おそらく、あの水魔王マグニフィカのように日中も動けるようになるのだろう。その上に、敵戦力がそっくり自分たちのモノになるわけだ。

 やり方は分からない。だが、俺達を消耗させたこと、時間や場所を指定するなど明らかに黒魔術の儀式の場に誘い込もうとしていること、そこに二人の生贄まで用意していること、などを考えると、敗北すると操られてしまうのであろう、と推測できる。

 だがとにかく、敵の狙いが分かればやりようはある。

 俺達は傷ついた体を引き摺って、作戦を立て、戦いの準備を始めた。


「結局、サバは直らなかったようだな?」


 テーブルの上に横たえたサバを、レッドが覗き込む。

 サバの中身は何だか分からない精密機械だらけ。俺は一瞬で修理を放棄した。

 それにしても、うーむ。どう見ても、料理を待つ生魚にしか見えない。もう少しデザインをなんとかできなかったのだろうか。まあ、機能としては充分すぎるほどだったが。


「これだけの設備があって、なんでエンジニアがいないんだよ?」


 俺はぶっきらぼうに聞く。

 別に怒っているわけではない。学生であるレッドとは、年が近いせいか、妙に気が合うのだ。

 ウミニンジャー基地にはそこそこの設備もあるのだが、メカ系の担当がいない。つまり腐杭県の立花おやっさんのようなサポートエンジニアがいないチームなのである。


「おまえらのメカは自動修復って……そりゃファンタジーの世界だろ」


「んなこと言ったって、直るもんは仕方ない。どうやってかは分からねえんだが、最初っからこうだったぜ?」


 彼等の乗機ファミリアーフナズシは、なんだか分からない力で動いているらしく、燃料がいらない。太陽光と水、あとは驚いた事に草を食べて動くらしいのだ。

 馬じゃあるまいし。

 だがそれこそが「Full natural activity」すなわち完全な自然エネルギーで動く、ってことらしく、半有機機械体と説明されたがよく分からなかった。

 故障や破損も勝手に修復するのだと、彼等は言う。つまり放っときゃ治るってわけで、俺との戦闘で破損したはずのスーツも、特に修理する様子は見られないが、次回の変身時には、ほぼ元通りなのだそうだ。

 同じヒーローなのに、これほどまでにシステムや技術に違いがあるのは何故なんだろうか?

 それに、最初っからって……いったい誰が最初にここまでの設備を作ったんだ?

 だが、そんなことを追求している場合ではない。俺の武装やサバに自己修復機能なんかない。壊れてしまったまま、いつまで経っても直らないのだ。


「しかし俺、どうすりゃいいんだよ? イナヅマンの武装、ほとんど動かないんだぜ?」


「そりゃ不便なスーツだな。なに大丈夫だ。実はウミニンジャーには増員予定があってな」


「増員?」


「市民の要望だよ。エコ系の活動が中心なのに、肝心のグリーンがいなかったからな。これを着てもらえば……」


 レッドがごそごそと基地の奥から出してきたものは……オールグリーンの……全身タイツッ!? おい、まさかこれ着ろってのか!?


「グリーンウミニン。モチーフは枇杷湖固有種のビワクンショウモだ」


「ビワクンショウモ?」


「知らないのか? おいブルー。画像見せてやってくれないか」


「はいよ」


 ブルーが基地のモニターをさっと操作して、画面に画像を表示した。映し出されたのは、半透明のグリーンに輝く、トゲトゲしたもの。横には解説文も少し。

 っておい、これって、植物プランクトンじゃねえかよッ!?

 いくら固有種ったってキャラクター性も低い上に、知名度低すぎないか!? せめてお前らと同じ魚にしろよ。完全に仲間はずれだろッ!!


「ほほう。俺達が魚モチーフの戦士だと、何故分かった?」


 憤慨する俺を、感心したようにブラックが見つめる。そんなんで感心されても嬉しくねえ。っつーか論点が違う。


「ヘルメット見りゃ一目瞭然だろ」


 彼等のスーツ。その頭部を被う強化ヘルメットには、魚の頭部がデザインされており、開けた口の中が忍者の覆面顔、という形に作られている。それも色はさておき造形は妙にリアルで、一見すると魚が忍者を呑み込んでいるようにしか見えない。これはこれでイヤなデザインだな。


「そう。俺がホンモロコ。ブルーはイワトコナマズ、イエローがビワコオオナマズ、ピンクはビワマス。ブラックがビワヒガイがモチーフだ」


 レッドがざっと説明してくれたが、どの魚がどんな形なのか、俺にはサッパリ分からない。


「枇杷湖特産種を集めた戦隊、ってワケか」


「正確には、特産じゃないのもいるがな。そんなようなもんだ。だが、仕方ない。モチーフは選べないんだ。ヒーローの光も、そうやって受け継いだし……」


 そう、それだ。俺の知らない言葉。


「何なんだよ? その『ヒーローの光』って?」


「それを知らないヒーローがいるってのも、俺達には驚きなんだがな。いいぜ、見せてやる」


 そう言うと、ピンクがいきなり胸をはだけた。

 といっても、オパーイを見せびらかしたわけではないので、いやらしい想像はしないでいただきたい。

 第二ボタンまで外して、鎖骨の下あたりを見せてくれた程度、と言えば分かるだろうか。

 それでもまあ、普通の女性は隠す部分。

 中二病をこじらせた高二の俺の脳には、かなりなダメージだったが、当のピンクは平然としている。ピンクに恥じらいが無いのはいつものことなのであろう。イエローはわたわたと手を振り、レッドはあわててピンクの胸元を隠そうとし、ブルーとブラックはまたか、といった表情で呆れたようにそっぽを向いている。


「邪魔するなレッド。いいから見ろイナヅマン。これがヒーローの光だ。貴様にもどこかにあるだろう?」


 うわ。綺麗だ。

 戦士とは思えない、華奢な鎖骨に透明感のある白い肌。

 いや違う、そんなもんを観察している場合ではない。ピンクウミニン、増田アメノの胸に輝いていたのは、薄いピンク色のガラス玉のようなものだった。

 直径は一~二センチ程度か。そう大きなモノではない。

 だが、ペンダントなどのアクセサリーではもちろんなかった。それは、半分皮膚に埋まっていたのだ。ちょうど三分間しか戦えない、あの伝説のヒーローの印のように。


「な……なんだよコレ? 俺にはこんなモノないぞ?」


「ええっ!?」


 驚くウミニンジャー。全員の声が揃った。



***    ***    ***    ***



「心配するなイナヅマン。体表面にあるとは限らないらしい。フツーは胸か額、あと手の平とかの体表面だが、人間ドックで胃カメラ呑んだら、胃袋にあったって例も聞くから、お前もそんなとこだろ」


 レッドは軽く言って俺の肩をばんばん叩いた。

 ウミニンジャー達五人には、全員の胸に、この「ヒーローの光」なる宝石があった。

 埋め込まれたわけではないらしい。それは、いつの間にか「生えてきた」ということだ。そして、それを基準に集められたのが、彼等だったのだ。

 境界面ボーダーに吸い込まれたモノや生き物、人間などの「魂」が周囲の何かに集まってヒーローとなる。ということなら、この宝石のようなモノがその「魂」そのものだと考えていいのかも知れない。

 腐杭の場合は、田舎だったせいで周囲に人間がいなかった。そのせいでエネルギーはチスイビルに集まってしまい、できたのが「吸血変神ヘレンボイジャー」という、何とも一般ウケしないヒーローだったわけだ……だが、そうすると俺は、どうなのだろうか?

 俺の胸には宝石はない。

 レッドの言う通り、胸に現れるとは限らないわけだが……稲津公民館長は言っていたはずだ。

「イナヅマンは本当のヒーローではないのだ」、と。

 そして、校長は俺を「特撮研究会だから」という理由でえらんだのだ。俺は……本当に適格者ヒーローなんだろうか?


 だが、状況は切迫していた。俺をそんなことで悩ませてはくれなかったのである。

 六人目になることは、全力で遠慮したいところだったが、武装無しで戦いに赴けるほどの勇気はない。

 さっきの戦闘だって、電子頭脳のサバがいなければ、一瞬でやられていたに違いないのだから。

 しかし、ウミニンジャー達は俺との戦闘で、イナヅマンの能力を高く評価したらしく、すっかり一人前の戦士扱いである。

 網膜パターンと声紋を登録するために、俺はグリーンのヘルメットを無理矢理かぶらされ、変身キーワードを含め、いくつかのかけ声を言わされた。


「さ、個人登録は終了した。これで君はグリーンウミニンだ。変身キーワードはさっきも言ったがウミニンチェンジ。ポーズは右手と左手をこう、交差させてから、両手を……こうする」


 ……レッドは幼稚園のお遊戯で、魚の動きを真似るときのように、両手を体の前後でひらひらさせた。

 おい待て。

 これもキーワードだけで突然変身しちまわないよう、安全装置セフティロックってことは、分かる。だから、フツーはやらない動きをインプットしてあるというのも、わかる。だが、いくらなんでも恥ずかしすぎるだろ、それ。


「あ、そう? でもダメなんだな。簡単には変えられないし、これ、ファンの子が考えてくれたポーズだし」


「そういうこと。大丈夫よイナヅマン。すぐ慣れるって」


 イエローが慰めてくれる。だが、可愛い女子がコレをするのと、いい年した男子高校生がやるのとでは、ビジュアル的にえらく違うと思うんだが。

 まあ、今日だけの事だから諦めるしかない。

 イナヅマンのかけ声キーワードとポーズにも、慣れるのに随分かかったってのに、また新しいのを覚えなきゃならんとは。


「えーと……武器は?」


「コレだな。クンショウモ手裏剣」


 丸いトゲトゲしたプランクトン型の手裏剣か。まあ、棒手裏剣よりはかなり投げやすいはず……って何?

 いきなりブルーに手を掴まれて、俺はいじっていた手裏剣を取り落とした。


「おいおい、気をつけろ。刃を素手で触っちゃダメだ。それ、毒塗ってあるから」


「毒ぅ!?」


 素っ頓狂な声を上げた俺に、ブルーが平気な顔で答える。


「車手裏剣は殺傷力が低いからな。普通そうだろ」


 お前らの常識当てはめるな。


「無論、乗機ファミリアーもある。フナズシ六号機だ。特殊機能は……っと……回転? なんじゃこりゃ」


 なんじゃこりゃと言いたいのはこっちなんだが。

 今んなって取説読むとか勘弁して欲しい。ウミニンジャー、どうやら優秀な忍者揃いのようだが、エンジニアがいないせいか機械は全員苦手っぽい。


 実際。大丈夫なのであろうか?


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