第11話 湖底基地



 ウミニンジャー達の基地は湖底にあった。

 もう一つの大きな島、岳島にある小学校。その体育館裏が入り口である。

 港まで乗せてもらった彼等の乗機ファミリアーはジェットスキータイプのものが五機。港の岸壁に収納庫があるようだった。

 呼称は、予想通り『フナズシ』。

 基本、水面を走るために特化したマシンだが、飛行機能のあるレッドの一号機、潜水機能のあるブルーの二号機、重武装の三号機など、一機ごとに少しずつスペックが変わる。

 正式名称……は、まあ、正直どうでもいいと思われるかも知れないが、一応書いておくと、Full Natural Activity Zoological Utility Sacrifice High Spec Interceptor で、「FUNAZUSHI」なのだそうな。

 フナズシは五号機まであり、それを統括する電子頭脳・ニゴロは一つの意思を持つ。

 つまり、五機で一体のロボットである、とも言えるのだそうだ。


 入り口となっている体育館に到着した俺は、眼を疑った。

 入り口には派手に飾り付けがなされ、小学生のものと思われる字で「ウミニンジャー基地へようこそ」と書かれているのだ。


「公式基地なんだ。場所が秘密ってわけじゃねえ。まあ、表の仕事もこなさないとな」


 驚いた表情の俺を見て、レッドはにやっと笑った。

 随分人気のあるご当地ヒーローらしい。まあ、それだけでも島に人を呼べるだろうからな。イナヅマンはここまで派手にはやってない。

 俺達はハリボテで出来た『表の基地』を素通りし、俺達は隠し扉から地下へと降りていった。 

 基地の中は、ほぼ普通の事務所に近かった。机の上にパソコンと、乱雑に書類が置かれているところまで事務所っぽい。正面に大きなモニターがあるのが、少し違うくらいか。

 彼等の本職は、一部をのぞいて市役所職員だというのだから仕方ない。

 だが、これで一息つけそうだ。他人の家ながら俺は心底ほっとした。

 とはいえ、ほぼ全員が重傷、という状況である。とにかく、少しでも体力を回復させ、戦闘に備えなくてはならない。

 腐杭と伊志河の両県を守るためにも、とにかくおまつさんを助け出さなきゃ話にならないのだ。


「しかし、湖の真ん中に小学校って……すげえな」


「本当に何も知らないんだな、イナヅマンは。少しは隣県のことも知っておけよ」


 ウミニンジャーのリーダーであるレッドウミニン、本諸ほんもろコウが、カップに入ったコーヒーを手渡してくれた。

 年格好は俺と同じくらいだが、革ジャンにジーンズという、そのファッションセンスはかなりレトロ。まるで一九九0年代の雑誌から抜け出してきたかのようだ。


「あ、あちち。ありがとう。だから言っただろ。俺は昨夜、おまつさんに会うまでは、何も知らないただの高校生だったんだって」


「そこんところ、もう少し詳しく話してくれ。敵の目的や戦い方が少しは予想できるかも知れん」


「じゃあ、まず、腐杭の事情から話すぜ」


 俺は、昨夜から今までの経緯を、なるべく詳しく説明した。おかげで、誤解もなんとか解けたようだ。まあ、「腐杭県の偽ヒーロー」であるはずの俺が、真のヒーローを倒してしまい、それなりの力を持ってしまった経緯や、伊志河県のヒロインを探しにここまで来た理由を納得させるのは、結構大変であったが。

 彼等の事情も話してもらって、だいぶ分かってきた。翅蛾県が攻められたのも、昨夜のことだったらしい。

 イーヴィルの突然の総攻撃があった、というのだ。

 敵の数は、これまでと比べものにならないほど多く、また強かったらしい。目算で数十匹、という数を多いと見るかどうかは、見解が分かれるかも知れない。だが、基本これまでの戦闘では、相手は常に一匹ずつだったというのだから、苦戦を強いられたのも分かる。

 何よりいつもと違ったのは、例の境界面ボーダーの活動が全く見られないのに、イーヴィルどもが現れたことだった。


「数もそうだが、一匹一匹もこれまでとは比べものにならない強さだった。俺達は基地ここに立て籠もって、ヤツらを迎え撃ったんだ」


 レッドは、言いながら悔しそうに唇を噛んだ。

 そりゃあ大変だっただろう。

 腐杭ではヘレンボイジャーさん達が、それを引き受けてくれていたわけだ。

 だが、ヘレンボイジャーは敗北し、稲津町公民館は瓦礫の山になっていたのに、ここは無事だ。彼等も一人も欠けることなくここにいる。


「さすが、本職のヒーローは大したモンだな。そんな状況で、基地も自分たちも、守りきったってコトか」


「違う!!」


 マジメそうな長身のメガネ男、ブラックウミニンこと井川いがわひびきがテーブルを叩いて立ち上がった。


「小鮎のおかげなんだ。基地や俺達が助かったのは…………」


「小鮎さんの?」


「ああ。小鮎は、枇杷湖の魚を操る力を持っているからな。湖中の魚のエネルギーを集めて、この基地に障壁バリアを張ったんだ」


障壁バリア? SFでいう、電磁障壁とかのアレか?」


「いや、電磁じゃない。ヤツら、イーヴィルは太陽の光に弱い。だから、太陽光に匹敵する光のエネルギーを張り巡らせれば、入っては来られない。この季節、もっとも生命に満ちた魚たちの生命エネルギーを光に変えて、この島全体を照らしたんだ」


 相変わらず口調が男っぽいピンクウミニン、増田アメノが腕組みして仁王立ちしたまま、俺の方をじろっと睨んで言う。ロングヘアにピンクのフレアジャケットという、フェミニンな装いにあまりに不似合いな言動。うーむ。目つきも態度も怖いな。

 もう少し女性らしくしたら、けっこう可愛いと思うんだが。


「へえ。でも、それがうまくいったんなら、なんで小鮎さんがさらわれちまうんだ?」


「小鮎は……島から出ちまったんだ」


「ええッ!? あんたら、なんで行かせたんだよ?」


「行かせたんじゃない!! 抜け道の湖底トンネルで、小鮎だけでも逃がそうとしたんだ!!」


 レッドの声に、全員がしんとなった。


「湖面に出たら、そのまま逃げてくれればよかったんだ。それなのに小鮎はそこで魚を集め、俺達のために障壁バリアを……」


「そう……だったのか」


 防衛で手一杯だったウミニンジャー達は、湖底トンネルで小鮎ちゃん一人を逃がそうとした。

 だが、小鮎ちゃんは自分の力を使って、逆にウミニンジャー達を救い、捕まっちまったってコトか。そりゃあ、必死にもなるな。


「それとな、イナヅマン。ここからが重要だ。ここに攻め寄せてきたイーヴィル。その中には、ご当地ヒーローらしきヤツが何人か混じってたんだ。」


「ハァ!?」


「だからなのさ。お前をすぐには信用できなかったってのは」



 ご当地ヒーローは、一県に一人、もしくは一チームだけとは限らない。

 全国には数百のご当地ヒーローがいることになっているが、実際に境界ボーダーを守る役目を担っているのは、その中の一部に過ぎない。

 むろん、昨日まではイナヅマン、つまりこの俺も数には数えられていなかった。昨夜、ウミニンジャー基地に押し寄せたイーヴィルに混じっていたヒーローが、どこのヒーローなのか、また、本物なのかどうかも分からないらしい。

 だが、実際に腐杭のヘレンボイジャーは操られていた。そう考えると、敗北すればそうなる可能性がある、と考えるのが普通だ。


「ヒーローが操られているって教えてくれたのは、ブラックバス将軍だった。彼のパートナー、ブルーギル大佐は、昨夜敵のヒーローに倒されたんだ」


 レッドウミニンは、いまだに信じられない、といった様子だ。


「倒された……って?」


「死んだ」


 俺は一瞬、言葉に詰まった。

 遊びではない。本気の命のやりとりなのだと、頭では理解していたつもりだが、直接それを聞かされるとやはりショックだ。


「……だから、ブラックバス将軍の言うことを、素直に聞いちまったってことか」


「ったく……せっかく小鮎を助け出せると思ったのによ……まさかブラックバス将軍までも敵だったなんてな……」


 さっきからテーブルについてうなだれているのはブルーウミニン、岩砂いわずなまことだ。強めのパーマが特徴的だが、地味なグレーのジャケットにスラックス。コイツが一番フツーっぽいんだが……性格は一番暗そうだ。

 しかし……気持ちは分からんでもないが、もともと敵じゃん。


「敵幹部だろ? そんなヤツ……なんで信用なんかしたんだよ?」


「敵っていっても、設定上の話だけなんだ。優しくて、いいおじさんだったよ。少なくとも私達には。部外者のあんたなんかには分からないだろうけどね」


 またピンクが俺を睨みつける。しっかし、キツイ女だなあ。


「分かるわけないだろ。俺はバケモノになったアイツしか見てねえんだからな」


「あのあの……そんなことより、なんとか二人を助け出さなきゃいけないんじゃない。どうするの?」


 険悪な空気を静めようと、イエローウミニン、大洲おおず真那まなが、慌てたように口を挟んだ。白いカチューシャでまとめたストレートヘア。紺を基調にしたいかにもお嬢様という感じの少女だ。

 大げさな身振りで俺達の間に割って入り、泣きそうな顔で全員を見渡す。


「助け出す? ダメだな。八方ふさがりだ。たとえ行ってもやられるだけ。戦おうにも、何のヒントもありゃしねえ」


 ブラックが、そっぽを向いたまま、呟くように言う。


「ヒント……? ヒントか…………」


 俺は考え込んだ。

 ヒントをヒントだと言って出してくれる敵はいない。

 現状を分析して、そこからヒントを絞り出し、答えに辿り着くしかないのだ。たしかに確信を持てるようなヒントはないが、情報量は少なくない。

 特にあの時のブラックバス将軍……いや、水魔王マグニフィカとかいうヤツのセリフには、色々な情報が含まれていた。


「状況を整理しよう。まず、二人をさらったのはダークネスウェーブ。つまり境界面ボーダーからの侵略者だ。理由は、二人を黒魔術の生贄にするため。つまり、どこかに西洋魔術の魔法陣と同じモノを造ろうとしているわけだ。たぶん、それが沖の黒島」


「なるほど。イナヅマン、おまえ頭いいな。だが、それこそが罠だとは思わねえか?」


 ブルーが疲れた様子で言う。


「無論、罠だろうな。だが、俺達にはヤツのセリフと行動以外に情報がない。それを分析して、ヤツらの狙いを把握して挑むべきだ」


 そう言ってはみたものの、これ以上なにか考えがあるわけではない。そこで言葉の詰まった俺を、五人のウミニンジャー達は、期待を込めた表情で見つめてくる。

 ヤバイ。何か言わないと。

 こうなってくると、戦闘コンピュータでもある生サバが壊れているのが痛い。


「待て。俺にも気になる点がある」


 思いついたようにぽろっと口に出したのはブラックだ。それまでの落ち込んだ表情とは違って、その目には少しだけだが生気が戻って見える。


「アイツはイーヴィルの仲間だが、イーヴィルそのものではないような言い方だった。太陽光が苦手なはずなのに、日中に現れたのもおかしい。もう一つおかしなのは、何故アイツは、あの場で俺達を殺していかなかったか、だ」


「そうか!! つまり――――」


 何か思いついたように手を打ったのは、ピンクウミニンだった。


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