第10話 敵の姿をした敵

「ぐわああああッ!!」


 叫んで地面に転がったのは、五人の戦士……ウミニンジャー達だった。


「あ……あれ?」


 俺は、呆然と佇んでいた。

 サバズシから呼んだ武器・雷獣神とは、サバズシ自体の外板で全身を覆う、雷鎧の追加装甲のようなモノだ。だが防御力とパワーが上昇する代わりに、可動域は大幅に狭まる。動きは格段に悪くなると聞かされていたのだ。

 要するに、パワーのみが必要な時のための緊急装備。

 当然、この局面で使うべき装備ではない。

 だがこの武装、着装直後の数秒間だけ、表面に高圧電流を帯びるのだ。これは武器ではなく偶然の産物である。むしろ気をつけるように、と立花おやっさんから指示を受けていた、言わば構造上の欠陥なのだ。

 原因はサバズシ本体に蓄えられた電力を、雷鎧に一気に供給する時の余波。しかしその間だけは、イナヅマンに触れる者は無事では済まない。

 倒れた五人の戦士を見て、ようやくそのことを思い出した俺は、ほっと一息ついた。

 だが、動き出そうとして驚いた。

 新装備の二重装甲が、ほとんど無くなってしまっている。

 腕や肩の一部にいたっては、雷獣神を貫いて、雷鎧までも大きく切り裂かれていた。

 目の前の画面のあちこちに、動作不良を示すエマージェンシーが灯り始める。どうやらまともに動けそうにない。つまり、勝ったってよりは引き分け……いや、少しこちらのダメージが大きいかも知れない。

 しかし、なんて作戦だよ。

 気がつけば攻撃を受けた部分に激痛が走る。衝撃を吸収しきれなかったのだ。骨、折れてねえだろうな。

 痛いのも痛いが、俺はなによりも疲れ果てて膝をついた。

 雷矛サンダーランスを杖代わりにして、体を支え、荒い息をつく。ウミニンジャーたちが立ち上がってこないところを見ると、なんとか勝ちを拾ったって言えるのかな。

 だが、こっちの方がダメージが大きいと悟られるワケにはいかない。俺はふらつく足を見られないよう、さも余裕ありげに再び立ち上がって、五人を見下ろした。


「……俺の勝ちだ。さあお前ら……おまつさんをどうした? 今すぐ返せ!!」


「な……んだと? 何を言っている? お前こそ、小鮎をどうしたッ!?」


 ブルーの戦士が寝転がったままで怒りの声を上げる。


「小鮎? なんだそりゃ? 佃煮か?」


「ふざけないで。私達のサポート。オペレータの小鮎ちゃんよッ!!」


 女の声で言ったのは、イエローのウミニンジャー。

 そっか、やっぱりお約束の女の子、混じってたか。


「もしかして……おまつさんを知らないのか?」


「お前こそ……」


 俺とレッドの目が合う。

 まあ、二人ともマスクしてるから視線は分からないわけだが、そんな気がした、ってところだ。つまり、こいつらウミニンジャーは、サポートの女の子・小鮎ちゃんを掠われ、その犯人を俺だと勘違いして襲ってきた、ということらしい。


「だって昨夜、腐杭の真ヒーロー、ヘレンボイジャーを斃したのは、貴様なんだろう!? 本来、偽ヒーローのクセに、異様な力を発揮して。そいつが翅蛾県に攻めてきたって、あいつが……」


 あ、そういうこと?

 まあ、たしかに疑われる理由としては充分な気もする。

 でも、偽ヒーローとかって言われるのはムカつくなあ。でも、『あいつ』って誰だ?

 そう思った時。

 頭の上の方から声がした。


「ふん……引き分けか。つまらんな。どちらかが完全に潰れてくれるかと思ったのだが……」


 俺達を見下ろす位置。神社の屋根の上に立つ影がひとつ。

 この登場パターンは、間違いなく悪いヤツ。しかも、俺達が戦う原因を作った張本人、ってとこか。


「ブラックバス将軍!?」


 レッドが叫ぶ。

 あれ? 知り合いなの?


「いったい、これはどういうことだ!? コイツ、何も知らねえじゃねえか!?」


「だから、さっき言った通りだ。貴様らにつぶしあって欲しかったのさ」


「何言ってるの!? 敵キャラといってもそれは表の話。あなたは、境界面ボーダーを守るために、ともに戦ってきた仲間でしょ!?」


 イエローの悲しげな声。

 なるほど、ご当地ヒーローにつきものの、おバカな敵役キャラも、イベントや舞台以外……本当のヒーロー活動においては、ヒーローのサポート役ってことなのか。イナヅマンの場合はどうなんだろうか?


「ブラックバス将軍……か。アイツは死んだよ。今この体を支配しているのは、この俺……水魔王マグニフィカ様だ」


 言葉と同時に、ブラックバス将軍がかぶり物っぽい間抜けな魚面を脱ぐ。

 その下から現れたのは、優しげな顔立ちの中年男。

 三十~四十代ってとこか。白髪が多いので年食って見えるが、まあ五十は行ってないだろう。まあ、フツーのおっさんだ。

 だが、その額にはフツーのおっさんには絶対に無いモノがあった。

 第三の目。

 つまり、眉間にもうひとつ、目が開いていたのである。違うところ、といえばそれだけだ。だが、その鋭い眼光。冷たい微笑みを湛えた表情。立っているだけで感じる凄まじい威圧感。

 どう考えても、軽いイベントをこなす、お馬鹿な敵幹部役のスーツアクターには見えない。

 そしてその場でくるり、と回ると、アメリカ産外来魚をモチーフとしたと思われる派手な衣装が、バラバラと剥がれ落ち、その下から重厚な金属色の鎧が現れた。

 鎧、といっても日本のそれとは随分違う。どちらかと言えば西洋のものに近い印象だが、もっと直線的でシンプル。

 肩当てと肘以外には妙な飾りが一切付いてない上に、強度には自信があるということなのか、薄い。それだけに、実用的には数段上っぽく見えた。


「貴様!? イーヴィルか!?」


 俺は膝をつき、荒い息を吐きながら問うた。


「少し違うな。だが、そんなようなものだ」


「違う?」


「貴様らが知る必要はない。だがまあ、そのダメージ。全員、ほぼ使い物にならんようだな。半分くらいは目的達成としておこうか」


 つまり、俺達の戦力を削ぐ事が目的だったってことか。


「小鮎をどうした!?」


「おまつさんは!?」


 俺とレッドの声が重なる。

 ブラックバス将軍、いや水魔王マグニフィカとやらは、悪趣味な声でゲタゲタと笑った。


「必死だなお前ら。教えてやるよ。二人とも今のところは無事だ。だが、今夜中には死ぬことになるなあ」


「なんだと!?」


「人間は面白い方法を考えつく。生贄を与えて、我等の世界、ダークネスウェーブから、同胞(イーヴィル)を呼び出して従わせよう、などとはな」


 俺の脳裏に、おまつさんの言葉が蘇る。


「……黒魔術!! 二人を生贄にする気か!?」


「そうだ。お前らほどではないにせよ、適格者の資質を持った二人だ。しかも女。いい生贄になるだろうな。興奮するぜ。ひゃははは」


 舌なめずりでもしそうな雰囲気だ。

 この変態め。


「二人はいったい、どこにいる!?」


「そこまで教える義理もないんだがね。まあ、そんなざまで、来られるものなら来てもらおうじゃないか。沖の黒石だよ。今夜十二時、儀式は行われる……」


 そう言い捨てると、そいつは屋根の上に停めてあった様子の乗り物にまたがった。あの緑色のスクーター……あれはたしかに!!


「サ……ササズシ!! おまえ何やってんだ!! おまつさんは!?」


 だが、ササズシの返事はない。あれほど饒舌だった電子頭脳に一体何があったのか。


「さらばだ。もう、会う事も無かろう」


 ササズシは、あっという間に視界から消え去った。

 俺達は呆然と見送るしかない。


「くそッ!! 騙しやがって……!!」


 ピンクのスーツを着込んだヤツが、這い蹲った姿勢のまま、地面を殴りつけた。

 声から察するに、どうやら中身は女らしいのだが……「やがって」って……。


「やめなよアメノ。今、考えなくちゃいけないのは、小鮎を助け出す方法だよ」


 慰めるイエローは、逆におしとやか系みたいだな。

 まあ、それはいいんだが……


「お前ら、こんだけのことしておいて、騙されましたで済む、とは思っちゃいまいな?」


 俺は、彼等の最後の一撃でほとんど作動不能になった雷鎧を指し示して言った。

 体が重い。どうやら完全に雷鎧ライ・アーマーは作動を止めたようだ。これでは、もう戦えない。たとえおまつさんの居所が分かっていても、助けにも行けないのだ。


「そいつはこっちのセリフだぜ!!」


 言うなり、レッドは武装を解いた。

 赤いヘルメットとぴちぴちの全身タイツが、銀色に煌めきながら虚空へと消えていく。なるほど、コイツラの武装も時空転送で脱着するワケか。

 怒りにまかせて立ち上がったようだが、足元がふらついている。辛うじて立てるのはコイツだけのようだ。

 まあ、高圧電流を浴びたんだ。この程度で済んだのは、あの全身タイツのお陰なんだろう。アーマーと比べて防御力がさほどあるようには見えないが。


「腐杭県は昨夜イーヴィルに落とされた。そう聞いているし、事実、ヒーローの光は消え失せているじゃねえか。なんでお前は正気を保っているんだ!? 正気なら、なんでヘレンボイジャーさん達を斃した!?」


「俺は……知らなかったんだよ。何も聞かされてなかった。だいたい、そのヒーローの光とかって、何だよ!? 正気って……他に何かあったのか!?」


「ハァ? その割にゃあ、えらく戦い慣れしてんじゃねえか。ウソつくのもいい加減にしろよ」


 まだ立てないのか、地面にあぐらをかいたままブラックが呆れたような声を出す。戦い慣れしてるってわけじゃないんだがな。

 それにしても、同じヒーローを何でここまで信じてくれないんだ?


「ウソじゃねえ!! 俺にはサバが付いててくれたから……そうだ、おいサバズシ、分離しろ。姿を見せてこいつらに説明してやってくれ」


 俺は、戦闘後すっかり忘れていた相棒の名を呼んだ。


『……ジジ……ジ……』


 だが、返ってきたのは、電子系の雑音だけだった。


「くっそ。あんなパワーで攻撃するモンだから、ぶっ壊れてやがる……」


 困った。直るのかコイツ。

 そういや、ササズシが出てきた時とかに、黙っていたのをおかしいと思うべきだった。

 コイツ無しでは、あの強そうな敵と戦えそうにない。どうするか。


「仕方ねえ……おい、イナヅマン。俺達の基地に来い。そこで今後のことを話そう」


「信じてくれるのか?」


「完全に信じたわけじゃねえ。だけど、俺達ももうこれ以上戦えねえんだ。他にしようがねえんだよ」


 悔しげに言い放つと、レッドは背を向け、足を引きずって歩き出した。


「ついて来い」



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