第8話 遊覧船、島へ

 俺はサバズシを駐輪場に停め、チケット売り場の窓口に向かった。

 なんだって……高校生以上は大人扱いで二千二百円だと? これで財布はほぼカラだ。帰りは高速に乗れないことが決定。

 懐から財布を取り出し、竹輪島往復のチケットを売り場のお姉さんに頼もうとしたその時。


『ダメだイナヅマン。尾木島、もしくは岳島の可能性もある』


 俺の胸元がビクビクと動き、そこからサバが頭をのぞかせた。

 そう。携帯端末の画像でも、少しロボ系のデザインのものでもなく、単に普通の生サバそっくりのヤツが出てきたのだ。


「うおわ、お前何だ!? どこから顔出してる!?」


 思わず叫んだ俺を、お姉さんが怪訝そうな顔で見ている。


『バカ。怪しまれるぞ』


 いや、いきなり懐からサバの頭が出てくれば誰でも叫ぶって。


『お前一人では心配だからな。頭脳体が同行する』


 これが頭脳体……? 本体が鯖寿司で、頭脳体は普通に生サバ……


「心強いよ。いざという時、弁当にもなりそうだしな」


『私は機械メカだ。食料にはならないぞ?』


 冷静に返されても困るんだが。それに、じゃあ何の役に立つんだよ?


『食料にはならんが、私は戦闘頭脳にもなりうる。雷鎧と直結し、状況分析した上で先読みしてお前に指示が出来る。しかも、サヴァズシ本体との連携で雷鎧はもちろん、武器のみの転送や、稲津町公民館との通信も可能だ』


 そういや、雷鎧はサヴァズシに一体化して持ってきたんだった。それ以外に新しい武器も付けてくれたんだっけ。そう言われれば、懐の生サバはたしかに便利かも知れない。


「にしてもお前、先読みってどの程度出来んだよ? 耳元でわあわあ騒がれたって、いざって時にはあわてさせられるだけだぞ?」


『右足、半歩ひけ』


「は?」


 俺は反射的に右足を引いてから、生サバをにらんだ。


「今のが何だっつんだ?」


『足元を見ろ』


 目を落とすと、そこには吐き捨てられたばかりのガムがあった。たった今、横を通り過ぎていった兄ちゃんが吐き捨てたのだろう。

 たしかに、踏んでいたらけっこう面倒だったかも知れない。


『まあ先読み、といってもこの程度だ。だが、お前の周囲は全方位カバーしている。たとえ突然、暴走車に突っ込まれても、ケガ一つさせない程度には先読みしてやる』


「……なるほど」


『不慣れそうだから、戦術くらいはアドバイスしよう。とはいえ、実際に戦うのはお前自身だ。がんばってくれ、イナヅマン』


 十分後、俺は……いや、俺と生サバは島巡り遊覧船に乗り込んでいた。

 平日、ということもあって、船内は閑散としている。地元民らしい老人が数人と、幼児を二人連れた母親が乗っているだけだ。

 俺は目立たないよう、入り口に一番近い後方の席に座った。

 船内の観光アナウンスガイドによれば、枇杷胡には、四つの島があるらしい。

 最大の尾木島には小学校まであるらしいが、最小の島? 沖の黒石はただの岩礁。岳島は無人島。そして、最初に俺が行こうとした竹輪島は、観光で最も有名な島、ということであった。

 船に揺られること約四十分。

 ようやく最初の寄港地、竹輪島が近づいてきた。

 船窓から眺めると、沿岸部には土産物屋が並び、中央には国宝指定の大きな寺院や神社が建っているのが分かる。さすが日本最大の湖である。たしかに、これなら人が住むことも出来よう。

 思っていたよりも、ずっと大きな島であった。

 

『降りるぞイナヅマン。たしかにここからササズシからの救難信号が発信されている。どうやらここにいるようだ』


「ここ……って、おまえコレ、ただの観光地だぞ?」


『それは確認しないと分からん。行くぞ』


 待てっつーの。

 大型ロボットに変形したならまだしも、ただのサバが行ってどうなるものでもないだろうに。

 うねうねと懐から抜け出そうとする生サバを押さえ付け、降船案内の人の不審げな視線を、作り笑顔でかわしながら、俺は船を下りた。


『俺の言う方向へ行け』


「はいはい」


 武装していない俺には何の能力もないわけで、もうこのサバの言うことに従うしかない。

 俺は参拝料二百円を払うと、神社の中へと足を踏み入れた。これでとうとう財布の中はカラだ。

 しかし何だこの島。土産物屋以外は、ほとんど神社と寺の敷地かよ。それにしても、すごい風格の古い建造物ばかり。中は電灯も少なく、薄暗くていかにもって雰囲気だ。

 もしかしてこんなところにおまつさん、監禁されてんだろうか……

 俺は脳裏に、あのコスで縛られたおまつさんの肢体を思い浮かべかけて頭を振った。

 ダメだ。

 エロいこと考えてる場合じゃねえ。館長の話じゃ、命の危険もあるってことだったじゃねえか。

 んなことになったらどうすんだ。力になれなかった俺の責任じゃねえか。助け出すんだ。なんとしても。

 サバの言う通り、参拝順路に従って歩いていく。後ろからは、さっきの船に乗っていたご老人衆が談笑しながら着いて来ている。

 だが、こんな段差の多い場所にあんな年寄りが、よくもまあ参拝に来たもんだ。

そして、老人のクセに感心するほど健脚。

 しかし、こんなとこで襲って来られたら面倒だな……と思った瞬間。

 鋭い音を立てて、目の前の床に何かが突き立った。


「…………棒手裏剣」


 時代劇で見たことがある。

 十字手裏剣なんかの回転系手裏剣と違って、こういう真っ直ぐな手裏剣は、必ず刺さるワケじゃない。距離感と投げるタイミング、速度、そのすべてが計算ずくであって、初めて刺さるって聞いている。

 しかも、殺傷力は回転系手裏剣の比ではないのだと。つまり、コイツを投げたのは、相当な腕ってことだ。


(ほう……知ってるのか。まんざらバカでもないようだな)


 どこからともなく響く声。

 小さな声でありながら、耳元で囁いているかのようにハッキリと聞き取れる。


「忍者……ってワケか。翅蛾県のヒーローさんはよ。で、どこに行けばいい?」


(話が早いな。イナヅマン)


「まあな。友好的に話をしようって雰囲気じゃねえし……」


 首筋に静電気のようなものがぴりぴりと走る。これが殺気ってヤツなのかな。

 たった一日で、俺もヒーローらしくなったモンだ。まあ、この自信ありげな言い回しも、懐の生サバせんとうコンピュータがいてくれるのと、昨夜の戦闘での勝利によるところが大きいんだけどな。

 だが、相手がイーヴィルとやらに操られているにせよ、同じヒーローだ。話し合いの余地があれば、それに越したことはないのだが……。


「一応……言っておく。俺は戦いたくて来たワケじゃないんだ。できれば話し合いで済ませたい」


(……ふざけるな。どの口でそんなことを言う……そのまま順路に沿って歩け。寺の本堂に渡る前に、崖を通る道があるからそこを登るんだ)


 問答無用、ってことか。俺は声の言う通り、参拝順路を辿って外へ出た。

 たしかに、次の建物へ行く前の崖に向かって、細い道がある。


(そう……そこだ)


 俺は黙って崖を登り、その先の籔を掻き分けて進んだ。ほんの数十メートルで林は終わり、開けた場所に出た。陽光燦めく枇杷湖が目の前に広がる。中央部であるせいか、水の透明度が素晴らしく、コバルトブルーの水面を通して、こんな遠くからでも砂底が透けて見えた。

 まさに絶景と言っていい。

 だが、状況が状況だ。風景に見とれている場合ではない。

 俺は見えない相手に向かって、言葉を投げた。


「おまつさんは……無事なんだろうな?」


「勝手な言い草だな」


 ふいに声質が変わった。

 耳元ではなく、少し離れた位置からしゃべっている普通の声。

 一抱えほどの岩に腰掛け、こちらを見ていたのは、黒の革ジャンにジーンズという、いかにもハードボイルドっぽい……しかし最近流行らない格好をした若い男だった。


「ここまで来ておいて、話し合いだなんてふざけてないか?」


 後ろの林からも声。

 へえ……複数かよ。ってことは、戦隊系か。最低でも三人、いや五人以上と考えるのが妥当だな。

 そう思って振り向くと、そこには、先ほどから一緒に参拝順路を辿っていたご老人達がいる。

 彼等は、その場で年寄り臭いジャケットやワンピースを脱ぎ捨てた。その下から色鮮やかな原色のスーツを着込んだヒーローの姿が出現しても、もう、俺は驚かなかった。


「なるほどな、ご老人にしては元気すぎると思ったぜ」


 それぞれ、お約束の赤、青、黄、ピンク、黒の五人。

 ヘルメットのデザインは、どうやら口を開けた魚のようだ。……枇杷湖の魚モチーフの戦士ってコトか。


「俺達は、湖水戦忍ウミニンジャー。イベントなら各々が決めポーズで名乗りを上げるところだが……今は実戦だ。勘弁してもらおうか」


「なに……さすが正義のヒーロー。不意打ちしないだけでも、えらく律儀だって感心してるとこだ。じゃあこっちも、変身させてもらうかな」


 俺はこっそり握っていたキーホルダーのエンブレムを額に当てた。


『天力翔来!! 雷身変化らいしんへんげ!!』



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