第三章 忍者ヒーロー

第7話 自腹

「おい、鯖寿司。どこなんだよおまつさんはッ!?」


 俺は、イライラしながら自分の跨るシートを拳で叩いた。


『発音が違うと言ったろう。サバズシではなくサヴァズシだと、何度言ったら分かる?』


「んな発音とかどうでもいいだろ。お前がこっちだっつーから、国道を南下してきたんだ。おまつさんの居場所、把握してんじゃねえのか。もうそろそろ絵恥然市を抜けるぞ。どうすんだよ?」


 周囲は見慣れた田園風景から、郊外へ行くに従って次第に賑やかになってきていた。国道沿いに立ち並ぶ大型店舗。パチンコ、ホムセン、電器店、ショッピングモール。

 車社会のせいか、中心部から田舎へ行くほど、賑やかで交通量も多いってのは皮肉だが、それを抜けるともうそこから先は、市境の峠道になってしまう。

 いくらなんでも、これ以上先にご当地ヒーローがいるとは思えず、おまつさんが助けを求めに行くとも考えにくい。


『うむ……だが、信号の発信されている位置は、コレより向こうのようなのだ。思ったより遠いようだ。時間もない。では高速に乗るか』


「ハァ? って、どこまで行くんだよ!?」


『それは私にも分からない。とにかく指示する方向に行ってくれ。そうすれば必ずササズシに辿り着く。そこにはおまつ様もいるはずだ』


「ああもう好きにしろ……って、待て。何でETCゲートに行かねえんだよ!?」


『私は昨夜出来たばかりなんだぞ? カード契約が終わってない』


「待て。これ、まさか俺の自腹か?」


『それは私の関知するところではない。早くチケットを取れ』


 ふざけんな。

 超法規的存在のヒーローが、高速料金を一般で通り、しかも自腹で通行料支払うなんて聞いたこともねえ。

 しかもなんだコレ、単車っぽいのに何で乗用車扱いなんだよ?

 しかし変身してなくて良かった。雷鎧ライ・アーマーには財布入れるとこ無いからなあ。まあ、目立つからそんなんで移動しないけど。

 俺は内ポケットに通行券を押し込み、自動車道に乗った。

 サバズシは異麻城IC、鶴牙ICも素通りした。一向に降りようと言い出す気配がない。

 高速らしからぬアップダウンとカーブだらけの山間部を抜けると、その先はもう翅蛾県だ。

 結局、ササズシとおまつさんは、腐杭県を出てしまったらしい。腐杭県内にも、他にいくつかご当地ヒーローがいるはずではあったが、すべてが本物のヒーローってワケでもないのだろう。


 杉花粉だらけの陰鬱な山林が開け、いきなり田園地帯が広がる。田植えが始まる前の田んぼは一面が水。地平線まで青空を映して煌めいている。

 そして、その更に向こうには、波立つ水を湛えた水平線。初めて見る人は間違うのだが、これは海ではない。日本最大の湖、枇杷湖なのだ。

 何度か来た事はあるが、いつ見ても良い景色ではある。

 天気も良く、風もない。最高のツーリング日和、というところだが、俺は二重の意味で気が気でなく、風景を楽しむどころではなかった。

 俺の乗る銀色の大型三輪バイク・サバズシは、すでに気之元ICを越えた。次の名蛾浜IC近くまでさしかかっている……あのおまつさんは本当にこの近くにいるのか、そして何より……高速料金っていくらかかるんだ?


「まだ着かないのか?」


『信号が強まっている……もうすぐのはずだが……どうした? イナヅマン』


「なあ、俺、財布の中身あんまし持ってねえんだ。そろそろ高速降りね?」


『何だと? それを早く言え。クレジットカードもないのか?』


 高校二年生に何を期待してるんだ。

 まあ、機械にその辺の機微を分かれ、って方が無理なのかも知れないが。

 とにかく、信号が強まっているなら話が早い。俺達は名蛾浜ICで高速を降りることにした。


「げ。にせんひゃくえんだとッ!?」


 財布には五千円とちょっとしか入っていない。

 帰りも高速使ったら、残りは数百円かよ。今月はコレが食費のすべてだったのに、どうしてくれるんだ。



***    ***    ***



古い建物の建ち並ぶ名蛾浜市内を抜けた俺達は、枇杷胡を右手に眺めつつ、湖岸道をさらに南下しつつあった。


「で、おまつさんはどこだって?」


 俺は、高速を降りてから、すでに十回目くらいになる質問を、サバズシに投げかけた。


『どうも反応が薄い……というか、いくら走っても信号が強くならない。近づけていないようだ』


「どういうことだよ? GPSとかで居場所分かってるんじゃねえのか?」


『いや、私にその機能はない。ササズシの発する電波信号を追っているだけ……ふむ……イナヅマン、どうやらあそこらしいぞ』


 あそこって、船着き場?

 あんなところにおまつさんがいるってのか?


『そうじゃない。彼女たちは枇杷胡の中心部にある、島にいるのではないかと推測される』


 言われてみれば、霞がかった水平線上には、島の影がぼんやりと浮かんでいる。

 遠目であの大きさなら、相当大きな島であろう。さすが日本一の湖だ。

 だが、どうやって行く?


「おまえ……水面走れんのかよ? それとも、変形して空飛ぶか?」


『その機能はない。私は路面走行に特化しているからな。だから船着き場だ、と言っているんだ』


 飛べねえのか。不便なヤツ。

 だが、待てよ。ってことは……


「もしかすると……この乗船券は……?」


『うむ。自腹だ』

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