第6話 サバズシ

 館長は立花のおやっさんを呼び出した。

 どうやら昨夜、ヘレンボイジャーが敗北してから、立花おやっさんは、徹夜でイナヅマン支援メカの開発を行っていたらしい。

 まあ、開発といっても、破壊されたヘレンボイジャー用メカを俺の乗機ファミリアーに改造する作業だったらしいが。

 農作業用の軽トラックで運ばれてきたのは、全長四メートルほどの筒型をした銀色の機体だった。一見、のっぺりとした印象だが、あのササズシと違って、ハンドルやシートらしきものが付いてはいる。

 三つのタイヤで設置しているところを見ると、どうやらバイクのように走れそうだ。見た目完全に寿司だった「ササズシ」と比べても、各段にこっちの方がカッコイイ。


「うお。すっげー何コレ、カッコイイ!!」


 叫んだのは俺ではない。

 公民館脇の民家に住む小学五年生、桑島カズホだ。

 いつの間にやって来たのか、眼をキラキラさせながら荷台上のメカをなで回している。


「すっげー!! すっげー!! おーい、みんなー!!」


 カズホは、集落中に響くような大声を張り上げて、走り去っていった。

 のどかな農村部に突如運び込まれた近代メカは、春休み中の小学生達、そして農作業に向かうご老人達の興味を引いてしまったようで、軽トラの周囲は五分も経たないうちにかなりの人だかり。

 中には乳飲み子を連れた若奥さんや、杖代わりの車を押したご老人までいる。

 おいおい、秋祭りの時でもこんなに人間出てこないだろ。

 まあ、気持ちは分からないでもないが。

 と、


「おーい。おーい。」


 さらに後ろの方からも呼び声が近づいてくる。

 見ると古い自転車に乗って、村の駐在さんまでもがやって来るのだ。


「困るなあ。立花社長。こりゃ過積載の上に長さもオーバーしとるがの」


「山本君、堅い事を言うな。急いでいたんだ。工場の二トントラックは、若いモンが乗って行っちまってな。それにこれは、イナヅマンの乗機なんだぞ?」


「イナヅマンの……? それはイベント用で?」


「いや、実戦用だ」


「ふう……まあ、それじゃあキップは切れんかなあ。でも、今後はあんまり大っぴらにはやらんでくださいよ?」


 「実戦用」の言葉で何故か納得した様子の山本駐在は、また古い自転車をギコバタと漕ぎながら帰って行った。


「はいはーい!! 皆さんも聞いてくださーい!! これはイナヅマンの新兵器なんです。敵には情報を絶対漏らさないよーに!! いいですね!?」


 駐在を見送った後、公民館長がぱんぱんと手を打って叫ぶと、集まった住民の皆さんは、何故か急に興味を失った様子で帰り始めた。最後まで残っていたカズホも、母親に耳を引っ張られて自宅へと帰って行き、公民館の駐車場は、俺と館長、そして立花おやっさんの三人だけとなった。

 館長は、ふう、と大げさにため息をついて立花おやっさんをにらむ。


「立花博士、なるべく法令には従っていただきたいと申し上げておいたじゃないですか。自走して来ていただけたら良かったのに」


「私は今年で還暦ですぞ。こんな派手なメカに乗って、噂になりたくはないですからな」


 イヤ、周り見えないのかこの人は。たった今、充分目立ってたと思うんだが……。


「まあ、今後はお気をつけ下さい。中には、ご当地ヒーローの存在意義を知らない住民もいますからな。それにしても、たった一晩でここまでのモノを仕上げるとは……さすが博士ですな」


 運び方はさておき、たしかにこれは凄いメカだ。

 そういえば、雷鎧ライ・アーマーにしても、各種の武器にしても、ただのギミック付きスーツではなかったわけである。この人、ハンパな技術力ではない。

 この期に及んでようやく俺は、立花おやっさんの技術は、町工場レベルを遙かに超えているのだと理解した。


「堤君。これが今日から君の乗機ファミリアーになる、SAVAZUSHIだ」


「さ……鯖寿司ッスか?」


 また寿司かよ。

 それも今度は腐杭名物の。言われてみれば、銀色の機体に走ったこのブルーのラインと黒の模様。サバの背中に見えない事もない。

 だけど確か、ヘレンボイジャーの乗機ってサワガニだったんじゃねえのか? 


「違う!! サバズシではない。Superior Absolute Variable And Zoological Utility Sacrifice High Spec Interceptor つまり、サヴァズシだ」


 怒りの声を上げる立花のおやっさん。

 なるほど、下唇を噛む発音……でもそこ、こだわるとこなのか?


「それとあの……これ、大型バイクッスよね? 俺、原付免許しか持ってねえんスけど……」


「君は公式ヒーローだぞ? そのことはちゃんと警察にも申請し、登録もされている。超法規的措置で免許なしでも公道は走れるのだ」


 館長は何を当然の事を、といった表情で俺を見る。

 いや、俺は昨夜突然、聞かされただけで、まだ何にも分かってないんスけど。

 ……にしても超法規的措置……? 警察にまで登録されてるってどういうことだ?


「っつーことは俺……何やっても、警察に捕まんないんスか?」


「当たり前だ。そうでなければ、すぐに通報されてしまう。サヴァズシに乗るどころかスーツも着られんよ。雷空砲も雷獣剣も銃刀法違反だしな」


 そう言われてみりゃそうか。


「ただし、警察は一切ノータッチだ。君を逮捕もしない代わりに手助けもしてくれん。万一、敵に殺されそうになって駆け込んだところで、相手にはしてもらえないからそのつもりでな。ついでに言うとマスコミもだ」


 おいおい……それって俺の人権、無くなってるってことじゃないのか??


「心配するな。住民登録まで抹消されたワケじゃない。参政権や教育を受ける権利、納税の義務まで無くなったワケじゃないし、ヒーロー活動以外の違法行為については、ちゃんと逮捕もしてくれるし、裁いてもらえるからな」


「えーと……何ひとつメリットが感じられないんですが……」


「警察にヒーロー活動を邪魔されないだけでもいいだろう。さあ、準備は完了した。彼女の乗機ファミリアーの位置は、サヴァズシが把握しているはずだ。至急、追ってくれ」


「今からッスか? 俺、何の用意もしてきてねえし……」


「ダークネスウェーブのイーヴィルは、夜間に活動する。日中のうちに彼女を連れ戻し、協力体制を整えないと、伊志河県もこの腐杭県も、今夜のうちに滅ぼされてしまうかも知れんのだ」


「暗くなる前に帰れ、ってことッスか?」


「そういうことになるな。イナヅマンを頼んだぞ、サヴァズシ」


『了解した』


 うわっ。このバイク、しゃべった。

 コイツも、あのササズシみたいなロボットってワケか!?


『ササズシとは仕様が違う。だが、音声インプット可能な機械制御と情報集積、戦闘分析のための人工知能が搭載されているのは同じだ。三段階の変形により戦闘支援も可能。排気量は三二00ccだ。』


 思わず独り言を呟いた俺に、そいつは敏感に反応した。

 変形可能ってことは、やっぱしコイツもロボットになるって事か。なら、戦力としてはありがたい。

 それにしても。


「三二00ぅ? 怪物マシンじゃねえか。俺、そんなの運転したことねえぞ?」


『安心しろ。最初は私の指示通りに操作すればいい。自動制御システムもある。君がどれほど下手くそでも、転倒したりはしない。申し遅れたが、私が人工知能、サヴァズシだ』


「あ、よろしく。俺は……」


『君の情報はインプットされているから、自己紹介は必要ない。よろしく堤君。今後はイナヅマンと呼ばせてもらう』


 うーむ。コイツもなんか態度が偉そうだ。


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