第4話 おまつさん
翌朝。
俺は畳の上で目覚めた。
「う……何コレめっちゃ寝相悪い……」
それ以外、何と表現の仕様があるだろう。
六畳一間のアパートの床は、ほとんどベッドで占められているはずなのに、その床へ落ち込んでしまうとは。俺は、漫画と着替えの山の隙間を縫うように横たわり、電子ジャーに頬を寄せ、下半身を押し入れに突っ込む形で眠っていたらしい。
ふと、気になって見上げると、押し入れの上の段には、ちゃんとイナヅマンの
かろうじて毛布が体に掛かっていたが、そうでなければ風邪を引いていたところだ。
にしてもなんで?
俺、ベッドから落ちた記憶もないんだが、そんなに疲れて……って……
「おい……俺、まだ夢見てんのか?」
思わず独り言を言って、自分の頬をひっぱたく。
巨大笹寿司を敷き布団代わりに、ベッドの上ですやすや眠っていたのは、昨夜のコスプレ美女・おまつさんだったのだ。
*** *** ***
『だから、昨夜きちんと説明しただろう? 私はトシイエイザー様のファミリアーで……』
そんなこた分かってる。
いや分かってないか。つまりはアレ、夢じゃなかったってことか?
「昨夜は助かったわ。もう一度お礼言っておく。ありがと。でも、不用心ねー。このアパート、何のセキュリティもないじゃない。ま、だからヤツらの目も誤魔化せたのかも知れないケド……」
いやおまつさん。俺はただのバイト学生で……って、そういや昨日の戦闘……俺、変身したり重火器扱ったりしちまった気もするんだが……
「当たり前でしょ。ご当地ヒーローは、『
「ちょちょちょ……ちょっ……と待ってください。俺、公民館からそんな説明、一切受けてないんですけど?」
『何い? たしかに腐杭県じゃあ人手不足、とは聞いていたが、そんなはずはないだろう。それに、昨日のお前の動きは、訓練された人間のものだ。何か隠してるんじゃないだろうな?』
巨大笹寿司は、表面の笹を展開してまた大型ロボットに変形すると、笹を丸めて作った銃口のようなものを俺に突きつけた。
俺は反射的に両手を上げる。
「いやいや待て、お前も短気すぎるぞ。昨日のアクションは、そりゃ練習させられたから出来るに決まってるし!! っつーか、変形解いてくれ。天井が割れるッ!! それにこんな無茶な話なら、俺、もうやめさせてもらっていいか!?」
「そういうワケにはいかないわ。あんたが何故、
「ちょっとおまつさんも落ち着いてくれ。とにかく、俺は何も分からないんだって。教えてくれ。
『アレは『ヤツら』じゃない……ダークネスウェーブのイーヴィルどもとは少し様子が違った。どうも、こちら側の生物をヤツらが操っているように見えたな……』
「そうね。アレは初めて見るタイプ。かなり手強かったけどね。でも、たしかに加奈沢に比べて平和だ、とは聞いてたけど、まさか
つまり、俺は歴戦のおまつさんや笹寿司が、「強敵」と感じるほどの相手を、初戦で倒した、ってことらしい。俺は何だか面はゆい気持ちになった。
「でもまあ、何の認識もなくよく変身出来たわね。そこだけは感心する。大したもんだわ」
言い方にめっちゃトゲがあるなあ。なんなんだこの人は……
さて。
おまつさんと笹寿司の説明を要約すると、以下の通りである。
まず、ご当地ヒーロー、というのは今に始まったことではないらしい。
過去数百年にわたって、地域にはそれぞれヒーローがいたというのだ。昔話に出てくる、桃太郎や金太郎、あか太郎、一寸法師などはもとより、巨人ダイダラボッチ、河童、天狗、ナマハゲなどの妖怪、神社の神様、龍、水神、はたまた地域の侠客や剣客などの人間に至るまで、様々なご当地ヒーローが、それぞれの時代に存在し、日本の各地域を守ってきたのだという。
彼等は、表向きの姿はそれぞれ違っていても、その使命は変わらない。
それは、「
「世界質量保存の法則」つまり、同じ質、同じ量のものと入れ替わりでないと、
たとえばこちらの人間をあちらに送り込みたいなら、物質構成比が原子単位で同じモノを同じだけ、同時にこちらに引き込まないと、それは叶わない。ということらしい。
「そんなの、無理に決まってるじゃないですか。都合良く同じモノがあるわけないし、だいたい、どうやって引き込むんです?」
「たしかに難しいケド、出来ないコトじゃないのよ。ササズシ、映像」
『了解』
巨大笹寿司の中身……具のマスの切り身が、ぺらり、とめくれ上がると、そこに液晶画面が現れた。
「わあ。おまえ、テレビ? パソコン?」
『私は
早口で聞いたことない単語を並べられても正直サッパリだが、要するには笹寿司型でササズシって名前のコイツは、略称「SASAZUSHI」なる
「うんまあ……だいたい分かった。で、映像てのは?」
『見ろ。これがヤツらのやり口だ』
そこに映し出されたのは、空中に現れたガラス? といった感じのモノだった。
そのガラスが、薄く蒼い光を放ちながらフワフワと夜空を移動して行く。
糸で吊られたような動きではない。喩えるならそう、パソコン上のカーソルをマウスで動かす感じ、と言えば分かるだろうか。どうやら、ササズシがそいつを追跡しつつこの映像を撮影したってコトらしい。
光るガラスは、一メートル×一メートルくらいか。こちらのことを意識している様子もなく、ゆっくりと浮遊して、あるモノの前まで来るとピタリと止まった。
「……自販機?」
それはたしかに自販機だった。田舎のタバコ屋などにありがちな、数台まとめて店先に設置してあるような場所。
だが光るガラスは、さらにふわふわと動いていく。どうやら目的は、その自販機というわけではないらしい。
「おい、何か動いたぞ?」
自販機の隙間に何かが逃げ込んだのだ。白黒模様の小さな四つ足獣、あれは……
「猫よ。見てなさい」
光るガラスは、猫が隠れたと思しき場所の一台に、ぴったりくっついた。
「う……わ」
思わず声が出る。
その光るガラス面を境に、自販機が違うモノに変わっていくのが見えたからだ。
いや、変わっていくのではない、これはガラス面が取り込んだ分だけ、異世界から何かが現出しようとしているのだ。
「目を背けないで」
おまつさんの冷たい声。
いやでもコレ、キモ過ぎる。だって、最初に金属の骨みたいのが出来てから、ランダムに肉だの皮膚だの内臓だのが付いていくんだもん。しかも、あたりに血みたいなんも飛び散ってるし。
「こんなんじゃコイツラ……こっちに来られても死んじゃうんじゃないんスか?」
「この程度で死ぬような連中なら、苦労しない」
俺の脳天気な感想にイラッと来たのか、おまつさんの声の温度が更に下がった気がする。
だが、そんなことを思っているうちに、画面の中ではもっと恐ろしいことが起きていた。
追い詰められた猫が、ついにガラス面に吸い込まれたのだ。引き裂かれるような断末魔を上げて、猫の体がガラス面上でバラバラに引き千切られていく。
そして……おそらく余計な分、なのだろう。
あちら側に行けなかった猫の内臓や自販機の部品が周囲に飛び散り、中身のジュースやインスタント麺まで吹き飛び始める。
その嵐が収まった時、立っていたのは異様な……そう、だがどこかで見たことのあるような、怪物であった。
「おまつさん……これって……悪魔やないスか」
「ええそう。この時現れたヤツは、下級悪魔・夜叉猫ね」
「下級!? じゃあ、俺が倒した昨夜のヤツはいったい……」
「それは私も分からないの。あんな不気味な相手、見たこと無い……ヤツらがやり方を変えてきたのは間違いないんだけど……」
「で、夜叉猫? 材料が猫だから……ってことっスか?」
「『材料』……っていうのとは違う。引き替えにあちらに吸い込まれるモノ、つまり『生贄』が猫って意味。だから似たような性質、形状の魔獣が来るわけ」
「『生贄』……って、なんだか西洋の黒魔術みたいなこと言っちゃって……ってあれ?」
俺は軽いジョークのつもりで言いかけて止まった。おまつさんの目は笑っていない。
「そうだよ。黒魔術の魔法陣は、人為的にあの
「なんですって!? じゃなんでまた、日本じゃ勝手にその
「それは私にも分からない。でも、これを防ぐために、あなたたちヒーローがいるんじゃない」
「いやでも、何度も言いましたけど、俺、ただの高校生……」
言いかけて途中でやめたのは、終始冷静そうに見えたおまつさんの目から、一筋、涙がこぼれたからだ。
「私だって学生よ!! トシエイザー様は加奈沢大学医学部の現役学生!! みんな本業持っていても、選ばれたからには全力で責任を果たしてんじゃない!! いつまでも被害者ヅラしてんじゃないわよこの……バカ男!!」
言いながら思い切り右手を振り上げる。
平手が飛んでくると思って目をつぶった俺の
「行こう、ササズシ。説明するだけ無駄だわ。こんなヤツ、すぐにイーヴィルどもの餌食になる」
『仕方ありませんな。たしかに、ここまで低レベルでは……』
「ま……待てよ……どこへ……」
俺は体をくの字に折って呻きながら言った。
「どこでもいいでしょ。あんたには関係ない」
おまつさんはコスプレ服の上に俺のロングコートを勝手に羽織って、ササズシが変形したジェットスキーのシートに跨った。
『では、どちらへ?』
「なるべく近場の
『了解』
返事と同時にササズシは、畳からふわりと離陸した。
「あ、ちょ、まっ」
ってくれ、と言いかけた俺を残し、コスプレ美女を乗せた笹寿司は、アパートの窓を盛大に破壊して大空に飛び立っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます