第一章 初めての戦闘
第3話 初陣
「コンコン……コンコン……」
何者かが窓ガラスを叩く音に、机に向かっていた俺は顔を上げた。
べつに勉強していたわけではない。最近とみに増えた、市民からの励ましのメールに目を通していたのである。
カーテンを開けて外を透かし見るが、何も見えない。
街灯が裏の路地を照らしているだけだ。
気のせいだったか、と、励ましメールへの返信を書き始めようとした時。
『バカかお前。適格者なんだろ? 同業者の気配くらい、さっさと気づけよ』
小さいが、確かに窓の外からの声。
「んなっ!? 何だ!? 誰だ!?」
俺は狼狽えた。
ここはアパートの三階。外壁は垂直。普通の人間が登って来られる場所ではない。
『でかい声出すな。イナヅマン。やっと見つけたぞ。私は伊志河県のヒーロー、トシイエイザー様の
「ハァ? ファミリアー? 笹寿司だ?」
笹寿司なら知っている。
鱒や鯛、鯖などの酢じめしたものを具にして笹で包んだ押し寿司。腐杭県にも販売拠点がある人気食品。酢じめと笹の殺菌力のおかげで日持ちするし、弁当にもなる実に美味な……まあ、そんなことはどうでもいい。
「その加奈沢名物が何の用だ?」
『トシイエイザー様が、異界からの侵略者に敗れた。敵を倒すのに助力して欲しいのだ』
「それが人にものを頼む態度か。っつーか、その安易な設定、竹内か上藤のいたずらだろう? 声まで電子音声っぽく変えやがって、手が込みすぎだっつうの」
俺はこういうコトをやりそうな友人の名を挙げた。
すぐに笑い声が聞こえて種明かしされるか、と思ったのだが、電子音声は少しも調子を変えず、ぶつぶつと一人でしゃべっている。
『おまつ様がお前に助けを求めろ。というから来たんだがな……やはり見込み違い……むッ!? おまつ様? おまつ様? ちっ。バカな問答している場合じゃなくなっちまった』
「おいおい。何だッてんだ? おまつ様って誰だよ?」
『こうなったら背に腹は替えられん。お前、ちょっと出てこい』
「……何言ってやがる。ここ三階だぞ。そもそもどうやって登ってきやがった……」
ぶつぶつ言いながら窓を開け、身を乗り出した俺が見たのは……笹寿司だった。
いや、寿司といっても、パックに入っていたわけでもないし、酸っぱい匂いを立てていたわけでもない。そういう四角い形の、笹に包まれたような緑色の物体が、ちょうど窓から死角になる部分に浮遊していたのである。
寿司にしてはでかい。そう、一辺が二メートルくらいの寿司。 紅い帯がしてあるところをみると、具はマスであるようだ。
ぼんやりと、こりゃギネス申請出来そうだなと思った瞬間、その寿司が声を発した。
『乗れ』
「乗れ、って、あんた……乗り物?」
『当たり前だ。私はトシイエイザー様の
そうか。コレは夢だ。
俺は心の中で合点した。
俺はバカなヒーロー設定を考えているウチに、眠ってしまったに違いない。まあ、夢ならば寿司が迎えに来ても別に不思議ではない。そういやしばらく食べてないな。
『……乗ったか。行くぞ』
声と同時に、寿司は夜空高く舞い上がった。
振り落とされそうになった俺の、情けない悲鳴を後に引いて。
*** *** ***
『あれだ。おまつ様を助けてくれ』
俺が空飛ぶ寿司に運ばれたのは、諏訪山公園の展望台だった。
空気を切り裂くような、不気味な甲高い声が闇に響く。街灯が暗くてよく見えないが、黒っぽい影が数体、一人の女性を取り囲んでいるようだ。
女性の両手には拳銃のようなものが握られ、鋭い音と共に、弾丸ではない何かが発射されているようだ。流れ弾が当たった地面や木が、あり得ないほどの範囲で抉られていくのでそれが分かる。
だが、どうやら周囲を囲む黒い影にはほとんど当たらないらしく、何度か体当たりを食らわせられ、女性は倒された。
回転して受け身をとり、壁を背に膝をついた姿勢で身構えたものの、もう立ち上がる力は残っていないのであろう。肩で息をしているのが、遠くからでもよく分かった。
絵に描いたようなピンチだ。
『早く変身しろ。俺も変形する』
「へんしん…………変身!? そんなの出来ねえよ!! スーツは部屋に置いて来ちまったし!!」
『ハァ!? 何をのんきなこと言っている!? 腐杭県の
「いや、ちょっと待て、コレ夢だろ? だったら……出来るかも」
『驚かすな。早くやれ』
「よし。えーと……そうそう……」
俺はポケットから、稲妻型のキーホルダーを取り出した。
設定ではコイツを額にかざし、キーワードを叫ぶことでイナヅマンに変身出来る……はず。
そういや、練習ではやったが、イベントとかでは変身シーンはやったこと無いな、などと思いつつ、キーホルダーのエンブレムを額にかざす。
『天力翔来!!
同時に、俺の脳内に火花が散った。
味わったことのない感覚。
全身を電光が走り、体表面で渦巻く。火花が意思を持つもののようにわだかまり、あるべき場所に
次元を超えてやって来たライ・アーマーは、一瞬にして俺の体表面を覆い尽くしていった。
なるほど。コレは夢だ。現実にこんなコトがあるわけがない。
俺は確信しつつ、巨大な寿司を蹴って大きくジャンプした。
着地した場所は、女性にまさに襲いかかろうとしていた黒っぽい敵の目の前。怯んだ敵が、数歩、後退る
おお、練習無しでこのタイミング。もしかして俺、マジで才能あるんじゃね?
「ぐぎゃっ!!」
軽く一発前蹴りを食らわすと、敵は悲鳴を上げて地面に転がった。
あれ? 意外に弱い。その上のろいなコイツ。
だがまあ、そんなことはいい。とりあえずお約束の決めポーズでもやっておこう。
「腐杭を守る電光の鎧、烈空武装イナヅマン!! 悪党ども!! 狼藉はそこまでだ!!」
決まった。……と思った途端、後ろから罵声が飛んだ。
「バカ!! 何格好つけてんのよ!! 来るわよ!!」
振り向くと、先ほどの女性がわめいている。
えー、何この性格? きっつー。初対面でバカとか信じられねえ女。
などと思いつつ、前を見ると、さっき倒したはずの黒い影は、のたのたと立ち上がり、またこちらに向かってこようとしていた。
街灯の明かりに照らされたソイツを見て、俺は全身が総毛立った。
全身がぬらぬらと光っているのだ。どうやら、粘液に包まれているらしい。
体色は汚い緑で、それに黄土色の細いストライプが入っている、という、なんともいやらしいデザインだ。
その上、目も鼻もなく、丸い口が吸い付くような形に窄められたり広げられたりしている。ものすごく軟体動物っぽい。さっき蹴った時の感触もなんだかぶよっとしていたが、骨があるのかどうかも疑わしい。
全体のプロポーションこそ人間型だが、コイツは明らかに人間ではないようだ。なら、手加減する必要はあるまい。
辺りを見回すと、同じようなヤツらがそれ以外に色違いで四体。
何だよこれ、夢の割にえらくリアルだな。
しかし、美女を襲う怪物の群れ……か。
こういう夢って、欲求不満とかの顕れ、って言われたりするんだろうな。なんてことを思いつつ、背中の剣を抜き放つ。
イベントショーの時には、当然ながら本物の剣ではないが、これは夢であるから、武器も使えるはずだ。
「雷獣剣!!」
叫ぶと、剣の束にデザインされた獣の彫刻が動き、鋭く吼えた。おお、さすが夢、芸が細かい。
しかしとにかくキモイ敵だ。コイツラを倒して、早いとこ目覚めよう。
「とあッ!!」
斬りかかった剣は、見事に先頭のヤツの頭部を両断した。
飛び散る体液。
そのまま踏み込んで、胴を薙ぎ、そのまま進んで返す刀でもう一匹を袈裟懸けに切り伏せる。
あと三匹。
のたのたと向きを変えてくるそいつ等の一匹に、剣を真っ直ぐ突き出して串刺しにし、引き抜いた勢いで、左右の二体に向かった時には、その二体は吹き飛んでいた。
身長三メートルはあろうかという、緑色のロボットが俺の真横に着地し、巨大な腕を振り回したのだ。
「きゅぴいぃぃい!!」
「しゅぎゃああ!!」
不様な断末魔の声を上げて、五体の不気味なバケモノは、すべて地に倒れた。
『大丈夫か、イナヅマン』
「その声? おまえ……さっきの寿司か?」
『当然だ』
一息ついて、今、自分が助けた女性の方を振り返る。
うわ。すっっっっげー美人。
下がり気味の大きな目に、すっと通った鼻筋、細い顎、濃いめの眉。ボーイッシュなショートカットがメチャクチャ似合っている。
しかも、俺好みのコスプレスタイル。
肩と膝下が露出した、白と赤が基調の服は、鋭角なデザインでありながら、女性らしいふっくらした体型を見事に引き立てていた。
「後ろ!! 来るわよ!!」
へ? 何が?
と、思った瞬間。何かネバネバしたものを後頭部に浴びせられて、俺はよろめいた。
「な……何なんだこりゃ!!」
「それがそいつらの武器よ!! しかも不死身!! そうでなけりゃ、私だって、そんな連中に負けやしないわよ!!」
よく見ると、透明な粘液はロボットにも、コスプレ美女にも絡みついている。
その粘液は、ちょうどガムと水の中間くらい? とでも表現したらいいのであろうか。
どこにでも粘りつくくせに、つかもうとしても実体無くするりと抜けてしまう。
しかも、たった今切り伏せたはずのバケモノ達が、もう復活して立ち上がっている。斬られた傷までも、塞がり始めている様子だ。
粘膜で出来たバケモノの口がうねうねと大きさを増し、身動きが取れなくなった俺達の方へとにじり寄ってくる。
しまった。このままでは、殺されてしまう。
でもまあ、夢なら死んでも大丈夫か……いや待て待て。でも、夢の中で死んだら現実でも死ぬ……って話も、漫画か何かで読んだな。
たぶん普通に目覚めるだけで、そんな説、信憑性は薄いと思うが、わざわざ自分で試してみたくはない。なんとかこの場を切り抜けなくては。
「くっそバケモノめ!!」
俺は、粘りつく腕を無理矢理自分の体から引き離し、両手で印を結び始めた。
出来るかどうかは分からないが、一か八かやってみるしかない。
ちょっと複雑な形に二回ほど手を組み、掛け声を掛けると、右手アーマー内のスイッチが入るのだ。そこでキーワードを唱えると、背中のウエポンラックから、その場合に応じた武器がチョイスされ、手元までスライドしてくる、って寸法だ。
こうしておかないと、戦闘中にスイッチが入っちまうからな、とは立花社長の談。
練習しておいて良かった。
「武装降臨!!」
何が出てくるのかは俺にも分からない、という設定だ。だが、本当の戦闘なら、その状況に合った兵器が出てくるはず……。
っと思っているウチに手元に届いたのは、雷空砲だった。イナヅマンの武装では、二番目に強力な兵器……って設定。むろん、イベントでは、音と煙しか出ないわけだが、やってみるしかない。
「電磁バインド!!…………ファイア!!」
雷空砲は、電磁バリアで作った予備弾道の中を、圧縮空気の弾丸を高速で飛ばす……って設定。
つまり弾はないので撃ち放題なのだが、いちいち数秒のチャージが必要だ。しかもその間、電磁バインドがスーツのエネルギーを削るので、パワーアシストが無くなる。
つまり撃っている間は自分の筋力のみで動かなくてはいけなくなる、という厄介な武器……という設定だ。
夢でもこの設定が生きているなら、実際困ったことになる。出来れば、一撃で斃せる状態にまで相手を追い込んだ場合に使いたいが、そんなことは言っていられない。
圧縮空気弾は、狙い違わず相手の胸元にヒットし、ぬらぬらした不気味な敵の一体は四散した。
それによって、そのバケモノから出ていた粘液もまた消えたようだ。おかげで、粘液の縛りが少しゆるくなった。
雷空砲発射の影響で、ずしりと体も重くなる。だが、迫り来る残りの四体から逃げているヒマはない。どうせならこのまま、飛び道具だけで片を付けてしまいたい。
俺は、今度は片手で印を結ぶと、動きを取り戻した左腕に、もう一つの武器を降臨させた。
次にセレクトされたのは雷電槌。
照準を合わせて撃つと、ワイヤーを引いた端子が飛び相手に刺さる。引き金をもう一度引くと、
いわゆるテーザー銃と似たものだが、相手に刺さる端子は-極のみ。+極は
射程が短いのが難だが。
二体目のバケモノは黒こげになって転がった。
だが、残りの三体は警戒したのか、雷電槌の射程に入ってこない。
その上、粘液で腕が動かしにくいことに気付いたのか、雷空砲でも狙えない死角に回って迫って来る。
「く……くそっ!!」
おれは何とか敵を射程に入れようと身を捩った。
その時。
『伏せろ。イナヅマン!!』
緑のロボット・ササズシの声が響いた。
同時に、背中に強烈な熱気を感じた。何かヤバイ。慌てて倒れ込むと、俺の上を真っ赤な火柱がスレスレで通過していく。アーマーを身につけていなかったら、火傷では済まない距離だ。
「あ……危ねえッ!! バカ野郎!!」
思わず振り向き、ロボットを怒鳴りつけた。火柱は残り三体のバケモノを包み込み、一瞬で焼き尽くしていく。とんでもない熱量だ。
「ふうう……危なかったぜ。だが、まあいい夢だったな。そろそろ起きるか」
「何言ってんのこの子? ねえササズシ? コイツ大丈夫?」
コスプレ女がへたり込んだ姿勢のまま、頭の上でひらひらと手を泳がせる。
この
いくら俺好みの美女でも、ちょっと許せん。
おまつさんは、銀の髪飾りに手をやっている。チカチカと光っているところを見ると、通信機のようなモノなのかも知れない。どこかと交信しようとしているのだろう。
手には刃渡り八十センチはあろうかという片刃の剣を携えている。
「やっぱダメみたい。応答無いわ。ここの県本部、どうなってんの? ねえ?」
立ち上がると、ムッとした表情で俺を睨む。
「いや、俺にんなこと聞かれても……」
俺の頼りなさげな様子を見て、おまつさんは大きくため息をつくと、変形して元の寿司形態に戻ったロボットに矛先を変えた。
「ササズシ、どういうコトなの?」
『それは私にも分かりませんが……彼がこの地区の
えーと。
まだ続くのかな、この夢。
「ま、助けてくれてありがと。私はおまつ。伊志河県を守る、戦国武神トシイエイザー様の
あ、はいはい。握手ね。
うわっ柔らけー。女の人の手ってこんな気持ちいいんだ……って、なんかえらくリアルだな、この夢。でも、これで間違いなく夢決定。だってスーツ着てるのに感触分かるなんて……
『私はさっき自己紹介したな。トシイエイザー様の
「え……えーと。俺は堤敬太郎……十七歳、高校生、です。」
「まあ、あんたみたいな子供がねえ……とにかく、少し休ませて……」
気が抜けたのであろう、おまつさんはふらっとバランスを崩し、俺の方へ倒れ込んできた。
「おっ……おい、大丈夫か?」
俺は思わず手を伸ばして、おまつ、と名乗ったコスプレ美女を支える。よく見ると、コスチュームもあちこちすり切れ、焦げもある。
強がってはいたが、相当疲労していたのであろう。
「……ごめん。もう大丈夫だから」
「いや、無理しない方が……」
だが、伸ばした手は無造作に払われた。
「スケベ」
なんだとこの……そりゃ、スケベな気持ちがないって言えば嘘だが……
『おい、イナヅマン。乗せていってやるから、今夜は貴様の基地に泊めろ』
おお、そりゃいい考えだな。
なかなか覚めない夢だが、家に戻って寝れば、さすがに朝を迎えられるだろう。
「二人も乗れるのかよ?」
「変形すればな」
言う間もなく、巨大笹寿司は目の前でパタパタと笹の葉を開き、折り紙のように変形して……ジェットスキーのような形の乗り物へと姿を変えた。
後部におまつさんを座らせ、ベルトを締め、俺はハンドルを握った。
「変形すると、主導権はオペレータに一任される。つまり、お前の操縦が頼りだからな」
「待て。こんなの乗ったことないし……うひゃああああああ!!」
重力を無視して、いきなり舞い上がるジェットスキー。
ふたたび俺の情けない叫びが夜空に谺した。
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