第2話 イナヅマン

 結局、俺は『イナヅマン』になることにした。

 正式名は『烈空武装イナヅマン』うまくいけば、DVD化もあり得る、とのことであったが、うまくいって欲しいわけではなかった。

 そりゃあ、自分デザインのヒーローが実写化なんて、マニアにとっては夢だ。

 だが、主人公が俺自身ってのが困る。いい年してヒーローごっこなんて、家族はおろか友人にも言えない。できるなら裏方に回りたかったのだが……。

 とはいえ校長はもちろん、その日のうちに校長に連れられて行った公民館でも、誰一人として俺の意見など聞く耳を持たなかった。ようやく見つかった主人公候補に、他のキャラ役の人達も浮かれて万歳三唱している。

 それにしても、相当気合いの入った企画らしい。

 敵幹部役五人と、司令役、博士役、マスコットキャラまでいる。

 さすがに税金を使ってるだけのことはある、などと、その時は勝手に感心していたのであった。

 三日後にヒーローのデザイン提出、とのことであったので、俺は二晩徹夜してデザインを描き上げた。

 そしてその二週間後。ゴールデンウィーク前にとうとう、着ぐるみスーツが出来あがってきたのであった。

 作った博士役のおっさん、仕事、早っ。

 しかも、手にしたスーツの出来は、ふれこみ通りの超一級、と言ってよかった。

 どうやって作ったのか、金属っぽい部分はかなり軽く、それでいて、ちょっとこすったくらいでは傷も付かない。透明な部分もガラスのような質感で、安っぽいプラスチック感はまるでない。

 それ以外の伸び縮みする部分も、ゴムというかセラミックというか、実に丈夫な素材で作られていて、継ぎ目の塗装も完璧で、どこに電池が仕込まれているのか目や胸が光る。


「へええ。すっげー。ここのLED、どうやって光らせてるんですか?」


「ん? ああ、音声認識とポーズでスイッチが入るのだよ」


 説明してくれた製作者であり、博士役でもある立花さんは、こともなげに言う。

 聞けば町工場の社長さんだということだが、これだけの技術があれば、町工場なんかやっているより、造形の下請けをやった方が儲かるんじゃなかろうか?


「軽く言いますけど……すごい技術じゃないですか。俺も造形興味あるんス。ぜひ教えてくださいよ」


「うむ。そのうちな」


 見事なロマンスグレーに、口ひげをたくわえた立花社長は、にやりと笑って言った。

 うむ。このスーツに恥ずかしくないアクションをやらねば。

 気が進まなかった俺だが、スーツを見て俄然やる気が出てきたのであった。


 その後一ヶ月は、デビュー直後ということでかなり忙しかった。

 地方TV局、ラジオ局への出演。

 腐杭市桜祭り、稲津町春祭りへの出演。

 保育園、小学校、老人ホームへの慰問。

 ポスター撮り。

 合間を縫ってアクションの訓練。放課後も走り込み、筋トレ、休日は道場に通って、柔道や空手、剣道の基礎の習得など。むろん、かなり疲れたが、立花社長から貰った折りたたみ式の簡易酸素ドームってのに入って寝ると、不思議に翌日に疲れは残らなかった。

 一度習ったポーズや型は何故か忘れないし、筋力もすぐについた。もしかして俺って、アクション俳優の素質もあるんじゃないか。


「君達! ゴミは分別しよう!! イナヅマンと約束してくれ!!」


「動物をいじめるヤツは許さない!! 烈空剣!! イナヅマ斬り!!」


「正義の刃で悪を断つ!! 烈空武装!! イナヅマン!!」


 などなど、決めゼリフと決めポーズも次第に板に付いてきた。

 それにしてもよく出来たスーツだった。

 大抵のスーツは着ると暑いし、動きも制限される。視界も大幅に狭くなるのだが、このイナヅマンスーツに限っては様子が違ったのだ。

 ちっとも重くないし暑くない。むしろ着た方が体が軽く、動きやすいくらいなのだ。

 また、視界は液晶か何かで内側に投影され、ほぼ三百六十度見える。注視すると倍率が上がる仕掛けまであって、肉眼時よりも明らかによく見える。

 スーツアクターがいないので、変身前も変身後も俺がステージをやるわけだが、簡単に脱着出来るのでちっともつらくない。

 さすがは日本の町工場、凄まじいまでのハイテクノロジーだ。にしても、地域振興のためにここまでやるかね。

 とにかくありがとう立花社長。いや、設定通り、博士おやっさんとでも呼ぼうか。


 そして活動を始めて三ヶ月。

 夏休みを前にして、俺はどんどん調子に乗り、訓練を繰り返して、動きも良くなってきていた。それに比例して知名度も上がり、道で会った知らない人にも、声を掛けられるようになってきた。

 そんな頃。

 とんでもない事件が起きてしまったのだ。


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