後日談

第13話 君と離れ


それから時は流れて。




集まった周辺諸公と共に王都を取り戻し、そして、セザリオ・サフェメントは王になった。破壊された王都の復興が始まると、セザリオとサラハは結婚した。


今サラハは一人、王族用の馬車に乗り国民たちに手を振っていた。

王都の民たちの間に、とある噂が流れていた。王様は病気で臥せっていると。

事実、セザリオ王はもう半年ほど王都の民たちの前に現れていない。部屋に籠って仕事を進めていることになっているが、親しい者にしか顔を合わせず、部下たちにさえ手紙で指示するのみだという。

専属医師のダラハン・キダオレトが定期的に診察に来ているという話も伝わって来ていた。


我らの王はどうしたのだ。


実体のない噂だけが広がった。


ただの病気ではなく、先の戦で砂の国の魔法使いに呪いをかけられたのではないか。


でも国民たちには不安だけではなく、希望もあった。

それがサラハの存在だった。王妃が妊娠している。この度のパレードもそれを祝福するために催された。


臥せっている夫の代わりに妊娠中にもかかわらず表に出る献身的な姿に、元は敵国の姫だったというのに国民の人気 はとても高かった。もしかすると王よりも人気があるかもしれないほどに。


馬車の中からにこやかに、手を小さく動かして優雅に振る。

サラハにはパレードのほかに、もう一つの目的があった。


「……見つけた」


営業スマイルのまま、わずかな手の動きで人混みに潜んでいた部下たちに秘密の合図を出す。


王族の暗殺をたくらむ貴族の一派が、殺し屋に依頼したとの情報を手に入れたサラハは、自分を餌にしておびき寄せたのだ。

処刑された反逆者の家族や友人だった者たちが、彼らを処刑したセザリオを恨んでの犯行と推測される。大切なものを奪われる苦しみを味あわせようしているのだろう。


殺し屋もプロだ。サラハの部下たちが動き出したのを察知して、せめて仕事を完遂させようと弓矢を構える。それまでコソコソと動いていたのに、屋根の上で立ち上がり堂々と狙いをつけた。


周りの一般人たちには、パレードの出し物の一つに見えたかもしれない。


サラハの部下たちが飛びかかり、殺し屋は取り押さえられたけれど、その矢は放たれていた。


王妃、しかも妊娠している状態で飛来する矢を軽やかに避けたら、王都にいる民はそれをどう思うだろうか。

サラハは、その矢がギリギリ自分には当たらないと判断して、少し驚いた表情を造りつつじっと演技していた。


キャーっと甲高い女性の悲鳴が町に響いた。


まあ、そうだろう。華やかなお祝いの行列が一変して、暴力の現場に変わったのだからとかサラハは冷静に周囲の様子を観察していた。周りの視線が犯人ではなくサラハの方へ集中している。厳密に言うとサラハのお腹に。


「あっ」


妊娠しているはずの王妃の大きくなっているお腹に矢が刺さっていた。

王国の希望に傷が付いたのだ。そりゃ悲鳴が上がって当然さ。


もちろん、サラハのお腹の中には何もいない。大きく膨らんだお腹には綿や布でそれっぽいふくらみが偽装してあるだけなのだ。


王国の未来が失われたかもしれない。舞台を見ていた観客たちにとって、それは悲劇だ。


視線の集まる中、サラハは気絶するフリをした。直前にふらつく動作に混ぜて撤退の合図をする。

馬車は王城へ向けて走り出した。残された人々はたった今、目の前で起きた悲劇に押しつぶされそうだった。ただひたすらに王妃とそのおなかの中の子供の無事を天に祈る。


「……どうやって誤魔化そうか」サラハはそればかりを考えていた。お腹に刺さったままの矢を引抜くのも忘れて。




王城へ帰ってセザリオに相談しなければと考えていると、部屋の前にキジカがぐったりとしゃがみ込んでいる。


どうした、何かあったのかと問いただしてもキジカは青い顔をして答えなかった。


この部屋の中は、セザリオがいるのだ。


秘密を知っている者以外は、ここにセザリオがいることは知らされていない。


サラハが危険を冒してまで殺し屋を城から遠ざけたわけは、セザリオとそのおなかの子供を守るためだったのに。


王城に戻るまでだいぶ時間がかかってしまった。急いで扉を開けて部屋の中へと入った。矢が刺さったままで。


ダラハン医師が深刻な表情をして立っていた。


「何があったのですか。予定日はまだ先のはずです」


ダラハン医師は矢が刺さったサラハを見てギョッとしたけれど、質問には答えた。


「それが噂の矢か。

サラハ王妃が矢に貫かれて瀕死の重傷を負ったという知らせが、君たちが戻るよりも先に届いたのだ。

その知らせを信じずに、キジカもセザリオ王もサラハならば絶対に大丈夫だと言っていた。口では冷静に言えても、心は不安だったのだろう。彼女は急に産気づいてしまったのだ。セザリオ様は昔から人前では強がるくせがあるからな」


「それで、セザリオは無事なのですか? おなかの子は?」


サラハは部屋の外で蹲っているキジカを見た。何かあったのではないかと考えてしまい落ち着きが無い。


ダラハン医師を振り切って、さらに奥のセザリオのベッドのある部屋へ向かおうとする。


「まあ、待ちなさい。このままではまた驚かせてしまうよ」


ダラハン医師は、サラハを引きとめると刺さっていた矢を適当に引抜いた。サラハの膨らんだお腹には赤ん坊はいない。


サラハが息を整えてから、奥の部屋に入るとセザリオがベッドにいた。背中にクッションを置いて上半身だけ起こしている。首飾りは外しているみたいで、女性の声で話した。

「やっぱりあなたも無事だったのですね、よかった」


「子供は」


「ごめんなさい」

セザリオは近頃サラハに対しては見せなくなっていた作り笑いを浮かべていた。


何か事故でも起きてしまったのかと思っていると、セザリオのベッドの向こう側に赤ん坊用の小さなベッドに生まれたばかりの子供がすやすや眠っているのを見つけた。特に異変は見られない。


「二人とも元気そうじゃないか。いったいセザリオは何を謝っているの」


「女の子だったのです。この国の法には女性の王位継承権は認められていません」

セザリオは笑顔だけれど、つらそうにしている。


「でも何とかなりますよ。私もそうでしたから。

しばらく隠して、王子として育てましょう。ただ私には王としての職務がありますので、しばらく離れ離れになってしまいますね」

その笑顔に下にセザリオが寂しさを隠していることがサラハにはわかるようになっていた。きっと妊娠中からずっと女の子が生まれた場合、離れ離れになる不安を抱えていたのだろう。


「この娘にも王位継承権が与えられれば問題無いだろ?」


「いや、しかし、たとえ王であろうと法は法。守らねばなりません!そうしなければ王国の秩序が」

サラハは理論的に反論しようとするセザリオの口をふさいだ。


「王様だろ、なんとかしろ。私たちの幸せがかかっているのがわからないお前じゃないだろ」

鼻先が触れ合いそうな距離で、弱気になっていたセザリオの目を真っ直ぐに見据えてサラハが言った。


「……………………。そうですね。ありとあらゆる手段を使ってこの国を幸せに近づけるお手伝いをするのが王様のお仕事です。自分の家族を幸せにできなくて何が王か」

そう自分の決意を語るセザリオの笑顔は心からの本物だった。


「話は変わるけど、部屋の前にいたキジカは何で真っ青になって蹲っていたの? 地面に落ちている物でも拾って食べた?」


「ああ、あれは出産って見たことないから付き添う!と私を心配することも無く、好奇心丸出しの様子で見学を申し出て、うめき苦しむ私の姿と出産の現実を目の当たりにして具合が悪くなって途中退出しました。

正直、何の役にも立ちませんでしたね」

笑顔のセザリオにけなされる相棒に、サラハは自分のことのように反省の気持ちでいっぱいになった。

セザリオのキジカに対する嫉妬心は、サラハへの愛情から出ているものだけれど、サラハとしては二人にもう少し仲良くしてもらいたかった。


生まれたばかりの名もなき赤ん坊が泣きだした。


どうしてよいのかわからない二人はおろおろするばかりで、全然泣きやまない。声を聞きつけてぐったりしていたキジカが部屋に入ってきた。侍女としての知識を活用して動く彼女の姿を、セザリオは笑顔の下に悔しさを隠しながら見ていた。

我が子のためにできるすべてを尽くしてやろうと決意を新たにしたのだった。




王位継承権ほどの伝統のある、国にとっても非常に重要な法を変えるには険しい道のりが待っているとセザリオは想定していた。

しかし、実際にやってみるとほとんどなんの反対も無くすんなりと認められた。


戦後復興の象徴、王国の未来、一度失われかけたのに奇跡的に母子ともに無事。

そう思われている王女を祝福するのに反対する者は許さない、という意思がいつのまにか国民全体に共有されていた。

それは貴族でさえも例外でない。法改正に反対しようものなら、王妃暗殺未遂事件の共犯者だと決めつけられ社会的に抹殺されてしまいかねない。


みんなが生まれたばかりの赤ん坊のこれからの幸せを願った。








そうして森の国の王位継承権は女性にも認められるようになったのです。


それからみんな仲良く平和に、末永く幸せに暮らしましたとさ、めでたしめでたし。


「いや、この前も国境で小競り合いがあったばかりじゃないか」

ボソッとサラハがつぶやいた。


「うそつきー、パパきらい」

小さなお姫さまイミシーカは、セザリオに向かって厳しい言葉でバッサリと斬り付ける。


「ええっ!」


「きょうは、あそんでくれるってやくそくしたじゃない」


「すまない、イミシーカ。どうしてもやらねばならない急な仕事が入ってしまったんだ。でもほら、こうやってかわりに昔話をしてあげているだろう?」


「わたしとしごと、どっちがだいじなの?」


「いったいどこでそんな言葉覚えたんだ!」


「……………………」


ベッドの上で寝返りを打って背を向けてしまった愛娘からの返事が無い。セザリオが焦っていると、サラハは教えてあげた。


「……もう眠っているよ」


セザリオ王はやれやれと言った感じにため息をついた。仕事に戻るため部屋を出ていく前に、寝ているわが子の頭を

撫でてからそっと声をかける。




「おやすみ、そしてよい夢を」


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人質姫のみがわり→ゴーストプリンセス ヤケノ @yakeno

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