第12話 王との約束
戦いは一日で終わった。
強力な魔法で凍った湖は、すぐには解けず遺体の埋葬は先送りとなってしまった。
だからまず、戦勝祝いの宴会を開催することになった。
城に避難していた村人たちも準備を手伝ってくれるとはいえ、大人数の大宴会。ケガ人はもちろん、その手当てをする人々も手伝えない。他にも、一部壊れた城の整備など自分の仕事を優先する人が多い。残りの人々で急いでも準備には丸一日かかって、戦勝会はやっと開催される。
ちなみに、元々酔っ払いだった貴族や軍人のお偉いさん達は、勝った当日から元の酒飲みに戻っている。
宴会が始まっても、王子はあまり酒を飲んでいない。
この度の勝利でセザリオにつくか、ベクの反乱軍に付くか様子を静観していた貴族たちが続々とセザリオ側につくという手紙を送ってきた。
この城にいる者たちだけだったセザリオの味方が大きく増える。
彼らは人数が集まり次第、王都奪還へ向けて進軍するつもりだ。流れはセザリオ王子に向いて来ている。
セザリオの戦いは、これからなのだ。
貴族や軍人に話しかけ、自分のために命がけで戦ってくれたことの感謝を伝える。自分の価値を下げないような堂々とした振る舞いだが、セザリオの気持ちは確実に兵士たちに伝わった。
セザリオと共に戦った兵士たちの暑苦しい交流をサラハたちは離れた場所で見ていた。
王となるセザリオと、おそらく結婚するであろうサラハは村人たちと一緒に戦勝会の準備をさせてもらえず、気軽に酒と肴で一杯というわけにもいかない。
周囲の目を気にしながら、気の休まらない時を過ごしていた。セザリオたちは今回の戦争の作戦について語っている。退屈すぎて内心あくびをかみ殺す。キジカもキジカで侍女としての立場から好き勝手に飲み食いできずにサラハの側に控えていた。
サラハもキジカもいい加減限界で、さっさと終わんねぇかなぁと思っていた頃、セザリオが一人近寄って来た。酒の入ったグラスを持っているけれど、その足取りはしっかりしている。息も全く酒臭くない。
サラハの耳元でセザリオが言った。
「今夜一人で私の部屋に来てください。二人きりでお話したいことがあります」
それだけ告げると、セザリオはまた人混みへと帰っていった。
「……ついに、この時が来てしまったか」
「逃げるか? それとも、やられる前にやるか? 手伝ってやろうか?」
頭を抱えるサラハと、正体がばれる前にこの国から逃げだそうか考えているキジカだった。
その夜、サラハは覚悟を決めずにセザリオの部屋にやってきた。
自分たちが考え過ぎているだけで、最近あまり会話の時間が取れていないから、おしゃべりしたいだけかもしれない 、という可能性にかけてみた。もしもの正体がばれた時に備えて、キジカは脱出の準備を整えることとなった。
夜、サラハは一人でセザリオの部屋へと向かった。
サラハがセザリオに薦められてベッドに腰掛けると、セザリオはサラハのすぐ隣に座った。お互いの体温さえ感じられそうなほど近い。
サラハはさっそく会話するという予定を変更し、逃亡計画を実行して身の安全を確保しようかと心が揺れ始めた。
あと少し踏み込んできたら全力の拳をその鳩尾にたたき込んでやろうか迷っていると、セザリオが急に真剣そうな表情を作って言う。
「私に何か隠していることがあれば、打ち明けてもらえませんか?」
「…………実は、殺し屋ですのよ。ついでに言わせてもらいますけど性別も偽っています。第一王女の代役を頼まれまして、上司の命令に逆らえなかったのです。引き受けないと殺すと脅されて無理矢理……。悪気があったわけではないのです」
などともちろん言えない。言えるはずがない。
「……いいえ、特に思い当たることはありません」
サラハの目をじっと見つめてくるセザリオの目を真正面から見返した。視線を逸らしたらすべてが台無しになってしまうような気がした。
まあ、一般的に女性は男性と違って、嘘を付く時は視線を逸らさないらしいから、逆効果かもしれないが……。
しばらく見つめ合った後、セザリオは目を閉じてため息をついた。
「では、まずは私の秘密から打ち明けるとしましょう」
可愛らしい笑顔をしてニコッと笑った。
セザリオは正面を向き説明し始めた。
「手始めに私が使っている魔法から説明します。
国の将来のことを考えても、この国の王族の一員となるあなたには知る義務がある。
この国の王族が使う魔法は、凍結の魔法です。文字通り、冷やして凍らせる魔法。
この魔法は魔力の塊として直接対象にぶつけるよりも、物に込めて放った方が魔法の効果が伝わりやすい。
私の場合は、弓矢を使います。歴代の王の中には槍に魔法を込めて投げたつわものもいたそうですけど、か弱い私にはとても無理でした。
あなたは殺されかけていたから覚えているのかわかりませんけど、魔法を使う暗殺者ゴウアジに止めを刺したのもこの魔法です。
全身を殻や鱗のように守らせていた刃に、わざと魔法を込めた矢を受けさせてヤツの体内から凍りづけにしました。
そして、今回の篭城戦です。
反乱を起こしたベク・ストラートは、砂の国の部族軍を完全には抑えきれていなかった。
軍人としては優秀な人ですけれど、政治家としてはそれほどでもない。
どんなに汚い手段を使おうとも、王座さえ手に入れればすべて上手く治まると甘いことを考えていたのでしょう。
事前に部下を潜らせて、王都を見張らせ、敵を探らせておいたのです。
敵の人数や魔法使いの人数と種類。準備万端で迎え撃つつもりだったのです。
その作戦は使えなくなりました。
まさか、神話に出てくる封印された怪物が実在して、それをあなたが連れてくるなんて完全に想定の範囲外です。
このまま敵と怪物の両方を相手に戦うことになるかと考えただけで泣きそうでした。
あなたを助けるためなら、切り札である私の魔法を使うのにためらいはありません。しかし、手の内がばれた状態で勝つのは困難だ。
それでも、私はあなたを守るために矢を放つつもりで構えたのです。
でも、結果は違った。
あなたは自分で風の魔法を避けた。
さらに、怪物は目の前にいた砂の部族軍の魔法使いを食べてしまった。
敵の戦力が減り、こちらには強力な味方が付いた。
おかげで元の作戦よりも少ない被害で勝つことができた。
最後に放った私の魔法は、この湖の城の魔法陣を利用して魔法を強化しました。湖すべてを氷漬けにしたのです」
一人でつらつらと説明していたセザリオが、サラハの顔を覗き込んだ。
「これは国防にも関わる非常に重要な秘密です。あなたは私の弱みを握ったのも同然
これで少しは私を信用してもらえましたか? 本当のあなたのことを話してもらえますか?」
「…………………………………………」
どこまで答えて良いものか判断が付かない。いったいどこまで知られているのだろうかと、サラハは頭の中をかき回すように思考を高速化させられる。それでも答えが出ない。
黙ったまま何も答えてくれないサラハに、セザリオは首飾りを服の中から取り出して、丁寧に外している。
「できればあなたから秘密を打ち明けて欲しかった。この願望は完全に私のわがままです。
あなたの立場上それができないのはわかっていたのに、私のためにそうして欲しかった。ひどい人間ですよね、私は」
首飾りを外し終えたセザリオの声は、少し低くはあったけれど普段の男性の声ではない。
王族が身につけるにしては、地味で黒ずんだ銀色の首飾りには魔法がかけられていた。
「この首飾りには、身に付けた者の性別とは逆の声に変換する魔法がかけられています」
「…………はい?」
それまでのサラハにのしかかっていた重苦しい空気が一変した。
「…………どういうこと?」
「あなただけではなく、私もそうだということです」
女性の声でセザリオがそう言った。
森の国の王様に待望の跡継ぎが生まれた。しかし、その子供は女の子だった。
このままでは強硬派軍人たちの派閥に惹きつけられている甥が王位を継ぎ、国を乱しかねない。
生まれた子供は男女の双子だったことにして、男児だけが生き残ったことにした。彼女が自分の立場を理解して、演じられるようになれる歳に育つまで田舎に隠した。彼女、いや、王子を守るためにそうしたというよりも、国を守るために王は自分の子の人生を犠牲にする決断を下したのだ。
今、その真実を知っているこの城にいる人間はセザリオ本人と、専属のダラハン医師、セザリオが子供のころから身の回りを世話させている信用のおける数名の侍女たちだけである。
サラハはセザリオが自分のことを女性の声で説明するのを聞き流しながら、手渡された首飾りをしげしげと見つめ、おもむろに自分の首に巻いた。
「自分が生きるため以上を求めるやつは悪人。
正義にのっかって人を糾弾する人間の方が悪人よりも最悪。
…………? あれ?」
サラハは自分の知っている数少ない格言めいた言葉を、役者みたいにセリフがかった口調でつぶやいてみた。
生物学上男性なので、この首飾りの魔法でサラハのセリフは女性の声になる、はずだった。
「……壊れてる」
サラハの声は魔法で風格のある男性の声に変換されていた。
そもそも、なんで男性であるサラハに第一王女の身代わり任務などという無茶な仕事が回ってきたのかというと、彼の声が女性めいていたからである。少年のようだ。体格も細身で顔も化粧で十分誤魔化しの効く範囲内。
任務を割り振る組織の連中が、短期間ならば十分騙せると判断した結果だ。
それでもサラハには一応男子としてのプライドがあった。魔法の道具に性別を間違えられた事実を認めるわけにはいかない。認めたくない!
「……壊れてる?」
サラハは首飾りを外して、セザリオに突き返した。
「そうですね。ずっと私が使っていたから、壊れてしまったのかもしれませんね」
もし事実を容赦なく指摘すると、このドレスを着た人物が本気で泣き出してしまいそうに見えたから、セザリオはサラハを思いやって肯定してあげた。
「……壊れてる!」
セザリオは首飾りを付け直して、服の中にしまった。
それまでのやり取りをなかったものとして、二人は真面目な話に戻る。
「……いつだ? いつから俺の秘密に気づいていた?」
「そういうしゃべり方もするのですね。出会った瞬間からと言いたいところですけど、確信したのはもっと後です。
あなたは二人の暗殺者に殺されかけた。では、なぜ今あなたは生きているのか?」
セザリオの言っていることがわからずにサラハが黙っていると、言葉を続ける。
「あなたの傷の手当てをしたのは私の医者ですよ」
左胸を貫かれてはもう手の施しようが無いとわかっていても、出来る限りの処置をしようと服を脱がせた。
サラハの身体にダラハン医師は驚いたけど、経験のないことではない。胸部に偽装がほどかされていたおかげで傷は浅かった。冷静に対応する。
一人だけで治療を済ませ、セザリオだけに真実を相談した。
秘密は隠し、守らねばならない。
「もう一度問います。本当のあなたのことを教えてください。私はあなたのことが知りたい」
サラハは目を閉じ、自分の過去を振り返る。
はじめの記憶はぼやけている。
森の国の王都ほどではないけれど、そこは豪華な部屋だった。子供の時の記憶だから部屋の中の物すべてが大きく見えた。サラハは自分の生まれはおそらく砂の国の貴族だったのではないかと思っている。それも結構有力の。
その証拠が霊体化の魔法だ。
物心つく前からこの魔法の使い方を訓練させられていた。言葉を覚えるよりも先に教育されていたと思う。
そうしないと細かな感覚が身につけられないのではないかと推測する。
キジカにも自分と同じ魔法を使えるように、自分が習ったままに教えたのに結局彼女は霊体化の魔法を使えるようにならなかった。魔法を中途半端に使えるようになった結果が、あの死んだふりをする魔法なのだ。
そもそも、霊体化の魔法はサラハが使用しているような用途の魔法として教わらなかった。
使うのはほんの一瞬だけ、壁を通り抜ける瞬間だけ使う訓練をさせられた。
その壁の向こうには脱出用の隠し通路があり、攻められたらそこから逃げるように教わった。
その貴族が戦場で使う攻撃魔法は別にあって、霊体化の魔法は子供が訓練の一環として習う練習用の魔法に過ぎなかった。
そして、ある日その隠し通路を使わねばならない日がやってきた。
幼い時の記憶だからいったいどこの誰が攻めてきたのかなんてわからない。こちら側は劣勢で、自分の面倒を見てくれていた誰かが魔法を使って逃げるように言ったことをなんとなく覚えている。
練習していた通りに魔法を使い、真っ暗な通路を幼い手に感じる冷たい石の感触を頼りに、ただひたすらに出口を目指し歩いた。
やっとたどり着いた通路の外には何も無かった。
通路の出口は枯れ井戸を偽装してあって、周囲には石と砂しかない。頼れる者は誰も無く、自分がどういう状況にあるのかさえ分からない、何もできない幼い子どもだった。
なにもわからぬまま歩きだした。
ただ、このまま立ち止まっていてはいけないとだけ感じ取っていた。
そこから町までたどり着けたのは奇跡だった。
ボロボロになって路地裏に座り込み、空腹で動けなくなっているとパンをくれる人が現れた。
それは善人などではなくて、そのまま袋詰めにされて売り払われる。買われた先が暗殺者組織だった。
それまで受けてきた教育せいか、それとも流れる血のおかげか、貴族に化けて情報収集や殺しの仕事をする者たちの弟子にされた。一緒に買われてきた子供の中には魔法の実験台にされて殺される者もいたようだ。
黙っていた少女とコンビを組まされる。
貴族の使用人は、側にいても空気の様に存在感を消さなければならない。大人しい子供の方が一から訓練するよりも早いと判断されたのだ。
いったいどんな惨劇に巻き込まれてここにいるのか、少女には表情が欠落していた。
自分が魔法を使えることは秘密にしている。それでも魔法の訓練は隠れて続けた。それだけが自分が自分である証のように考えていたのかもしれない。
霊体化している間は五感も歪み、正常に外界を識別できなくなる。
壁抜けの一瞬だけならまだしも、複雑な移動には使えないと考えられていた。
無用とされている魔法の訓練を繰り返し、そして、ただの壁抜けの魔法を自分だけの魔法に昇華させた。そのおかげで生き残れた今がある。
例えば今、自分の血筋を告げることに意味はあるだろうか。
確たる証拠はなにも提示できず、本当の自分の名前さえ知らない。ただ自分自身がそうだと知っているだけ。魔法が使えることも暗殺者教育の一環だと判定されても仕方がない。
話す意味が無いことを、いつか話せる日が来るかもしれない。
自分の言葉を無条件に信じてくれる相手がいると、自分が信じられるその時が。
「いつか、きっと」
自分の過去をしゃべって何か変わるとは思えないけれど、いつかはそう思えるその機会が来ると信じてそう言ってみた。
「今は、その言葉だけで十分です」
サラハの言葉をどこまで理解しているのかわからないけれど、隣にいるセザリオは笑顔でそう答えた後、こう続けた。
「この戦いが終わったら結婚しましょう」
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