第7話 幽霊城の秘密
サラハとキジカの二人は馬に乗り、買い出しに向かう使用人の列に混じって村へと向かった。
サラハの第一の目的は息抜きである。
常に周囲の視線を気にして、清楚なお姫様の演技し続けなければならないサラハには休養が必要だ。
サラハは相変わらず女装姿であったけれど、外出用の軽装になった。
しっかりとした繊維の織物で、見た目は地味だけれど、それなりに高価ではある。
その物の価値は知らないサラハは、単純に機能性でその服を選んだ。
買い出し部隊には、リカワイダという名の王都の博物館の植物学者も一緒だった。この地方の薬草の採取に村へと向かうらしい。偉い学者先生が一緒となれば、村人の視線もそちらへ向くだろうとも考えていた。
「サラハ、そろそろ目的地の村に着くころだぞ」
「……長かった」
「そうか? 速度の遅い食材輸送用の馬車もあるから移動時間は長かったけど、それでも昼前には着くだろう?」
サラハは周囲の人間に聞かれない様に、声を細めキジカの耳元で囁いた。
「この国に来てから、ずっとお姫様だったの。たとえ一時のことだとわかっていても、やっとそれから解放されるかと思うと俺のような感想も出てくるさ」
丘を越え、村が見えてくるとサラハにあった明るい気分は、スッと蝋燭の火が吹き消されるかのように、はかなく消えた。
木の柵で囲われた村にある、古びた門の外側に村人たちが集まっていたからだ。
畑仕事に家畜の世話、料理洗濯の家事や子守りなど、仕事があって忙しいはずなのにほぼ村人の全てがサラハ姫を歓迎するために集まっている。
手作りの温かみあふれる旗や垂れ幕を掲げ、子供たちが集めてきた花で飾りつけをしていた。この地域の歌と独特な楽器の演奏付きだった。
御忍びのはずだったのに使用人の誰かが気を利かせて情報を漏らしたに違いない。
サラハ達が思い付きで村へ向かうと決めたのは、昨日のことだったからこれだけ歓迎の準備をするのは、さぞ大変だっただろ。
貴族のお偉いさんを接待するのとは違って、村人たちの歓迎には心がこもっていた。
でも、残念ながらそのおもてなしの心がサラハの安らぎを奪ったのだ。
村で一日のんびりと過ごしたい。余裕があれば久しぶりに狩りを楽しめるかもしれない。夜は星空を見ながらキャンプして、自分で獲った獲物を料理する。しっかりと体と精神を休めた次の日に、買い出しの使用人たちと共に古城へ戻る。
そんなのんびりゆったりスケジュールには、当然変更が求められる。
子供たちから歓迎の花飾りを渡されて、村長からの歓迎のあいさつに返事する。
その後は村を案内された。
のどかな光景が広がっていた。家の数は少ないけれど、畑や牧草地などはとても広い。
主要な農作物、家畜とその加工場。
まだ収穫時期ではない畑は緑の葉が茂っていて、農業に詳しくないサラハ達には何を作っているのかさっぱりわからない。
家畜は毛織物を作るために飼っている。毛刈り体験をやらされた。刃物を扱うのは慣れていたからであろうか、今すぐにでも跡継ぎにしたいと言った爺さんの言葉はお世辞ではなかった。
その次は、伝統工芸の毛織物。サラハが着ている服の布地もここで作った物だった。
自分はこういう手芸は不得意だとわかっているサラハは、キジカに織物体験を押しつけて逃げた。いくら身代わりのお姫様でも、恥をかきたくない。
生まれて間もない子供が連れてこられた時は誤魔化しきれないかと思った。名付け親になって欲しいと頼まれたのだ。女の子だというから、歓迎の時に渡された花の名前をそのまま伝えると、 喜ばれた。地元ならではの素晴らしい意味の込められた名前になったらしいのだけれど、それは偶然である。サラハ の背中には嫌な汗がじわっと流れた。
それから、特産品を使った地元料理と地酒で歓迎の宴。
サラハは好き放題飲み食い出来ない。一段高い台の上に座らされて、皆の注目を集めながらの食事となったからであ
る。お姫さまが骨付き肉を手づかみでかじり付く光景は見せられない。さらに村の偉いオッサンたちが次々とあいさつに来るのも面倒だった。自分のペースで酒が飲めない。
ちなみに、リカワイダ先生は村に到着するなり別行動で、若い弟子たちを引き連れて森の中へと入っていった。
夜は、村長宅に泊まることになった。
お姫様は慣れない環境で疲れたため、明日に備えて早く休む……ということにした。
村人という純朴な監視の目が常に付きまとう。馬鹿な貴族を騙すのと違って、演技していてもその純粋な村人たちを裏切る行為が許されないようにサラハには思えた。
ようするに、逃げて引きこもったのだ。
主役のサラハが下がったのならば、侍女のキジカも休める。
お姫様ほどではないけれど、外国から来たというだけでも田舎の村人たちにとっては娯楽の対象である。飲めば飲むほど村人たちが喜ぶのもキジカにとって都合がよかった。
料理はどんどん食べさせてもらえてもう満足していた。
眠る前に一人でトイレに向かった帰りのことだった。
トイレが家の外にあり、行きはサラハについてきてもらった。なのに、サラハはそのまま外に用があると言って外出してしまったため、帰り道は一人だ。行きは良くても帰りは恐い。
遠くで宴会を続けているにぎやかな声が聞こえる。
月と星明かりしかない暗闇の中では、かえって現実が遠くなってしまったかのように錯覚させる音だ。
このまま戻っても一人だ。心細い。夜の静けさに堪えられそうにない。
キジカは人恋しくなって、一番近い明りの灯った家へと近づく。
窓の向こうから少女たちの声が聞こえた。こっそりと覗き込んでみると三人の少女が話している。
普段ならばもうとっくに眠っている時間だろうけれど、今日は宴で、彼女たちは特別に夜更かしが許されていた。
友だち同士集まって、宴で出されていたお菓子をこっそり持ち寄っている。
「湖のお城から来たお姫様はサラハ様というんだって」
一番背の低い女の子がサラハについて話している。
「物語の中から出てきたようなお姫様だったね」
中くらいの背の女の子の目はキラキラしている。お姫さまはいつの時代、どんな場所でも女の子の憧れの対象のようだ。
「あのお姫様、大丈夫かな?」
一番背の高い少女が心配そうにつぶやいた。
「イルデー、お姫様のいったい何が心配なの?」
イルデーと呼ばれた背の高い子は、背の低い子の質問に答えた。
「ツガ、だってあの湖の城は幽霊城なのよ。
しかも、幽霊城の幽霊は若い女を連れ去るの。
外国から来た何も知らないサラハ様は、危ないわ」
ツガと呼ばれた背の低い少女は、あきれるようため息をついた。
「幽霊城?」
中くらいの背丈の少女はその話を知らなかったみたいで、首をかしげている。
「スクー、あなた知らないの?
今は都から来た人たちでいっぱいだけれど、その前はあの城にはだれも住んでいなかったでしょ。
放牧や木の実を採りに行く時も絶対に城の中に入ってはいけないの。
あの城には、でるからよ」
ツガはスクーと呼ばれた少女に幽霊のポーズをしながら脅かすように言った。
「でる?」
「幽霊よ。ゆ・う・れ・い。
私たちが生まれる前、あの城には貴族のお姫さまが住んでいた。
彼女は妊娠していて、出産のために穏やかな環境を求めて王都からやってきたの。
お腹の子は順調に成長し、生まれたのだけれど、生まれてすぐになくなってしまったんですって。
でも、実はお腹の子は双子だったの。女の子はダメだったけれど、男の子の方は大丈夫だった。
お姫様はそれから数年の間、男の子を育てるためにあの湖の城で過ごしたの。
この村からも女手が必要だからと、手伝いに雇われた人たちがいたそうよ。
その人たちが見たのが、」
「「幽霊!」」
三人の少女が声を合わせて言った。
「夜、子供の様子を見に行った女の人が、暗い廊下を歩く子供を見たの。
女性ははじめ、男の子が眠らずに遊んでいると思って、声をかけようとした。
でも、違った。
その子供は女の子の格好をしていたから。
女性は不思議に思っていると、女の子はスッといなくなってしまった。
彼女はそのことを同僚の女性たちに聞いてみると、自分と同じように目撃したことのある人間が何人もいた。
目撃者の友達の、友達の霊感の強い者が言うには、あれは男の子の双子の姉で、男の子と一緒に成長している幽霊なんですって。
子供だからなくなったことに気付いていないんだって。
噂が広まると母親の貴族の女性は、都に男の子を連れて帰ってしまった」
「おばけ、怖いもんね」
ノリノリで蝋燭の明かりで影を作りながら語るツガを遮るようにイルデーがつぶやいた。
折角スクーを怖がらせようとしているのに水を差された形である。
気を取り直して、また語り始めた。
「少女の幽霊はそのことに気付かずに、まだあの湖の城の中をさまよっていて、夜中にあの城を見ると鬼火の明かりが見える。
若い女が城の中に入ると、幽霊に連れ去られてしまう!」
怖がらせようと声を大きくしたせいで、盗み聞きしていたキジカが驚いてしまった。
バン!
と音を立てて窓を叩いて、明かりを求めてそこにへばり付いた。
それを見て、中にいた三人はさらに驚いた。
怪談話をしていたら、突然窓に若い女が現れたのである。
話の中の幽霊かと思った。
恐怖が極限にまで達すると、声も出ないのであった。静かな叫びが夜の闇の中に消えていく。
怪談が始まると途中で逃げ出すのも怖くて、一人になるのも怖くて、怪談話が終わると暗闇の中にいるのが怖くなり、一刻も早く明るいところへと、キジカが三人に近づいた結果である。
「いやー、怖かった。
無理矢理、窓から中に入ってきた時は、もう終わりかと思ったです」
スクーがお菓子を食べながら言った。
スクーという名の女の子は、お姫さまに憧れていた。
もともと幽霊なんか全く興味ない。
話題が幽霊城から、お姫様の従者としての生活に切り替わったのは、ビビっているキジカにとっては都合がよかった。
今夜キジカはもう外に出るつもりはなかった。幸い、トイレはもう済ませてある。
このままこの少女たち三人と過ごすつもりだ。
一方、キジカと別行動していたサラハは、暗闇の中にいた。
サラハの目的は二つ。
一つは好奇心を満たすため。地下空洞が本当にあるのかを確かめようとしている。
もう一つの目的は、村に入ってからずっと付いて回る、村人とは別の視線の正体を調べるためだ。
城を出た辺りからずっと誰かにつけられているような気がしていた。はじめは気のせいかと思ったけれど、こうしてキジカと別行動をしている今でも視線を感じる。
サラハは、近くにあった家に勝手に入った。田舎の村らしい鍵をかける習慣のない家だ。
サラハの目的は家主が留守のすきに金目の物を窃盗するのではなく、魔法を使うことだ。
サラハの魔法は呪文の詠唱を必要としない。発動するまでの時間も数秒しかかからない。
それでも、相手がかなりの使い手であった場合その数秒が命取りとなる。
それに、魔法の正体を相手に隠すのにも家の中に隠れるのは都合がよい。
サラハの魔法の正体は、霊体化である。
魔法で、実体である肉体をまるで幽霊のように物体を通り抜けられる姿に変化させる。
地中に潜り、そのまま移動することもできる。
一番の弱点は、攻撃手段ではないことだ。
物体をすり抜ける霊体では、人を殺すことはできない。
攻撃するには、体の一部だけでも実体化する必要がある。
ユマヤやゴウアジほどの暗殺者ともなると、その実体化する一瞬のすきを狙って攻撃してくる。
まるでモグラ叩きのモグラだ。魔法が使えると知られていたら、出てくるのを待ち構えられてきっと殺されていただろう。
魔法がサラハの存在を歪める。その影は輪郭を失い、実体は薄らぐ。
サラハの身体は床板をすり抜けて、地面へと潜った。
そのまま地中を移動して、木の根から幹の中へと潜ったまま登っていく。
音も無く移動していく様はまるで幽霊の様だった。
地中や木の中を隠れるように移動しているのは、人目に付くのを避けるためだ。
サラハの使う霊体化の魔法は、目に見えない完全に透明な姿になれる魔法ではない。
物体の中に潜んでいる間は、外の様子は見えない。
セザリオと逃げた時に使った技は、この魔法を使う過程で覚えた。
体の感覚が外へと広がっていくのを想像する。そうすると頭の中に周辺の様子や人の情報が認識される。
霊体化の末に研ぎ澄まされた感覚、それを自分の中で技術にまで高めたのだ。
外の世界、夜の闇の中に二人の男が物陰に隠れている。
サラハが入った家の中様子を探ろうとしていた。二人の意識は家へと向いていて、周囲への注意が薄まっている。
サラハは幹の中から頭をのぞかせる。
二人の男はランプをつけて家の中を照らしている。その明かりでわずかに顔が見えた。
その男たちの顔にはどちらにも見おぼえがある。二人はセザリオの護衛の兵士だ。殺気も無い。
おそらくセザリオが命令して、サラハを守るためにつけている護衛なのだろう。
見失ったサラハを探している護衛の二人をそのままにして、再び魔法で暗闇の中へと潜った。
霊体化する魔法と空間を把握する技術。
その二つを駆使すれば、大規模な発掘調査をせずとも大体のあたりをつけることができる。
サラハにとっては宝探しゲームだった。
今日案内された村の中をあちこち回って、その場その場で魔法と技術で調べて回った。
村人の誰にも見つからない様に、こそこそと自分なりの方法で調査する。
村の外れ、牧草地帯と森の境で地中の空洞を見つけた。
実際に地中には潜ってみない。地面に手を置いて調べているだけだが、そこは地下空間の端で、森の下にはもっと深く広い空間が広がっているのがわかる。
それから、森の中へと入っていく。
王城の森とは違って、人の手が入った雑木林だ。きっと村人たちは、普段自分たちが燃料や食料を手に入れているこの森の下に、神話の世界が広がっているなんて夢にも思うまい。
森の中心部に来た。そこに来るまで、森に人間の通れそうな穴があいているのを見つけた。何かの動物の巣穴だろうか。大きな蛇が出るかもしれない。サラハは近づかないようにした。
明かりもつけずに夜の森を歩けるのは、訓練のたまものである。
地下空間の中心部の真上まで来た。
地上から調べた限りでは、地下空間には大量の水があるのがわかった。
サラハが魔法を使って、地底湖へと向かおうとしたその時だった。
サラハに地下で何か巨大なものが動く感覚が伝わってきたのだ。まるで巨人が寝返りを打つようなゆっくりとした動きだ。
サラハの頭の中に、ドラゴンや巨大怪魚が大暴れして、サラハをぺろりと丸飲みする絵が浮かんだ。
危険には近づかない。生き残るコツである。
魔法で霊体化していたサラハは、そのまま森を抜けることにした。地底湖探検は中止だ。
「ただの作り話かと思えば、本当に怪物が封印されている!」
この時サラハは、地下空間の方へ注意が向いていて、周囲の警戒が足りていなかった。
植物の調査に来ていたリカワイダ先生とその弟子たちが森の中でキャンプしていた。
彼らはランプの薄明りで、風のように移動する幽霊を目撃した。
新たな怪談が誕生した瞬間である。
サラハはそんなことは知らずに、森の出口付近にたどり着くまで魔法を使うのだった。
翌朝、キジカは目覚めるとちゃんと村長の家にいた。
昨夜は村の少女たちの一緒にいたはずだ。隣を見ると、お姫様の衣装を脱いだサラハが眠っている。
どうやら、サラハが眠ったキジカを連れて帰ってくれたようだ。
もうしばらくこのままベッドで横になっていたいと思っていたらノックの音がした。
キジカの意識がはっきりしてくる。
窓の外を見れば、日がだいぶ高く昇っている。ただでさえ農家の朝は早いというのに、町の人間にしても遅い目覚めになってしまった。
完全に寝坊だ。
キジカはあわてて侍女の服を着る。このままでは非常にまずい。
サラハを起こして、お姫さまに変身させなければ、まずい!
たたき起こされたサラハと大慌てなキジカは、何とか秘密を隠し通した。
サラハ達が朝食を食べ終える頃には、買い出しの連中の荷造りの終えており、そのまま湖の城へと帰ることになった。寝坊した割に村人たちの好感度は下がることなく、帰りも村人総出でお見送りしてくれたのだった。
キジカは、昨日の三人の少女を見つけて小さく手を振り返した。
帰り道、城が近づくにつれて日頃から口数の少ないキジカがさらに無口になった。
「どうした? 何か村に忘れ物でもしたか? トイレなら城までもう少しだから我慢すれば……」
サラハがそう話しかけると、キジカはブンブンと首を横に振って否定する。
「笑わずに聞いてほしい話がある」
そして、キジカは村で聞いた幽霊城の怪談をサラハに説明した。
問題を一人で抱え込むよりも、誰かに相談することで気持ちが軽くなることがある。キジカは自分の不安を共有したかった。
キジカが話し終えると、サラハは優しく微笑みかける。
自分の心が通じ合えた、さすが長年ペアを組んでいる相棒なだけのことはある。微笑みが、そうキジカには思えた。
「幽霊にさらわれるのは若い女性限定なんだ。じゃあ、俺は安心だな」
残念ながらキジカの予想は大きく外れた。
「私は全然安心できない」
むくれているキジカにサラハはご機嫌を取るように話しかけた。
「これまで何日あの城で過ごしたと思っているんだ?
お前は幽霊を見なかっただろう。
もし本当に幽霊が若い女性を連れ去るのなら、何人もの行方不明者が出て大問題になっているぞ」
サラハは明るい口調で話して、キジカを安心させようとしたけれど、キジカの態度は変わらない。
「じゃあ、調べてみよう。その話が本当かどうか。
根も葉もない噂だったら、安心できるだろ?」
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