幽霊の噂と王子さま

第6話 謎のリスト



その日の夜、サラハはセザリオ王子に会いに行って、今日城の中を探検した時の話を相談した。


「ちょうどよかった。私からもお願いしようと思っていたところなのです」

セザリオはニコニコと無害そうな顔で、サラハに『お願い』の内容を伝えた。




翌日から、サラハはセザリオに渡されたメモの人物たちとおしゃべりをすることになった。

「このメモに書かれ人間はどういう人たちなんだ?」

キジカはサラハから預かったメモの名前を見ながら質問する。サラハは、セザリオが言っていたことを思い出しながら自分流に説明する。


「セザリオは、会議をしなければならない。

私たちの未来を左右する、この国の将来に関わる大事なことだそうだ。

会議に参加している人間たちは、王子と直接会って話し合うのだから、王子に任せておけばいい。

問題はそれ以外の人間だ。

彼らは、王子とゆっくり時間を取って話す機会がほとんどない。

そうなると、そいつらが自分たちは軽んじられていると考えて、セザリオ王子から心が離れてしまう。

そうならないためにも、私がおしゃべりしに行って欲しいと頼まれたのだ!」


「つまり、あれか?

重要な会議には参加させられない、けれど無視もできない。

そんな無用な役立たずで厄介者のお世話を押しつけられたのか?」

キジカは渡されたメモを指でヒラヒラさせながら、サラハの説明を要約する。


「何でそんな七面倒な役目を引き受けてきちゃうかなー」

サラハを小馬鹿にするような視線を向けているキジカだった。


「それじゃ、とりあえずこのメモの名前を上から順番に会いに行くぞ」

「わかった」

やるつもりのサラハを見て、キジカは溜息をついた。




その場その場で通行人を捕まえて、名前を告げるとその人物が何処にいるのかがわかった。

お得なことに、リストの一番目の人物と二番目の人物は一緒にいるようだ。


サラハも一応目を通しておいたけれど、名前も階級もぼんやりとしか覚えていない。

一人目が貴族のお偉いさんでガ、ギャ?なんとかという大物貴族。

二人目は軍の人間でサ、さるさ?なんちゃらという名の上位軍人。


二人がいたのは、城の中庭だった。

多種多様な木々が花を咲かせている。

二人の他にも、彼らの友人らしき人たちがいっしょにいた。

何をしているのかは、遠くから見てもわかる。

それを見てサラハもキジカも近寄りたくなくなった。


朝っぱらからオッサンたちが花を見ながら酒を飲んでだべっているのである。

見なかったことにしてこの場を離れようとするより先に、サラハ達は酔っ払いのオッサンたちに見つかった。




「俺はこの国のために働いて来たわけよ、尽くしてきたのよ~。

なのに、この扱いはなくない? なくなくない? そ~思うでしょ?

おじさんたちは、もっ~と優しくされたいの」


「はあ」


「でたよ、適当な相槌」


彼らのほとんどは資産や人脈を武器にしている権力者なので、突然の反乱で追い出されると途端に出来ることが無くなる。

さらに言うと、やることもなくなる。

かといって、一応は権力者なので軽々しく扱うこともできず、面倒なオッサンたちとなっていた。


「そりゃ同じ話題がくりかえし、三回目ともなればいいかげんにもなるさ」とか言い返したかったけれど、サラハは言葉を飲み込んだ。


「他にも予定がありますので……。それでは失礼させてもらいます」

サラハはそう言って席を立ち、この面倒くさいヨッパライたちから逃げようとした。

付き合わされていたキジカもサラハに続く。ポケットからリストを取り出して、次の相手の名前を確認していた。


「あっ」

「これ、な~んだ?」

ヨッパライはこういう時だけ動きが機敏だ。それまでのフラフラした動きの無駄がなくなって、すばやくキジカから名前の書かれたリストを奪い取った。

「俺たちの名前が書いてあるぞよ?」


「……ええ、そうなんです。今日は、このリストに名前のある人たちに御挨拶することになっております」

別に隠すことでも無いから、サラハは正直に説明した。一刻も早く迷惑千万な酔っ払いの軍団から解放されたい一心である。

「へえ~。

でも、そのリストに名前のある人間はこの中庭に他にもたくさんいるぞ。まだごあいさつしていないだろ?」

ヨッパライはニタ~っといやらしく笑うと、リストにある名前を次々と読み上げた。

名前を呼ばれるたびに、子供が学校の先生に呼ばれた時みたいに、お元気にお返事して酔っ払いたちが続々と立ちあがっていく。

はじめの二人以外に、結局十一人もリストに名前のある人物たちがいた。

「うげっ」というつぶやきは抑えきれず口の外に漏れてしまったけれど、ヨッパライたちは聞こえていなかったのか、ニタニタと笑っている。


「さあ、飲もう!ドンドン飲もう!朝まで飲もう!」

サラハもキジカもギリギリまで酒の注がれたグラスを手渡された。

ヨッパライたちが、酒がこぼれるのも構わずに次々にグラスをぶつけ合い、本日何度目になるのかわからない乾杯をした。


「……逃げたい」

「同意だ」


今日中にリスト上の人間すべてに会っておくつもりだったけれど、結局その日はヨッパライのオッサンたちとの絆を深めるだけに終わった。


サラハは『飲み友だち』を手に入れた!お姫様には不要だが捨てさせてもらえない。

ついでに『ザル』の称号を得た!

宴会芸を所望され、無理矢理歌わされたキジカは『素晴らしい音痴(笑)』の称号を与えられた!だが、キジカは歌うことが気に入ってしまった。



セザリオのリストに書かれていた名前は、貴族や軍人ばかりではなかった。

政治や権力とは無縁の人物の名前も書かれている。

その日は、ナルタという名前の宮廷画家に会いに行った。

サラハは名前を覚えていなかったけれど、彼の弟子たちが名前に先生をつけて呼んでいたから、問題無かった。

頭のてっぺんは髪が薄く、顔にも深いしわがあり、ぶ厚い眼鏡をかけている。

ヨッパライ貴族どもよりも、断然気品と風格がある。

パッとあいさつを済ませて、とっとと逃げようとしていたのに、また捕まってしまった。

ナルタ画伯は筆を持つと人が変わったように熱のこもった目つきになった。

二人は大きく開けた窓の前に立たされると、腰や肘をひねったヘンなポーズを取らされて絵のモデルにさせられた。

十分もすると疲れて、三十分もすると身体や忍耐の限界を超えた。

二人とも生まれたての子馬みたいにプルプルしている。

「まあ、今日はこれくらいにしておきましょうかね」

「もうこねえよ!」

と言えないお姫様なサラハは次回の約束をして、やっと解放された。




その後、キジカ達は厨房へ向かった。

キジカの小腹がすいて、つまみ食いをしに向かうのではない。厨房の料理長に会いに来たのだ。

ちなみに、サラハが本気になれば、誰にもばれずにつまみ食いをする自信がある。暗殺者の特殊技能と魔法の無駄使い。

ムミザワという名前がリストに載っていた。

なぜかキジカが彼の名前を覚えており、誰かに質問することなくここまでたどり着けた。


「いつもの」

キジカが慣れた感じでそう注文すると、料理長には十分伝わったみたいだ。

「わ、私も同じ物を……」

サラハは動揺しつつもキジカに合わせる。


料理長はサラハに注文されて少しためらったけれど、隣りの座ったキジカが頷いたので、その注文を受けた。

サラハが寝込んでいる間、キジカは厨房の日替わりまかない料理を毎日食べに来ていたのだ。

きっかけは、セザリオが眠っているサラハに会いに来た時に、気を利かせて席を外したことだったけれど、その日以降セザリオがやってこない時でも食べに来ていた。

野菜の切れ端のスープなど、まかない料理らしい物の他に豪華なオムライスが出てきた。

あきらかに余り物で作っていない。お姫様が来たのでそれとなく気を使ってくれたようだ。


「美味であった。余は満足じゃ」

キジカがぺろりとたいらげた。




その日会いに行った人物のような、このタイプの人間が一番人生を楽しんでいそうだと二人は思った。

調理長や宮廷画家のように仕事を人生とする者や、貴族や軍人のように金や権力に振り回され、自分のプライドを守らずにはいられない人間とも違う。

彼女の立場は、一応文官である。

セザリオの周りにいる人間と同じように、王子のサポートをしなければならないはずだ。

しかし、彼女のやっている仕事はおそらく、彼女の同僚がやっている仕事とは別の何かだった。

古文書や壁画や石板の写し、近隣住民の声をまとめたメモ、語り部に聞いた大昔の伝承。

彼女はこの古城近辺の伝承を調べていた。

資料整理、情報収集の一環として、彼女自身の趣味を仕事だとこじつけて好きにやっている。彼女の同僚らも、もはやあきれ返って彼女の好きにさせていた。やる気のないやつに仕事を無理矢理やらせるより、 自分たちがやった方が何倍も早いと合理的に判断したのだ。


「何でセザリオはこんな変人の相手をさせるのか?」

サラハは小声でキジカ聞いてみる。

大声で話しても彼女は趣味という名の仕事に熱中して、全く気にしなさそうだったけれど、そこは礼儀として声は小さくした。

「変人だからだろう。放っておいたら暴走しかねん。愛には限界が無いから何処までも行ってしまうぞ。あぶないじゃないか」


「サラハ・オリアディス様には、わたくしの研究内容に非常に興味がおありで、途中経過を聞いていただけると伺っております。

ではさっそく、資料の二ページ目をごらんくださ……」


「ちょっと待て、」

サラハが彼女を止めた。名前を呼ぼうと思ったけれど、途中まで出かかっているけれど、喉のあたりでつかえてでてきてくれない。また忘れてしまった。たぶんタイ……なんちゃらだった気がする。


「えーと、たいちゃんでいいか」

サラハは妥協した。


「姫様にあだ名をつけていただけるなど……感激です!」

たいちゃん(仮)は眼鏡がずれるくらいに飛びあがって喜んだ。


「たいちゃん。そのお話をどこの誰にいつ聞いたのかな?」

サラハは舞い上がった彼女をなだめながら尋ねた。


「城中で噂になっていましたよ。何やらこの城において各分野のスペシャリストの名前を集めたリストを持って、サラハ・オリアディス様とそのお付きの方が、順番に回っていらっしゃるとか。

有力貴族の方々の酒宴で話題になっていたそうです。

さる有能で高貴なお方がその秘密のリストの内容を瞬時に暗記なされたとか。

それで、リストに名前の乗っている者には事前に通知されたのであります」


キジカにはあの酔っ払いのオッサンたちの顔が浮かんだ。

自分たちの価値を高めるためには、そのリストに並んだ名前にも付加価値をつける必要がある、とか何とかたくらんで裏で噂をばらまいているのかもしれない。


「では、説明を再開しますね!」

たいちゃんは、とにかく自分の研究内容を説明、いや自慢したくて仕方がない様子である。

男の子が苦労の末に捕まえてきた昆虫を自慢したくて仕方が無い様子に似ている。嫌がる母親に強引に見せつけるあの感じ。相手が忙しかろうとも、興味が無かろうとも関係ないのである。

サラハとキジカはすべてを聞き終えた後、「すごい!」「さすが!」といってほめたたえなければならないのだ。

もし彼女が満足しなければ、この説明は終わることなく続いてしまうだろう。


「この古城、元は王城でありました。

ここには建国の王が住まい、数々の偉業を成し遂げたのです。

姫様たちは外国の方でありますから、この国の歴史に疎いと思われます。まずは初めから、この国の建国の歴史をひも解いて行きましょう。まずは千五百年前……。

えっ、もっと簡単でいい?

でも歴史年表に沿って順番に一年ごとの出来事をこと細かに説明していった方が、大きな歴史の流れを実感できるので、楽しいのに……。もったいないなぁ。

そうですか、他にも会いに行かねばならない人が大勢いるので時間が取れないのですか。

それでは今回はこの地方の歴史に限定して、こと細かく!

えっ!それもダメ?

特に面白い歴史エピソードを一つ?

一つだけなんて!

いっぱいあるんですよ、この国のおもしろい話。三百年前の将軍の酒の席での武勇伝とか。始まりの王の建国神話だけでも、語りだせば数カ月でも数年でも話していられるのに。解釈や、真偽不明の物まで含めればさらに議論が深まり、話題はとどまることなく……。


次の機会でいいですって?


じゃあ、仕方がありませんね。約束ですからね。絶対ですよ。

この地方の主の話をしましょう。人ではなく動物だとされています。


ぬし、ディーダーツガランツァガランザの話です。

ドラゴン、巨大怪魚、神の眷族、洪水の川などの大自然の脅威を擬人化した存在。

などなど、様々な説がありますが、とにかくなにか大いなる力の象徴なのでしょう。

とにかく、この地域一帯で主といえばディーダーツガランツァガランザです。


建国神話にその名前が残っています。


ディーダーツガランツァガランザは畑を荒らし、家畜を襲った。

人々は彼を退治しようとしますが、強力な力を持つ彼に返り討ちにされてしまいます。

そこではじまりの王が出てきます。

王ははじめ彼を討ち滅ぼそうとしますが、話し合い、やがて和解したと伝わっています。

はじまりの王の魔法は、大地を思いのままに創ることができました。

王はそれまであった古い土地を、新しい大地で覆い尽くし、湖の城を作りました。

ディーダーツガランツァガランザは王の魔法によって古い土地と共に封じられ、今も地の底の湖で眠っている。


というのがざっくりとした言い伝えの内容です。

王都の図書館に行けば、子供向けの絵本まで収蔵されています。

余所の国の神話と一番の差異は、怪物を殺さないところでしょうか。

古い体制を破壊して新たに作り出すのではなく、過去も内包して、積み重ねていくところが始まりの王の思想の象徴ではないかと推測でき……。


大体分かった? 早く終われ? もう十分?


いいえ、わたくしの今回の調査の中核はここからであります。


じつはこの神話に出てくる地底湖が本当にあるのではないか? というのが私の研究内容なのです。

単なる神話ではなく歴史的事実としての証明をしたいのです。

神話を検証しなおして、地底湖はこの古城の地下ではなく、そこから離れた村の外れの森の下にあると大まかな予想も立てております。

神話の内容を詳しく検証、村々の言い伝えの内容、星の位置、村祭りの意味。

あとは予算をつけていただいて、調査隊を組織し、実際に発掘調査をすれば真実を掘り当てることができるのです!


え、なんですか? ちょっとまて?

はいはい。


地底湖を掘り出したら、そこに封印されている主も一緒に外に出てくる、ですか?

……………………。

ディーダーツガランツァガランザが出てきたら、危ないですかね?

いや、でも後は発掘するだけなのですよ? 歴史的大発見!私の名前が歴史に刻まれ……。


あぶない?


いやー、大丈夫なんじゃないですかね?

ディーダーツガランツァガランザの言い伝えの中には、かわいい妖精や小動物のように見えた。とかなんとかいう伝承も残っていてですね。

必ずしも危険な存在とは断言できない、はず……。おそらく。


ああ、なんで黙って席を立つのですか!ちょっと待って!」


サラハとキジカはそのまま部屋を出て、力強く扉を閉めた。

扉の向こうからはまだ声が聞こえる。振り返ることなく、そこから離れていく。

その表情はだいぶ疲れて強張っていた。




「仕事の邪魔になるから、何度も来ないでほしいのだけれど」

サラハとキジカは、石垣の修理をしている若い女性に注意された。

彼女もリストに名を連ねていた。

どこぞの貴族の御令嬢で、数学を趣味で学んでいた。趣味といっても専門的なことから実用的なことまで玄人はだしと言ってもよいほどだ。魔法と数学の両方の知識を必要とする作業が求められていたため、彼女がここで働いている。他にも女性の作業員が多いのも、彼女の影響によるものだ。

自己紹介も受けたのにサラハは彼女の名前をちゃんと覚えていない。彼女に対して興味が薄いからではなくて、名前を覚えることが苦手なのだ。だからサラハ自身が付けたあだ名で呼んでいた。

「みーくん、でも私たちはここがこの城の中で一番気楽に過ごせる場所なのです。どうか見逃して下さい」

清楚なお姫様なさわやか営業スマイルで、サラハはお願いした。


ただ石垣を組めばいいというわけではなく、正しく修理しなければならない。

紋章や図形には意味があり、この城全体が巨大な魔法陣になっている。光ったり回ったりしない地味な見た目だけれど、魔法としての効果はあるので、城の防衛強化のためにも一刻も早い修復が求められている。

だから、彼女たちの修復作業を邪魔する者はいない。


屋外であり、彼女たち作業員以外の人目を気にしなくて済む場所だった。そして、作業をしている人々は忙しい。

石を削り、形を整え、一つ一つを計算しながら積み上げるその作業は、大変興味深く見ていて飽きなかった。

今日のサラハ達二人は日光浴をしながら、地面に寝転がりゆったりとくつろいでいた。

毎日毎日、濃い人々の相手をするのは疲れる。

本物のお姫様ならば、貴族や使用人に囲まれて過ごすのはただの日常に過ぎないのだろう。けれど、ただでさえ敵国で演技をしている二人は、たまには息抜きが必要だった。

部屋に閉じこもっていると、誰かしら尋ねてくるので心休まる暇がない。


「だからって、どうして私のところに来るかなぁ」

みーくんは溜息をついた。

一応サラハの立場は、みーくんよりも上だ。なにしろ王子の妻(仮)なのだ。

力ずくで追い出すことも、強く命令することもできない。

幸いなことに変な命令を強要してくることもなく、仕事の邪魔はしてないけれど、ずっと見られていると仕事がやりにくかった。

「そんなに息抜きがしたいのなら、この城の外にお出かけしてみてはいかがでしょうか?」

みーくんの提案は、単なる思い付きだったけれど、サラハ達には耳を傾ける十分な価値のある意見となった。



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