第3話 暗殺は容易だ
城を中心にして、城下町の反対側に広大な森林が広がっている。一本の道が引かれていて、その道の先に古代遺跡が ある。謎の象形文字が刻まれた岩が何重もの円になっている。森の国では神殿と呼ばれる神聖な場所である。
「今日、そこでセザリオ王子が次期国王であると、神様に承認される儀式を行うようだ。
東西に分かれ歌って踊って、生娘を生贄にささげる……。なんてことはしないらしい。
巫女が祈りの呪文を唱えて、王子が誓いの言葉を述べる。それだけ。
実に退屈そうだ」
キジカは調べてきたことをサラハに説明してくれているけれど、サラハは別のことが気になっていた。
「ところでキジカ、さっきから何やっているの?」
キジカは、見りゃわかるだろという顔をしている。
バルコニーにカゴと棒と糸で、実に単純な罠を仕掛け、その周辺に豆粒を撒いていた。
「昨日逃がした鳥が帰ってくるかもしれない。これで捕まえる」
彼女の邪魔をしない様にサラハは一人部屋を出た。
城の内部も今日で見納めかもしれない。そう思いながら城内を散歩していた。
「サラハ!」
少し離れた場所で名前を呼ばれた。
この名前も今日までかな、と考えながら振り向くと、もうすぐ殺されるなんて思いもしない能天気そうな王子様がやってきた。いつもよりもさらに着飾った格好をしている。きっと儀式用に違いない。
「サラハは今日儀式があることを知っているでしょうか?昨日はデートを楽しみ過ぎて、つい伝え忘れてしまったのです」
「…………。ええ、侍女に教えてもらったので存じております」
「ついでに言うと、てめえの人生の少ない残り時間もな!」などとは口が裂けても言えなかった。邪魔するなと釘を刺されているから、出来るだけかかわり合いになりたくない。
「ぜひ、サラハにはその儀式を見に来てほしい!」
遠回しに絶対に行きたくないと言っても、最終的には押しの強い王子様のお願いを断れなかった。
「ああ、来てしまった」
サラハは開始時刻よりも早めにこの古代遺跡にやってきた。
道、いや、道の痕跡とでも呼ぶべきか。同じ種類の岩が地面に点々と埋め込まれている。その線をたどると儀式の場 所にたどり着く。
サラハはあえてその道を通らずに、自分なりに探索しながらたどり着いた。
「万が一、迷ってしまった時に備えて早めに出発したけれど、もっと遅くても良かったかもしれない」
サラハの技で周囲の様子を探りながらだったため、迷わず来られたけれど普通の人であればそのまま遭難してもおかしくないとても深い森である。
遺跡に寝転がるのにちょうどよさそうな岩があった。表面はスベスベしており、長方形になっている。ひんやりして心地よい。
「ちょっと、一休みしようかな」
ゴロンと横になって、目を閉じた。
それから、その場所でしばらく眠っていた。
眠っていたはずのサラハの腕が勝手に動いた。その反応は、暗殺組織での訓練のたまものだ。
意識的に自分の頭が叩かれそうだったと判断して、とっさに手でガードしたわけではない。
無意識で体が反応したのだ。
「痛い、痛い、痛い!手を放しなさい!」
寝込みを急襲してきた相手が丸腰の女性だったので、言われるがままにサラハはギュッとつかんでいた手を放してやった。
寝ぼけてぼんやりした頭が周囲の様子を認識する。
「祭壇で眠るなんて何を考えているの!今すぐに降りなさい」
石のベンチではなくて神聖な祭壇であると言われ、転げ落ちるように慌てて降りた。
「ここは、あなたに相応しい場所ではない」
冷たく言い放った女性は、サラハよりも少し大人びた雰囲気をしている。
彼女の言う『ここ』は単純に神殿を指すのではなく、この国や王子の妻という立場を指しているように聞こえた。
「あの、あなたは何者ですか?」
「私の名はイリリヤ。今日ここで神事を執り行う者よ」
イリリヤが来た後に、彼女と同じような清らかで高そうな白い布を体に巻き付け、独特の化粧をした女性たちが現れ
た。
その彼女たちは祭壇を飾る花やお供え物の食物、楽器などを運んできた。
イリリヤの指示のもと、儀式の準備が着々と進む。
ここは手伝って、彼女たちの好感度を挙げておこうかとも思ったけれど、イリリヤが「話しかけてくるな!」という 空気を出していて、近づかない方がよさそうだと判断した。さわらぬ神にたたりなし。
それからしばらくして、家臣たちが一本道からやってきた。
儀式には王様も参加するみたいだ。担架のようなものでゆっくりと運ばれている。
神殿には王様用のいすが組み立てられた。背もたれにも綿がしっかりと入って柔らかそうだ。
家臣は二組の派閥に分かれているみたいに見える。
一つは王様がいる派閥。
もう一つはベク・ストラート、王子の従兄で将軍をしている男を中心とした派閥だ。
笛の音が鳴り、いよいよ儀式が執り行われる。
どっち付かずな位置に立っていたサラハは、どうしたらよいのか分からずキョロキョロしていると、椅子に座った王様が手招きしているのが見えた。
サラハは一応自分の後方を確認してから、呼ばれているのは自分でよいのか尋ねるように自身を指さした。
王様はゆっくりと頷いた。
サラハは王様の隣へ静かに向かった。王子の妻としてここに立っているサラハは、王様の派閥に属しているということをサラハはやっと理解した。
「!」
一瞬、お尻を誰かに撫でられた気がした。
側には隣に座っている王様しかいない。
もし今ここで、グーで王様をブッ飛ばしたら、きっとすべてが台無しになってしまうに違いない。
サラハは全力で耐えた。自分はか弱いお姫様だと言い聞かせて演技した。
「……泣きたい」
儀式が始まると、セザリオ王子が供を連れて、道の向こうからゆっくりとやって来た。
王子と巫女以外の人間は、神殿の両脇に分かれて立っている。
片側が王様とサラハのいる派閥で、その反対側が王子と敵対しているベクの派閥である。
人数はちょうど半分くらいだ。
現職の王とその息子の派閥なのに、同数ではセザリオ王子の父である王様にとって不安であろう。
王様の体はだいぶ悪いらしく、早めに後継者を決定し周知しておきたいみたいだ。
今日の儀式はそのためなのだ。
人々が立っている場所から祭壇までは少し距離がある。
御供の者は途中までで、そこから先は一人で進む。
自分がセザリオ王子を暗殺する立場であったなら今ここだ、とサラハは直感した。
そして、目には見えないけれど、きっと透明化する魔法の暗殺者はもうここにいると思った。
祭壇にたどり着く前に必ず殺される。
あと数歩も進めばセザリオは背後から見えない刃に貫かれ、真っ赤な血を噴き出し倒れることだろう。
悪いやつではなかったけれど、自分にはどうすることもできない。
甘い考えだとわかっていたけれど、ついそう思ってしまった。
サラハが王子の方から目を逸らしていた時、森の方から何かが音も無く王子に向かって飛んできていた。
木々の間をすり抜け、それは翼を広げ襲いかかったのだ。
「……あの鳥は」
周囲のざわつきを聞いて、目を向けたサラハはつぶやいた。
鳥は王子のそばの誰も居ないはずの場所で、バタバタと羽根を散らしながら『何か』に襲いかかった。
大きな体には鋭い爪が付いている。爪が『何か』を切り裂くと、赤い人間の血が飛び散った。
『何か』は姿を見えなくすることができても、そこにたしかに存在している。音で存在を認識できるこの鳥には、かえって脅威に思えたのかもしれない。
攻撃されていた『何か』こと透明な暗殺者が、見えない刃物で鳥を切りつけ黙らせた。
しかし、すでに遅かったのだ。
透明の暗殺者の腕も、その透明だった得物も血で汚れてしまった。目に見えないという最大の武器を失ってしまったのだ。魔法の正体は、知られてはならない。
失敗した暗殺者の末路は無残なものだった。
真っ先に飛び出したのは、武勇に優れた将軍ベク・ストラートだ。
剣を抜き放ち、振り下ろした。辺りに血が飛び散り、透明化の魔法も解けてしまった。
セザリオ王子は御供の者にガードされていた。
王様とその隣にいたサラハも同じように周囲の人間に守られている。
一人の暗殺者以外誰も死ななかったけれど、さすがにこのまま儀式を続けるわけにはいかず、中止となった。
城への帰り道で、セザリオ王子が周囲の人間がいるのも気にせずに、サラハに話しかけてきた。
「サラハ、あなたが助けてくれたのですね」
セザリオが気安く名前を呼ぶ姿は周囲の人間に二人の距離の近さを感じさせた。
「はい? なんのことでしょう?」
とぼけているのではなく、サラハには本当に王子の言っていることがわからない。
「あの鳥はこの国に一羽しかいない貴重な鳥。私があなたにプレゼントした一羽を見間違えたりしません。その鳥が私の命を守ってくれた」
その王子の言葉を聞いた両派閥の家臣たちがざわざわと騒ぎ出した。
すべての視線がサラハに集中する。
透明化の魔法を使う暗殺者の仕事が偶然失敗しただけ、ではなくなった。サラハは自分の立場がこのままでは非常に危ういものになることを理解した。
早く否定しなければとサラハが口を開こうとした時、セザリオ王子がサラハを抱きしめた。
「あなたは私の命の恩人です」
もうサラハがどんな言い訳をしても無駄だった。
それは噂になって、すぐに城中に広がった。
噂には必ず尾ヒレが付くものだ。
ゴウアジやユマヤの耳には、サラハがセザリオ王子を救った情報が届いた。
「……終わった」
サラハは、組織を裏切ったと判断されてしまった。
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