第2話 スカートにナイフを



馬車は賑やかな城下町を進み、その先の坂道を登った。城は小高い丘の上にある。


王城への道は、それまで通ってきた森や城下町の中とは違い、背の高い木は生えておらず岩がゴロゴロしている。地面も硬い岩盤のようだ。おそらく岩場の上に石積みの城を築き上げたのだろう。

威圧感のある巨大な門の前で、ゴウアジたちが門番に立場と事情を話す。門番の合図とともに音を立てながらゆっくりと門が開いた。


「この国に入ってすぐの森で盗賊に襲われ、護衛たちが命がけで我々を逃してくれた。

なんとか生き残ったのは我々四人だけ。

ということになっている。

詳しいことを聞かれそうになったら、怖かったのであまり覚えていないと言え。こちらに話を合わせろ」


姫であるサラハと、その専属侍女のキジカだけが別の部屋に通される前に、ゴウアジが一方的にそう言った。

ゴウアジやユマヤは詳しい事情の説明やその襲われた場所への案内をすることになったので、サラハたちとは別行動だ。


サラハたちが通された部屋は、王子の妻となる女性の部屋だけあってとても豪華である。

家具も見るからに高そうな芸術品で、椅子一つとっても座ってもよいのかいちいち確認を求めたくなるほどだ。

大きな窓とバルコニーがあって日当たりや風通しも良い。

本物のお姫様ならばきっと快適に過ごせる部屋だろう。


「どうしよう!緊張してきた」


身代わりのお姫様にとっては、プレッシャーでしかない。

そこで頼りになる相棒が一言。


「待て、ここで冷静になるなよ。強い酒を一杯ひっかけてきたくらいの気持ちでいろ」


「おいおい、ここはお前が落ち着けと言ってくれる場面だろう?」

予想していたのとは反対のことを言われて、サラハは冷水をぶっかけられた気分になった。


キジカがガバッとサラハの肩を抱いて、おでこ同士のくっ付く距離で囁いた。


「だって、お前は女装しているんだぞ。しかもヒラヒラでスケスケ。これから会う相手は王様なのに」


普通の精神力で、素面の状態ではとても耐えられそうにない。

敵国のド真ん中で、姫の身代わりの女装任務。正体がばれたら即死亡。

改めて自分の状況を客観的に確認できたサラハは、初心を思い出した。


「……死にたい」


「安心しろ、正体がばれたら確実に処刑される」


「……逃げたい」


「そうするとあの先輩二人が任務放棄の逃亡者を処理しに来るぞ」


「……泣きたい」


「化粧が崩れるからやめろ。面倒だ」



コンコンとノックの音がした。

いよいよ義父になる王様と、結婚相手になる王子との面会の時が来たのだ。


離れる前にキジカはサラハの肩をポンポンと軽く叩いた。

生き残るには覚悟を決めるしかないのだ。


お姫様を演じきる覚悟を!私は女優!



扉を開けると、部屋の前に立っていた少年がセザリオと名乗った。小柄で華奢な体格のように見えるけれど、一応戦 闘訓練も受けているサラハは、彼の手の平にタコができているのに気付いていた。剣や弓の訓練を一通り受けていると推測する。

そのセザリオ君が、見た目との落差のある男らしい低い声で、王様が面会を求めていることを告げる。


偽者の自分がどうしたいかではなく、本当の姫サラハ・オリアディスの立場でどう行動しなければならないかを考え なくてはならない。

立ち振る舞いから、些細な言葉遣いまで。

部屋を一歩出た瞬間から、謁見の間と呼ばれる部屋までの演技は完璧だった。


最初に動揺したのは、謁見の間に若い男が立っていたからだ。

長身で筋骨隆々、怒りの表情で部屋の中に入ってきたサラハをにらんでいるように見えた。

見るからに身分の高そうな格好をしている。

腰にさげている剣には宝石などの装飾はなされていないが、実用をつきつめた高価な剣で、なおかつそれがよく使いこまれ馴染んでいるのがわかった。


サラハは、王にしては若すぎる彼が何者なのか考えてしまった。

おそらく彼が王子で、姫の結婚相手であると推測した。

そして、敵国の姫との結婚に納得がいっていない。王から命令されて、嫌々結婚を承知させられたのではないか?

どれほどサラハが愛嬌を振りまいても、絶対に優しくしてもらえそうにない


サラハの前を歩いて案内してくれたセザリオ少年が、若い男に対して会釈した。

彼は不機嫌な顔のまま何も答えなかった。


謁見の間にある王の座る木製の椅子は、代々受け継がれてきた物の様で、古臭いと感じる人もいるだろう。

背もたれにも細かい傷がある。過去の王が鎧のまま腰かけたのであろうか?

サラハがそんな傷まで見られた理由は、その椅子に誰も座っていなかったからだ。


少年の後に続き、王の椅子の後方にあるカーテンをめくり、中に入ると左右に分かれた通路があった。

迷わず左の通路を選び、慣れた様子で進む少年とは違い、予想外の事態にサラハは戸惑っていた。


「どうぞ、王はこちらです」

少年が扉を開けると、天蓋付きの大きなベッドに一人のやつれた男が横たわっていた。


サラハは頭を下げて礼をしながら、なぜ敵国の姫との縁談を進めてまで森の国の王が和平を結んだのか納得がいった。


この国の王は病で臥せっていたのだ。







翌日。

もう仕事は終わったと言わんばかりに、サラハはだらけていた。

「スカートなんてやってらんねー」


「油断するな。ここは敵地の真っただ中、いつどこに誰かの目があるかわからないぞ」


今日もキジカと二人きり、ゴウアジ達は今日も帰ってこない。おそらく、専属侍女のキジカ以外の使用人には、離れ た場所に別の部屋が用意されたのだろうと二人は思っていた。

特にやることもなく、例の与えられた高級家具に囲まれる美術館みたいな部屋の中で、ダラダラと過ごしている。

王子の妻になるとはいっても、実質は人質なのだ。敵国の人間には城内を勝手にウロウロされたくはないだろう。余 計な問題を起こさないようにしているのだ。


「スケスケヒラヒラのドレスはもう嫌だ。着替えていいか?」


サラハがスカートの裾を持ってヒラヒラさせていると、キジカが後ろに回り込むと、おもむろにサラハのスカートをめくった。


「うわっ、何すんだ!」


「つい。それにしてもスカートの中……」


キジカが言いかけて途中でやめたのは、バルコニーに人影が見えたからである。

自分の帯を一瞬で解くと、それを鞭のようにしならせて人影の方へと放った。

キジカの武器は、剣や槍というわかりやすい物ではない。

彼女の暗殺技は事故に見せかけるものが多い。毒や薬にとても詳しい。

戦うにしても身に付けている帯や紐、一見武器には見えない得物を使う。


「かかった!」


キジカが長い長い帯を手繰り寄せると、帯が両足に巻きついている少年が釣れた。


少年はされるがままにズルズルと引きずられている。



「お前っ……いや、あなたは確か、セザリオとか言う名前の……」

サラハが口調に気を使いながら話しかけた。


引きずられて乱れた服や髪を整え、服から出てきた首飾りを服の中へしまいながら、セザリオがいたずらに失敗した子供のように笑った。


「はい、昨日あなたを案内したセザリオ・サフェメントです。驚かせようと思っていたのに失敗してしまいましたね 」


その名を聞いたキジカはハッとした。

あわててサラハと肩を組んで後ろを向くと、セザリオから少し距離を取り、お互いの顔を近づけ内緒話を始めた。


「おい、サラハ。いや、サラハ・オリアディス様。この国の王子様の名前を御存じで?」


「王子の名前?なんだっけ?出発前にもらった資料には目を通したけど、もう大分前のことだからな。

忘れた。

でも問題無いだろ。若くて偉そうなやつがたぶん王子だから、周りに合わせて呼べばいいさ」


キジカはサラハ耳元で、そっとつぶやいた。


「この国の王子の名は、セザリオ・サフェメントだ」


二人がそっと後ろを振り返ると、離れた場所に案内係の少年ことセザリオくん改め、セザリオ・サフェメント王子がさわやかな笑顔で、二人の視線に気づいて手を振りながら立っていた。その中性的な見た目に反した、イケメンボイスがサラハに呼びかける。


「私は自分の妻となるサラハに、私の国を案内したいのです。

よろしければ、二人で街へ出かけませんか?」


サラハ達はひそひそと話し合う。


「……断りたい」


「いやここは政治的にも、恋愛的にも、個人的にも誘いに乗って行くべきだと思うぞ」


「はぁ、やっぱりそうなのかな……」


「おお、そうだ、ついででいいからお土産を買ってきてくれ」


「だれの?」


「私への」


「なにか欲しいの?光るガイコツのキーホルダー?御当地ストラップ?」


「何だ、それは? 私が求める物は、食べ物だ。

実はここで出される食事の量が少なすぎるのだ。任務には支障をきたさないレヴェルだけど、全然足りない。満たされない。かといって外からやってきた使用人が軽々しく追加を要求しづらい。

別に高級品でなくてもいいのだが、王子の連れていく先はきっと高級などこかだろうけど。

ここに来る途中で通った城下町の屋台で売っていた脂身たっぷり大型草食動物の肉の串焼きや、いい香りの油でカリ ッと揚げた揚げパン……なんて高望はしない。

頼んだぞ」


侍女に出された食事とは違って、王族に出された食事は十数種類もの料理が食べきれないほど出てきた。コース料理

で、本来は一口だけ食べたら下げら、また次に別の料理を食べるというようなことを繰り返す食事形式である。

断じてすべての料理を残さず食べるものではない。

毒見の名目でちょっと、欠片だけしか食べられなかったキジカに対して、しっかり食べたサラハは負い目を感じていたこともある。


でも、キジカの感情がわかりにくいその目を見ていると、本当は政治的恋愛的な理由はおまけで、食べ物を買って来 るおつかいをさせるために適当な理由をでっちあげているだけなんじゃないかと思えた。

その目をジッと見つめ返すと、サッと逸らされた。




サラハとセザリオ王子は普段よりは目立たない服装に着替えて、一般市民のふりをしている。それでも、どこかのお金持ちの商人か貴族の子弟程度の擬態だった。王族とはわからないように、お忍びで町中を歩いている。


サラハには自分たちの後ろをついて来る警護の者たちの存在がわかった。森の国の護衛だろう。彼らも目立たないようにしている。


厳密には二人きりではないけれど、サラハは王子の結婚相手のお姫様役を演じなければならない。

とっさに何を話そうか迷って、謁見の間にいた男のことを質問した。もちろん、彼のことを王子だと勘違いしたこと

は伏せて。


「彼の名前はベク・ストラート。

私の従兄で、将軍の地位についています。この国の軍で一番偉い男です。

軍隊の指揮だけではなく、剣の腕や乗馬も国内最強でしょう。

もちろん魔法も使えます。剣を振るうことで衝撃波を放ち、遠くの標的を粉々に破壊できます。

軍内部や武闘派な部族内に熱烈な支持者たちがいて、私よりも彼を王にすべきだというものも少なくありません。

あなたも彼に興味がおありで?」


ベク将軍を褒めちぎるセザリオ王子の笑顔には、別の感情が隠されているかもしれない。


「いいえ、全く。

ただ、会話のきっかけになればと……。なにかお気に障られたのであれば謝ります」


そんなセザリオの思いに気づかずに、サラハは素で答えていた。自分の仕事にあまり関係のない人物だと判断して、

心からどうでもよい存在だと思っていた。


そんな政治のできないサラハの表情を見たセザリオ王子はきょとんとした顔になった後、軽く笑った。それまでのよくできていた笑顔よりもずっと自然だ。


「姫とはもっとお話ししたいけれど、それにはあの者たちが邪魔だとは思いませんか?」

王子は一瞬だけ視線を物陰に隠れた護衛の兵士たちへと向けた。王子もその存在に気が付いていた。


「二人きりで?」


「二人だけで」


少し驚いたようなサラハの声にセザリオはこれからいたずらをする男の子みたいに笑って答えた。


目の前の角を曲がろうとした時、セザリオはサラハの手を取っていきなり走り出してしまった。


あまりに突然だったので「断る」とは言わせてもらえなかった。


それに反応して行動した人数は六人。


つないだ手を引きながら先を行くセザリオはどう逃げるかに一生懸命だけれど、余裕のあるサラハは周囲の人間の様 子を冷静に観察していた。


その六人が王子の護衛の兵士であろう。それまで気付けなかったくらい町に溶け込んでいた。

身のこなしから相手の力量も判断できる。正面からの戦いは避けたいとサラハが思うほどの実力者ぞろい、選りすぐりの精鋭たちのようである。


「あの、セザリオ様?」


「セザリオと呼んでください。私もサラハと呼ばせてもらいますから」


「私たち結婚するのだから当然でしょ?という感じの気安さが嫌だ!」とサラハは思ったけど口には出さなかった。

今セザリオとサラハは物陰に隠れている。優秀な護衛を振りきれずにいた。逃げている最中だ。優秀な護衛たちは、すぐ 近くで辺りを見回している。このままでは発見されるのは時間の問題だと判断したサラハは、ここで王子に協力して

恩を売っておこうと考えた。何の目的かは知らないが、かくれんぼを続けるよりも面倒な護衛たちから離れた方がましだと。


「私の言うように逃げてもらえませんか?たぶん上手くいくと思います」


サラハのこれは魔法ではない。技術に近いものかもしれない。視覚や聴覚などの五感ではない何か、きっと経験や直 感が編み出した別の何かだ。


しゃがみ込んで地面に手を置き、目を閉じて体の感覚が細かな織物が解けるように外へと広がっていくさまを想像する。バラバラの糸から元の図柄を読み取るように、頭の中へ周辺の様子や人の往き来などの情報が流れ込むように認 識される。


サラハは目を開けてすっと立ち上がった。


「こっちです」


服装は普通の町人風の男であるが、この男も王子の護衛だ。

サラハが王子の手を引きながら歩いていると、馬車がその男の視界を遮るようにゆったりと止まった。サラハとセザリオはその馬車に身を隠すようにその場を通り過ぎる。


次の護衛の男は金持ちの商人風の格好をして大柄で近付きづらい強面だ。その男に宿屋の客引きらしい若い女が声をかける。女がもっと陽気な声で腕を組みながら話すと宿屋の中からさらに女たちが出てきた。困っている男の後ろを速足で歩いた。



次は隙のない感じの若い二人組。背中あわせに死角を造らないようにあたりを見回している。

サラハは少しだけセザリオから離れて、町の隅にいるみすぼらしい格好をした子供たちへと話しかける。

しばらく待っていると、子供がさらに子供を呼び、三十人近い子供たちが集まった。その子供たち全員が二人の男たちを囲んだ。男たちはサラハ達に気が付いたようだけれど、子供たちを振り払えず動けないようだ。

「何をしたのですか?」

「あのおじさんたちならたくさんお金をくれるって、子供たちに教えてあげましたの」


また二人組。今度の二人は手を抜いているようにしか見えない。けれど、サラハはその二人が一番面倒な相手のよう な気がする。隣のセザリオにはその二人が自分の護衛たちの中でも一番の手練れだということを知っている。自分が 注意せずとも隣のお姫さまが何かを感じ取っているのがわかった。

サラハは下手に物陰に隠れたりせず、ただゆっくりと人混みの流れに合わせて歩いただけようにみえた。

その二人の前を通り過ぎても何も声をかけられなかった。



「まるで魔法みたいでしたね!」

セザリオは先ほど起きた逃走劇に笑っていた。


「護衛の者の横を通り過ぎたのに、どうして気付かれなかったのでしょう?」


「人間の注意の隙間を利用しただけで、魔法で透明になるわけではありません。

子供の頃、かくれんぼで遊びませんでした?さっきの技は、遊びの延長ですよ。たまたま上手く行っただけですわ」


「へぇー、そうなのですか。でも、それだけじゃ説明できないこともありましたよね」


「実は、暗殺を少々嗜んでおりますの。いえいえ、全然大したことありません。独自に磨き上げてきた逃走術の応用 です」とは口が裂けても絶対に言えないサラハ。


「あっ、あちらに変わった鳥がいますわ!」

説明できないサラハは、全力で話を逸らすことにしたのだった。





「失敗した」とはさすがに王子の前で言えない。

話題を逸らすために妖しげなペットショップを指さしたら、見るからに怪しい店員が出現した。

この鳥が、この国に一羽だけしかいない外国から輸入した大変貴重な鳥で、夜行性なのは超音波で周囲の状況を認識 するからみたいなうんちくを聞かされた。箱に入った小さな毛むくじゃらの動物もいたが、水に濡らすなとか、夜中 にえさをあげるなだとか店主がうるさい。そっちは店主もあまり売る気はないようだ。

「その鳥、買います」といってあっさり買った王子に対して、「変わった趣味をしているな」とサラハは思っている と、


「どうぞ、あなたへのプレゼントです」と鳥籠に入った鳥を渡された。


「こんなものいらねーよ。とっとと返品して来い」と言えないから、笑顔で「ありがとうございます」と応えておいた。

その笑顔は引きつっていた気がした。




その後も王子はちょっとヘンなプレゼントを買い続ける。

へんなものが売ってある場所を探すセザリオは町の中心部からどんどん離れていった。


「その結果がこれかよ」

サラハは小さな溜息をついた。

場所はさびれた裏通り、護衛付きでセザリオと歩いていた賑やかな中心地とは対極にある場所である。


「おっと、その女は置いていきな」

薄汚いチンピラ風の男たちに狭い道を通せんぼされていた。


いろんな意味でピンチだった。

命、正体バレ、男としての尊厳。


どうやら状況を理解して、守ってくれる男らしい一面がセザリオ王子にはあるみたいだ。

お姫様なサラハをかばうようにして、チンピラ達との間に立っている。

乙女心があれば、王子様に守ってもらえる夢のような現状に心ときめいたかもしれない。


しかし、このお姫さまは偽物なのでそうはならなかった。

小柄な自分とたいして身長差のないセザリオが大柄なチンピラ達相手に果たして勝てるだろうか?

人数は相手の方が多くて、武器を隠し持っているかもしれない。

王子は丸腰で、その上姫を守らなければならないというハンデを抱えている。

王族や貴族が使えるはずの魔法は威力が強すぎるものが多い。もしかしたら、町中では使えないものかもしれない。

王子を守る護衛は自分が完璧にまいてきてしまった。今頃見当違いの場所を必死になって探しているかもしれない。


サラハは自分にも責任があると思い、王子を守ることに決めた。

ちょっとお姫様らしくないけれど、自分の身を守るついでだ。


「セザリオはこれを預かっていてください」

サラハはずっと持っていた鳥籠を王子に押し付けた。中の鳥は眠っているのか、じっとしている。


サラハは自分のスカートの端を指先でつまみ、ゆっくりと持ち上げていった。


徐々に太ももが露わになっていく。


男たちのいやらしい視線がサラハの脚へと注がれる。



それは一瞬の出来事だった。


ある一定の高さまで上がったスカートの布地に、覆われていたものが見えた。

それは両太ももに結わえつけられていた五寸釘みたいに細いナイフだった。

サラハはパッと両手に一本ずつナイフを引抜くと、すぐさまナイフを男たちへと投げた。


ナイフは男二人、それぞれのこめかみへ浅い傷を付けて背後の壁に突き刺さる。


男ははじめ何が起こったのか理解できなかった。血が流れているのを見てからやっと自分たちが何をされたのかを理解した。


仲間が傷つけられたのだ。男たちは逆上して襲いかかってきてもおかしくは無い。


「動くな!」


サラハは叫んでから、片方の太ももに結わい付けられたナイフを男たちへと見せつけた。

「……ナイフは残り六本。次に動いた者の喉笛を貫くぞ」


男たちが怯んだのを見た王子は、やる気満々のサラハの手をつかむと、その場から逃げ出した。

サラハに対して何かを感じ取ったのだろうか、男たちは追いかけてはこなかった。



「私の得意な得物は投擲武器全般ですの。手裏剣術も学んでいますから、遠くで動きまわる的のド真ん中に命中させて見せますわ」

なんて本当のことは言えない。

その帰り道、興味津々の王子様からサラハはいろいろと尋ねられたけれど、笑顔でスルーした。




「お土産は何だ?」


キジカは移動式のコンロを準備していた。


「屋台の焼き肉だった場合、冷めていたらおいしくない。これの火で加熱して、おいしい適温になるまで温めるのだ。炭も準備してあるから、あとは点火するだけにしてある。

さあ!」


「予定外の出来事があって、早めに王子との外出を切り上げてきたから、お土産買って来るのを忘れていた」


サラハは目を逸らしながら謝った。


「その手に持っている複数の箱は何だ!お菓子の一欠片ぐらい入っているんじゃないか」


「これは全部、王子様からのプレゼントだよ。残念ながら全部食べ物じゃない」


張り子の寅、ガラスの金魚、石の亀、猫の土鈴、竹細工の飛蝗、銀細工の豚、毛皮の栗鼠。


「これはどうだ。煮込めば食べられるんじゃないか?」


キジカは革のつやつやした財布を箱から取り出した。


「雪山で遭難したわけでもあるまいし、そこまで飢えていないだろ。やめとけ、やめとけ」



バサリと翼の音がした。


籠の中で翼を広げようとして、狭くて出来なかった鳥の羽音にキジカが気付いた。


「何だ、あのでっかい鳥は」


「あれも王子様からお姫様へのプレゼントだよ」


キジカの無機質な視線がじっと鳥から離れない。


「おい、ダメだぞ。さすがに、贈り物のペットを食べちゃいました、なんて誤魔化しきれない」


キジカはナイフとフォークを構えている。

「突然猛烈な空腹に襲われて、ついうっかり食してしまいました。誠に申し訳ございませんでした。

大変反省しておりますので、どうかもう一羽購入していただけませんでしょうか。

今回は丸焼きだったので、次は唐揚げにしてみたいと思います。ごめんなさい。

……………………。

うむ、我ながらなかなかいい謝罪文だと思わないか?」


「絶対にダメだからな」


キジカがどこまで本気なのかサラハには判断しかねる。

さすがに冗談であろうけれど、あの無表情にはわずかばかりの可能性が眠っているように見えた。


のちにキジカはその時のことを、時間がゆっくりと流れて見えたと語る。


「あー、鳥さんが、逃げちゃったわ~」


サラハは棒読みのセリフを口走りつつ、鳥籠を開けて外へ逃がした。食べ残しの骨が出てくるよりは、うっかり、逃してしまった方がまだ言い訳できる。

夜の暗い森へと飛んでいく。ばいばい。






「おい、何を遊んでいる」

鳥がいなくなった後の部屋に現れたのは、ゴウアジとユマヤだった。


「いえ、何でもありません」

サラハとキジカは監視の目のないだらけた生活の終りに内心がっかりしていた。


「まあ、いいだろう。

この退屈な任務もすぐに終わる」

ゴウアジはベッドに腰掛けて足を組んだ。


「いよいよ戦争が始まるのですか?」

キジカが尋ねると、ユマヤが笑って答える。


「じゃじゃーん!戦争の前に、セザリオ王子を暗殺することが決まりました!」

くるりと回って、ユマヤが指さした先には何も見えなかった。


キジカが首をかしげると、誰もいない様に見えた場所に、突然人が現れた。

黒衣のような格好で、全身が黒い布で覆われている。


「透明化の魔法の暗殺者」

ゴウアジはにやりと笑った。


「決行は明日、森の中の古代遺跡だ。こいつの邪魔になるなよ」

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