人質姫のみがわり→ゴーストプリンセス

ヤケノ

 

偽りのお姫さま

第1話 死への旅

昔々、とある砂漠の王国に美しいお姫様がおりました。


ある日、お姫様は隣国の王子様へと嫁ぐことに決まりました。ですが……


「嫌よ!絶対にイ、ヤッ!」


お姫様には自分の父親である王が、何を考えてそう決断したのか、はっきりとわかっていました。


自分の国と隣国との友好や平和のためではありません。


砂漠の国の王は、豊かな土地と水源を持つ森の国の領地を手に入れたいと思っていました。


しかし、真正面から攻めたのでは森の国の強固な城と城壁を落とせそうにありません。


まずは、これまでの対立の歴史に終止符を打つという名目で和平を結び、同盟を組むことにしました。


商業交流が活発になり、人の行き来が増えました。


次に、自分の娘を嫁という名の人質として差し出したのです。


……相手がこちらを信用して、油断したところで戦争を仕掛ける気満々です。




さて、ここで問題です。


戦争が始まった時、人質はいったいどうなるでしょうか?



「絶対に殺される。私は、まだ死にたくない!」



お姫様は、このまま黙って王様の命令に従い、敵に殺される従順なお姫さまではありませんでした。


いっそのこと、娘のことなんて外交カードとしか認識していない王を暗殺して、下剋上でもしてやろうかとも思いましたが、さすがにそんな思い付きの行動で殺されてくれるほど王様は甘くありません。


「ちっ、残念」


お姫様は自分が生き残るために、影武者を立てることにしました。


身代わりの人間を相手国に送り、自分は身を隠せばよいのです。


でも、なかなかちょうどよい身代わりが見つかりません。


お姫様のふりができるほどの高い身分の人間となると、王様にばれてしまいます。


かといって身分の低い人間では、王族としての立ち振る舞いや、王宮での作法を知りません。


ありがたくも自分の尊い名を使わせてやるのだから、それなりの人物を代役にしなければ、本物である自分の評価が 下がってしまいます。


「ああっ、そうだわ!」


お姫様は、ひらめきました!電球ピカッ!


王家の人間だけが使える暗殺者組織の中に、貴族のふりをして標的に近づく暗殺者がいたはずです。


その者ならば、王宮での作法は完璧で、いなくなったとしても気付かれません。


お姫様と年の近い適任者は一人しかいませんでしたから、すぐに決まりました。


「うーん。じゃあ、とりあえずそれで」


そして、お姫様の身代わりとして王子様の元へ嫁ぐことになったのです。








「……死にたい」

「手伝ってやろうか?」


物語が始まって早々、主人公はすべてを諦めかけていた。

王族専用の馬車の中には、姫とその付き人が乗っていた。


もちろん本物ではない。どちらも身代わり、代役、偽物だ。

その正体は暗殺者である。


姫役の暗殺者が落ち込んでいるのは、命がけの任務を命じられたからではない。


その理由はとても単純だ。




本物の姫からの依頼で、選ばれてしまった暗殺者の話をしよう。




「この命令は受け入れられません!」


「私は決定事項を告げに来たのだ。お前に選択する権利は無い。さっさと準備しろ」


先輩暗殺者は冷たい刃物のような視線を突き付けた。

その新米暗殺者は初仕事が国外で、しかも暗殺任務ではなくて、さらに死ぬ可能性が非常に高い任務になるとは思っていなかった。


「がんばれ。遠いこの地からおまえの仕事の成功を祈っているゾ」


新米暗殺者は、自分を見送ろうとしている同じく新米な自分の相棒をじっと見た。

彼女は完全に他人ごとって顔をしている。


死地へと旅立つことになる新米暗殺者には、いつも通りの無表情の相棒が許せなかった。

人は、自分だけが不幸になることを受け入れられない時がある。

どうせ地獄行きならば、道連れが欲しい。一人よりも二人。


「すみません先輩!

自分一人では心配なので、いつも一緒に厳しい訓練を受けてきた相棒も連れて行ってもよろしいでしょうか?彼女がいれば仕事の成功率が格段に上がるはずです!」


「いいだろう。一人ぐらい増えても問題ない」


先輩のその一言に、先ほどまで他人ごとであった新米暗殺者の相棒は、真っ青になった。




先輩暗殺者は、新米暗殺者に今回の仕事道具が入った袋を渡した。


「なんですか、これ?」


「見ての通りだ。

具体的に説明すると、今回の任務は第一王女様の身代わりとなってもらう」


「第一王女様って言うと、今度、隣国に嫁入りする?」


「肯定だ。

嫁ぐとは言っても、政治的に見れば人質。何かあれば、すぐに殺される。

だから身代わりを立てるのだろう」


「ああっ、だから隣国で命の危険性のある任務なのですね。

…………………………………………。


やっぱり、嫌だー!」


「お前の意思など関係ない。

さっさとそのドレスに着替えろ!」


新米暗殺者は袋の中にあったドレスを広げた。


「こんなヒラヒラでスケスケのドレスなんか着られるか!

俺は男だぞ!

どうしてこんな格好をしなければならんのだ。

誰かほかの女を探せよ!」


先輩暗殺者は、窓の外へ視線を向けた。


「我らの組織に依頼があったのだ。

姫様と同年代で宮廷の作法を身につけた人物は、この組織内で他にいない」


「ちょっと待て!俺と同年代でいいのなら、相棒の方が良いじゃないか!

姫様と同じ女なのだから!」


新米暗殺者にいきなり指さされた彼女は、先ほどの死地への道連れにされた恨みを忘れてはいなかった。

普段とは違い、彼に協力する気はまるでない。


「貴族や王族として潜入する訓練を受けたお前と違って、私は侍女として潜入する訓練しか受けていない。

姫を演じるのなら、お前の方が断然適任だ」

もし姫が処刑されたとしても、使用人ならば見逃してもらえるかもしれない。無理矢理連れていかれるのに、何でわざわざ自ら危険な役目を引き受けねばならんのだ。彼女はそう考えていた。


先輩暗殺者は、議論するのが面倒になってきた。


「お前らが何を言おうとも、組織からの命令は絶対。逆らうことは許されない。

さっさと着替えろ。さもないと、ブッ殺すぞ」


「…………はい」


先輩暗殺者の殺気にビビった新米の二人はガタガタ震えていた。




「とりあえず着てみたけれど、やっぱり変だろ!」


胸元の布地が少なく、大きく露出したデザインをしている。

本物の姫様のドレスなので、胸の部分がスカスカになってしまっている。


「のどは、とりあえずスカーフで隠そう。

顔はレースで隠しておくが、化粧もして誤魔化す。

大丈夫。最近は本物の女性もだまし絵と同じだから、画力があれば男だろうと美女に仕上がる。

胸部の穴はふさいで、詰め物をしておこう。本物の姫様と同じで大きい方が良いか。

上半身の露出が減った分、スカートを短くすれば問題ない。

すね毛を剃る必要の無いスベスベでよかったな」


侍女としての訓練を受けている相棒はノリノリだった。彼がいやがれば嫌がるほど、執拗に偽装を施すつもりだ。

ドレスが彼に似合うように寸法を測っている。


「今夜中に仕上げておけ。

明日の朝には姫の身代わり任務を開始してもらう」


「「了解だ」」


新米二人の返答には、砂漠の昼と夜くらいに温度差があった。


そして翌日。

とりあえず一着だけドレスが仕上がって、出発の式典に間に合った。




王族専用の馬車の中には、ヒラヒラのドレスを着た姫とその付き人が乗っていた。

姫の代役をしている彼の正体は暗殺者であり、専属侍女はその相棒である。

女装姿のせいで、暗殺者として、男子としてのプライドはズタズタである。

出発の式典で、数多の熱い男たちの視線にさらされたのがとどめになったようだ。


「……死にたい」


「手伝ってやろうか?」


死んだ魚のような眼で遠くを眺めていたお姫様が、侍女の方を向いた。


「その言葉づかいは何ですか?侍女のくせに生意気ではないかしら?」


「……。モウシワケアリマセン」


「全然気持ちがこもってない。ちゃんと名前に様をつけてもう一度」


「申し訳ありません、サラハ・オリアディス様」


積極的に姫の役を演じているのは、彼が自棄になったから、だけではない。二人は、もう任務中なのだ。

互いのこともコードネームで呼び合わなければならない。この任務の場合、姫の名前サラハ・オリアディスと専属侍女の名前キジカがそれにあたる。


ちなみに、先輩暗殺者たちも侍女として監視の任務についている。一人はゴウアジ。サラハとキジカを呼びに来たの が彼女だ。美人ではあるけれど、目つきが鋭すぎて堅気に見えない。

そして、組織の暗殺者は基本的に二人一組のチームで任務をこなすことになっている。ゴウアジの相棒がユマヤだ。

冷たい目をしているゴウアジとは違い、いつも笑顔でいる。侍女としてはこちらの方が自然に見える。ちなみに本業の方でも笑顔で仕事をする。



身代わりたちが乗っていることを知らずに、兵士たちの行列は姫の馬車の護衛をしながら森の国へと砂漠の道を進む。


姫の身代わりサラハと、専属侍女の偽者キジカは、同じ馬車に二人だけで乗っている。

監視役の先輩二人は別の馬車に乗っていた。二人にとってそれは救いでもあった。長時間死と隣り合わせでは気が休まらない。

隣国までの旅は、砂漠を越えなければならなかった。

快適な王族用馬車の中で、キジカがお姫様の服をすべて偽者仕様に作り替えても数日余るほどの日数がかかった。こんなに時間がかかったのは、婚礼の行列が街を抜けるたびに速度を落として、お祭りの山車のように人々に見せびらかしたせいだ。

馬車の窓から顔をのぞかせて、優雅に手を振って街の歓迎に応えたけれど、姫が身代わりだということは、誰にもばれなかった。


「ついに国境も抜けたな。なあ、キジカ」


「ハイハイ、ソーデスネ、サラハ様」


二人の新米は、身代わり生活に慣れを通り越し、飽きて、だらけていた。




国境を越えたことで護衛の兵士たちも安心し、それが油断につながっていたのだ。


先頭の馬車の御者が矢で射殺された。

盗賊の待ち伏せである。


街道の両脇の林や草陰から次々と盗賊が現れた。サラハ達の馬車から見えるだけでも二十人は超えている。


護衛の兵士の方が数で上回っていたのだが、盗賊の奇襲に対応しきれず、生き残って体勢を立て直せた兵士たちは盗賊の数を下回ってしまった。


数の有利を失った。地の利は向こうにある。護衛たちの奮戦むなしく、囲まれて一人また一人と数を減らされ、ついには誰もいなくなった。


残されたのは、お姫さまとその使用人の女たちである。ろくな抵抗もできずに、彼女たちは野蛮な盗賊にさらわれる。


そうなるのは、もし、姫たちが本物であったならばの話である。


「盗賊にしては悪くない手際だ。そう思わないか。なぁユマヤ」


「なんだか訓練された部隊みたいだね、ゴウアジ。でも、王族の馬車を襲うんだから、これぐらいできて当然だよ」


使用人の格好をした二人の殺し屋が馬車から下りてきた。


「お前たちは降りてくるな。邪魔だ」


使用人が姫に対してきつい口調で命令している。

生き残ったのが四人の偽者たちだけなので、ゴウアジは遠慮せずに後輩へ指示を飛ばした。


「ちょうどよかった。長旅ですっかり鈍っちゃっていたからね。いい運動になるよね、ゴウアジ!」


話しながらユマヤが、急に盗賊の一人との距離を詰めたかと思えば、次の瞬間にはその男に蹴りをくらわしていた。

女の蹴りをくらっただけなのに、盗賊の男は絶命していた。

殺された男にはのどを刃物で切り裂かれたかのような傷があった。


ただの侍女ではないと理解した盗賊たちは、ユマヤを警戒して少し距離を取っている。

もう一人の侍女、ゴウアジの背後から近寄った盗賊は、大きく上段に振り上げた大剣を頭めがけて振り下ろした。

よく手入れされたブ厚い刃で、スイカみたいに頭が粉々に砕かれることは無かった。


「背後からの騙し打ちならもっと気配を消せ。そんなに殺気を撒き散らしては、振り向かずとも貴様の剣を止められるぞ」


ゴウアジは盗賊の大剣の刃を片腕で受け止めていた。

腕と剣とがぶつかり合った時に、金属同士がぶつかり合う音が響いた。




その戦闘の様子を先輩暗殺者に守られた馬車の中で、サラハとキジカが興味深そうに見ていた。


「あれは、どんな魔法だ?」

サラハが尋ねるとキジカが視線を外に向けたまま答えた。


「たぶん体の中に武器を隠しているんだ」



この世界の王族や位の高い貴族、それに高位の軍人は魔法が使える。


支配階級が自分たちの権力を守るために独占している知識、それが魔法だ。


炎を起こす魔法や、風を操る魔法など、戦況を変えるほどの威力がある魔法であることが多い。


数十の騎馬を焼き殺し、帆船を操る強力な魔法だ。対象が人であるならば、遺体に原形すら残らないようなものもあった。


そんな王侯貴族や軍人を暗殺しなければならないのだ。


ゴウアジ達の所属する暗殺者組織も魔法を研究しなければならなかった。


時に人から賄賂や拷問で聞きだし、またある時は極秘の情報を忍びこんで盗み見た。


長い年月をかけ、ついに彼らは独自の魔法を編みだしたのだ。このことは依頼人の王族にも秘密にしてある。


それらの魔法は、貴族や軍人の魔法とは全く違う。


戦場で軍隊を相手に使うためのものではない。宮殿に密かに忍び込み、誰にも気づかれない様に王侯貴族を殺すための魔法なのだ。


ゴウアジとユマヤが使っている魔法は、身体検査を潜り抜け、武器を持ち込むための魔法だった。




ユマヤが上を向き、口をパカッと開くと喉の奥から赤い棒のようなものが出てきた。

ユマヤがそれを引っ張るとずるずると伸びてくる。最終的にむき出しの刃が出てきて、ユマヤは一本の長い槍を体から取り出した。


彼女を囲んでいた盗賊たちもその様子を呆気にとられて見ていた。


ユマヤ達の魔法を馬車の中の二人も見ている。


「おいキジカ、ユマヤの体よりも長い武器が出てきたぞ。いったい体のどこに収まっていたんだ?」


「推測になるが、いくら魔法でも、体内に隠して無限に武器を持ち運べるはずがない。おそらく持ち運べる量に制限があるはずだ」


「つまり、どういうことだ?」


「私には、さっぱりわからない、ということだ」


キジカは相変わらずの無表情で、真剣そうに聞こえる話し方で答えた。


馬車の外では槍を振り回すユマヤが次々と盗賊を殺して行く。

その様子に臆した者たちが逃げようとしているのを、ゴウアジは見逃さなかった。


ゴウアジの脇腹から剣の柄が生えてきた。彼女はそれをつかんで引抜く。剣の生えていた場所には傷一つない。


「なぁ、キジカ、キジカ。ゴウアジ達は剣が刺さっても死なないのか?」


「剣を腕で受け止めた時は、わずかに自分の剣を腕から外に出していて、それで受け止めた。

驚かすためのトリックみたいなものか?

ユマヤの槍や、ゴウアジの剣に共通する刻印がある。おそらく魔法のための特別な武器だろう。

あの刻印が刻んである武器ならば体の中に取り込めるのではないか?

盗賊の攻撃を武器で弾いたり、避けたりしているから、普通の武器なら刺されば死ぬんだろう。

詳しくは、あの武器を調べるか、先輩二人に聞いてみるしかない」


「やめとこう。

魔法は暗殺者にとっても切り札だ。

秘密を暴こうとすれば、きっと怖いことになる」


サラハの意見にキジカはうんうんと頷いた。



そして、ゴウアジの投げた剣が、逃げようとしていた最後の盗賊を背中から刺し殺した。



「皆殺しだ~」

ユマヤは楽しそうにはしゃいでいる。

ユマヤの持っていた槍が、手の平から吸い込まれるようにして体内に収納された。

この武器を体に隠す魔法には、呪文が必要ないようだ。


「降りてきて手伝え、すぐに出発する」

ゴウアジは投げた剣を回収している。


四人は血で汚れていない荷物の中から必要なものを選んで馬車に積み込む。

二台の馬車の内、ゴウアジとユマヤが乗った馬車を先頭に、森の国の王城へ向けて再び出発した。


「先輩二人は交代で手綱を握るとして、こっちはどうする?」

御者の台に座ったキジカが、姫の役を演じているサラハに質問してきた。


「侍女が馬車の中にいて、姫が手綱を握るのは不自然だろ」


「いじわる」


「意地悪じゃない。これも仕事だ」


それから、特にトラブルもなかった。




森の国の王都にたどり着くまでは……。

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