九. ライバルの躍進。

 ライバルの躍進(1)

『ジュニアグランプリシリーズ チェコ大会が10月14日と15日の2日間、オストラヴァで開催された。

 アイスダンスでは神宮路氷華・蒼井流斗組が初出場、総合146・08で14組中5位と健闘した』

 スポーツ面に載った小さな記事。これはこの世界を知っている人が見れば、目を見張る快挙だった。


 世界ジュニアへの切符は、実は全日本の成績だけで得ることができるものではない。国際的な競技力を判断して決めるとされているからだ。流斗たちに国際大会でこれだけの成績を残されてしまっては、僕たちは全日本でかなり巻き返さないと厳しいかもしれない。


 先生は指導の合間にハンドブックに目をやり、オスカー先生やジャッジの岡崎さんや吉田さんといったあらゆる協力者に連絡を取った。

 最初はライバルの数なんて一組だろうと千組だろうと関係ないなんて言っていた先生だけれど、今は明らかに目の前のたった一組のライバルを意識していた。世界に出て行くためには、まずは彼らを超える必要があった。


 ジュニアグランプリでの流斗たちの点数は、去年の全日本を四十点近くも上回っていた。これはかなりの点数だ。

 先生は今回こそ僕たちを勝たせたいと躍起やっきになっていた。全日本までの伸びしろを加味して、僕たちのプログラムは技量ぎりぎりまでレベルを上げることになった。


 リフト、ツイズル、スピンをレベル3からレベル4へ。

 そして、ステップシークエンスをレベル2からレベル3へと。


 到底上手くやれているとは言えないものを気合いでこなす。ばたつきながら。

 めちゃくちゃだけど、でも気持ちよかった。

 大きな紙に思いきり描いているような。細かいことに捕らわれず、自由に思い切り。陽向さんが一緒でも不自由を感じることは全然なかった。それよりも二人であることで一人より発想が膨らんで、大胆になって、描いたものを一緒に楽しむ喜びが大きくなった。


 オスカー先生から宿題と言われたフリーにも息を吹き込んでいく。

 男性の歌声に始まり女性の歌声が重なっていくStart of Something Newに、イメージを膨らませる。ハーモニーを作り出す楽しさ――それを表現するのにまさしくぴったりな感動を僕たちは今まさに実感しているところだった。


「いい? 西日本は全日本に向けて経験を積む場所よ。分かっているとは思うけれど、どんな点数が出ても決して動揺しないこと。まだ発展途上なことは承知の上で出るのだから、前向きにね。とはいえ、本番のつもりで全力投球で」


 ツイズルは不ぞろい、スピンの姿勢はでたらめ。ステップシークエンスも減点覚悟。

 でも僕たちの目標は全日本。

 そして、その先の世界ジュニアでもあるんだ。

 そのステップの一つとして、西日本へと挑もう。

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