第3話

 あの頃、劉は電脳電影学院に所属していた。そこは旧来の電影(映画)制作に最新の電脳画刊(コンピュータグラフィックス)技術を応用する目的で設立された先端文化施設だった。電脳画刊の基礎技術を確立し、今まで美国(アメリカ合衆国)の下請けでしかなかったアニメーターを最終的には電脳画刊創造者(クリエーター)に養成し電脳画刊化の進む美国の電影産業へ追随しようという目論見だった。将来的には、虚擬現実(バーチャルリアリティー)への展開も計画されていた。国際標準化(グローバリゼーション)を視野に入れた知識経済(知識型

経済)への転換も。この国が得意とする人海戦術で。

 しかし、本当の目的は電影による国家主義(ナショナリズム)の鼓舞であった。暗示(ヒント)の一つとなったのは、美国のある電脳画刊による動画片(アニメーション)だ。おもちゃのカウボーイや宇宙飛行士や兵隊が戦闘的な雰囲気を醸し出していたあの電影だ。この国も美国に倣ってどこが敵国であるのかを子供達を手始めに偏見をたたき込んでいこうと。美国と同様に反日感情を暗示して。そのため、香港から電影技術者をはじめ電脳机科学(コンピューターサイエンス)関連の系統工程師(システムエンジニア)・程序員(プログラマー)が多数招聘されていた。劉もその中の項目経理(プロジェクトマネージャー)の一人だった。

 劉が研究室で電子郵件の添付文件(ファイル)を開いた時、それは起った。死机(ハングアップ)した台式計算机(デスクトップパソコン)。はじめは屏幕保護程序(スクリーンセーバー)の揺晃(フリッカー)のように揺らめいていた三維圖像(三次元画像)は、屏幕(スクリーン)を拡がりながら燃え上がった。その日輪に似た電脳画刊に、劉は一瞬引き込まれた。実際の焔が吹き出しているようにリアルに見えたからだ。焦げくさい臭いが鼻を突くと劉は我に返った。既にその炎は顕示器(ディスプレイ)を包み込んでいた。

「そんな馬鹿な」劉は唖然として立ち上がった。

 周りを見ると内部網(イントラネット)に接続した数10台の端末からも炎が上がっていた。その場にいた学生達も呆気にとられたように立ち尽くした。焦げた臭気が立ちこめ、顕示器が破裂する鈍い音が続いた。けたたましい火災警報が鳴ると同時に、天井からスプリンクラーの水が勢いよく放出された。

 その頃、公用電子通信網に接続した政府機関・研究所・大学などに同様の病毒被害が拡大していった。かつて、この国に物が溢れることはなかった。だが、今まで信息化からも程遠いといわれたこの国は、既に国際互聯網絡人口5千万人、自由電子郵件(フリーメール)帳号(アカウント)8千万帳号、手機(携帯電話)利用者1億人にまで膨れ上がっていた。

 この国周辺の亜州(アジア)諸国並びに美国でも大規模な国際互聯網絡障害がほぼ同時に発生していた。接続不良から端を発し、やがて通信速度の低下から長時間の不通に至った。影響を受けた系統(システム)は世界で数万カ所に上ると推定され、ATMをはじめオンライン服務區域(サービス)・電話接続までも被害が及んでいた。

 その夜、電視台の新聞(ニュース)は電脳電影学院の出火事件のみを手短かに伝えた。研究室が全焼し室内にあった50数台の台式計算机が灰になったことを。そして、出火原因は調査中とされた。

 しかし、電視台へ『紅星★電脳連盟』という組織から既に犯行声明が届けられていた。その声明には政府の電脳及び電網化推進政策への抗議文が署名付きでしたためられていた。しかし、電視台はこの声明文を公にすることはなかった。

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