7話 PPD・AG
まぶしい。
あたり一面、光の渦だ。
俺はプジを抱えて通りに飛び出しながら、店がふっ飛ぶんじゃないかって心配だった。
銀髪のアムルは、天使。それも超強力な機霊を持つ奴。
そのことは、始めっから把握してた。
大穴から家にこっそり運び込んだとき、じっちゃんはことさら難しい顔をしたもんだ。
『テルよ、うまいこと運んできたのう』
『まあねー。プジが索敵妨害電波出してくれたから、どこの誰にもバレてないぜーきっと』
『うーむしかし。これは……』
地下工房の機材を使って銀髪少年の体をざっと調べたじっちゃんは、奴の背中に埋め込まれてる機霊がどんなものか推測して唸ってた。
『融合型は、起動したら主人の生命エネルギーを吸収するんじゃが。この機霊は起動せんでも、微量ながら主人のエネルギーを吸い取ってるようじゃなぁ』
『じっちゃんそれって……』
『今の融合型機霊には、まずありえん仕様じゃな。おそらくこの子の機霊は、世界遺産級の相当古いものじゃろう』
銀髪少年の機霊は、顕現しなくても主人の寿命を吸い取る恐ろしいもの。
それだけハイスペックで強力だ、ということなんだけど。
そんな無茶苦茶な仕様を持ってて今も現存してる機霊といえば、この世に一機あるかないか、だ。
じっちゃんは背中が焼けただれた少年を入れた回復カプセルの前で、暗い顔をうつむけてた。
『さきほどうちの端末機が暗号通信を傍受したんじゃが……。エルドラシア帝国所有の全隠れ拠点に、当局から一斉に極秘命令が流されたぞ』
『な、なんて?』
うちの工房は無国籍。
基本、国家とは契約しない主義で、個人契約しかしない。
だから顧客は、島都市を渡り歩く傭兵さんたちが多い。知る人ぞ知る的な隠れ工房なんだけど、天上の情報は逐次ちゃんと盗……いや、拾っている。
『PPD・AGが、不慮の事態により帝都より持ち出され、大陸に墜落したそうじゃ』
コードPPD・AG。それは機霊を扱う関係者ならば、誰もが知ってる公開コードだ。
『島都市連合
『うむ。大陸拠点詰めの帝国の天使たちに、発見・回収命令が出とる。しかしなぁ、この指令を出した御仁の肩書きが、気になるのう』
『お? 偉い大臣とか軍人とかそんな人じゃないの?』
『第五十一代エルドラシア新皇帝、じゃ』
『え?! 五十一? え? 今のあの国の皇帝って……五十代目、じゃ?』
『指令の最後の一文がさらに気になるのう。「PPD・AGを回収次第、帝国は全世界に最新鋭の新皇帝機をお披露目する」……だそうじゃ』
つまり永久保存指定物として、世界中知らぬ者とてない超有名なアルゲントラウムは。
今までのように「戦には決して出ず、常に代理騎士を立てている
『え? え?! となると、俺が拾ったもん、どうなるの?』
『うーむ……永久保存指定は取り消しになっておらんということは。帝国は今までとは別の形で、AGを保存することにした、ということかのう。凍結保存が一番ありそうじゃな……』
『いったん融合した機霊は、主人の
『おそらくそうなるじゃろうのう。「いけにえ」はこれで最後にする、と帝国はついに決断したのかもしれん』
一千年の昔。
初代マレイスニール帝の頃からすでに、エルドラシアの皇帝機は、主人の生命エネルギーを食いすぎる化け物として知られていた。
とはいえ、アルゲントラウムはネクサス・コロニアの暗黒帝を打ち倒した、最強の名機。ゆえにかの帝国は高祖帝以後、その大機霊を起動させたまま保存することで、国の権威を高めてきた。
島都市連合にアルゲントラウムを永久保存指定させたのは、世界的な権威を強めるために帝国が画策した政策に他ならない。
PPD・AGの保存方法はいたって簡単。数十年おきに、人工生成された「高祖帝のクローン」に融合させる。
だが戦に出すのは、厳禁だ。AGのコスパは冗談レベルじゃなく、すさまじい。
飛翔するだけで、主人の寿命がガリガリ削られる。よって人形の皇帝に宮殿でぬくぬくお飾り生活をさせて、できるだけ長生きさせるようにするそうだ。
人形皇帝を象徴とするかの帝国において、実際に他の
つい最近までこの「
五十代一千年。
アルゲントラウムに命を吸われる人形皇帝の寿命は、およそ二十年で尽きる――。
帝国はえんえんと続けてきたこのシステムを、ついに変えようとしているんだろうか。
『なあじっちゃん、カプセルに入ってる銀髪くんて……つまり五十代目の人形皇帝、だろ? 凍結とかされるのが嫌で、下界に逃げてきた……のかな?』
『どうじゃろうの。今回の事象は、突然に起こされた政変のようではあるが』
『回復後にそれとなーく、聞き出してみっかなぁ』
『うむ。しかし心配じゃのう。今のままでは、AGのシステム損壊の程度がわからん。もし深刻なダメージを受けとると、厄介じゃなぁ。再起動の際に自動修復しようとして、うまくいかんで、過剰な負荷がかかるかもしらん。空回りして熱暴走するかもしれんのぅ……』
まぶしい。
まぶしい!
まぶしい!!
熱い――!!!
「じじじじっちゃん! めっちゃ負荷かかってるよこれー!」
「ぬうう、こりゃいかんぞっ。暴走しておるっ」
「テルうう! まぶしすぎて視界がホワイトアウトー!」
腕の中のプジが、蒼い目をぎゅっとつぶって悲鳴をあげる。
背中から炎のような柱を噴き出してるアムルが、このままでは俺んちどころか、その上のスラムマンション全部を焼いちまうと気づいてくれたらしい。
「ぐううう!」
苦痛に呻きながらも、ごろろと通りに転がり出てきた。
とたん、太陽のごときまばゆい輝きが俺たちの目を焼いた。
熱量が……ものすごい。肌に何かが刺さったように痛む。なんて光だ……。
「テルくん! シングさん! 大丈夫か?!」
赤毛のロッテさんが、俺たちとじっちゃんの盾になるように立ち。
「ミッくん!
アホウドリサイズの機霊を顕現させた。
ロッテさんが肩に背負ってる機霊機が、巨大な金属の翼を雄大に広げる。と同時に、ロッテさんの右肩付近に、金髪イケメンがふわっと現れる。
『ロッテ! なんだこの光は!』
「ミッくん! すんげー熱い! だから俺たちを守れ。俺たち、だぞ! 俺たち!」
『なぜ他の者まで? いとしい君は絶対に守るが――』
「命令だっつの!」
『嫌だ……』
「こら! 俺のことほんとに愛してんなら、そんな切ない顔しないで言うこと聞けー!!」
『う……』
うわ。ミッくんてば、相変わらずの反応だ。前に改造請け負った時も、ロッテさんがそばにいないと、機霊機の中を開かせてくれなかったよこいつ。俺の顔なんてまともに見もしなかったもんなぁ。黒髪は好みじゃないとか赤毛こそ最高だとか、ぶうぶう言ってさぁ……
イケメン機霊が、じとっと俺とじっちゃんを睨んでくる。
『だ、だがロッテ……こやつらは、オスだ。ロッテを襲うかもしれな――』
「つべこべいわずに、最高範囲まで
『なんだと……! わかった任せろ!!』
ろ、ロッテさん、なんだかんだいってミッくんを使いこなしてる?
それともやけくそ?
イケメンミッくんが嬉々として、広範囲な結界を張る。
うっすら赤みを帯びた美しい光の膜が、俺たちを包む。
通りで伸びてる発掘屋の二人組も。道を行きかってて、呆然と光を眺めている人々も、すべて。
さすがアホウドリサイズの機霊だ。効果範囲がバカみたいにだだっ広い。
でも改造前は、結界強度が実に弱弱しかったんだよな。
広く浅くってのが、ミッくんのような
「わぁ、すごいじゃない! まるで冷房がかかってるみたいよ?」
腕の中のプジがくしゅんとくしゃみするぐらい、あたりに清涼な空気が吹いてくる。
俺がてきとーに改造した今のミッくんの結界は、かなり強力。アムルの暴走機霊が放つ熱を、完全に遮断してる。
「へへっ、
「さすがねえテル」
「へへ、それほどでもー?」
プジに褒められて思わずにっこりしちまった俺だったが。
アムルの暴走機霊の光量はやばい。まるで人工太陽だ。
「ミッくん! 結界展開の制限時間が切れる前に! 熱玉少年を街の外に運ぶぞっ!」
『了解! ロッテ』
ロッテさんが、ズオンとすごい羽音をたてて飛び立つ。
目指すは熱玉になってる銀髪アムル。でかい翼から俺たちを守る結界を放射しながら、自身は両腕を伸ばし。
「あぢぢぢぢぢ!」
ひいひい叫びながら、熱玉少年の首根っこを掴むそのそばで。
『ろ、ロッテ! ロッテがんばれ!』
ミッくんが必死にご主人様に抱きついて……
え。
抱きついて?
「うがあ! ミッくんジャマー!!」
『でもこうしないと君を守れな――』
「対接触バリアは、離れててもかけられるだろうがあああ!」
『でも結界張ったごほうび……』
「アホかおまえはー!! チューは事が全部終わって落ち着いてからだーっ!!」
今すぐしたいあれもこれもシたいとかなんとかほざくミッくんの顎をぐいと押しのけ、ロッテさんが銀髪の熱玉を掴む。
「どうりゃああああ! 俊速飛翔ーっ!」
た、たしかにあれじゃあ、周囲にゃどヒンシュクものだよなぁと思いつつ。
俺とプジはテケテケに飛び乗って、スラムマンションが並ぶ通りを超高速で突き抜けてくロッテさんを追い始めた。
じっちゃんも車庫からメケメケを出して、後についてくる。
俺が改造したミッくんは、飛ぶ速度も格段に速くなってる。
ロッテさんはあたかも赤い彗星のごとく、コウヨウの街をあっという間に飛び出て西へ向かった。
天使たちの戦闘区域に程近いところ、俺がアムルを拾った荒野に熱玉少年を放すつもりらしい。
「あ!」
「テル? 何してるの?」
ハッとしてテケテケに急制動をかけ、店に引き返す俺を、プジが急かす。
「冷却性のバクテリア鉱を持っていく!」
熱を食うあの鉱物。メイ姉さんのメケメケ修理用にって精製して固形にした板がある。こいつをアムルの背中に貼りつければ、きっと熱暴走を抑え込める。
「て、テルどうしよう。野次馬がっ」
テケテケで再度店の前から走り出した俺のそばを、おっさんが乗ったヒュンヒュンがぎゅんっと追い抜いて行った。
煌々とまばゆく輝く暴走機霊を、街の奴らは見逃さなかったようだ。
膨大なエネルギーを発する熱玉を目撃した発掘屋や技術屋関係の者どもが、メケメケやヒュンヒュンで繰り出して道路にあふれかえってる。
この状況でテケテケで追うのは、正直ちょっとしんどい。一番乗りは無理だ。
じっちゃんのメケメケも、速度的にはかなり微妙。俺のテケテケと大して変わらない。
ロッテさんが野次馬どもを寄せ付けないでいてくれるといいんだけど……
やっぱ、ヒュンヒュンに改造するべきだよなぁ……
――「あら? テルくんじゃない?」
お?
すぐ隣を今まさに追い抜いていこうとしてるメケメケ。
そこから聞こえるこの声は。
「メイ姉さん?!」
こ、これぞ天の助け!
みどりの黒髪をなびかせる、うるわしきメガネ女史!
メイ姉さんが運転してるメケメケは、ショージが勤めてる会社の最新モデル。
ばりっばりの新車だ!
「のっ……乗せて! メイ姉さん、そのメケメケに乗せて! くださ……!」
「テルくん? あの、私ね、今から博士の研究所に行くところなんだけど……この突然街からどどっと出てきた、メケメケヒュンヒュンの大波って何?」
「みんな、あの熱玉を追っかけてるんですっ」
「あれ? あの空のぴかぴか? あれ、なぁに?」
「俺のとっ……トモダチが! トモダチが、大変なことに! 空飛んでくあの熱玉の中に、俺のトモダチが囚われててーっ」
「えっ? まあああああ、それは大変だわーっ」
優しいメイ姉さんはメケメケを急停止させて、俺とプジを収容してくれた。
大感謝だ!
でもトモダチって……
なんか思いっきしウソ……ついちゃったけど。
でもほんとに俺、銀髪のあいつと……
『ひざまづけ』
あー。高ぴーだけどなぁ。
でもあいつ、胸がふにっとしてたし。
これから……いろいろ大変そうだし。
たぶんもうそんなに、寿命ないんだろうし。
最後にひとりぐらい、トモダチになる奴がいても、いいんじゃないかな。なんて。
ちょっとマジで思うよほんとに。
目つき悪いけど、あいつ、顔……結構かわいいしさ。
それにしても。
「すげえ! メケメケ最新モデルすげえ! はええ!」
「ふふふー。窓から顔だしちゃだめよー、テルくん。シートベルト締めてね。とばすわよー」
「はいっ! おおおお願いしますうう!」
悔しいが、ダチのショージが就職したメケメケ製造会社は一流だ。
なんと最近、島都市にも輸出し始めてる。
そしてメイ姉さんの運転技術は――
「ふおおおおおお!!」
「テルくんだから、窓から顔出しちゃだめだってば~」
すすすすすげえ! 歯ぁ食いしばってる俺のクチビル、びちびちばゆんばゆん!
さ、最高だ!
メイ姉さんてば、発掘屋どもの改造ヒュンヒュンを、ビュンビュン追い抜いてく。
やったぜ。この調子でいけば、余裕で一番乗り……
「あ。じっちゃん、置いてきちゃった」
「え? なぁにテルくん」
「い、いやなんでもないっす」
じっちゃんのメケメケは、すでにはるか後方。ごめん、じっちゃん。
野次馬どもも、はるか後方。おっしゃあ。
ていうか俺、さりげなくメイ姉さんとドライブデート?
「うおおお!」
「なぁにテルくん?」
「最高っすー!」
「もう、何鼻血出してるのよー」
プジがばしばし尻尾を座席に叩きつけてあきれてる。いやでも、このどさくさまぎれの幸せ、すばらしいよ、うん。
メイ姉さんのメケメケは、ロッテさんに追いつく勢いで幹線道路を突っ走った。
みるみる輝く熱玉が近づいて、ぐぐっと大きく見えるぐらいに。
だが。
「あ? あああ?!」
突然。
ロッテさんと熱玉の輝きの球が失速して。
へろへろと、右前方に落ちて行った。
その後を追うように。何かがひゅひゅんと、空から一直線に降りてくる。
蒼い、幾筋もの光。
あれは。
あの矢のような光は……!
「テル! 天使よ!」
しゅんっと音をたてて、蒼い目で拡大視したプジが叫んだ。
「天使たちが、降りてきたわ! ロッテさん、天からあいつらにやられたんだと思う!!」
「なんだって?!」
まさか、あれはエルドラシアの天使か?
さすがにあの光源だ。見つかっちまったか……!
蒼い光はそれからいくつもいくつも、天から降りてきた。
あれよあれよという間に、何十と。まるで流れ星のように。
「メイ姉さん、ここで降りるっ。どうもありがとうう! 今度絶対、すげえお礼すっからね!」
「て、テルくん?!」
俺たちのマドンナ、メイ姉さんを危険にさらすわけにはいかない。
天使たちは俺たち下界に住まう人間なんざ、虫けらとしか思ってないからな。
俺は姉さんのメケメケから飛び降りて。
「プジ! 行くぞ!」
ロッテさんが墜落したところへと、全速力で走り出した。
メガネかけてても超悪いメイ姉さんの視力が、俺をぼんやりとしか捉えないであろう距離まで離れた時。
俺は隣を勇猛に駆ける、頼もしい相棒に命じた。
「プジ!
「もちろんよー!」
プジが俺の背に飛び乗ってきた。
あの黒い、コウモリのような翼を広げるために。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます