6話 ロッテの憂鬱
「あちゃあ。もしかして、女装がバレたとか?」
彫像のごとく硬直する僕の耳に。テルがびたっとおのが額に手を当てる音が聞こえてくる。
「
「いや、そこは完ペキ」
長い髪を解いた赤毛の少女――いや、少年は、伸した二人組をぽんと通りに放り出し。腕組みして、店の作業台にどかりと座った。
背は低めだが、ガッと勢いよく組んだ足はすらりと長い。
「ボイスチェンジキャラメルで、声は完全にこの少女声だし? 浸透性シークレットシリコンブラと、もっこり隠し特製ショーツのおかげで、事前審査は楽々クリアだったさ。あまりに完ペキな女装子すぎて、エルドラシア宮廷の廷臣どもが、こぞってベッドにお誘い下さったぐらいよー?」
「マジで?!」
「うん。マジ。やっぱ、テルくんが作るモノはさすがだねえ。特にこのシリコンブラなんて、肌に吸着して本物とまるで見分けつかないじゃん? 大きさも丁度いいし?」
「へへっ、えっちな本を参考にして、てきとーに作ったんだぜー」
「ちゃんと乳首ついてるとか、マジすげえよなぁ」
自分の胸を無造作に掴んでわさわさ揺する、赤毛少年。
こいつは間違いなく……
僕が三日前に撃たれて地に落ちる直前、僕と謁見した奴だ。
たしか属国シルヴァニアの「伯爵令嬢」。
話を聞いていると、どうもこの店の常連客らしい。
まさかここは我が帝国の隠れ拠点? いや、そんなはずはない。
アルゲントラウムの情報に、ここは入ってないはずだ。
「特にうちの島都市出身の廷臣が、俺を痛く気に入って目の色変えてくれちゃってね。わざわざ、今の皇帝はツインテールが大好きだって情報をくれたんだ。だからさっきの髪型にして宮殿に面接に行ったんだよなぁ。正直、俺の見てくれだけだったら、いい線いってたんじゃないかと思う」
いい線だと? ふざけるな。
冷や汗をかく額をぬぐい、なんとか足を動かして後退。店の影の暗がりにわが身を隠しながら、僕はぎりっと歯をくいしばった。
確かにこいつは今も完全に少女にしか見えないが、全っ……然、僕の好みじゃない。
「でもさぁ、
赤毛少年はとても深刻げなため息をついて、作業台につっぷした。
「もんのすごく無愛想で。挨拶ひとつしやがらなかったのよ。俺のことを守ろうとして、周囲にオスはいないかってガン飛ばしはじめてさ……」
「あー、それはいつものことじゃん」
テルが声を上げて苦笑する。
「だってロッテさんの機霊って、ホモ――」
「だーっ。言うな! それ言うな! ってことで、機霊改造の新規契約を結びにきたんだわ」
「え? でもミッくんは、もうマックスレベルに改造してるよ?」
「いや性能じゃなくて、変態で偏屈な性根も、叩き直して欲しいわけよ」
赤毛少年が、つっぷした作業台からよろろと身を起こして愚痴る。
「大体、なんでうちの姉さんたち五人全員さし置いて、末っ子で男の俺が機霊に取り憑かれなきゃなんないのさ? おかげで俺は体裁悪いからって常に女装してなきゃなんねーし、姉さんたちからは総スカンだし、ぼろっちい家は継がなきゃなんないし。加えて就職先は全然決まんないし。ほんと不幸すぎるだろ?」
なるほど。赤毛少年はお家所有の機霊が不躾で変なせいで、ことごとく仕官に失敗しているのか。
「ていうか、なんでうちの家長が母上じゃなくって引きこもりの父上で、なけなしの所領の税収だけでつましく貧しく暮らしてたのか、身にしみて分かったこの三年間だったわけだけどよ……」
いやそれは、と頭を振るテルの答えは、心なしか歯切れが悪かった。
「た、たしかに今の時代の融合型機霊は、遺伝子の相性の関係で女性にしか埋められなくって、機貴人はほとんど女だけどさ。ロッテさんちの機霊みたいな古代様式の分離型は、男の人でも使用可能なんだよ。だからミッくんは、特に変ってわけじゃ……」
「男が男に愛を囁いてくるんだぞ? 十二分に変態だろが!」
「い、いやーそれはー」
「あんなコトとかこんなコトとかしたがって、四六時中勝手に出てきて抱きしめてきて、言い寄ってくるんだぞ?」
「ひ、ひええ……」
やはり廷臣どもの言葉は嘘ばっかりだ。
ちゃんと男でも、機霊の主人になれるじゃないか。融合型は女性しかダメってのが気になるけれど。
だって僕のアルゲントラウムは融合型だし、僕はちゃんと普通に……男……のはずだ。
「だからさ。ミッくんを超かわいくて礼儀正しい女の子に改造してくれ。頼む!」
「えええっ」
「俺好みにしてくれよ。黒髪ストレートでメガネっ子のメイ姉さんみたいなのがいいなー」
「い、いやその、機霊のもともとの性別や性格まで改造するのはちょっと……ていうかさ。ロッテさん、あのさー」
テルがばつが悪そうにぽりりと人差し指で頬をかく。
何か言いたそうで言いにくそうに口ごもっている。
すると彼の腕の中からしゅたっと、禿げネコが赤毛少年の膝元に降り立った。
ネコはぎんっと蒼い目を光らせて、ちょっと凄んだ声を出した。
「ロッテさん。あのねえ、新規契約もちかける前に、今までのツケを払ってちょーだいね?」
直後。
「ごめん!」
赤毛少年は苦悩の呻きを上げ、作業台から降りてテルとネコに土下座した。
代理騎士に選ばれていれば、ツケも借金も一切合財支払えたはずだとぶうぶう言う。
みるみるがっくり肩を落とすテル。ぷがぷが怒り出すハゲネコ。
つまり僕がこいつを雇っていれば、大団円になる展開だったらしい。
『男の機貴人を探せ!』
考えてみれば、この赤毛少年は僕の望みを満たしてはいる。
でも、アホウドリサイズの骨董品なんて……冗談じゃない。性格うんぬんというより機霊の性能的に、就職難になるのは当然だろう。
「ほ、ほんとごめんな? ミッくんがまともになったら、きっとどこかに就職できるはずだからさ、もう一度ツケで頼むよ」
「うーん……超改造した今のミッくんなら、だれもが欲しがると思ったのになぁ」
「だよなぁ。でもあのクソガキ、ろくにミッくんの能力検証もしないでダメ出ししやがったんだよ。ほんとむかつくけど仕方ないっ。この通り!」
「……クソガキ言うな」
――「へ?」
あ。思わず反応してしまった。
僕の呟きを聞いて、赤毛少年がようやく、店の片隅に埋没している僕に気づく。
「あちゃ、他のお客さんいたのかー」
目をすがめてこちらを凝視してきたので、僕はとっさに近くの作業台に置いてあった鉄の兜のようなものをかぶった。挙動不審だが致し方ない。顔を見られる方がずっとまずい。
「な、ななな何のつもりだあんた。バケツなんかで顔隠して……」
「あ! アムルくんそれ……」
「にゃ?! それって、バクテリア金属用のじゃない?」
少年二人とネコがうろたえる。多少変な匂いがするが、中身はからっぽだから大丈夫だろう。
僕は鉄兜のせいでくぐもる声で、びしりと赤毛少年に言い放った。
「おまえ、もうすこし自国の君主に敬意を払え」
「は? なんだって?」
「エルドラシアの今上陛下は、畏れ多くも、日輪のアルゲントラウムを背に埋めている御仁だぞ。現人神なんだからな」
すると赤毛の少年は一瞬ぽかんとして。それからドッと笑い出した。
「あ、あらひとがみぃー? いやいやいやいや、あの国の皇帝は、ただの看板。超骨董品のアルゲントラウムを保存するために作られた、お人形さんだろ?」
「なっ……?」
あろうことか。アホウドリサイズのくせに、赤毛少年は僕とアルをせせら笑ってきた。
「何言ってる! 僕のアルは骨董品なんかじゃ――」
「へ? 僕の?」
「いや! その! 今上陛下の機霊は、
「少々どころじゃあないだろ。エルドラシアの皇帝機は、作られて一千年越えてる。世界初の融合型機霊。つまり体内埋め込み式で生命エネルギー吸収するやつの先駆けね。スペックはバカみたいに高い。だけどコスパがものっそ悪いんだよな」
コスパ? つまり供給源のことか?
赤毛少年は、何を言ってる?
「あの皇帝機はさ、まともに起動したら、たった数年で主人の生命エネルギー絞りつくしちゃうっていう、おっそろしい代物さ。高祖帝マレイスニールはだから若死にしちゃったって、貴族学院の歴史の授業で習ったぜ?」
なん……だと?
「まあ、歴史的な名機だからさ。現在エルドラシア帝国は、皇帝機専用に作った人形の背中にアルゲントラウムを埋めて、その生命エネルギー食わせて保存してるってわけだよ」
「な……だれが人形だ!」
こいつの機霊は、
なのになんでえらそうに、変なことを言ってくるんだ?
エルドラシアの皇帝が――僕が、アルゲントラウムのために作られた人形だなんて。
僕は……ちゃんと国を治めている。
毎日廷臣たちが横に侍り、僕に報告してくる。
大地に降りる騎士たちの戦況と、国の情勢を。戦いから帰ってきた親衛隊たちは、僕のアルに情報を取らせてくれる。
ああすることにした、こうすることにした、とちゃんと教えてくれる。
僕はそれにうなずく。
政は廷臣たちに、戦は騎士たちに任せておけば間違いない。
そう、アルが言うから……
「無礼な奴! エルドラシアの大皇帝を、何かのいけにえみたいに言うなど不埒……けほっ!」
かっとなった僕はむせた。鉄兜もどきの匂いがひどい。
「あああ、アムルくんバケツ取って。それ洗ってねえから、バクテリア金属の胞子が残ってるんだ。吸い込んだらやばいって」
あわてて近寄る足音。テルがこちらに来る気配がする。
「来るなちくしょう!」
叫ぶなり、ずきりと喉が痛んだ。
とたんに胸も焼けるように痛くなる。一瞬息ができなくなったと思ったら、今度は背中が焼けるように熱くなってきた。
「う……!」
なんだこれは。熱い。
鉄兜に残っていた、胞子というもののせい?
熱い……熱い……背中が焼け……
「ああああ!」
「わわわなんだ? アムルくん背中燃えてる!! ほ、胞子だけでこんなになるはずはっ」
「きゃああ! 大変!」「ななななんだー?!」
少年二人とネコが騒ぎ出す。
僕は片膝をついて縮こまった。なんだこの熱さは。
背中が、ぼうぼうと燃えているようだ。
まさかアルが……僕の体内にいるアルゲントラウムが、どうにかなっているのか?
死んだ状態から再起動しようとして空回りしてオーバーヒートしているとか?
「あ……ひあああっ!」
ばりばりばちばちと音がする。なにかが背中から飛び出してきそうな感覚がする。
肉をはがされるような気がして、僕はたまらず悲鳴をあげた。
「いやあああああっ!!」
刹那。
どうっと、まばゆい炎のごとき柱が、僕の背から飛び出した。
おそろしいほどに勢いよく。店の天井を貫き通すぐらいの、すさまじい威力で。
「ひええええ!!」「にゃーっ! なにこれーっ!」
「なんだこの光!」
少年二人とネコのわめき声に。
「ななななんと、いかん!!」
奥にいた老技師の声がかぶさってきた。
「みんな外に出るんじゃー! 退避ー!!」
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