5話 来客

 

『アル! 返事して! アル――!!』


 地に激突した瞬間。

 ものすごい黄金の渦に呑み込まれたのを覚えている。


『死なせません……マレイスニール』


 僕のアルゲントラウムは「僕」のことを認識していなかったけど。

 すっかり、初代皇帝だと思い込んでいたけど……。

 でもちゃんと、守ってくれた。衝突の衝撃を四方へ逃がし、結界内部の空気も重力も完璧に保持した状態で。

 彼女の黄金オーロの光は暖かくて。ふわりとしていて。

 結界の中の僕は、少しもはずんだり倒れこんだりなんてしなかった。

 でも、黄金オーロの光はまぶしすぎた。

 肺に入ってきた空気も濃すぎて、目眩がした。

 いつの間に、気を失ったんだろうか……。

 ハッと目覚めたら――そこは、いろんな色の光が点滅している大工房の中だった。

 壁を覆う太い配管。びっしり張り巡らされた細いチューブ。いくつもの、ロボットアーム。攪拌機や圧縮機。数種類の炉。

 そして、ずらりと並んだギヤマンのカプセル。

 僕は、培養液がたっぷりたゆたうカプセルのひとつに入れられていた。

 すぐそばでうたた寝していた老人の名は、シング。

 機器を操作する手つきから、相当な腕前だとひと目でわかる技師だ。

 その御大が言うには、僕の背中は焼け爛れてかなりひどいことになっていたらしい。しかもここに運び込まれて、三日も経っているという。

 

『発掘屋どもが群がってくる前に、うまーく運べたようじゃのう』


 大穴からこっそり僕を回収したのは、技師の孫の「テル」という奴……らしい。

 黒髪の少年で、たぶん同い年ぐらい。

 顔つきはまあまあだが、汗臭くてたまらない。

 額と尻尾がハゲている猫がそばにひっついている。

 

「どうですかな? もしよろしければ機霊の方も――」

「いや、いらぬ世話だ。たしかに機霊は壊れているが、我が家の専属技師に修理させる」

「ほうほう。そうですのう。それが当然ですの」


 地下の工房とはおよそ雰囲気が違う、小汚い厨房。

 そこに通され、茶とパンを供された僕は、老技師の申し出をきっぱり断った。

 地下工房の機器は、帝国宮殿の技術舎顔負けのもの。

 特に、僕が入れられていたカプセルは、わが宮殿の兵士詰め所にあるものと同じ型。機貴人の、回復専用に使われるものだ。それがいくつも並んでいた。

 という光景を見ればなおさら。一帝国の皇帝機を、こやつらに診せるわけにはいかぬ。

 この工房は十中八九、どこか他の島都市コロニアの「隠れ拠点」だからだ。

 僕ら島都市コロニアの国々は、大地に降下して戦う騎士たちが、ひそかに補給や機霊の修理を行う施設を数多く所有している。戦場上空に小衛星を浮かべる場合もあるが、戦場周辺に補給所を作ることも多い。

 この隠れ工房も、おそらくそのひとつだろう。

 第十二東部戦区に隣接しているスラム区だから、契約主はあの戦場を好んで利用する煌帝国か、豊王国あたりか。

 技師も孫もとぼけているが、位置とあの地下設備とが、何よりの証拠だ。

 絶対に、僕の身分を明かすわけにはいかない――。


「さっそく、端末フォンを作ってもらう。報酬は僕が島都市ラテニアに行ってから支払う」

「つまり、そのような契約をしたいと?」


 穏やかな笑顔を浮かべていた老技師の顔が、フッと一瞬真顔になる。

 僕はこっくりうなずいて、空になったカップを差し出した。

 

「そうだ。ここの工房と、単発の個人契約を結びたい。それと今の泥水をもう一杯くれ」





 ここは他国の拠点。ゆえに帝国の皇帝機が死んでいる状態になっていることを、他国に知られてはならない。

 僕の身分も、決して――。

 供された泥水は、実に美味だった。

 こんなもの、生まれて初めて口にした。

 「カカオという豆から作られるものに似せた、合成飲料」。

 老技師はそう言って、快くお代わりをくれたが……カカオとは一体なんだろう?

 大陸の食べ物は合成ばかりで毒性が強いから、極力口にしてはならぬ――島都市コロニアではそう教えられている。でもあまりにもいい匂いなので、吸い寄せられるように口にしてしまった。

 口に入れたとたん、なぜかとても幸せな気持ちになった。甘くて、ちょっと焦げているような、どろっとした風味だ。

 こんなに美味な物にも、赤い大地の汚染毒が入っているのだろうか……。


「天上へ繋ぐ端末フォンは、すぐご用意できますぞ。小一時間もかからんでしょう。作業はわしの孫に任せます。テル、店にある材料でてきとーに作ってさしあげなさい」

「了解、じっちゃん」


 黒髪のテルがぴしっと敬礼する。

 言葉も仕種も完全に大陸風のこの一家。どこかの島都市を感じさせる雰囲気は、全くない。それゆえに、慎重に行動しなければ、と気が引き締まる。一家が本当の出身地を隠しているのは、自明だからだ。

 僕は彼らに、ラテニア人風の名を名乗った。

 島都市コロニアラテニアは、わが帝国の同盟国。他の国々とも関係が良好で、どこに対してもほぼ中立の立場にある。

 そこにある我が帝国の大使館に端末を繋げられれば、なんとかなる。

 僕を狙った奴が、帝国の中枢にいる誰かであるとしても――。

 

「それで、あんたってどこの島都市の人?」


 しかしテルは、二階のせまい厨房から一階の店へ降りながらそう聞いてきた。

 老技師は僕が名乗っただけで、どこの出身かちゃんと見当をつけたそぶりだったが、若いこいつにはできぬことだったらしい。

 僕は嘆息しながら適当に話を作った。


「ラテニアだ。とある財団の警護団に所属していて、輸出貨物の護衛をしていた。そうしたら、空賊に襲われてな」

「うわぁ堕天使にやられたのかぁ。そりゃ大変だったな」

「うむ。攻撃を受けて背中はこれだ。機霊が起動できないから、仲間に知らせる波動信号を発信できない。予備の端末フォンも落としてしまったし」

「そっかー。ほんと、生きててラッキーみたいな状況だったんだな」

「そうだな。そう言える……」


 アルゲントラウムの結界をたやすく破るほどの、光一閃。

 角度が少しでもずれていたら、僕の胸は撃ちぬかれていて。きっと即死だったんだろう……。


「まあ、任せなよ。ぱぱっと、ラテニアの端末に繋がるの、てきとーに作ってやるからさ」


 テルが作業を始めたお店は、厨房同様にとても狭い。

 薄暗くて、ガラクタが積んである細長い台がいくつかあるだけだ。壁際にはいろんな部品がつまった箱がたくさん積み上げられていて、実に雑然としている。

 間口からそっと伺って見れば、左右はそそり立つスラムマンションの壁。

 細い路地に面しているが、通りにはごみがたくさん浮いた水溜りがそこかしこにある。まさか地下に、あんな立派な大工房があるとは思えない佇まいだ。

 

「ずいぶんゴミゴミしてるところだな」


 狭い通りにえんえん建ち並ぶスラムマンションはどれも高層。空に向かって鬱蒼と生えている。まるで針山か蟻塚のようだ。

 右目に拡大鏡をかけたテルが、くいっと小首をかしげた。


「んー? このコウヨウの街は、そんなにおっきくないぜ。人口は、百三十万ぐらい?」

「ひゃく……?」


 思わず口がぽかんと開いてしまう。

 わが帝都の人口は、約三十万人。落下途中に見えたこの街とは、大きさはさして変わらないと思ったが……。

 なんという人口密度だろう。

 

「あんたが落っこちてできた大穴、このへんじゃ『大隕石が落っこちた』って思われてるぜ」

 

 テルが箱をごそごそして、鉄板とハンダごてを出しながら言う。


「落下衝突の威力がものすごくて、恐ろしく大きなクレーターができたからな」


 たしかに。

 戦闘区域から飛ばされた天使とて、あんな威力の爆発は普通起こせない……。


「この街は遺跡に近くて、発掘屋がたむろってる。隕石だと噂を広めてるのは、奴らさ。しかもかなりな大きさのモノに違いないってな。かなーり色めきたってるぜ」

「色めき……?」

「一体誰が一番乗りして、隕石おたからを持ち去ったかって騒いでるんだ。お宝の行方を嗅ぎ回る輩が、最近わらわら沸いてきてるよ」


 テルが店の奥の作業台で、ハンダごてを使い始めた。

 しきりに、鉄板に小さな部品をいくつもくっつけている。

 金属が溶ける嫌な匂いが漂ってきて、ウッと顔をしかめたとき。噂の「発掘屋」が二人、探りにやって来た。ずいぶん柄が悪そうで、センスの悪い派手な模様がプリントされたシャツを着込んでいる。

 店主の名を大声で呼ばわったので、二階の厨房から老技師が腰をかがめて降りてきた。


「ほうほう隕鉄? そんな高価なものは、ありませんなぁ。うちの材料はみんなリサイクル品ばかりですじゃ」


 老技師は少しもうろたえず、にこにこ顔で店の奥へと二人組を案内する。

 奥は倉庫なのかとちらりと覗いてみたら。

 そこは人目をたばかるための、「表の工房」のようだ。 

 豆電球で照らされた室内は……実に狭い。店とさして変わらぬレイアウトで、作業台がいくつかある他、棚いっぱいに部品箱が詰め込まれている。壁についているのは、おびただしい数のハンダや工具だ。


「確かに店もここも、ガラクタばっかだけどよぉ」


 発掘屋の一人が、棚に置いてある水鉄砲型のじょうろを手に取り、口を尖らせた。いきなりじょうろからびしゅっと水が出たので、なんだこれは、とむかついている。

 もう一人が忍び笑いながら棚をさらに漁った。

 テルは知らん顔で、店で作業続行。いつものこと、という感じで無関心だ。戸口から様子を伺う僕の後ろにきたのは――


「あらん、まーたあの手の輩が来たのねー。これで何人目かしら」


 額がハゲているネコだった。


「おいおい、こんな原始的な機材使ってんのかぁ?」

「プラスチックの破片ばっかだな。お? こりゃなんだ? じいさん、こいつを開けて見せろよ」

「いやー、それはものすごく大事なもんでしてなぁ」

「おお、てことはここに隠してんのか?」

「いやいや、鍵などはかけておりませんぞ」

「あ、開いた。ひ?! なんだこれ。塩ビニ人形?!」


 工房を物色する二人組が馬鹿にしたように大笑いすると。

 ハゲネコが一瞬たじろいだ。


「えっ? 塩ビニ人形そこ?」 


 大きな蒼い目をヒクヒクとすがめている。


「どうした、タマ」

「タマじゃないわよっ」


 む? 老技師はそう呼んでいたと思ったが、違うのか。


「私、プジよ。あのね、おじいさまはね、あの大事な箱に、おばあさまの写真を入れてたはずなの」


 蒼い目のネコは心配げにブツブツつぶやいた。


「ほんとおじいさまったら、頭は真っ白でたてがみのように猛ってるし。しわくちゃだし。まだボケてないって信じたいけど、かなり微妙なお年頃なのよね」


 ボケ……いやそこは、大丈夫だろう。

 「隠れ拠点」の主の腕は確かなもの、どころではない。

 三日で背中のやけどが完治するほどの、高性能なカプセル培養液を配合できるのだから。


「笑わんでほしいのう。塩ビニ人形は、溶かすとええ素材になるんじゃ」

「でもちょっとこれはチープすぎるぜ、じいさんよお。うへえ、モーレンジャーなんて、俺がガキのころやってたシリーズじゃん。ふっるー」

「うわほんとだ。他のレンジャー人形もそろってんじゃね? ていうか、じいさん、オタク? きんもー」

――「まったくもぅ。商品を作る材料だって言ってるじゃないの。あたしもあそこに入れるのはどーかと思うけど」


 ネコがふーっと怒りの怪気炎を吐く。


「ほんと、嫌な奴らね。おじいさまを笑うなんて。あとで塩撒いてやらなきゃ」 


 老技師はとぼけているとちゃんと分かっているようだが、馬鹿にされる姿を見るのは嫌なのだろう。


「じいさんよ、万が一お宝を拾ったら、うちのギルドに連絡くれや」

「ボスが高ーく買い取ってくださるぜ」


 聴取料だとかなんとか難癖をつけ、二人組は水鉄砲を没収していきかけた。

 ネコが置いていきなさいよと声を荒げて、飛び出していく。なかなか忠義心のある奴のようだ。


「うるせえこのハゲ猫」「猫だってのに、番犬気取りかー?」

「みぎゃ!」


 が、あっけなくげこんと蹴り飛ばされた。

 そのとき。

 テルがネコの悲鳴に気づいて、血相を変えて店から飛んできた。


「プジ!」


 やはり名前は、タマではないらしい。

 テルがくてっと伸びたプジを拾い上げている間に、二人組がようやくのこと戸口の影にいる僕に気づいた。


「なんだー? 随分べっぴんさんがいるじゃねえか」

「おぉ? 美少女? 美少年?」


 はっきり言って今さらだ。観察力がなさすぎる。


「おいやめろっ。うちの客だぞ? 絡むなよっ」


 テルが庇おうとするも、二人組はニヤニヤ笑って僕の左右を固める。

 隙だらけだ。機霊は出せぬが、護身術でなんとかなるだろう。

 僕が目を細めて、すう、と腰を落としたとき。

 店の呼び鈴がリンゴロンと鳴り響いた。


「あーっ客だ客! また客ー!」


 テルが聞こえよがしに大声をあげるも。

 僕の腕をつかもうとする相手の動きは、止まらなかった。


「動きが遅いっ」


 僕はそう言って身をかがめ、腕に迫った手をはっしとつかんで気を入れた。


「ひ?!」「へっ?!」


 いったん胸元に引き寄せ。手のひらから気を流し込みながら、押し飛ばす。


圧掌波ブレス!」


 ボクの左右についた二人組が、一直線に店の間口にふっ飛んでいく。僕の手が目の前に合わさるように角度をつけたから――


「なななな?!」「ぐへ?!」


 二人組はきれいに勢いよく、がっつんとぶつかり合い。


「ひゃ!」


 ちょうど店に入ってきた客のまん前に、尻もちをついて落下した。

 一瞬唖然としたテルが、ハンダごてを振り回して怒鳴る。


「接客のじゃまー! 営業妨害は勘弁だぜ! とっとと出てかないと、ギルドに苦情入れっぞ!」

「ひい!」「なんだあいつっ。強ええっ」


 あたふたと立ち上がろうとする二人組の首根っこを、入ってきた客がすんでのところで掴んだ。


――「おいちょっと。あんたら、三軒となりの金物屋で、金属基盤ちょろまかしただろ」 


 そのちょっと甲高い声の客を見たとたん。

 僕は、その場に硬直した。


「俺見てたぞー。ここでも何か取っていこうとしたのか? ん? とったもん、出しな。俺が戻しといてやる」


 がしゃ、とその客の背中で背負っているものが揺れる。

 一緒に、赤くて長いツインテールも。


「うわ? ななななんだ? かわいーおねーさんだぞおい」「む、胸でかっ」

――「さわんなコラ。ホンモノじゃねーよ」


 ふらふらとそいつの胸に手を伸ばした二人を、そいつはごっちんと頭を思い切り鉢合わせさせて。


「ぐが」「げふ」


 火花を散らして気絶させた。


「あ。ロッテさん!」


 テルが嬉しげに間口に駆け寄る。


「きゃあ。ロッテさーん!」


 ハゲたネコも。

 一人と一匹は凍りつくボクを尻目に、明るい声で一緒に同じ言葉を叫び。そいつを花火でも上げそうな大歓迎で出迎えた。


「「おかえりなさーい!」」


「おう。今帰ったわ」

「そんでそんで? 首尾は?」「どうだったのー? 就職できたのー?」


 テルとネコがはしゃいで聞く。

 するとそいつは、ピンクのリボンだらけの服をわさっと揺らし。

 ピンクのガーターをはいた細い足をだん、と踏みしめて。


「いっやー、だめだったわ。クソガキに馬鹿にされてジ・エンド」


 赤毛のツインテールのリボンを解き、吐き出すように呻いた。



「せっかく、俺様渾身の女装で挑んだってのにー」



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