4話 銀の天使

『うっしゃあ! メイ姉さーん、メケメケの修理終わりましたぁーっ』


 おっきなトラック型の反重力推進機メケメケの前で、ぴしっと敬礼する俺に。

 おっきなお胸のメガネのおねいさんが、長いみどりの黒髪をなびかせて、嬉しげに微笑む。


『わああ、ありがとうテルちゃん!』

『どうですぅー? ついでにてきとーに、潜水機能もつけてみましたぜっ』


 イエローなサブマリン体型になってるメケメケを、じゃじゃーんと披露する俺。

 へへ、メケメケの修理なんて、超簡単だってばよう。

 俺、悦に入って鼻の下を人差し指でこすりこすり。


『きゃーっ、テルちゃんほんとすごいー!』


 メイ姉さんてば、りんごほっぺに両手当てて、腰をくねくねしてはしゃいじゃってる。

 そうだろうそうだろう。

 メイ姉さんはすっげえ頭よくて、超有名な学者さんのお弟子さんで、学校の先生してるかたわら、海に沈んだ都市を研究してるんだもんなー。

 ご近所界隈で一番の才媛。俺たち教え子のマドンナだ。


『テルちゃん、さっそく海に行きましょ! 二人で海にもぐって探検しましょっ。伝説の水没都市から、貴重な遺物をひきあげるのよーっ』

『うおおお! いきましょお! 深海デートしましょお!』


 ひゃあ。腕に抱きつかれちゃったぞ。


『テルちゃん。ほんとうに、あ・り・が・と♪』


 人差し指で鼻をこする俺のほっぺたに、メイ姉さんの薔薇色の唇が近づく。

 しかも、むにって。おっきなお胸が、むにっ、て。

 俺の腕にいいい、食い込むうううー。

 こっ、これは俺、さすがに鼻血出ちまうわ!

 

『変なものを垂らすな』


 う?

 あ、あれ?

 俺の腕をつかんでるの、メイ姉さんじゃ……?

 なんだか視界がぼやけて。目をこすってよくよく見たらば。

 え?!

 こいつって……?

 短い銀髪。真っ白い肌。目がくりくりだけど、超目つき悪い……

 

『おい、なんで潜水艦にしたんだ。海になど、用事はない。僕が行きたいのは下じゃなくて、』


 目つき悪い銀髪少年が、真っ青な天を、くいっと親指で指さす。


『天上だ』


 どこまでも青い瞳が、俺を刺す――。


『い、いやでも、メケメケのエンジンで成層圏突破はさすがに、ちょっと無理……』

『いいから作れ。空を飛べるやつを』


 ん? 腕に、むにっとした感触?

 おお! こいつも結構ボリュームあるじゃないか。

 え?

 でもこいつ、男じゃ……ないっけか?


『なっ?! どこをつかんでる!』 

『うーん? 胸が、あるぞ? でもおまえ、回復カプセルに入れた時見たけど、ちん○んついてたよーな……』 

『こら! もむな!』

『ふが?! ふががががっ』


 急にメイ姉さんからこいつに変わったっていうことは、これって夢じゃねえの?

 つつつつまり、何でもし放題じゃねえの?

 なのに。


『なにをする!』

『ぎええ! 首絞めるなー! ぐぐぐぐるじいー!』


 い、痛いぞこれ。爪食い込んでるぞ?! 襟首ひっつかんで、もう片方の手で首絞めてくるって。こいつなんか、えらい強いぞーっ。

 




――「ぐががが! ややややめろおお!」

 

 はしっと首をおさえ、俺はがばりと起き上がった。

 よ、よかった。なんかマジでゲフゲフ咳き込んでるけど、やっぱり夢だったらしい。

 周囲を見れば、いろんな配管むきだしの、うす暗ーい、俺の部屋。

 アイドル歌姫ヤスミンちゃんのポスターが貼ってある壁を見て、ホッとする。

 まごうことなくわが身が在るのは、天井から吊ってる俺のベッド――ゆらりら~なハンモックの中だ。

 まあ、実際のとこはさ。俺、メイ姉さんにあ・り・が・と♪ なんて言われなかったんだよな。

 三日前のあの時、テケテケひっくり返っちゃって。バケツもひっくり返っちゃって。爆心地からこそっと回収した拾いもんをじっちゃんに預けて。もう一度バクテリア鉱物発掘しに行って戻ったらさ。

 ダチでメケメケ製造会社に就職したショージに先を越されてた。

 メイ姉さんに(たぶん)ほっぺチューされたのは奴。って、俺が「修理もう一日待って!」って待たせちゃったのが悪いんだけどさぁ。


『ごめんねテルちゃん。ショージくんが見かねて、新車買ってくれちゃったのー。これが調子悪くなったらね、今度こそテルちゃんに修理してもらうね?』


 ああ……メイ姉さんに気を使わせちまったし。もうほんと、残念でならねえ……。

 しっかし、ひどい夢だったなおい。

 

「う?」


 いや……夢……じゃない? のか? そばに誰か……。


「このやろう……! いくら寝ぼけてても、やっていいことと悪いことがあるぞ」

「ひい! いる!」


 ベッドのそばで銀髪少年が腕組みして――ていうか、胸を隠すようにして、超不機嫌な顔でこっちを睨んでる。

 敵意満々っていうか。ちょっとほっぺた赤いっていうか。

 こいつって……

 三日ほど前に俺が拾った奴だ。あの、天から星のように何かが落ちてきて、でっかい大穴ができたところから……


「おお! 意識もどったのか! 起きて歩き回ってるってこたぁ、回復カプセルの治癒が完了したんだな? よかったなー!」


 銀髪のそいつは、冷ややかな眼で俺を眺め下ろしてる。その表情に違わず、口調もめちゃくちゃ冷徹だった。


「……汗臭い」

「え」

「おまえが、シング技師の孫のテルか?」

「そ、そうだけどえっと……」

「指摘通り、さきほど、回復カプセルの中で目覚めた。そばにいたシング技師から、ここのことをあらかた聴取した。二人で、リサイクル製造業というものを営んでいるそうだな」


 こいつ。なんだかすごく偉ぶってるなぁ。上から目線がはんぱないよ。

 

「もう一度確認するが、僕をこの掘っ立て小屋に運んできたというのは、おまえで間違いないな?」

「そ、そうだけど」


 たしかに掘っ立て小屋だが、面と向かってはっきり言われると、なんだかちょっと微妙に心がずきんとする……もんなんだなぁ。


「よろしい。ここに運び込んで管理治療してくれた礼を述べる。おまえの行為は勲章ものだから、これから然るべき措置をとる。だが、今からすぐに風呂に入れ。でなくば、僕の右の手におまえが口付けることを、許す気にはならぬ」

「はあ?! 口付けぇ?!」

――「うるさいわねー。おフロなんて、絶対いやよぉー」


 ふしゃーっと、猫の怒り声が足元から聞こえる。

 俺のハンモックの中で、一緒に気持ちよくお眠りになってたプジが、安眠を妨害されて怒ってる。半分寝ぼけまなこだ。


「えっと。もしかしてまだ、朝になってないんじゃ……」

 

 窓の外から見える空は、そこはかとなく赤みが挿し始めている紫色。


「やっぱり。プジは自分の腹時計が鳴る前に起こされると、めっちゃ怒るんだよ。まさかじっちゃんも、叩き起こしたのか?」

「緊急事態だから当然だろう」


 うわ……こいつほんと目つきワルいな。

 たぶん島都市コロニアに住んでる奴なんだろうなぁ。

 気位、めちゃくちゃ高そう。

 

「とにかく、風呂に入ったら、作れ」

「はい?」

「急いで作って空に打ち上げろ」 

 

 尊大で目つき悪い銀髪少年は、夢と似たようなことを言ってきた。


「天上と連絡がつくものを、今すぐ」






 名乗らないエラそうな銀髪少年は、薄くて綺麗な模様が織り込まれたひらひらの衣一枚、といういでたち。端末フォンのようなものは、何も持ってない。

 三日前に拾った時は、背中が焼けてて結構な重症で。

 傷を見たじっちゃん曰く(えらく悲愴な顔で)、


『翼をもがれた鳥のようじゃなぁ』


 つまり体内に機霊が埋まってるらしいって見立てだったんだが。怪我の回復を優先させたんで、そこんところはまだよく分かんねえ。

 察するに、島都市コロニアにある家と全く連絡つかねえってことは……発信機能とか持ってるはずの機霊が、完全に壊れてるってことなんだろう。


「できれば直接、島都市コロニアの某所に打診できるような端末が欲しい。シング技師にも聞いたが、おまえたち本当に、どこかの島都市コロニアに知り合いはいないのか?」

「俺もじっちゃんも、一度も島都市コロニアなんか行ったことねーよ」

「嘘としか思えぬな。僕が目覚めたここの地下は、すごい設備だったぞ。まさか大陸にあのレベルの工房があるなんて……おまえの祖父は一体何者だ?」

「はぁ? ただの技術屋のじーちゃんだぞ? ほんと、天界にはつてもコネも全然ねえってばー」


 顧客カスタマーはいるけど。

 という言葉を、俺は呑み込んだ。

 じっちゃんがどこまで俺たちのことをこいつに話してるか、分かんなかったからだ。

 銀髪少年は、俺がカラスの行水をするまでびっとり張り付いて、「風呂に入れ・風呂に入れ」とうるさかった。

 石鹸を使えだのちゃんと洗えだの、シャワー室の向こうからいちいち言ってくる。


「あーもう、うっせえ! 黙ってろ!」


 がつんと言ったらだんまりになって。

 やっと静かになったと思いつつ、いつもより少し念入りに体洗って、タオルひっかぶって出てみたら。


「アル……返事してよ……」


 銀髪少年は、壁に背もたれる形で小さくしゃがみこんでいた。

 かなり精神的なダメージを受けてる雰囲気。体がかすかに震えてる。

 え。俺のせい? って一瞬怯んだけど違った。

 相棒の機霊の調子が相当悪くて、うんともすんともいわないらしい。

 それでがっくり落ち込んでるようだ。

 って……あれ?

 ちまたで一般的な体内融合型機霊って、遺伝子の関係で女にしか憑かないはずだけど……。こいつって、男……だよな?


「あの。あんたって……」


 不用意に話しかけたら、ぎろっと睨まれた。

 さっきまでのしおらしい雰囲気が、あっという間に氷の刃を突き出してくるような鋭利なものに変わる。

 銀髪少年はすっくと立ち上がり、めちゃくちゃ尊大な顔で右手を差し出してきた。


「テル・シング」 

「な、なんだよ?」

「綺麗になったとはいいがたいが、匂いは消えたから、僕に礼を取るのを許す。ひざまづけ」

「はあ?!」


 ななななんだこいつ? エラそうじゃなくて、ほんとにエラい奴なのか?!


――「ごはーん。ごはーん、ちょーだいー」


 その時タイミングよく? 完全に目覚めたプジが、俺の部屋から降りてきた。

 それに呼応するようにうちのじっちゃんが、ひょっこり地下の階段から顔を出す。

 銀髪少年に起こされたもんで、そのまま工房で作業してたらしい。

 

「おう、タマ。ごはんか。よしよし」

「タマじゃねーし!」


 じっちゃんは、俺が作ったプジを猫かわいがりしてる。特製カリカリを自分で作ってあげてるぐらいなんだけど、なぜか名前はかたくなにタマと呼ぶ。

 じっちゃんって、頭は真っ白でたてがみのように猛ってるし。しわくちゃだし。まだボケてないと信じたいが、微妙なお年頃ではある。

 正直、銀髪少年にひざまずくのが嫌だった俺は、心底ホッとした。にっこり満面の笑みのじっちゃんの呼びたては、ナイスタイミング。大変ありがたい。


「みな起きたようだから、ごはんにしようの。ほれほれテル、お客さんにパンをだしてあげなさい」

「了解っ!」





 こうして「礼を取る」っていうのをうやむやにした俺は、せまい台所でカリカリをほうばるプジと一緒に、銀髪少年の様子をさりげなく伺った。

 銀髪少年は、やっぱり普通の家の奴じゃないようだ。

 パンの食べ方が俺たちと全然違う。指で上品にちぎって、口に運んでる。

 しぐさは優雅だが、態度は……かわいくない。

 じっちゃんが愛想よく穏やかに事情を聞こうとするんだけど、終始寡黙。


「しかしご災難でしたなぁ。背中に、バクテリア鉱がついておりましたからな。はがすのが結構大変でしたぞ」


 じっちゃんがそう言うとようやく、目つき悪男わるおは反応してきた。


「バクテリア鉱……それがとりついて、飛べなくなったのか」

「珍しい熱性のものでしたぞ。よく見られる、熱を食う氷結性のものとは正反対の性質でしたな。あれは人工的に生成されたものでしょう」

「ふむ……人工的なもの、か……」

「どうですかな? もしよろしければ機霊の方も――」

「いや、いらぬ世話だ。たしかに機霊は壊れているが、我が家の専属技師に修理させる」

「ほうほう。そうですかのう」


 やっぱりこいつも、島都市コロニアの天使か。

 俺たちが住む大地を「戦場」にして、壊しまくってる奴らってことだよなぁ。


「ところで、お名前は? なんとお呼びすれば、よろしいですかの?」


 じっちゃんがカップに入れたココアを渡しながら、とても柔らかな声で問うと。

 目つき悪男はしばらく黙って考えてて。それからようやく、ぽそりとつぶやいた。


「……アムルと」

「ほうほう、アムルさんですな。了解了解」

「おい」


 目つき悪男はカップに口をつけ、ひと口飲んだ瞬間。

 まるで電撃が走ったように固まった。

 眼をこぼれ落とさんばかりに、おっきくまん丸にして。


「この泥水……なんだ?! 美味だ。もっとくれ」


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