EP.2 予兆

 体の芯まで凍えるほどの寒さの中、木々に囲まれた道なき道を、私とボウガンを持った男に、男と同じくらいの歳の女性と彼らの娘なのだろうか、10歳くらいの少女と一緒に歩いていた。

「その、大丈夫だったか?」

 男が、私を気にかけるように声をかけた。

「はい。おかげで助かりました。助けてくださりありがとうございます」

 男の横に並び、歩きながら頭を下げた。

「僕の名前はルークだ。こっちは妻のサラ。娘のクロエだ」

 サラは少し私を警戒しているように見えた。それと、クロエは突然入ってきた私を嫌がっているのか、目が合うと私を睨む。

「私は沙耶です。よろしく」

「名前を聞く限り、日本人?」

「そうですよ。日本から来ました」

「そう。英語が上手なんだね。観光か何かできていたの?」

「まあ、そんなところですね」

 私は応えると、ルークは微笑を浮かべた。

「まさか、アメリカがこんなことになるなんてね。君も災難だな」

「こうなっているのは、ここだけじゃないと私は思いますけどね」

 私はチラっと後ろにいる娘のクロエの顔を見た。もう一度目を合わせたが。やはり不機嫌そうに睨み返す。当然のことだが、私は歓迎されてはいないようだ。

 多分だが、ルークは私を助けるところ彼女たちに見せていない。彼自身、彼女たちに自分が人を殺すところを見せたくなかったのだろう。つまり、彼女達からしたら私は突然は家族の輪に入ってきた怪しい人物となる。警戒されて当たり前の話だ。私がいきなり、彼らを裏切ることも出来るのだがら。

「ここだ」

 道無き道を歩ていたのだが、森を抜けると目の前にはドラッグストアが、1軒建っていた。駐車場を含み、鉄網で囲まれて入るがあまり丈夫そうには見えない。感染者が束ねられると簡単に壊れそうな程だ。ドラッグストアの中に入る前には道路があり、奥に家が並んでいるのが見える。結構の距離があるが、食料の探索はできる。

 私は、小さな街にたどり着いた。

「ここが、僕らの拠点だ」

 ルークが言うと、ドラッグストアの入口から老人と、もうひとりのニット帽の男が不機嫌な雰囲気を漂わせながら歩いてきた。

「彼女は?」

「沙耶だ。悪徳な集団に襲われているところを助けたんだ」

 ルークの説明の後、私は軽くお辞儀をするが、老人は大きなため息をついた。

「いいか?今は食料がそこをつき始めていて、ろくに食えず皆イライラしてるんだ。誰かも知らん怪しい奴を歓迎できるほど寛容な人間は、お前みたいな馬鹿しかおらん」

「・・・」

 ルークは、言葉を詰まらせた。

「俺達だって、放って置きたくはない。たが、彼女には気の毒だが俺達もこれが精一杯なんだ。申し訳ないが助けることは出来ない」

「わかりました。では、私はまた放浪の旅にでも」

 私はもう一度お辞儀をすると、小さな街に向いた。すると、ルークが私の右肩にぽんっと触れた。

「何ですか?」

「いや、その・・・。ごめん」

「いえ。そう、何度も助けられるわけにも行きませんよ」

 私は微笑み返すと私達が森の茂みから、白い煙が上がっていき、やがて消えていくのが見えた。

「・・・ちょっと借ります!」

 私はその正体に素早く感付くと、ルークの持つボウガンを奪い取った。いつでも撃てるように、矢は既にセットされていた。

「おい!」

 老人が私に怒鳴った。私はそんなことなど耳に入れず、ボウガンを構えルークよりも奥の茂み合わせた。次の白い煙が見えた瞬間、引き金を引いた。

 ビシュッ。

 銃のような大きな音ではなく、矢が発射される小さな音が、私には少し大きく聞こえた。矢は真っ直ぐ飛ぶのではなく、小さな放物線を描き、森の茂みの中に消えた。

「うああ・・・!」

 男の断末魔のような声が茂みから聞こえると、それに驚き動揺したのか、次は隣の茂みがカサカサっという動きが見えた。私はルークから新しい矢をくれるよう指示し、迅速に新しい矢を装填した。

 もう一度、ボウガンから矢を放った。次は声は聞こえなかったが、地面や木に刺さったような音もしなかった。茂みの中から、赤色の血が流れているのを、私は見逃さなかった。

 周りを警戒したが、もう誰もいなさそうだ。元々、二人だったのか、それとも、他は逃げたのか。老人達は屋内へ避難していたので、私もストアの中に入った。襲撃してきたのは、私を襲った奴らの仲間の可能性が高いことと、再び人数を増やして襲撃してくる可能性が高いことを伝えた。

「申し訳ありません。私のせいで、あなた方を巻き込んでしまって」

 周りの哨戒を済ませると、私はドラッグストア中に入り、深いお辞儀をして謝罪した。

「まったくだ。どうしてくれるんだ!こっちには娘と、孫だっているんだぞ!」

 老人は、杖を片手に私を怒鳴りあげた。

「私が責任を持って、命に替えても守ります」

「責任を持って?どうせ奴らが来そうになったら、おじげづくんだろ」

 地面に何度も杖をトントン、と音を鳴らしながら、老人は怒りを顕にしている。ルークは、過ぎたことを起こり続ける老人に対して、呆れたような口調で老人を止めた。

「はあ。もう、煽るのはよしませんか?あなたも見たはずですよ。彼女は強い。僕達よりも遥かにね。言い方は悪いけど、こうなった原因の中に僕が彼女を助けたからってのもある。だから、少なくとも僕も責任を負う義務があると思う」

 ルークが言うと、先程まで老人と付き添っていたもう1人の男が、ニット帽姿で私の目の前まで歩いてきた。

「さっきは、見捨てるような発言をしてすまなかった。とりあえず今は、奴らの襲撃に備えないとな。俺はケイン。ルークの兄だ。短い間かもしれないが、よろしく頼む。沙耶」

 彼は優しい笑顔を見せながら、私と握手を交わした。



 外は薄暗くなっていて、奴らの仲間がいつ来てもいい時間帯になった。気温は数時間前よりもかなり冷えている。

 私達のいるドラッグストアは 食料の在庫がほぼない。それに、私が最後にルークのボウガンを使って殺した二人は事後、哨戒をしていた時に、私を襲った人間と同じ覆面と同じ銃を使っていた。多分、今日中にも襲ってくる可能性はほぼ確定だろう。そうなると、銃撃戦は免れない。隠れる場所がある分、戦闘は有利に立てるかもしれないが、音を立てれば感染者が寄ってくる。そうなるとこの場所は使い物にならない。今は、ケインが小さな街の中で、使えそうな車を探してきてもらっている。車の中に乗ってこの場から逃げるわけだが、戦闘になるまでに車を見つけて戻ってこれなかった場合は何とかして持ちこたえるしかない。こっちには小さな子供もいる。守ってやらなければ。

「寒いか?」

 ルークと、ドラッグストアのしぐ出口の壁に張り付きながら座っていると、ルークが声をかけてきた。

「もうすぐ、嫌でも温まりますけどね」

「はは。よく言うよ」

 ルークは微笑するが、緊張しているのか何度かため息を吐いていた。私は立ち上がると、ルークの肩をポンッと叩いた。

「緊張しなくてもいいですよ。私はあなたに助けられましたから。今度は私が借りを返す番。あなたは死なないようにしていればいい」

「いや、でも・・・」

「少し、サラさんやクロエさんの様子を見てきますね。みんな不安なんです。でもやらなくてはならない。生きるために。そうでしょう?」

 私はそう言うと、サラとクロエのもとへ移動した。

「サラさん」

 カウンターの近くで、クロエを抱きながら毛布に包まっていた。

「大丈夫ですか?」

 彼女は不安そうに私を見つめながら、何も言おうとしなかった。この様子だと、まだ私を受け入れてはもらえていないようだった。仕方のないことだ。私はその場を立ち去ろうとした時。

「あの・・・」

サラの声で私は振り返った。

「あの、どうか、夫を・・・助けてあげてください」

「約束は守ります」

そう言うと、サラの頬が少し緩んだように見えた。

「クロエ。パパがいるからね。大丈夫だからね・・・」

私はその場を立ち去った。


「あの・・・」

次は、老人のほうへ向かった。

「なんだ?」

「いえ、あなたの名前をまだ聞いていなかったので」

「ジョニーだ。聞きたいことはそれくらいか?」

 彼は少し我が強い。私を警戒しているのはわかるが、あまりに私を信頼することを嫌がる。だが、彼もサラの父親でクロエのおじいちゃんだ。できる限り、彼には目を配って助けてあげたい。

「今回の作戦ですが、敵が襲撃に来る可能性が非常に高い。ここに残っている食料もほぼ無い。それに、襲撃を受ければ、感染者も寄ってくるので、ケインさんが車を見つけてくれているので、その車に乗って逃走します」

「それはうまくいくのか?」

「心配しなくても、私とルークで何とか車がくるまで守り抜きます」

「そうでなくては困る。これはお前が招いてことだろうが」

ジョニーは、私と目を合わせようともしなかった。

「おい、沙耶」

 ルークが出口前で私の名前を呼んだ。私はルークの近くまで駆け足で寄った。

「多分、もう来てる。俺たちが来たあの森のところだ」

ルークが言った。

「夜間は周りが見えずらくなって、感染者が脅威になる。狙うなら、この薄暗い時間帯が丁度いいと踏んだんでしょう。少し、様子を見てきます」

出口の扉を開けて私は外に出た。森の方を見た時、私はこの先の不安に、ごくりと生唾を飲み込んだ。















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