EP.1生存抗争

「手を上げろ」

太く低い男の声が、目の前にいる背の高い覆面を被った男から聞こえた。彼はAKライフルをこちらに突きつけている。

気温はマイナスを超えて、空は灰色に染まっていた。真上に薄らと光が洩れているのを見ると、丁度、正午くらいだろうか。雪は降ってはいない。

「どこを見ている?」

ライフルを突きつけている覆面男は、両手を上げている私に向って怒りが混じった声で訊いた。

「いえ・・・」

私は応えると、見上げるのをやめて、男の方を見た。

森の中というのは、感染者が集まりにくく、隠れ住むには最適な場所だ。だから、こう言うどこかの都市に近い森には、武力集団が潜んでいる可能性が高い。はっきり言って、感染者よりも厄介なのは人間なのかもしれない。

「荷物をこちらに渡せ」

男は、持っているライフルで荷物を下ろせというような仕草をした。私は言われるようにマントを脱ぎ、背負ったバックを地面に下ろした。

「よし。おい、誰かこいつの手を縛れ」

すると、スリングで体にAKライフルぶら下げている白人の青年が長いロープを持ってやってきた。

「イケナイことでもしちゃうんですか?」

「阿呆が。俺はアジア人には興味無い」

「でも、スタイルよさそうで、見た目を案外いいっすよ」

「だったら用が済んだら、お前の好きにすればいい。だが食料不足の今、誰かを増やすわけにもいかないから、そいつはお前が処理しろ」

「えぇ・・・」

青年は一瞬、嫌な顔を見せるとすぐにこちらに近づいた。私を舐めまわすように見ると、背後にまわり私の手をロープで縛った。これで私は身動きが取れなくなった。

「ん、これは…面白いナイフだな。刃渡りが長いし、切れ味も良さそうだ」

青年は、私の腰にぶらさげたナイフホルスターからナイフを取り出し、隅々まで何度もナイフを見た。

「お、なんか彫ってあるな。Saya?…ああ、分かった。これはお前の名前か何かか?」

不敵な笑みを見せながらナイフ見せびらかす青年に、一度頷いてから睨んだ。

「あまり、それに触れないで」

「あ…?ど、どうせ、そんなものは何の役にもたたない。せいぜい豚の腹を切って肉を手に入れるくらいにしか使えないからな。銃さえあれば、こんな世界生き残れる」

男は私の目を見ると、言葉を詰まらせた。が、その後に早口でナイフの無意味さを主張すると、ニヤニヤしながらナイフを私の腰にあるホルスターに戻した。

「おい、行くぞ。」

私のバックを奪った男は、青年の肩を叩いてすぐに後ろを向いて歩き出した。

「コイツはどうするんです?」

青年は言った。

「放っておけ。必要なものは食料だ。そうだろう?」

青年は不満そうな顔をしながらこちらを向いた。

「まあ、こうなった世界と、自分の運命を恨むんだな」

青年は言葉の後、目を見開いた。

「お前…何してやがる!」

青年は、私がナイフを使って自分の縛られた、手のロープを切り落とそうとしていたのを目撃し、怒鳴った。

このナイフは、切れ味が良い。太いロープでも簡単に切れるのだが、私の手を縛ったロープは、まだ切れていない。見つかるのが思っていたよりも早かったのだ。非常にまずい。私はロープを切る速度をできるだけ上げた。

「クソが・・・」

青年が、AKライフルを至近距離で私に向けた時に、丁度ロープが切れた。しかし、遅かった。

刹那、何かが私の左頬を掠めて、私の荷物を奪った男の方へ飛んでいった。

男は、首近くに矢が刺さり、脱力するように倒れ、即死した。

「はぁ・・・!?」

青年は、一瞬後ろを向いた。それが隙になった。私は右手にブルドックナイフを持ち、開いた青年との距離をゆっくり詰める。

「う、動くんじゃねえよ、撃ち殺すぞ!?」

青年は、こちらの方に向き直ると、取り乱し怒鳴ったが、直後に私はAKライフルの銃身を左手で持ち上げ、射線上から私を外させた。

「え・・・?」

希望を失ったような表情をする青年に、私は声をかけた。

「まあ、こうなった世界と、自分の運命を恨むんだな」

鈍い音がすると、青年は倒れて永遠の眠りについた。私は真っ赤に染まったナイフを青年の、汚れていない方の服で拭き取り、立ち上がった。

後ろから、誰かが走ってくる足音を聞くと、私はゆっくりと振り返えり、右手のナイフをホルスターに収めた。

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