DEADEND

フラン

プロローグ

遠い朝の空の光が、マントを身に包む長い黒髪のアジア人である少女の注意を惹いた。気温は恐らくマイナスであろう、少女の吐く息は瞬時に凍りつき、白く輝いた。

ここは昔は都市だった。車やバイクの騒音や絶えることのない通行人の長い列は、凍りつき荒廃した世界の中に消えていった。

凍りついた道路を歩き続けた。静寂の中、アスファルトを踏み、氷の砕ける音が響き渡る。それが、彼女の周りに対する警戒心をより一層強くさせた。

丁度、左手側に荒れ果てたスーパーを見つけた。入口の自動ドアは開いていて、そのドアのガラスは割れていて、ガラス片が飛び散っている。スーパーの方に向きを変え、ゆっくりと近づき中に入った。

横に並べられた陳列棚から、たくさんの商品や食品が床に散らばっていた。手前から二列目の陳列棚の床には血痕があった。しかし、これは見るからにしばらく時間が経った後のもの。一応、周りを警戒しながら、陳列棚に残っている長期保存可能な食品を手に取り、身を包んでいるマントで隠されていたミリタリーバックを床に置いて、それをバックの中に入れていった。すべてを入れ終わり、バックのチャックを閉めた。

直後、体のバランスが崩れそうなほどの地震がスーパーを襲った。陳列棚が倒れ、食品が床に叩きつけられる。その時に生じた騒音は、最悪の事態を生んだ。

数秒の激しい揺れが止んだ瞬間、何かの呻き声が周りから聞こえ始めた。 急いでバックを背負うと、腰にぶら下げたナイフホルダーから、黒色のブルドッグナイフを取り出して即座に構えた。ナイフの刃には、SAYAと書かれた刻印が刻まれていた。

周りを素早くチェックし、肉体が腐敗した人間が呻き声を上げながらゆっくりと立ち上がる姿を確認した。

彼らは元は人間だった。しかし、今、目の前にいるのは、死んだ人間の肉体に、とあるウイルスが入り込んだ、ただ肉を食らうだけの生きる屍だ。

奴らは動きは鈍いし視力もない。しかし、それを補うほどの聴力の良さを持っている。ちょっとした音を立てただけでそこら中にあるウイルスに感染した死体は動き出し、集団で音のある方向へ歩き出す。一度でも噛まれれば、数時間後には奴らの仲間入りだ。

 彼らは脅威で、決して油断してはいけない化け物だ。人は彼らを<感染者>と呼んでいる。 

 動き出した感染者は、私の位置が見えているかのように的確に、ゆっくりとこちらへ近づく。囲まれる前に出口へ急いだ。

 「うっ・・・」

スーパーの出口付近で、感染者が行く手を阻むように近づいていた。ここから抜け出すには、目の前にいる動く屍を処理しなければならない。だからと言って不用心に近づけば体を掴まれて噛まれてしまう。奴らの力は尋常じゃない。動きが鈍いといっても、慎重になる必要がある。

 右手に握るブルドッグナイフを強く握りしめた。その手を伸ばして、目の前に感染者にナイフを向けながら近づいた。絶妙な距離で、感染者の喉にナイフを突き刺した。感染者が一瞬、痙攣したあとにナイフを引き抜くと、先までの呻き声の代わりに腐敗した肉体の喉から、黒ずんだ血液が溢れ出し、がばがばがばっと溺れるような音を出しながらバタッと簡単に倒れた。感染者は、死んだ感染者を食らうこともある。スーパーの建物内にいるやつはこれで時間が稼げるはずだ。迷わずにスーパーを後にした。

 外へ出ると、今までいなかったはずの感染者が辺りを歩いていた。さっきの地震で反応して動き始めたのだろう。急いでこの場所から離れて安全な場所まで移動した。気が付くと雪が降っていた。

「――はぁ・・・」

 灰色に染まった空を見上げて、大きく息を吐いた。自分口から白い半透明な煙のようなものが出ると、上へ吸い込まれていくように消えていく。右手にある黒ずんだ血に染まるナイフを腰にあるナイフホルダーにしまった。

 世界はいつの間にか、死んでしまった。いや世界がこれと同じ状況になっているのかはわからない。が、少なくともこの地、アメリカ全土の状況は最悪なはずだ。

ここはアメリカの都市のひとつ、ボストンだ。見ての通り、生存者は見られず感染者がうろつくゴーストタウンだ。

 ニューヨークは軍が機能していてアメリカ唯一のセーフポイントだと聞く。とりあえず、現在の目的はニューヨークまでたどり着くこと。また長旅になるだろうが、食料も十分に確保できた。

 死んだ世界で一人。私は一歩、一歩と歩みを進めた。生きるために。この世界が、生きる意味のない世界だとわかっていても。

 





 

 

 


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