鍍金の賢者⑩


 ガリィは、赤ちゃんを抱っこして凄く高いところまでせり上がった地面を見上げた。



 ココからでも分かる…さっきコージが地面から出したドロドロなんかよりずっとずっと気持ち悪いどす黒い恐い何かが集まってぐるぐるしてコージの姿を隠してる。



 「いくよ、赤ちゃん…コージの事お願いね!」



 「うっ!」



 ガリィは、赤ちゃんのお腹とおしりに手を添えて『上』に向ってかまえる。



 「ガラリア! なっ何やってんだい!?」


 「だめ! 勇者様、危険すぎます!」



 リーフベルと、リーフベルにお腹の傷を治してもらってたカランカが声を荒げた。



 「おい、お前ら! どかないと焼け死ぬぞ!」


 

 かまえた赤ちゃんが白く光り出したのをみて、囲むみたいに飛び回っていたチビチビたちが『ヒィ!』って声を出しながらガリィの上を避けて飛ぶ。



 「いっけぇえええええええええ!!!」



 ガリィは、真っ白に光った赤ちゃんをコージのところ目掛けてぶんなげた!



 赤ちゃんは、真っ白な魔力の線を描いて真っ直ぐ上に上に飛んでいく…。


 

 「狂戦士! 何考えてまちか!? 今のオヤマダしゃんは普通じゃないれちよ!? もしかしたら勇者を!」


 「大丈夫、それはガリィがさせない!」



 駆け寄ってきたチビが、ガリィの背中をポコポコする。



 「どーやってれち! あんしゃんそのしっぽじゃ立つのもやっとでアノ上までは行けんれちよ!?」



 「…ちょっと、だまってて…集中 集中しなきゃ…」



 ぎゅと目を閉じる…大丈夫…コージがいつもしてるみたいにガリィにだって出来る筈…!



 コージ。


     コージ。


  

 コージは勝手だよ、弱いのに脆いのにこんなに強いガリィの事『守る』って言って繋がってるのに自分の事殆ど隠して教えてくれない。


 それに、都合が悪くなるとすぐガリィの頭勝手に弄って!


 今日だってそうじゃない!


 痛いの苦しいのガリィに来ないように勝手に繋がりを切って、魔力も使えないのに奪い取って、弱いくせに脆いくせいにこんな無茶して!



 

 ねぇ、コージ。


 分かる?


 ガリィ、今とっても怒ってるの_______だからコレきっと凄く痛いけどコージが悪いんだから!



 「…コージの馬鹿…」



 ああ、コージの噛んだ首のとこすっごくあつ__________ブチッツ。



               


              ◆◆◆




 【コード:0000 強制コネクトによりラグナロクモードを解除します】



 ズキン。



          うあぁ?



     ズキン。



 はぁ? なん_______?




 「ひっ…ゴボッ かはっ!?」



 頭が割れる。


  腹の中がぐちゃぐちゃだ。


 腕っどこ?


   足どうした?



 なんだっけ? 


  俺なにしてた?



 いてぇっ…いてぇよぉ…!!



 「うぁっ…ゴップ もっやだっ ブクブク」



 体の中にあるガリィちゃんの狂戦士の魔力が、俺の中身を食い漁りながらぱんぱんに膨らんでそれを吐き出そうとする肉体が意志とは関係なく血液を含んだ体液を生理的に嘔吐する。



 やばい、吐き出さな…ダメだ…!


 これでっ これでいいんだ…。



 【警告:ボディ破損65%エネルギーを解放して下さい】


 【警告:ボディ破損70%エネルギーを解放して下さい】

 

 【警告:ボディ破損85%エネルギーを解放して下さい】

 


 うるせぇ!


 俺は、機械音のようにはっきりとした耳鳴りに悪態をつき体中の激痛に耐えながら感覚の曖昧な足でひび割れた地面に立つ。



 予想外…予想外だったが、うま 上手くいった 途中まで…!


 

 「ゴホッ…っ、惜しかった もうチョイだったか…」



 見上げたソレは、ボロボロに焼け焦げ血で赤黒く染まった瀕死の状態ながらもいまだ息がある。



 「グワォ…きざまハ 危険だ……」



 美しかったかつての声はしゃがれ、情けなく地面に這いつくばり醜く歪んだ龍らしからぬ面が牙をむきガパッと口を開けた!



 ちっ、俺を喰う…いや、かみ殺す気だな…。



 流石、エルフの大司教様となるとこんな状況下でも俺を殺すにはどうしたら良いか判断出来る訳ね…抜け目ねぇ。



 バクン!


 

 俺は、俺を噛み砕こうとした牙をその口が閉じるタイミングぎりぎりで後方に飛ぶ事で避ける!



 瀕死の一撃とは言え、普段のか弱い中学生に過ぎない俺なら避けることは愚か眼鏡が必要なくらい悪い視力では見ることさえ叶わなかっただろう。



 ガリィちゃんの力を奪っても、俺のキャパじゃせいぜい______!



 「うおっ!?」



 ガラッっと、右足で踏みしめた地面が崩れた!


 は? 何だ地面が?



 ズキン



 「っつ!? うぁっつ!!!」



 突如襲った内蔵を弄られるような激しい痛みに、俺はバランスを崩し体がそのまま後方に倒れる!



 

 ああ、またかよ。




 投げ出された体が、真っ逆さまに落ちていく。


 

 【警告:ボディ破損90%エネルギーを解放して下さい】



 体の激痛と機械音的な耳鳴りがして、俺から聴力と視力が消え猛スピードで落下しているはずの感覚さえ曖昧になる。



 あ。


 本格的にヤバくせぇ…。



 相変わらず、中で暴れる狂戦士の魔力が腸を貪る感覚に悲鳴すら奪われて只ひたすら下へ下へ。



 【警告:ボディ破損97%エネルギーを解放して下さい】 



 ゴプッ…もういっそ、地面に叩きつけられればこの苦痛ともおさらばできんのかなぁ?





 ふにゃり。




 頭がなんか凄く柔らかい感触につつまれ、曖昧な感覚だが頬が優しく撫でられた気がした。



 『だいじょうぶ、すぐ食べるよ!』




 あ?



 【エネルギー排出及びボディ修復プログラムインストール開始終了後復元ポイントを作成します】



 無機質な機械音が、頭に響くと同時に腹を貪っていた狂戦士の魔力が嘘のように静ま_____いや、『吸い上げられている』。



 「うんっ、っつえあ!?」



 キュンっと、落下する風の豪音で鼓膜がへこみ暗闇の視界が晴れ飛び込で来たのは暗雲立ち込める空の色とふわりしたいつもの亜麻色。



 あかんぼ…?


 その小さな口は、必死に俺の口に吸い付いて苦痛の元凶を吸い上げに掛かりあれほど狂戦士の魔力によって破壊された体中の組織が修復されていく。



 あ…あったけぇ…。



 もう一度意識を手放しそうになった所に不意に『声』が聞こえる。



 『こーじ、こーじ、やだよ ボクを一人にしないで! つよくなるの! だから これぜんぶ食べるね!』



 亜麻色の髪が、ぷにぷにの頬が、俺の頭を固定する為耳を握る小さな手が、金色に輝き熱を帯びる。



 眩く暖かい光。


 体の痛みなど殆ど消えいつの間にか抱きかかえられた俺は空中に静止______ん?



 抱きかかえられる?


 抱きかかえられるなんて、カランカに首根っこ掴まれて持上げられのを除けばもう幼稚園いらいされた事ない…それより何より…!



 「うぐっ! はなっへっ!!」



 俺は強引に吸い付く顔を押し退けた!



                ◆◆◆



 「がはっ! げほげほ…なっ…?」

 


 

 そこにあったのは、涙を浮かべるやさしい笑顔。


 見覚えのあるライトブラウンの瞳が震え堪えていた涙が、ポタリと頬に落ちてきた。



 「…まにあったっ! こーじっ!」



 ぐぎゅうっと、その腕が俺を抱きしめ耳元で嗚咽を漏らす。



 「あー…やっちまった…か…」



 『誰だ?』とか野暮な事は言わない。


 俺は、すっかり治った手でそのふあふわの亜麻色の髪をぽすぽす叩く。


 「おっきくなったなぁ…」


 首筋に顔をうずめていた俺と同い年くらいの少年は、顔をあげ鼻をすすり無邪気に微笑む。


 勇者。


 魔王を倒す、只それだけの為だけに存在する者。



 が、俺を抱きかかえ微笑むこの少年は何千とある俺の中のレンブランの記憶の『勇者』とは全く違う容姿をしている。


 いや、俺が関わってしまった以上容姿なんて関係ない…コイツの外見なんて起動させた種族によって左右されるのだから…けどさ…。


 


 どっかで見た事あんだよな…てゆーか何処となく似てんだよ。



 霧香さんに…。



 「こーじ?」



 声変わりのまだなハイトーンが不安げに『いたいの? だいじょうぶ?』と問う。



 「ああ…痛くはねぇ…」



 それを聞いて、ふにゃりと微笑むこの超絶イケメンの頬をそっと撫でて『大丈夫だから』と付け加える…が。 

 

 ただ、やはり例の如く腹が減って減って仕方が無いし体の感覚も何処か曖昧だ。


 まぁ…あれだ、とりあえず何とか死にはしなかった…それは良かったが…。



 「…」


 じっと、超絶イケメンが俺の顔を見詰めたまま動きません。


 俺、今、コイツに姫抱っこされてあまつさえ光に包まれて空中静止中なんだよね!


 マジはずい…ってゆーか、やっぱり分かっていた事なんだけどさぁ~…抱かれる体に触れた手から感じる同性でもキレイとか思っちゃうシミ一つないすべすべで温かい胸板…。



 何でだ?


 そこは、なにか出てこなかったのか!? 


 今日日のアニメみたく、剣と魔法の世界なら勇者がなにか変身とかしたらさぁコスチュームの一つくらい提供されてもいいだろ?


 この男。


 おっきくなった赤ん坊は全裸だった。



 「…なぁ、とりあえず下______」



 「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」



 空から降って来る咆哮。



 勇者は、上を見上げる。




 う っそ~んw




 つられて見上げた俺の視界に映ったのは、真っ赤な舌とギチャギチャ蠢く牙。



 ああ、近視と乱視もちの視力0.03のポンコツな目にも分かる。



 焼け焦げて片翼もげた龍っぽいのが大口開けてさ、真っ直ぐこっちに向って落ちてくるんだよ!!!



 

 「…つか、避けろ! っと______ぐえっ!?」



 勇者は顔色一つ変えず、ひょいっと俺の事をまるででかいぬいぐるみでも扱うみたいにお姫様抱っこから小脇に抱えるようにもちかえる!

 


 「おい! おま______」


 ふわりと、俺の目の前に光輝く羽根のようなものが通過する____え? なに?


 抱えられて身動きが取れない中むりやり視線で羽を追うと、それは勇者の背にいつの間にか生えてたまるで天使のような翼からのもの。


 

 …あはは、背中から天使の羽とかマジかっけーな…コレが『勇者』なのか…。



 勇者は、空いているほうの右手を自分の前に突き出し掌を広げる。


 するとそこに、高質量の魔力が集まりなにやら剣のような形を形成しはじめた。


 これって_____いや、違う。



 勇者が握ったそれは、あくまで魔力がそれを象ったもの『アレ』じゃねぇ。



 「排除する」



 金属を叩いたような冷たい声、感情の乗らないまるで人形のような目、そこにいつもの赤ん坊の愛くるしさなどない。




 「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」



 勇者に気が付いたのか、化け物司教が悲鳴を上げるがもう遅い…羽根を失った龍は含有引力に逆らえず此方に向って落下を続けもはや俺たちの眼前に迫る!





 シャコン!




 勇者が握った剣を空を薙ぐ。



 「ぐぁ ぷ っ … ?」



 切先など当っていないはずなのに、開けた大口がメチメチメチメチメチと音を立て落下する風圧にバグンとその体が真っ二つに分かれ俺と勇者を上下に追い越していく!



 「マジかよ…?」



 えぐい…二枚下ろしとかあんな死に方したくねぇぇ!



 勇者は、下に落ちていく真っ二つの龍をまるでゴミでも見るような無感情な目で見ていたがゆっくりと地上へ向けて降下を始めた。

 


                ◆◆◆


 


 どさっ!



 「いてっ!」


 勇者は、地面に到着するなり先程までの丁寧な扱いとは異なりまるで荷物を放りだすように俺を乱暴に下ろす。



 「おい! っ…?」


 

 痛む尻をさすり、立ち上がろうとしたが異様な空腹と貧血と思われる目まいがして地面に手を付いてしまう。



 「コージ!!」



 俺の姿を捉え駆け寄ろうとするガリィちゃんが、カランカに取り押さえられじたばたと暴れている。



 いい判断だ。


 今、こっちには来ない方がいい…。


 俺は、ふら付く頭でようやく勇者を見上げた。



 その背に光り輝く翼を生やす勇者は、その澄んだ瞳に一切の感情を乗せず地面に叩きつけられもはや潰れた肉塊となった精霊獣を見下しその手に握られていた剣を象った魔力を飛散させ飛散した剣の魔力が肉塊に降り注ぐと、その血が肉がその組織を光の粒子のように細かく崩壊させ舞い上がり勇者へと集まる。



 精霊獣だったものの光に包まれる勇者、傍目から見ればそれは幻想的で美しい光景だ。



 が、俺の目にはそう映らない。



 侵食される1と0、精霊獣であったその肉体の情報はすべて書き換えられ只のエネルギーへと変換され吸収される。



 はっ…喰ってやがる…。



 脳裏に浮かぶレンブランの記憶が勇者に対しての嫌悪感をもたげ、俺はそれを振り払うように目を少し閉じた。



 「…こーじ…?」



 少しぼんやりした声に名前を呼ばれ俺は目を開ける。



 這い蹲る俺を見て、不安気に顔を曇らせた勇者が『大丈夫?』っと膝をつき俺の肩にそっと触れた。



 「大丈夫、もう大丈夫だよ! 僕、強くなったこれで皆を守れるよ!」



 目の前の少年は、赤ん坊のそれと同じくふにゃりと微笑み言葉を続ける。



 「こーじ、今までありがとう! これで後は最後の精霊獣をたおしたら僕は魔王のところへ行ける…この世界を救えんるんだ」



 俺と同じ年ほどの見た目の割りには幼くあどけない笑みで嬉しそうに赤ん坊は言う。



 「あのね、僕ね、こーじのお陰でね、まんまを…ガリィちゃんを食べないでよくなったの!」



 褒めて褒めてとすりよる亜麻色の髪を俺は、ぽすぽすとなでる。



 「もう少しだよ! もう少しで_____」


 「お前はそれでいいのか?」



 俺の問いに赤ん坊はきょとんとした顔で『え?』っと、言葉を詰まらせた。



 「どうして? こーじ…おこってるの?」



 赤ん坊は、俺の顔を見どうしてよいか変わらずただおろおろとする。



 「魔王と戦ってその後、自分がどうなるか分かってるのか?」


 

 「知ってるよ? 僕、ばらばらになって暗いところでねむるの」



 赤ん坊はそれが『当たり前え』と、事も無げに言って首を傾げた。



 俺は、亜麻色の髪を撫でていた手を側頭部にそえもう片方の手で挟むように赤ん坊の頭を固定し視線をあわせる。



 「…それがどういう事かわかるか? 今のお前が消えてなくなるって事なんだぞ!」


 「消える…?」



 覗き込んだ色素の薄いライトブラウンの瞳が、不安定に揺れまるで呼吸を忘れたかのように口がパクパクと喘ぐ。



 「ああそうだ、そうなったらもう俺やガリィちゃんとは一緒にいられない…それでもいいのか?」



 俺の問いに脅えた赤ん坊は震え地面にへたり込み『でも、でも…』っと、俯きがちに喘ぐ顔をむりやり此方に向かせる。



 「俺は嫌だ! お前が消えるなんて、そんな事でしか救われない世界なんて認めねぇ!!」



 「ぼくも…やだよ…こーじやまんまと一緒にいられないなんてそんなの_______ガガガッ!」



 突然、赤ん坊の顔が歪みまるで金属の歯車が空回りするような音が口から漏れ出し体全体が振動する!



 そして次の瞬間、俺の両肩に激痛が走った!



 「うぁ!? なっ…!?」 


 

 俺の両肩に突き刺さっていたのは赤ん坊の背中から生えた翼の先端で、それがまるで鋭利な刃物のように変異し肉を切り裂く!


 

 「フフフ…」



 赤ん坊が笑う。



 が、それは妖艶な笑みを浮かべその俺を見返す瞳は先程までの幼いそれとは余りに違いすぎる…まるで別人だ!



 「イレギュラーの残骸が…その小さく愚かな頭に付け焼刃の知識をすり込まれた程度で勇者を誑かそうとは愚かな」



 微笑みべた唇が呟いたのは鈴を振るような『女の声』!


 

 「なっ…てめぇ…!」



 頭が揺さぶられる…俺の…俺の中のレンブランの記憶が警告する! コイツは…!

 


 「女神…!」



 女神は赤ん坊の顔で微笑み、肩突き刺した翼の切先を更に深くえぐる。

 


 「はぁ、やっと…やっと干渉できるまでに満ちたわ…もう少しでこの仔は完全体となる…邪魔などさせるものか…」



 まるで舐めるように俺をみた目が、憎悪に歪み突き刺さった翼の切先が肩の骨に達する!



 「ぐぁっ…っち!」


 「ふふ…死になさい残りカス…この世界の為に!」




 バチン!


 ガガガガガガガガガガガガガ!!


 

 突き刺さった羽から骨に肉に凄まじい衝撃が走り、視界がぶれ喉が絞まり呼吸が詰まる!



 「…っ はっ ギッ…!」


 「あら? コレに耐えるの…意外に頑丈なのね…?」



 電撃とも振動とも取れない激痛に襲われる俺を、憎悪に染まった瞳が三日月に弓なり笑う。



 「てめっ…コイツに…なにした…!」


 「無駄な感情を浄化してるのよ? こんな無駄なもの、目的を果たすのに必要ない…必要なのは立って歩き魔王を倒すだけの単純な物で十分」



 女神は、それが当然と赤ん坊の顔で微笑みその唇でつむぐ『コレは世界を救う道具』と!



 「…ふざけんな!」


 俺は、挟み込むように頭に添えていた両手で亜麻色の髪に掴みかかる!



 「俺の目を見ろ! 戻って来い!」

 

 「何をす______その目 ガガガッ」



 コードーモード:0000強制コネクト。



 精神を数値化して、侵食部分のコードを上書きされる前に強制的に『書き直す』。



 「がああああああああああああああああああああ!!!!」


 

 俺に向って見開いた目が『なんで? どうして?』と、問い悲鳴を上げる…ああ、激痛だ…わかるよ。


 

 「出てけ…コレは俺のもんだ…ごめんな、泣き叫んでもやめ______っ!」


 

 高速で数式を演算し、パズルのように上書きを続ける俺の脳は多くのブドウ糖_____カロリーを消費する。


 が、赤ん坊が暴走する狂戦士の魔力ごと限界ギリギリまでカロリーを吸い上げたお陰で今の俺は腹ペコ…霞む視界、遠のく意識、コレは『貧血』だ!



 不味い…演算速度が落ちる…処理が間に合わない!


 このままじゃ、女神にのっとられる! 消えちまう…くそっ! 何か、何でもいいから食わないとっ!


 

 「ガガガ…ふふ…足掻きもここまでのようね…死になさい」



 右肩にささっていた羽根が引き抜かれ、血で赤く染まった切先が俺の頭に照準を合わせる。




 「やめろおおおおおおおおおおお!!!」


 

 俺に照準を合わせた翼に飛びつく金色。



 「な!? 貴様!!」 



 ブツブツっと鋭利に尖った羽に肌を貫かれながらも、ガリィちゃんは飛びついた翼ごと背後から赤ん坊を抱きすくめる!



 「コージ! 早く!!」



 ガリィちゃんの血の匂いが鼻をつく…迷ってる暇はない…!



 ごめんな…



 俺は、遠のきかけた意識を必死に留め脳をフル回転させてコードモードを起動し女神に侵食された部分を書き換える!



 「ガガガガ!? うああ? こ じっ …ガガ…愚かなっ… ? あああああああああああ!!!!」



 赤ん坊は泣き叫び、暴れようとする体はガリィちゃんに拘束される。


 いくら精霊獣と狂戦士の魔力を喰らい体や魔力を急激に成長させたとは言え、頭の中を無理やり書き換えられる苦痛はハンパない…激痛とかそんな言葉では表現する事は出来ないし耐えるなんて出来ないだろう。



 可哀想に…こんなに泣いて…早く…早く終わらせてやらないといけないのに…!



 「…っつ…くっ…!」


 「コージ? どうしたの?」



 ガリィちゃんの声が上手く聞き取れない…目が回る…気合とか根性で意識が保てる限界なんて当の昔越えてる。


 貧血により脳が酸欠だ…効率が落ちる…書き換えたコードが更に上書きされて、追いつけなくなってきやがった!



 「ガガガ…残骸め ガガガガガガガッ」


  

 ちっ…このままじゃ押し返される…ヤバイ、ヤバイのに…クククク アハハハハ。



 「…なに!? どうしたの…?」



 突然笑い出した俺をガリィちゃんが、赤ん坊の背中越しに脅えたように見上げてる…まずい…コレは_____。



 俺は、ガリィちゃんの視線にぞくぞくしながら叫び声を上げている赤ん坊の口に親指をつっ込んで強引に引き寄せた。



 ああ、なんて美味そう…腹が減って減ってたまらないのにそんなの見せ付けやがって…!



 コードを組んでるのとは別の部分が、たった一つの感情に支配され目の前の『餌』に舌なめずりをして顔を寄せる。




 「クク…散々食わせて育てたんだ…もういいよなぁ」



 俺は、苦労して育てた実りに喰らいついた。





◆◆◆




 甘い。



  甘い。



 ああ、腹が満たされる…もっと、もっと喰わせろよ…。



 喰らわれまいと無駄な抵抗をする口をこじ開け、叫び声ごと飲み込む。

 

 頭の芯に響く心地よい音の振動を感じながら、補充されるエネルギーに比例して処理能力が加速度的にUPし一気に女神を引き離しに掛かる!



 もっと。


   もっと。



 ビキッ…。



 何だ? 体が痛い。


 関節がジクジクとした鈍痛を発し、筋肉もビキビキとまるで筋肉痛の酷いときのように軋む。



 が、そんなのはどうでもいい…今は。



 「ダメ! コージ! それ以上食べたらさっきみたいにお腹壊しちゃうよ!!!」



 貪る俺を、ガリィちゃんが必死の表情で見上げる。



 お腹壊すって…まぁ確かに内臓が破壊されてたから壊れてるっちゃ壊れてたけども!



 「ん"ん"ん"ん"ん"… … ____」



 強張っていた体から力が抜け、翼がまるで粒子が飛散するように砕けて全身を取り巻いていた輝きが休息に勢いを失い始めた…もうすぐ…!



 見つけた。


 俺の左目に映るおぞましく密集する漆黒の闇、密度の濃いおせじにも美しいとは言えない1と0の羅列。


 それは女神が食い込ませた異物。


 コイツの精神を犯す不協和音…深層に鎮座する狂戦士の魔力のまわりを鎖を巻きつけるみたいに折り重なって歪に巡る。



 はっ、そこから魔力を補充してたか…。




 『があああああああ!! 覚えていろ…イレギュラーの残骸…私は必ずこの世界を救って_____ガガガガッ』



 うるせぇ、クソババァ。



 俺は、有り余るエネルギーと加速された演算によってその不協和音をいとも簡単に排除消滅させた。



 倒した訳じゃないが、かなりのダメージは与える事が出来たかな…?


 …これで、残ったのは狂戦士の魔力。



 ああ、なんで美味そうなんだ…!


 

 「に"やぁあああ!! ダメ! それ食べちゃダメ! 赤ちゃん…ごっごめんねっ!!」



 ガリィちゃんは、背後からその首筋に牙をつきた立てる!


 

 俺に喰らわれ、ガリィちゃんにもかみつかれたその体はガクガクえお震え纏っていた光を急速に失い小さく小さく縮小し始める。



 もう少し…いや、もっと。



 もっと…!



 ああ? なんだ体中が______。

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