第18話 アオとギン
「おい、ギン。あいつらまたのこのこ外出してんぞ。後輩の危機管理教育足りてないんじゃないのか?」
ハカセ(女体)の言葉に、ギンは肩をすくめて首を横に振る。
さしすせ荘近くの古びたマンションの一室。『幽霊』が持っている拠点の一つで、ギンは病院から戻った後のアオたちを監視していた。正確には、アオたちのことを探りにくる連中が現れないかを、だ。
「アオはこの手のことには無駄に行動力がある。そして、サンゴも割とイキオイで飛び出す。ここまでは想定の範囲内だ。手は打った。それよりあんたこそ、いつまで『幽霊』について回る気だ?」
「いいじゃねえか。俺だって狙われてんだ」
「その目立つボディをやめれば一発で姿を隠せると思うぞ」
「ああん? だから男の方のボディは隠しただろうが」
「そっちでも目立っていたら意味がないだろう」
蛍光イエロー髪のおっさんも、虹色髪のセクシー美女も、目立つという意味では変わらない。急にそんな目立つヒトが入れ替わりで現れたら、詮索されるに決まっている。
「あんただってわかっているだろう。『生ける亡者』はそこまでアホじゃない。簡単には出し抜けない」
『生ける亡者(リビングデッド)』は、ジャンク街に潜む『旧人類』狂信者のことだ。その中でも特に過激派のヒトを『幽霊』の面々は『ゾンビ』と呼んでいる。
『生ける亡者』の内訳は約半数が元々『旧人類』を研究し、独自に今のヒトの世界に疑問をもって真相にたどりついたヒト。そして残りの半数が『幽霊』と同様に『天国』に行き損ねたヒトで成る。『ゾンビ』になるのは大抵、後者の方だ。
「アオは元々遺跡もぐりの趣味で『ゾンビ』に目をつけられていた。あのニンゲンの子供を街に連れ出していなくても、いずれ湖の遺跡のことは奴らに知られ、目を付けられていたはずだ」
サルベージャーと『生ける亡者』は協力関係にある。自分たちのところに情報がこなかった遺跡の発見、異変があれば、おそらくカイセイにそう何人もいるはずもない遺跡探索が趣味であるアオは、消去法で疑われることになるのだ。
「だからアオたちを泳がせるのか?」
「言い方は悪いが、そうだ。アオたちや、あのヒメって子供を隠したところで、あいつらは絶対に嗅ぎ付ける。この機会に徹底的にぶん殴る。俺の仲間に手を出したことを後悔させてやる」
「おー、血気の盛んな『幽霊』がいたもんだぜ」
「血なんて通っていないけどな」
自嘲まじりにギンはそう返しておいた。血の通ったヒトなどはいない。ニンゲンとは違うのだから。
「あいつが記憶を取り戻して、簡単に『天国』に来る奴だったらまだ話は早かったんだが」
「記憶、戻ってると思うか?」
「戻ってるだろう。俺はほぼ確実だと思っている」
そして銀は、アオがもし記憶を取り戻す事態になれば、黙って大人しくしていることはないということも確信していた。
記憶情報を取り戻すのは、全員に起こることではない。ギンだってパーツ交換は何度もしているが、先日の耳の機能交換で初めて起こった。ただ、パーツ交換をきっかけに記憶を取り戻すメカニズムは分かっている。
身体の一部を欠損、もしくは新型のパーツに入れ替えた時に、それがすぐに適合しなかった場合、ヒトの身体を動かす回路はまず、圧縮されて埋もれている過去の記憶情報のなかに適合する型番の情報がないか確認を行う。
この時に圧縮されていた記憶が一部蘇ることがある。大抵はどうでもいい記憶ばかりで、すぐに再圧縮されることが多いが――その情報がかなり深度の高いものであった場合、まれにニンゲン時代の記憶を取り戻してしまう個体が発生するのだ。
パーツの交換が多ければ多いほど、記憶を取り戻す可能性は高くなる。
ましてやアオは、元からニンゲンに興味があって、成り行きとはいえニンゲンの少女と過ごしている。今回のケガで記憶を取り戻さない方が不自然なくらいだ。
「アオとはヒスイの次くらいに長い付き合いだ。見捨てたりはしない」
「へぇ、そこまでかよ」
「家族みたいなものだからな」
ハカセはアオからよて亭の面々の話を、そこまで詳しく聞いたことはなかったのだろう。それも当然だ。よて亭の他の面々はアオのように遺跡好きではない。ギンだって、記憶情報を取り戻すまでは興味がなかった。何も思い出していないのに、あそこまでニンゲンに興味を示していたこと自体がおかしいのだ。きっとアオには、ニンゲンに対して強い心残りか何かがあったのだろう。
そもそも昔、アオはジャンク街近くの骨董屋の裏に住んでいた。
ギンが彼と初めて出会った場所は・遺跡から掘り出されたどうでもいい小物や『旧人類』文化アイテムの複製品を置いた店だった。何も珍しい店ではない。ヒトは機械化によって合理化を図りながら、不自然なほどにかつてのニンゲンの文化を模倣した。音楽も、食事も、あらゆる娯楽を、必要がないのに捨てきれない。だから、サルベージャーにとってはお金にならず、『旧人類』研究者にとっては興味をそそられないものは、こういう店に集まる。
アオは当時、この街に流れてきたばかりだった。その骨董屋で複製品のギターを買って、店先を借りてしばらく弾き語りをして小銭を稼いでいたという。食事などの贅沢をしなければ、充電ポート利用料と安宿の代金さえあれば生きていける。彼は語らなかったが、多分前にいた街でも似たようなことをしていたのだろう。
港町を中心に渡り歩いてきた、とアオは言った。これはサルベージ業者が多かったからだろう。この頃にはすでにアオは遺跡マニアで、この街を新しい住処に選んだ理由も、まだ見ぬ遺跡が多くあるからだと語っていたのを覚えている。それでもアオは身体を取り換えてまではサルベージャーにはならなかった。あまりお金にならないギターを後生大事に抱えていた。楽器ならだいたい何でも使えると本人は言っていたが、後で従業員になったルビィにサックスを教えている時以外では、他の楽器を触っている所をみたころはなかった。
(今なら、あいつの気持ちももう少しわかってやれるけど)
きっと、アオは無意識にニンゲンを探していたのだ。彼にはそこまでして探したい『主人』がいたのだ。
初めはヒスイとギンの二人きり。
ギンが見つけて、誘って、アオはよて亭の一員になった。
アオがサンゴを見つけて、ルビィとシオンはサンゴが見つけた。
見つけて、見つけられて、よて亭は家族になった。ニンゲンがいない世界の、ヒトの家族。
(皆、誰かに見つけてもらいたかったのかもしれない)
ニンゲンのために生まれたアンドロイドが、奇妙に事実をねじまげてしまったこの世界。
圧縮記憶というブラックボックスに押し込められたニンゲンの幻影を、機械仕掛けの心は忘れきることはできなかった。だからニンゲンを模倣する。
――まるで、本物のニンゲンの帰ってくるのを待っているかのように。
「俺はよて亭の全員を助ける。それが死にきれず『幽霊』になった俺のけじめだ」
■
アオとサンゴはジャンク街にやってきていた。
ジャンク街周辺というのは不思議とどこも変わらない雰囲気だ。
どの街にいつ行っても、猥雑な雰囲気が漂っている。
「この辺まで来たの久しぶりだな」
「アオ、昔住んでたんだっけ。やっぱ遺跡近いから?」
「うん。意識してはいなかったけど、多分、どこかで探してたんだろうな、前の主人を」
生きている望みがなくても、せめて前の主人に関する何かが手に入れば、と。そういう無意識が全く働いてなかったとは言えないだろう。
風に潮の匂いが混じりはじめる。海が近いのだ。
「目、大丈夫なの?」
「一応、水とか入らないように防水テーピングで塞いであるから」
とはいっても、さすがに海に突き落とされたりしたら無理だろう。なるべく港には近づかないようにしようと自戒した。
「俺の予測だと、ギンはこの辺りに潜んでいるんじゃないかって思ってる」
「何か根拠はあるの?」
「多分だけど、持込みでデータをインストールする必要があったってことは、結構危ない橋を渡ってるんじゃないかなって。カイセイで一番危ない場所はここだろ? ついでにいえば、『旧人類』の情報を得るのにはよくも悪くもここが一番だ」
もし、ギンが生きているのだとしたら、それは『旧人類』――彼の元の主人に関することのはずだ。それ以外に、恋人のヒスイと別れて、長年過ごしたよて亭の仲間とも離れていく理由が思いつかない。
ジャンク街、という名前だが、別に酷く荒れているわけではない。サルベージャーが金になる金属類を売るための問屋、サルベージ品の中でも貴重なものをやりとりするマーケット、『旧人類』研究者が喜ぶものを集めた店。この研究者用の店は大体が一見様お断りで、アオはかつて興味本位で入ろうとして叩きだされたことがあった。
アオたちを狙ってきた輩がどこにいるかはわからないが、片目をテーピングと包帯で塞いでいる自分は否応なく悪目立ちしている。つまり、敵に襲ってくださいと言っているようなものだ。
(ハカセにもらった身体強化スキルでどの程度対処できるかわからないけど。サンゴも足の治療終わってないし)
それでも、自分がこちらにいれば少なくとも居場所が不透明なヒメのことは後回しにされるかもしれない。都合よくギンを見つけられたら最善だ。
ジャンク街は奥へと進むごとに、店の怪しさが増していく。サンゴは少しばかり身をすくませて、アオのシャツの袖をギュッと掴んだ。
「本当にこんなところにいるのかなぁ」
「多分だけど『天国』って二つの勢力があるんじゃないかって思うんだ」
「え、そんな抗争みたいな話なの?」
「元々『旧人類』研究者の中には、ヒトがかつてニンゲンの『奴隷』であったと主張する層が一定量いるんだ。まぁ、実際に大間違いってわけでもない。きっと、俺たちみたいに記憶が戻ってそう思うようになったヒトもいるんだろうし」
「奴隷って……私たちのオーナーはそんな風に扱ってなかったわ」
「俺のお姫様だってそうだよ。とにかく、そういう過激派がいて、そこまで過激じゃなくても似たような思想を持っているヒトが『旧人類』研究者には多い。ハカセみたいなのの方が珍しい。でも、今この世界にはニンゲンがいなくて、ヒトが社会の中核だ。だからニンゲン至上主義の奴らも、変人扱いされながら社会に組み込まれて生きてきた」
そこまで説明すれば、サンゴにも察しがついたようだ。
ヒメが発見されてしまった。ニンゲン至上主義者が求めてやまなかったであろう正真正銘の生きているニンゲンだ。
「ヒメちゃんの存在がバランスを崩してしまった、ってこと?」
「そういうことだな」
至上主義者は当然、ヒメを自分たちのものにしたいだろう。崇拝の対象としてかつぎあげるのかもしれない。一方で、ニンゲンがヒトを作り、従えていたことは事実として支持していても、今のヒトが築いた社会をニンゲンに返すことに抵抗があるヒトだって当然いるはずだ。何せ見つかったニンゲンはヒメだけである。たった一人を担ぎ上げても、子孫すら残せない。今のヒトのように、新しいパーツを寄せ集めて子供をオーダーメイドできるわけではない。慎重派もそれなりにいるはずだ。
ギンは性格から考えて、過激派には味方しないだろう。慎重派を味方につけられるなら、ヒメの平穏を護れるかもしれない。
「俺が持っている『旧人類』の本、このジャンク街の奥にある店で入手できるものなんだ。紹介制じゃないと入れないし、俺が持っているのはハカセから譲ってもらったやつなんだけど、ハカセの名前を出せばコンタクトがとれるかもしれな――」
「その必要はない」
その声は後ろから聞こえてきた。
反射的に振り向くと、すぐそこに銃を構えている男が立っていた。
「えっ、ウソ……」
サンゴも声をあげる。気が付くと前後を、銃を持った男たちに囲まれている。銃なんて、ニンゲンの映画の復刻版映像でしかみたことがない。それでも、それがどういう用途で使われるものかくらいは知っている。
「ニンゲン様をこちらに引き渡せ」
男たちの用件は、簡潔でわかりやすかった。
もちろん、教えるわけにはいかない。そもそも、今頃はヒスイが手配した隠れ家に移動しているのだろうから、正確な居場所はアオだって知らない。
「ニンゲン様って、何か変な言い方だな」
「減らず口を叩くな。大人しく引き渡せば命はとらない」
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